第147話「再建への道」
崩れたピラミッドを懸命に捜索したタダシは、
「見つかってよかった。これがないと困るんだろう」
「これを、私に渡してしまって本当によろしいのですか」
すでにタダシに降伏して、魔王ではなく冥神アヌビス様に仕える敬虔なる神官長に戻ったフネフィル。
しかし、この強大なる力を保った聖書をフネフィルに返そうという。
「もちろんだよ。だってこれは、君のものなんだろう」
「そ、そうですね。では、改めましてタダシ陛下のために
「それでいい。こちらにも、協力してもらいたいから渡したんだ。まずは、このピラミッドの再建からだな」
そのためには労働力がいるからフネフィルの力を貸して欲しいとタダシは頭を下げる。
「ピラミッドを再建してもいいのですか?」
「どうした、なにか問題があるのか」
「い、いえ……これは、軍事基地だったものですから」
「それでも、冥神アヌビス様の神殿には違いないのだろう」
「もちろんです! そのために最初は造らせたものです」
それが、いつの間にか剣の魔将ナブリオに唆されるままに軍事要塞になってしまった。
フネフィルは、エジプトより一緒にやってきた民と、信ずる神が奉じられればそれでよかったというのに。
「さっきも言ったが、天上の神々は冥神アヌビス様を、新たなアヴェスター十二神に加えようと考えている」
死後の世界を司る冥神は、世界のバランスを保つためにもちょうどよいという事情もあった。
「そうですね。そうか、そう考えれば再建は必要!」
「そうだろう」
「どうか神殿の再建を、お許しください!」
「ハハハッ、だから俺がさっきからそう言ってるじゃないか。どうせだったら以前よりもよりも立派なものを造ろうじゃないか」
タダシは、ピラミッドの中央に冥神アヌビス様の巨大な神像を造る計画を話し出す。
モノ造りの好きなタダシは、大きな仕事になるぞと張り切っている。
それを見て、フネフィルはただ感動していた。
タダシは縁もゆかりもないというのに、本当に敵対していた神であった冥神アヌビス様の昇格を目指そうとしてくれている。
「それでは、はりきってやらせてもらいます。
喜び勇んだ老神官フネフィルは、最高記録である十二体の創造に成功した。
「おお、これがミイラを生み出す神技か」
「はい。祈りを力に変えて、この砂漠の砂を材料にミイラを創ります」
しかも、その力に限界はない。
フネフィルの精神力が続く限り、無限にミイラを生み出すことができるのだ。
敵に回せば厄介だが、味方にすればこれほど心強い者はいない。
瞬く間にミイラ兵を揃えると、建築現場に送り込んでいく。
「ではまずは、片付けからだな。資材はそのまま活かそう。そして、新たな神殿の造り方だが、ピラミッドの外観はそのまま活かして……」
「神像であれば、私がデザインを監督します」
他ならぬ冥神アヌビス様の神像だ。
そこだけは、間違いがあってはならない。
「神像の削り出しは、シンクーが魔法でやってくれるらしいから、そちらに相談してくれ」
「わかりました!」
石切場から運ばれる新たな資材。
それだけでは足りない資材は、タダシが木を生やしてすぐに造ることができる。
まさに、このぶっ壊れ性能の生産系神技を持つ二人の力が合わされば無敵!
