第153話「新たなる首都」

 将来的にアダル魔王国の新しい首都とすべく、ガイラス湾に新しい港湾都市を造ることとなった。

 とにかく何もかも不足している状況だ。


 建築資材を運ぶことを考えると、この港しか場所がなかったのだ。

 一日目は、あまりにも寂しい状況であった。


 多くの避難民たちは、超弩級戦艦ヤマトに積まれていた食糧でなんとか飢えを満たし、毛布で暖を取ることはできた。

 しかし、何もない土地で野宿するばかりであった。


 タダシが慌ただしく木材と食糧の生産を初めて三日目、ようやく掘っ立て小屋ではあったがギリギリ全員分の家屋を確保することができた。

 みすぼらしくもそこには街と呼べる物ができて、市場も立って皆ひたすら働いた。


 だんだんと街に活気が出てくる。

 そこに、大量の建築資材とアージ魔王国より運ばれた、ミイラ兵という無尽蔵な労働力を積んだ船が次々と救援にやってくる。


 今回も張り切った老神官フネフィル自らがやってくる気の入れようで、街の規模は拡大の一途をたどる。

 粗末な掘っ立て小屋だった住居は、石造りの立派な建物に建て代わり、あたりには公共施設が立ち並ぶ。


 日々の労働のあと、人々は酒場で憩うだけの余裕もできて、小規模ながらも歓楽都市の名物であったカジノを再建することもできた。

 小高い丘には、象徴的な建物として大きな城まで建てることができた。


 アダル魔王国の人々は救ってくれたタダシと、遣わしてくれた神々に感謝の祈りを捧げて。

 最後に来た救援の船に載っていた大理石を使って、ガイラス湾を一望にできるほとりの一等地に神々の像を建てて大きな神殿を作った。


 一際大きく作られた、始まりの女神アリア様の像を見上げて、タダシは感嘆の声を上げる。


「できたなあ……」

「ああ、できた」


 それに応える元魔王であるところのケイロンも言葉少なだ。

 なにせ、まだ首都の建設が始まってから一ヶ月だ。


「凄いなフネフィルのミイラ兵」

「そっちか?」


「いや、すごくない? 俺は凄く驚いたんだけど」


 街のメインストリートに石の道を舗装するような細かい作業までやれている。

 前の建設のときは割りと大雑把なところもあったのに、どんどん細かい作業もできるようになってきている。


「タダシの言うとおり、石材と労働力の供給はありがたい。だが、タダシの生み出してくれた木材と食糧の供給がなければ、我々はここでこうして生きてはいられなかった」

「それはそうかもしれない」


 衣食住は人が生きていく上には大事だが、まず何よりも食が大事なのは確かだ。


「タダシがいなければ、生きるために悲惨な争いを続けなければならなかっただろう。感謝する」


 物がなければ奪うしかない。

 魔族はそうして強くなってきた歴史があるが、それは悲劇だ。


 アダル魔王国に初めて安寧をもたらせてくれたタダシに、ケイロンは心服して頭をさげる。


「いや、やめてくれよ。お前らしくもない」


 タダシはケイロンの肩を叩いて笑う。


「はは、そうか」


 そう言われればすぐ頭をあげてケロッと笑うのも、ケイロンのカラッとしたところだ。


「それに、俺の力じゃないさ。神々の加護があってのことだ」

「タダシは謙虚だな」


「ほんとのことだよ。神々が加護を与えてくれるのも、諦めずに頑張ってるみんなを神が見捨てておかないからだ」


 だから、民の頑張りこそがこの奇跡を生んだのだとタダシは言う。

 ケイロンは、そんなタダシを一瞬まぶしそうな顔で見つめて……静かに言う。


「それで、神々に捧げる食物の話なのだが」

「真面目な顔をしていうのは、食い物の話か。お前らしくていいなケイロン」


 何よりも食い気に走るのが、ケイロンの特徴なのだ。

 今日は首都の完成とともに、神々への感謝の祈りを捧げる式典を行う予定なので、大事な話とは言える。


「残念なことに、この土地は痩せている」

「うん」


「タダシの作り出した食糧だけでもいいかもしれないが、神々はその土地の珍しきものを好まれると聞く」

「そうだな。できれば、名産の料理を出したい」


「それで、これだ」


 ケイロンは、タダシの前にお皿に載った山盛りの赤い粉が差し出した。


「ほう、これは?」

「まずは、大さじでがばっといってくれ」


 素直なタダシは言われるままに粉を口に入れる。


「かっから!」

「ハハハッ、名産の唐辛子だからな。そりゃ辛い」


「舌がヒリヒリする、なんか飲み物をくれ!」


 タダシは、差し出された褐色の飲み物ぐいっと飲み干して、ブッと噴き出してしまう。


