第20話「王の寝床の広さは権威を示す」
それから慌ただしい作業が始まった。
数隻の船は、すぐ椎の実やキノコを収穫して島に戻り、村作りのための木材の切り出しも始まった。
全てが急ピッチで同時並行に進む。
イセリナが準備してきたと言うだけあって、作業は滞りなく進む。
農業神の加護
畑を耕して種を撒き、その合間に緊急措置として、当座に必要な木材を絞って強引に乾燥させる。
タダシは寸暇を惜しんでに働き続けた。
農作業をやればやるほど、人の生活を支えているという実感があるからこれほどやりがいのあるものもない。
「主食のパンに使う小麦は一番増やさなきゃいけないし、次いで優先は大麦とホップ、サトウキビかな」
「タダシ様。小麦とサトウキビはわかります。ですが、大麦とホップを増産して何に使うのですか?」
「ああ、ビールを造るつもりだよ」
もっと言うと、サトウキビを作るのは黒砂糖が目的だが、絞りカスの廃糖蜜でラム酒も造りたいと思っている。
椰子の実もあったから、変わったところでは椰子の実の果実酒というのもありか。
鍛冶の神バルカン様が、お酒が欲しいと言っていたのを思い出したのでそのための準備だ。
神様への捧げものといえば、お
「ビール?」
「あれ、ビールを知らないのか。酒造りはするんだよな」
大麦とホップを持ってきた段階でビールは作ってるんだろうなと思ったのだが。
「はい。しかし、大麦酒作りにホップは使いません。ホップは薬草として使っています」
なるほどと、タダシは頷く。
初期の大麦酒は、ビールよりも単純な作りで苦味になるホップを使わなかったと聞いたことがある。
水代わりに飲まれていたらしいから、味など二の次なのだろう。
すぐに腐ってしまう水と違い、航海をするときにも便利だ。
おそらく船に積まれているのも、原始的な大麦酒なんだろうな。
しかし、鍛冶の神バルカン様にお出ししようとしている物がそれではだめだ。
出来る限り味の良い物を作らなければならない。
「酒造りを得意とするものはいるか?」
「はい。重要な仕事です。タダシ様と同じ農業の神クロノス様の加護を持った発酵の専門家もおります」
「おお、俺の先輩だな。じゃあ、あとで相談させてくれ。ラガービールというものを作りたい」
「はい!」
そのためにも、畑を広げる作業を急がなければならないので懸命に働く。
一日が経つのが早かった。
井戸を作った地点に戻ってみると、すでに百人くらいが住める状態になっていて驚く。
「なるほど。テント村か」
「はい。さすがに全ての住居は一日では作れませんので、でもこれを見てください!」
「おおー!」
一軒だけだけど、ちゃんとした木造平屋建てが一日で建ってる!
「せめて王であるタダシ様だけは、しっかりした建物で休んでもらおうと大工たちが総出でがんばりました」
「それにしても一日で平屋ができるとは驚いたよ」
この世界は、加護持ちもいるし魔法もあるから不可能ではないんだろうけど、そうとう無理したんだろうな。
「さあ、タダシ様。できましたら、大工たちにお褒めの言葉をおかけください」
「あ、ああ……みんなありがとう。よくやってくれた!」
以前のタダシならここで遠慮してしまうところだろうけど、これは好意なのだから素直に受けるのが正解なのだ。
「王様、もったいないお言葉でさ!」
ねじり鉢巻をした大工の棟梁が、誇らしげに喜ぶのを見て、これで正しかったのだなと思う。
ちなみに棟梁も、エリンと同じ犬獣人の女性である。
子供には男の子もいるのだが、成人は女性ばっかりだな。
イセリナが言っていた戦争の影響なのだろうか。
誇らしげに居並ぶ建築メンバーは、犬獣人がほとんどだ。
獣人は力が強いので、大工に向いているらしい。
「これからも頑張ってくれ」
「はい! ぜひ中を確認してくだせえ」
「それじゃあ中を見させてもらうね」
この平屋は、これから村を作るためのモデルハウスになるから、先に一軒建ててしまうのも正しいのだ。
作ってみれば、問題点も見えてくる。
「へへへ、どうですか。王様に用意していただいた木材が良かったんですが、それにしても綺麗なもんでしょう」
全てヒノキの板張りとは贅沢なものだ。
木材の表面も削ってあるし、ちゃんと釘も使ってるんだな。
タダシはちょっと思いついて聞いた。
「釘とか、大工道具が不足したりはしないのか」
大工の棟梁は、驚いた顔をした。
「王様はさすがでやすね! 鉄は輸入品なので常に不足して困ってやすよ」
やはりか。
島だから、そうだろうとは思ったが。
ここも魔鋼鉄があるからいいようなものの、普通の鉱石は全く取れないからな。
「畑が終わったら大工道具を増産するようにするよ。住居は大事だからな」
魔鋼鉄で作れば、鉄よりも丈夫な資材となる。
しかし、拾い集めた魔鉱石の在庫ももう少しでなくなってしまうので、掘りに行くことを考えたほうがいいのかもしれない。
「さすが王様。まず家でやすからね!」
「ああ、そうだな」
それでも衣食住が、揃いつつあるか。
先のことは先で考えよう。
賑やかな食事も終えて、そろそろ寝ようかと思って平屋に行ったら驚いた。
「これは、キングベッドか?」
四人同時に眠れそうなほど大きなベッドが設えてあった。
エリンやイセリナたちが、船から運んで来てくれたらしい。
「そのとおりです。ベッドの大きさと柔らかさは、王の権威を象徴します」
この世界の技術レベルでできる贅沢といえばその程度なのだろうなと思う。
タダシにしてもテント暮らしが長かったので、今日は板張りの家で眠れると思うだけで贅沢な気持ちになるくらいだ。
イセリナが元々使っていたものなのか、絹のシーツまで敷いてあってこれは豪華な品だ。
これに文句を言ったらバチが当たるだろう。
「しかし、家の大きさに対して、無駄に大きすぎないかイセリナ」
普通の平屋なので、こんなに大きなベッドを置くとほとんどベッドで埋まってしまう。
「タダシ様一人で寝るわけではないので」
「あ、なるほど」
そうだよな、みんながテントに押し込められている状態で贅沢はいえんか。
この家にも住めるだけ住まなきゃならんだろう。
「それで、誰にしましょう。エリンやアーシャたちはお好みではなかったようなので、兵士のリサなんかどうです。これぐらいスリムで引き締まった身体の方が、タダシ様のお好みではないですか?」
イセリナの隣で、リサが顔を真っ赤にして頷く。
「……ちょっと待てイセリナ」
なにか話がおかしい。
「なんでしょう? あ、もしかして同時に複数人というのがまずかったんでしょうか! そういうことを気にされる方もいますもんね」
それかあと、ポンと手を叩くイセリナ。
「いやいやいやいや! 絶対なんか勘違いしているぞ!」
「勘違いですか?」
キョトンとした顔をしているイセリナ。
「ああ、絶対に何か重大な話の食い違いがある」
「しかしですよ、タダシ様も正式に国王となられたわけですから
夜伽ときたか。
また不穏な言葉がでてきたなと、タダシはなんとも言えない顔をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます