第二章「生産王の生産無双」

第19話「辺獄の王」

 イセリナに詰め寄られて、タダシは肩をすくめた。


「王国だって?」

「はい、タダシ様をこの辺獄の王として新しい王国を築き上げます」


「大げさだな。この土地は誰のものではない。住みたければ好きに住めばいいんだよ」


 農業の神クロノス様が、タダシにまったりスローライフできるように与えてくれた広大な無主の土地だ。

 そこは別にタダシだけのものではない。


 住みたい人は自由に住めばいいし、そこを自分の王国などと、おこがましいように感じる。


「タダシ様、この人が住めぬ辺獄を実り豊かな土地としたのは、タダシ様のお力ですよ」

「そうは言われても、俺自身がなにかやったわけではない」


 この土地が浄化できたのも神々の加護があってのことで、タダシが偉いわけではない。


「それでも、この土地を開拓されたのはタダシ様です」

「みんな自由に住めばいい、ではダメなのか?」


「自由……。そうですね、タダシ様はこの辺獄から出たことはありませんでしたね。リサ来なさい」


 イセリナは、一人のエルフの女性を呼び寄せる。

 リサと呼ばれた彼女は、粗末な木の胸当てを付けて剣を帯びた兵士であり、左手で小さな箱を抱えている。


 歴戦を思わせる身体中についたおびただしい傷跡。

 そうして、その右腕は根本からちぎれていた。


「彼女は?」


 これほど酷い怪我人を見たことがなかったので、タダシは少し動揺する。


「リサ、このエリクサーを飲みなさい」

「はい」


 コクンと喉を鳴らしてエリクサーを飲んだリサの身体が輝き始める。

 身体の傷は見る間に消え、ちぎれた右腕が見る間に再生していく。


 癒しの女神エリシアの恵みの雫。

 最高位の治療薬は、無くなった腕すら再生するのだ。


「リサは、長らく私の家に仕えてくれている兵士です。彼女の両親は魔王軍の魔物によって喰い殺され、彼女自身もフロントラインとの戦争によって利き腕を失いました」


 悲惨な話に、タダシは言いよどむ。


「それは、なんと言ったらいいか……」


 リサは、タダシの前に跪いて言う。


「タダシ様、ありがとうございます。おかげで私はまたイセリナ様のために剣を振るうことが、できます。そして、これよりは我が君であるタダシ様のためにも必ずお役に立ちましょう」


 リサは、その場に木箱を置くと、静かに泣き始めた。

 イセリナもこらえきれず、碧い瞳に涙を浮かべる。


「身内の治療を優先するわけにはいかないということもありましたが、タダシ様に私どもの置かれている現状を理解して欲しいと思ってリサの治療を最後にしたのです。タダシ様のお作りになられたもので、救われる民がいると示すために」


 イセリナたちの住むカンバル諸島は、魔族と人族の両方に虐げられて滅亡の危機に瀕している。

 こうして見せられることで、タダシにもその現状はわかった。


「そうだったのか。だが、エリクサーを作ったのはイセリナだから」


 タダシに癒しの加護はない。

 あるのは、地味な生産系の加護ばかりだ。


「私は高位の薬師ですが、島には薬がありませんでした。飢える民を救う食糧もありませんでした。島を守ることすらできなかった。それを無力に感じて、私は自ら女王と名乗るのを止めたのです」

「なら、イセリナが女王に戻ればいいんじゃないのか。食糧や薬草ならば、これからも提供しよう」


「そうではないのです。タダシ様がいたからリサも救われたのですよ。リサだけではありません。今日連れてきた人々は、みんなタダシ様からいただいたエリシア草で傷を癒やされた者たちです」


 いつの間にか、やってきた全員が作業の手を止めてタダシの周りに集まっていた。

 イセリナは、小さな木箱から宝石に彩られた樹木の王冠を取り出す。


 エルフ氏族の古王エヴァリスが、その身を変えた樹木より作られしエルフの王の証である。


「これは?」

「私が女王であった頃にかぶっていた王冠です。海エルフ族が、戦争に敗れて島に流れ着くずっと前から、脈々と引き継がれて来たものです」


「美しい光沢だ。綺麗なものだな」

「これで、タダシ様をこの辺獄の王として戴冠いたします」


「いや、そんな貴重な物をもらうわけにはいかない」

「タダシ様、私は海エルフ族の族長として、元女王としてこちらへの移住を考え続けてきました。島にはどれほどフロントライン公国の支配が苛烈でも、故郷から離れたくないという者もいるのです」


「それはそうだろうな」


 故郷をそう簡単に捨てられるものではない。

 田舎でスローライフしたいと思いながら、都会の片隅から一歩も出られなかった自分もそうだった。


「民を救うには、生きる希望が必要なのです。民を救えなかった私では、そうはなりえない」

「俺ならそうなれると?」


「はい。タダシ様はおそらくこの世界でもっとも多くの加護をお持ちです。農業の加護☆☆☆☆☆☆☆セブンスターに加えて、鍛冶の加護や英雄の加護までお持ちなのですから」

「そんなに珍しいことなのか?」


「ありえないことです。あまりに凄すぎて私も実際にそのお力を見せられるまで半信半疑でした」

「そうか」


「アンブロサム魔王国もフロントライン公国も、支配者たちは神の使徒を自称しています。しかし、その誰よりも多くの加護を持つタダシ様こそが王にふさわしいのです!」


 タダシは、しばらく考えて頷いた。


「わかった。この王冠をかぶればいいのか?」


 野良着の自分には似合わないがなと笑いつつ、タダシは王冠を拾い上げる。


「あ、いえ。一応禅譲の儀式として、私からタダシ様におかぶせするということで」

「うん。わかった」


 タダシは、イセリナがかぶせやすいようにしゃがんでやった。


「アヴェスターの神々よご照覧あれ! エルフ氏族の古王エヴァリスの枝葉にして、カンバル王国の女王イセリナ・エル・エヴァリスは天命に従い謹んで大野タダシに王の位を譲る!」


 イセリナは、王冠をかぶらせただけだ。

 ゆっくりと立ち上がるタダシに、イセリナは跪き、周りにいた百五十人の海エルフや島獣人たちも同時に跪く。


 エリンですら神妙な顔をしているので、笑ってしまう。

 傍らにいた兵士リサが叫んだ。


「皆の者! 新たなる王、大野タダシ陛下に拝謁!」


 周りの者達も声を揃えて叫んだ。


「タダシ国王陛下バンザイ! バンザイ! バンザイ!」


 タダシは、悠然と周りを見回すと頭の王冠をゆっくりと下ろしてイセリナに渡す。


「さて、もう王冠はいいんだな。大事にしまっておいてくれ」

「は、はい! あのタダシ陛下はどちらに」


「新しい畑を耕しにいこう。イセリナは一刻も早く、民を救いたいのだろう」

「はい!」


「怪我人もまだいるんだろう、エリシア草の畑ももっと増やさないとな」

「はい。この辺りの探索を進めて、最適な土地を考えます」


 そうか。

 畑の配置、収穫の作業効率も考えなければならないか。


 一からの村作りだもんな。

 そういうのを考えるのも面白いものだ。


「ともかく、村の建設予定地の近くから全力で耕していくので、もし間違ってたら言ってくれ」

「はい! まず食糧を優先したほうがいいかと!」


 タダシが動き出したので、みんなも慌てて作業へと戻る。


「しかし、王様か」


 柄でもない王を引き受けたのは、母親の言葉を思い出したからだ。

 タダシの名前を名付けたのは母方の祖父で、「世の中を正すような人になって欲しい」と思って名付けられたそうだ。


 それを聞いたときは、何を大げさなと思って忘れてしまったけど。

 結局何もできなかった前世の罪滅ぼしに、人のために何かやってもいいかもしれないと思ったのだ。


 きっと神様たちも、そのために助けてくれたのだろう。


「期待されてるんだものな……」

「なんでしょうか、タダシ陛下!」


 イセリナが言うのになんでもないよと笑って応えると、タダシはくわを振り上げてズババババッと新しい畑を起こすのであった。

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