「これも名産品の、辛口のジンジャー酒だ」

「ぐあっ! 舌が熱い! 辛いものしかないのか! 水! 水!」


 意外や意外、無敵と思われたタダシも、辛いもの攻めは苦手であった。

 強化された身体でも、味覚は普通なのだ。


 そうでないと、ご飯を美味しく食べられないので当然といえば当然である。


「そんなに辛いかなあこれ」


 ケイロンは、真っ赤な唐辛子を大さじでガバガバ食べても平気な顔をしている。

 本来なにか甘いジュースとかで割るだろう癖の強い辛口ジンジャー酒も、ガバガバ飲んでいる。


「すごいなケイロン。真似できん、こっちはまだ舌がヒリヒリしてるぞ」


 激辛カレー大食い競争なら、タダシは一も二もなく負けていただろう。

 さすがは、魔王の舌というべきか。


 辛いものが多く育つ土地に住んでいると、自然と平気になるかもしれない。

 そんな二人のところに、料理長であるマールがやってきて、一味唐辛子を一口舐める。


「タダシ様。これ美味しいですよ」

「ええ、辛くないか」


「唐辛子ですから、当然辛いです。でも、マイルドな辛さです。名産というのも頷けます」


 アダル魔王国の土地は痩せているのだが、なぜか辛いものだけがやたら育つのだ。

 しかも、この痩せた土地に生えた唐辛子はまろやかで味が良くなる。


 おそらく土壌の肥料分のせいともいわれているが、農業神ですらいまだ解明できていない不思議。

 土壌による味の違い、これはタダシの農業の加護でもどうにもならない数少ない要素の一つである。


 マールは、青唐辛子はないかとケイロンに尋ねる。


「もちろんあるが……」

「では、それを使いましょう」


 青唐辛子は、唐辛子が赤くなる前に早い段階で収穫したものだ。

 マールはその味も確かめると、よしよしとうなずいて調理を始める。


 種を取り除き、青唐辛子の皮をすりつぶす。

 そうして、各種のスパイスとともに煮込み始めた。


「おお、カレーか」


 タダシも、ちょうどカレーが食べたくなっていたところだったのだ。


「赤唐辛子だと煮込むと辛味は増してしまいますが、青唐辛子は加熱で辛さが和らぎます」

「そうなのか……」


 みていると、本当にうまそうだった。

 もちろんそれでも辛さが勝ってしまうので、甘いココナッツミルクを入れて、海で取れた魚介類も大鍋に豪快に入れる。


 さすが料理上手のマールの手際は、見ていて気持ちが良い。

 大鍋からは良い香りがしてきて、よだれが出てくる。


「タダシ様、これで神々にお出しする供物は揃ったと思います」

「そ、そうだな」


 神々の前にタダシが食べるのも不敬かもしれない。

 今日は、とりあえず大陸の問題がぜんぶ片付いた記念のお祝いなのだ。


 ケイロンも真面目な顔で言う。


「では、準備も揃ったところでタダシが行うという伝説の神降ろしを見せてもらっていいか」

「そうしよう」


 タダシとケイロンが向かうと、すでに街には支配者である主だった魔族の族長たちと、一万を超える街の住人たちが集結していた。

 元魔王であり、いまだこの土地の取りまとめ役であるケイロンは声を張り上げる。


「皆の者聞け! この御方こそが我らの救い主! 世界を統べる王のタダシ陛下である! 神々の加護を一心に受けるタダシ陛下は、この地に天上の神々を降臨させる!」


 主だった魔族の族長たちから「おお!」と声が上がる。

 なるべく静かにしていた民衆たちからもどよめきがあがり、あたりは喧騒に包まれた。


「おいおい、ケイロン……」

「さあ、天下の大王タダシ陛下! 神々への貢物も準備も揃いましたぞ。愚かなる我らの前に、奇跡を見せてください!」


 ケイロンは、言うことが芝居がかってて大げさだ。

 思いっきりハードルをあげてくれるなあと、タダシは苦笑している。


 これで、なんかの用事で神様たちが降りてこなかったら赤っ恥をかいてしまう。


「オーケーオーケー、じゃあちょっと呼んでみるね」


 なるべく気軽そうなジェスチャーをして、タダシは苦笑しながら神殿の前まで行って祈りを捧げる。

 すると、天上から白銀の光が降り注ぎ、始まりの女神アリア様を始めとした十人の神々が次々に天空より現れる。


 その神々しき姿に、ざわめいていた民衆は息を呑んだ。

 始まりの女神アリア様は、タダシに言う。


「タダシ、アヴェスター大陸の問題をよくぞ解決してくれました。この世界の創造主として、嬉しく思います」


 その澄んだ声は、不思議とその場にいるすべての者の耳に届く。