ものすごい勢いで広大なワース砂漠の地に、新たなピラミッドを再建していったのだった。
そこまでは、良かったのだが……。
「フネフィル、次はこっちの村ニャー」
商人賢者シンクーの指示で、フネフィルはその後もほとんど不眠不休でこき使われることになった。
「ヒィヒィ……まだ、あるんですか……イタタタ、腰が」
「はい、エリクサー飲んで頑張るニャ」
エリクサーを使えば、肉体的な疲労は強引に回復することができる。
しかし、精神の疲れはその限りではなく。
せめてエネルギーだけは取らなければと、フネフィルは短い休憩時間にものすごい勢いで食べているのにどんどん痩せ細っていき目の隈が酷くなっていく。
ピラミッドの再建に終わらず、国の再建にはどこも無料の労働力であるミイラ兵が必要不可欠だったのだ。
むちゃくちゃ急ピッチな再建計画を立てたシンクーに、あっちにミイラ兵が必要と散々こき使われることになる。
「ここは隣国との国境線も近いニャ。警備を兼ねて、三万は欲しいニャー」
「ひぇぇえ!」
「ここは、気張ってくれニャ。百万ものミイラ兵を出した男がなさけないニャーよ」
「あれは戦争状態だったから、こっちも必死にですね……」
百万ものミイラ兵を創り続けた後だからこその疲労。
不眠不休でミイラ兵を生み出す
「今も戦争みたいなものニャ。仮にもフネフィルは一国の王だったのだからわかるニャ?」
「そうですね、骨身を惜しまずやるべきですな。
戦争で弱った新生アージ魔王国を、隣国のアダル魔王国が黙って見ているわけがない。
隣国に立った魔王は、瞬く間に一国を平らげてみせた半人半馬の猛々しき武の魔王。
ケンタウロス族を率いる魔王ケイロンと伝え聞く。
ここで、隙を見せたら終わりなのだ。
「それに、村をよく見るニャ」
「村ですか?」
「ここの村は、先の統一戦争で多大な被害を受けたアージマッドベアマン族の族長ベオガの村ニャ」
「そうでしたな……」
戦が終わってともにタダシの下についたとはいえ、まだ敵の魔王であったフネフィルのことを恨んでいよう。
もちろん、覚悟していたことだがフネフィルはそれを思うと辛かった。
「ミイラ兵は、タダシ陛下の創り出した食料を運び込んで村の人々を救うニャ。村を守るのもミイラ兵ニャ」
「そうですね……」
不信感もあるだろうか、どうか受け入れられてくれと祈るばかりだ。
「村の者はちゃんと見ているニャ。こうして、フネフィルが村の再建のために不眠不休で陣頭に立つ姿を見れば、少しは民の心も休まるニャ」
「なるほど……そうか! タダシ陛下はそこまで考えてくださっていたのか!」
ただ単に、罰としてこき使われていると思っていた自分が情けなかった。
「いつまでも旧神の信仰が蔓延るのも困るニャ。この地はいずれ、冥神アヌビス様の土地となるニャ。信徒を増やしたいなら、ここで神官長たるフネフィルが頑張らニャいとな」
「わかりました! 私の残り少ない寿命……魂をすり減らしてでもここはやりましょう。
機会を与えてくださったタダシ陛下。
こんな弱々しき自分に、偉大なる神技を与えてくださった冥神アヌビス様。
自分の働きに冥神アヌビス様とエジプトの民の将来がかかっている。
そう覚悟を決めたフネフィルは、腰を爆発させながら這いずるように北部辺境の復興に力を尽くしてエリクサーをがぶ飲みして身命を賭して仕事に励むのだった。
そして……。
「なんと見事な」
北方の辺境を駆けずり回る仕事から中央部に戻ってみると、なんと広大なワース砂漠の砂漠に川が流れている。
「タダシ陛下! これは……」
「ああフネフィルお疲れ。ちょっと見てろよ、ここらへんに水があるな」
タダシが鍬を振るうと、なんと地中からプシュー! と、地下水が噴き上がった。
「な、なんとぉ! なんたる奇跡か!」
砂漠から滾々と溢れ出る恵み豊かな川の流れ……。
まるでこれは、母なるナイル川を見るようだった。
フネフィルは、思わず涙ぐんでいた。
ここまで長い苦難の道のりがあった。
冥神アヌビス様を祀っていた書記官フネフィルは、気がついた時はこの共に死んだエジプトの敬虔な民とともにこの異世界の砂漠に魔族として蘇った。
