第21話「深夜の話し合い」

 俺とイセリナの会話を聞いて、エリンが呆れたように口を挟んだ。


「あーやっぱり話が通じてなかったんだ。イセリナはカッコつけるからいけないんだよ。ボクが説明するからちょっと代わって」

「どういうことだエリン」


「ボクたちが一緒の天幕に寝るってことは、つまり『そういうことがあってもいいですよ』ってことなんだよご主人様」

「エリン、ご主人様は……」


 そう言いかけて止まった俺を見て、エリンはペロッと舌を出した。


「へへ、王様って呼べっていうのもおかしいよね。ご主人より王様の方が偉そうだし」

「名前で呼べばいいだろ、タダシでいいよ」


「前女王のイセリナはそれでいいかもだけど、ボクがそう呼んだらみんなに示しがつかないでしょ」

「いや、エリンも島獣人の族長とかじゃなかったのか」


「そうだよ。ボクはこれでも島に住んでる獣人の族長だよ。あと勇者だし」


 そう言って、棍棒代わりに持っている魔木をブンと振り回す。


「勇者というのは、お前らの島の風習では防衛大臣みたいな位置づけでいいのか」

「大臣? そっか、それもいいね。ご主人様は王様だもんね。ボクも大臣かあ」


 そう言って、エリンは楽しそうに窓際に腰掛ける。


「なんでエリンはご主人様って呼びたがるんだ」


 ここまで繰り返されると、ただからかってるだけじゃなくて執着みたいなものを感じる。


「ボクたち犬獣人は群れで生活する種族だから、自分より上がいると安定するんだよ。ボクはずっと群れのトップをやってたんだけど、もう疲れちゃった。イセリナだって女王を辞めちゃったのはそういうことでしょ」


 そう言われて、イセリナも「私は……」と言いよどんで、少し思案していたが観念したように頷く。


「だからさ。ご主人様に最初に会った時に、この人なら任せられると直感したんだよ。楽になれるって思っちゃった」

「そうだったのか」


 これまでずっと明るかったエリンが、泣きそうな顔をしている。


「仲間がどんどん死んでいくの、どうしようもないし。ボクはイセリナの気持ちもわかるよ。ごめんね。ご主人様には関係ないのに……」


 確かにエリンみたいな小さい子が族長だの勇者だのと言われたら、重荷にもなるだろう。

 イセリナにしたって、これまでどれほどの苦労があったか。


「エリン。謝らなくていい。俺は大人だから、頼ってくれていいぞ」

「ほんとに!」


「ああ、出来る限りのことはしてやる」


 飛びついてくるエリンを受け止めながら、自分でもよくそんなことが言えるなと驚いてしまうが、守ってやりたいとは思った。

 王様になるってことは、きっとそういうことなんだろう。


 自分で決めたことだ。


「イセリナよかったね。夜伽もOKだって」

「待て。そこまでは言ってないだろ」


「ありゃ、雰囲気で流せると思ったんだけどダメか」


 俺に抱かれてペロッと舌を出すエリン。

 まあ、こいつは可愛いなと思うんだがまだ子供だし、これは庇護欲だよな。


 タダシとしても、夜伽とか言われてどう考えたらいいかわからないのだ。

 いきなりエルフや獣人たちにそういう関係を求められても当惑してしまう。


 イセリナは言う。


「タダシ様。これは、いろいろ考えてのことなのです」

「聞こう」


「タダシ様は人間です。エルフや獣人は、王と血の繋がりがあったほうが安心します。それと、私達の現状を見ていただければわかると思うんですが、男のつがいが不足してるんです」