 タダシは静かに頭を下げていう。


「これも神々の加護のおかげです。今日はこの地にある産物をいかした料理を用意しました」


 農業の神クロノス様が長い髭を手でしごきながら言う。


「アリア様、タダシもこういっとることじゃし、難しい話はあとにせんですか」


 この地の酒が気になっているらしい、鍛冶の神バルカンが「そうじゃそうじゃ」と声をそろえる。

 始まりの女神アリア様は、苦笑すると言う。


「では、先に料理をいただきましょうか」


 タダシは、始まりの女神アリア様にちょっと注意して言う。


「あの、今日のカレーは少し辛いかもしれませんが」


 青唐辛子をつかったせいかグリーンカレーになっている。

 見た目では辛そうにみえない。


 タダシもまだ味見してないので、辛いかもしれないと言っておかないといけない。


「辛いものは好きですよ。これが、カレーというものですか」


 始まりの女神アリア様は、そう言うとまずは試しと山盛りに盛られたカレーライスにスプーンを入れて、口にした。


「どうですか」

「これは、なかなか美味しい……カラッ!」


 やはり、辛さがあとからくるやつか。


「水も、甘い飲み物もありますから!」


 タダシは、始まりの女神アリア様に慌てて差し出すが水を差し出すが、それを手で止めてアリア様はもう一口いく。


「これは……辛いだけでなく、うまから……ですね」


 どうやら、マールの作ったグリーンカレーは、始まりの女神アリア様に気に入っていただけたようだ。


「ほんとに、うまからじゃ!」


 農業の神クロノス様も、スプーンが止まらない感じでパクパク食べている。

 アヴェスター十二神の面々は、口を揃えて「うまから! うまから!」とカレーを平らげていく。


 タダシは、良い接待ができたとホッとした。

 マールは飲み物を配るとともに、「甘いお菓子もございますので」と口直しを配った。


 それで終わらないのがマールの面白いところで。


「他には、激辛の麻婆豆腐などもございます」


 辛い調味料はこの地の名産なので、辛いものにチャレンジできる人はどうぞと、美味辛いものを出していく。

 負けず嫌いな知恵の神ミヤ様は、挑戦して顔を真っ赤にしていた。


 酒のほうが進んでいる鍛冶の神バルカン様も上機嫌だった。


「タダシ、このジンジャー酒も良いものだな。酒に使った生姜が、絶妙じゃわい」


 コップから酒に使った生姜をつまみ上げると、それをつまみのようにポリポリと食べていた。


「気に入っていただけたようで何よりです」


 生姜だから、健康にはいいんだろうな。

 神々が食べだしたので、民にも豪華な食事が振る舞われて宴も盛り上がるところで、タダシはまた始まりの女神アリア様に呼ばれた。


「タダシ、食事も一段落したので、話をしたいのですが」

「はい」


 始まりの女神アリア様は、少し考えて言う。


「こちらに、冥神アヌビスの神官フネフィルがいるでしょう」

「はい、すぐお呼びします」


 老神官フネフィルは、始まりの女神アリア様の前にひざまずいた。


「神官フネフィル、これまでの働きご苦労様でした。多くの人々を救ったあなたの活躍ぶりも、天上から見ていましたよ」

「ありがたき幸せに存じます」


 この世界を創造した主神が見てくださっていたとは、老神官フネフィルは感激のあまり頭をあげられなかった。


「あなたを使徒として選んだ冥神アヌビスの目は正しかったですね。新しきアヴェスター十二神の一員として、冥神アヌビスを加えることとします」


 始まりの女神アリア様によると、冥神アヌビスのように死後の世界を司る神もいたほうが、世界の安定のためにいいのだという。


「おお、ありがとうございます!」

「それでは、神官フネフィル……冥神アヌビスの神像を出しなさい」


 老神官フネフィルは、懐に大事に持っていた神像を取り出すと、始まりの女神アリア様の前に安置した。

 すると、どこからともなく黄金の輝きが集まって来て、神像はジャッカルの顔をした筋肉質の大男へと変わった。


 手に持った杖を打ち鳴らすと、新しくアヴェスター十二神に推挙された冥神アヌビス様は、老神官フネフィルに言う。


「神官フネフィルよ。そなたの信仰心と人徳のおかげで、我は新たに神々の末席に任じられることとなった。嬉しく思うぞ」

「はは、もったいなきお言葉です……」


 老神官フネフィルは、これで生涯の目的を果たすことができたと、その場に泣き崩れるのであった。