ともにこの世界にやってきたエジプトの敬虔な民とともに、神託のままにここまでやってきた。
魔王というものにまでなってしまって正直途方に暮れていたが……。自分達と同じ世界から来たらしい青年王に導かれてようやく安寧を得ることができた
「ナイル川が懐かしいかフネフィル」
「なぜそれを」
「冥神アヌビス様と聞いて気がついたんだ。時代は違えど、俺とフネフィルは同じ世界からこの異世界に来た」
「そうだったのですか。それで、母なるナイル川のことを知っていたんですね」
それを知って、こんな風に同じような光景を見せてくれたのだ。
民達もみんな大喜びしていることだろう。
「どちらにしろ、水は必要だったからな。砂漠の下に地下水が流れてるって話は本当だったんだなあ」
そう言って、タダシは笑う。
この湧き上がる地下水は、多くの民の喉を潤し、食糧生産の役にも立つことだろう。
自分の民でもないのに、タダシは新生アージ魔王国の民達に惜しみなく神の恵みを分け与えているのだ。
自分達のことだけで精一杯だったフネフィルは、なんと小さい考えだったのだろうと自然と頭が下がる。
タダシは、フネフィルが前世で仕えたセティ王に勝るとも劣らぬ名君であろうと思う。
馴染みのある砂漠の地に腰を落ち着けて、ようやくしばし憩うことができたフネフィルは、タダシと元の世界のことについて語り合う。
「なるほど、あの世界の未来ではそんなことが……」
タダシの話によると、何千年も続いたエジプト王国は異民族の侵攻によって滅びた。
そう聞いても、フネフィルの心は砂漠の空のように晴れやかだった。
あと自分の寿命がどれほど持つかはわからない。
その残された時間を、生産王タダシとともにここに何千年も続く新しい文明を築き上げることをこれからの生きがいにしようと思うのだった。
仲良くなったフネフィルとタダシを見て、商人賢者シンクーは嬉しそうにしっぽを揺らしいる。
「ま、まずは地固めができたってところかニャー」
無限の労働力を生産できるフネフィルは、大陸支配のための重要なキーマンだ。
フネフィルを心より信服させることが必要な条件だったのだ。
だから、シンクーはそうなるように持っていった。
どうせ各地の魔族による合議の支配は、長く続かない。
いずれ、このアージ魔王国をまとめる存在がいる。
シンクーは、この重要な地域が安定したのちにタダシ王国より総督をおくることを考えていた。
総督は、タダシの血縁である妻にさせるのがベストだ。
そして、やがてタダシの血筋の誰かが王となるように自然と持っていくつもりであった。
「それが、うちらの未来のためにもなるニャー」
そういえば、タダシとマールとの子供にミライという子供がいたなあとなんとなく考える。
戦乱に傷ついたアージ魔王国を穏やかに治めるには、マールが総督もいいかもしれない。
マールは料理長として優秀なので、タダシが手放したがらないかもしれないが、その場合は獣人の勇者エリンという線もある。
タダシの妻は、それぞれしかるべき地位につけるべきだ。
「そこまで考えるのは、気を回しすぎかニャ。このつかの間の平和を、今は楽しむかニャ」
できる限りの備えはしておいたが、隣国を治める猛々しいと評判の魔王ケイロンも大人しくはしていまい。
大陸の統一のためにあと一息、タダシ達には働いてもらわなければならないだろう。
「シンクー何を黄昏れてるんだ。そりゃ立派なピラミッドだけどさ、そろそろ夕飯だぞ」
再建した立派なピラミッドの横を大河が流れるという景色が造れて、タダシは凄く満足したらしい。
無邪気なことだが、生産王タダシはそれでいいのだ。
「すぐ行くニャー!」
シンクーは何事もなかったように砂を踏みしめてタダシの下へ歩いていく。
このアージ魔王国をどうするは、どちらにせよまだ先の話であるし、まだシンクーの胸一つに収めておくべきことであった。
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