つがいって……」


 イセリナは結構ハッキリと言うなあ。


「食糧が不足していたので人口を増やすのはどうかと思っていたんですが、タダシ様のおかげでその問題も解決しました」

「しかし、俺は人間だぞ。人間を嫌ってたんじゃないのか」


「タダシ様なら大丈夫です。それに、エルフは繁殖に強いんです。他種族の男とつがっても子供はだいたいエルフですので」

「ええ……」


 タダシの考えている一般のエルフのイメージと違いすぎる。

 エルフって人間に比べて寿命が長くて繁殖力が弱い種族じゃなかったのか。


 まあ、豊満な身体のイセリナを見ていると、繁殖力は強そうには思うが……。


「仮に人間の子供が生まれても、タダシ様の子供ならいいわよねリサ?」

「タダシ様は良い人です。タダシ様の子なら、人間でも分け隔てなく育てます」


「しかし、そういう問題なのか?」

「私も天涯孤独の身になってしまいました。もし王様がよろしければ、家族を増やせたらなと……」


 色っぽくすり寄ってくるリサに女を感じてしまって、タダシはブルブルと頭を振るう。


「この世界のエルフは、そういう軽いノリで繁殖しちゃうのか」


 ちょっと引いているタダシに、イセリナは説明する。


「家を復興するのは大事なことですよ。戦争でだいぶ人口が減ってしまったので、早急に仲間の数を増やさなければなりません」

「それはわかるがなあ」


「タダシ様のお好みもあると思いますが、島獣人の族長であるエリンかタダシ様の警護係を任そうと思っているリサなら、最初の相手としてはいいのではないでしょうか」


 それにエリンが反論する。


「ボクはつがいを作るには早いよ。そういう話なら、イセリナが一番適任じゃん」

「え、私! でも、私はタダシ様のお好みではないみたいですし……」


 イセリナは、顔を真っ赤にして顔を背けてしまった。


「とっておきのネグリジェで寝室まで来ておいて何を言ってるのさ。期待してるくせに」

「え、あれってそういうアピールなのか?」


 誘惑するつもりなら普段からイセリナが着ている際どい青色のビキニの方が圧倒的に露出度が高いんだが、どうもエルフの感覚はわからん。


「そうなんだよ。イセリナもしたいならしたいって素直に言えばいいのに」

「エリン! 違うんですよタダシ様!」


「違わないでしょ。ほんと、イセリナは人には偉そうに言うくせに自分のこととなるとそれだからなあ」

「もう!」


 怒ったイセリナは、エリンに向かって枕を投げつけた。


「アハハ、イセリナが怒った!」


 やれやれ、これはどうしたものかとタダシは頭をかく。


「えっと、とりあえず俺は会ったばかりの女性とそういうことをするつもりはない」


 リサが耳元でささやくように言う。


「人間の男性って、常に繁殖期と聞いたんですが?」

「またそれか。この世界の人間のイメージが酷すぎる。……そう言われると、そういう人もいるだろうから否定しがたい部分もあるが、俺にも倫理観ってものがあるんだ」


 そりゃタダシも肉体は二十歳に若返っているし、リサたちがそういう覚悟で来ていると聞いてしまうと思うところもあるが、それでも今日初めて会った女性と軽いノリでするつもりはない。


「でしたら、アーシャたちと代わったほうがいいでしょうか」


 悲しそうに言うリサに、タダシは言う。


「そういうことじゃないんだ。まあそのリサは兵士だし、警護係だったか。一緒に寝てもらうことにする」

「タダシ様、ありがとうございます!」


「いや、そんな期待する目で見られても。そういうことではないからな! その、まあ、お互いに親睦を深めて、その上で今後のことは考える。エリン、イセリナ!」


 俺が名前を呼ぶと、二人がケンカを止めてこちらを向く。


「はい!」「はーい」


「お前らも今日は一緒に寝ていい。ただし、寝るだけだからな。何もしないから。それでいいか?」

「はい、それで結構ですタダシ様。多少の行き違いがあったようですが、私達エルフの風習にもゆっくり慣れていただければと思います」


 とりあえず、この世界の海エルフがしぶとい種族だというのはよくわかった。

 イセリナが言うことも合理性があるようには思うが、そういう風に求められても気持ちがまだついていけない。


「さてと……」


 俺は窓のところまでいくと、窓の外に待機していたクルルと顔をあわせた。


「今日は飛び込んで来なくていいぞ。なんだったら開いてるスペースに寝るか?」

「クルルル!」


 するっと窓から入ってくると、部屋の空いてるスペースになんとか身体をねじ込んだ。

 正直言って狭い。


 そのうちクルルにも犬小屋を作ってやらないといけないな。

 クルルは身体がでかいから、もしかしたら人間よりでかい部屋が必要になるかもだが。


「ご主人様は真ん中だからね!」

「お前、俺を犠牲にしようとしてるだろ」


 イセリナの寝相が悪いのは知ってるんだぞ。


「へへ、ボク端っこ」


 エリンは、リサの背中に退避しやがった。

 やれやれ、しょうがないなと思いながら、タダシは菜種油の明かりを吹き消すのだった。

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