 それを優しい目で見ているタダシに、農業の神クロノス様がちょいちょいと声をかける。


「タダシ。この度はご苦労じゃったな」

「いえいえ、大したことはしておりません」


 タダシとしては、いつも通りのことをしただけだ。


「アヴェスター大陸を統一したことを、たいしたことないと言われてしまうとな。ま、よい」

「はい」


「ところで、タダシ。この神像に見覚えはあるか」


 クロノス様が手にしたのは、どこかで見た石造りの像であった。


「ああ、あの道祖神どうそじん


 小さな魔族の村で、道を守る神だと教えられた。


「道を守るだけでなく、幸の神とも言い幸運を司っているそうじゃ。ちょうどよいので、このサチノカミもアヴェスター十二神に加えることとなった」

「なるほど、それは良きことだと思います」


「これまで多くの旅人を助けた徳のある神じゃ。タダシの旅路も人知れず助けてくれたようじゃしな」


 今回のタダシの旅路も見守ってくれたのであれば、ありがたいことだとタダシも頭を下げて言う。


「サチノカミ様の神像も、早速各地の神殿でつくらせますね」

「うむ、それが良いじゃろう」


 そういえばと、タダシは尋ねる。


「たしか、追放された神の席は三つでしたね」

「一つまだ残っておるというのじゃろう。それがの」


 農業の神クロノス様がいうには、今その神の座を巡ってこの世界で神格を得ていない古の神々で競争になっているそうだ。

 むしろ、一つくらい席を開けておいたほうが、いずれ十二神に昇格できるかもしれないと考えられていい影響があるのではないかという。


 それもまた、なるほどなという話である。

 タダシには思いもよらぬような、神々の深謀遠慮というものだ。


 農業の神クロノス様は、何の気なしに言う。


「なんなら、タダシが神となってもよいくらいだし」

「あはははっ、俺も神様ですか。それは面白いなあ」


 これはもう、タダシも笑うしかない。

 まあ、今の段階では酒の席の冗談ということでよいだろう。


 しかし、大陸を統一して世界に平和をもたらしたタダシが、死後人々に崇め奉られれば。

 その魂が、十二神の神格に到達するかもしれない。


 そんな未来もあり得るかもしれないと、農業の神クロノス様には見える。


「ま、それも先の話かの」


 今は冗談として笑い話にしておくのがよいだろう。


     ※※※


 宴もたけなわであった。

 タダシは、ミイラ兵で街を建造してくれた老神官フネフィルと同じく、功労者の一人であるヤマモト提督に声をかける。


「ヤマモト提督も、ご苦労様だったな」


 彼ら、旧帝国海軍が輸送してくれなければ、街はこんなに迅速に復興していない。


「いえ、カレー美味しくいただいております」


 グリーンカレーではないが、海軍でもカレーはよく食べられるそうだ。


「それはよかった」

「タダシ陛下、こちらこそ超弩級戦艦ヤマトをそのままにしていただいてありがとうございます」


 タダシは、超弩級戦艦ヤマトを輸送艦にするという計画を取りやめにしたのだ。


「平和も大事だが、防衛も考えなきゃいけなくなったからね」


 こちらから手を出す必要はないが、奥魔界という危険な領域に滅竜帝ガドーよりも恐ろしい存在がいるということがわかったのだ。

 戦力を削減する計画は、一旦中止にせざるを得ない。


 超弩級戦艦ヤマトを輸送船にする代わりに、いくつか大型輸送艦を造ることとなった。

 輸送艦といっても、最低限の兵装は積んでおり、有事の際にはドラゴンなどを乗せる空母として活用する想定である。


 旧帝国海軍は軍人が多いので、単なる輸送艦を運用するよりも張り合いがある仕事となるだろう。


「ヤマトのクルーより、タダシ陛下にプレゼントがございます。主砲を御覧ください」

「ほう」


 ヤマトの主砲が、天空に向かって射角を上げたと思うと拡散超弩級砲を発射した。


「祝砲か。いや、これは……見事だ」


 天空に散らばった砲弾は、夜空を彩る色とりどりの花火となった。


「平和な時代には、主砲にもこのような使い方もあるかと思いまして……我々よりタダシ陛下の大陸統一の祝いです」

「なるほど、こいつはいい」


 再びドーン! と打ち上がった大きな花火を眺めながら、タダシもようやく肩の荷が下りた。

 うまからのグリーンカレーを頬張り、辛口のジンジャー酒を煽って、一連の遠征の疲れも吹き飛ぶような、不思議な爽快感に包まれるのであった。

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