第83話「三王会議」

 タダシ王国、フロントライン公国、アンブロサム魔王国。

 三王国の王と閣僚が集まったところで、猫妖精ケットシーの商人賢者シンクーが会議を始める。


「皆様お忙しい中お集まりいただきありがとうございますニャ。それでは、今回の聖王国の行ってきた制裁を説明しますニャ」


 シンクーが説明していく。

 ようは、大陸の人族国家を統べる聖王国が全体にタダシ王国及び、猫耳商会との貿易を一切禁止する命令を出したのだ。


 それに従わなければ、その国も人族の敵とみなすという。

 公王ゼスターは、力強く言う。


「聖王国にとことん愛想が尽きた。ワシらは、タダシ王国と運命をともにするつもりだ!」


 公王ゼスターの言葉に、隣に座っていた娘のマチルダもうなずく。


「お父様のおっしゃる通りです。フロントライン公国は、これまでずっと聖王国の盾となって戦ってきた。それなのに聖王国はろくな援助もよこさず、ようやく戦争を終らせたのに魔族と和平を結ぶとは何事だとなじる始末。ずっと前から気に食わなかったのでせいせいした! なあ、オージン!」


 マチルダの言葉に、公国の内政を預かる老賢者オージンも深く頷く。


「食糧や医薬品ならタダシ王国から輸入すればいいですから、我が国は全く困りません。さすがに表立って敵に回すのは得策ではありませんが、内心では聖王国のやり方に反発している諸国も多いかと」


 金剛の騎士オルドスなどは、なんなら今からでも一戦交えると勢いづく。


「これで聖王国が攻めてくるというのなら、今度は我々公国の騎士がタダシ王の盾となって戦う覚悟ですぞ!」


 タダシは、それを制して言った。


「いやいや、オルドスさん。気持ちは嬉しいですが、こちらとしても戦争は望んでないですから」


 公国の意思を聞いて、シンクーは魔王国の方に話を振る。


「聖王国は、北の帝国のような軍事国家ではないニャ。少なくとも、当面はいきなり攻撃を仕掛けてくる心配はないと思うニャ。それでアンブロサム魔王国は、どうですニャ」

「……」


 新たに魔王となった小柄な十四才の少女、レナ・ヴラド・アンブロサムに視線が集まる。

 レナは、不安げに後ろ盾となっている侍従長フジカ・イシュカを眺めた。


「姫様、いえレナ魔王陛下! ここはぜひ、ご自分のお言葉でおっしゃってください」


 知らない人も来ているので、レナは相変わらず人見知りをしている様子。

 しかし、魔王としてはそれではいけない。


「私……いえ余としても、タダシ王国と共にやっていくつもりです!」


 フジカたち吸血鬼の女官は、よく出来ましたと盛大に拍手する。

 ちなみに、吸血鬼の女官の多くは一ヶ月ごとにタダシ王国の王城と、魔都の宮殿を交代勤務している。


 タダシの妻になっている者が多いから、そうしているのが理由だった。

 それとタダシが「まるで参勤交代だな」と言ったので、本当にそういう制度になってしまった。


 公国からも服属の証として公都の官僚が参勤交代してタダシ王国の内政を支えるようになり、三国間で良い人材交流にもなっている。


「三国で連携を密にして共にやっていくということで、決まりニャ。今は三国でも、いずれもっと多くの国がタダシ王の創る、みんなが豊かになる世界に賛同してくれるはずニャ」


 そう話をまとめるシンクーに、タダシは尋ねる。


「なあシンクーちょっと聞いていいか」

「何ですニャ」


「聖王国と人族国家が貿易停止してきたって言うけど、それで何か困ることはあるのか?」


 タダシ王国はそもそも自給自足できているのだが、公国や魔王国も巻き込んでしまっている以上なにか困ったことがあれば対処しなければならないと思って尋ねる。

 しかし、シンクーは半笑いで首を振った。


「それが、まったくないニャ」

「えっ、本当になにもないのか?」


「だって、味噌も醤油もソースも清酒も、聖王国自慢の交易品は全部タダシ陛下が作ってしまったニャ。まさかこんなに上手くいくとは、うちも思わなかったニャー」

「そう言われたらそうだな。全部、うちで作れるもんな」


 貴重な産物と聞いていたので、それなりにガードしているのかと思えば聖王国は何の対策もしていなかった。

 最初から交易を止めていれば聖王国でしか採れない作物も多くあったので困ることもあっただろうが、今や聖王国の産物や日用品はこちらでも作れるのだ。


「聖王国は、貿易停止するにも遅かったニャ。強いていえば、神殿造成に使う大理石とかだけニャけども、それも聞いてみたら魔王国に産出する場所があるそうニャから、全く困らないニャ」

「なあ、シンクー。じゃあ、なんで聖王国は貿易停止してきたんだ。それで何を制裁するつもりなんだ?」


 むしろそれだと、聖王国に従う国の方が一方的に困るだけで終わるのではないかと疑問に思う。


「タダシ王の疑問はもっともニャ。聖王国は、これまでライバルになるような商売相手がいなかったので油断しまくってたニャ」

「つまり、聖王国はバカだったってことか?」


「うーんまあ、そこまで言うと可哀想ニャ。貿易を差し止められると、うちら猫耳商会もおおっぴらに稼げなくて困るニャよ。けど、それも時間の問題ニャ」


 タダシ王国との貿易を人族国家に許していても、輸出で儲けている聖王国はジリ貧に陥るだけなので貿易停止させるのはわかる。

 しかし、全ては遅すぎたのだ。


 北の帝国や聖王国などの大国は食糧を自給できるが、その他の諸国はそうではない。

 特に、公国と国境を接している大陸中央部にある自由都市同盟の諸国は、タダシ王国の安い食糧品や医薬品にすでに依存してしまっている。


 一度そうなってしまえば、いくら聖王国から人族の敵認定すると脅されても止められるわけがない。

 だって、そうしないと貧しき民は食えないのだ。


 いくら聖王国が命じたからといって、そのまま餓死するバカはいない。

 弱小国ほどこっそりと密貿易は続けることとなるし、それを止めようとする貴族と貧民の争いは激化するだろう。


 もしかしたら、聖王国の陣営を抜けてこちらに寝返る国家もでてくるかもしれない。


「なるべく安く売れ、困ってるならタダでもいいから配ってやれと言ったタダシ陛下は凄かったニャ。損して得取れ、うちも勉強しなきゃいけないニャね」

「いや、そんなつもりはなかったんだが」


 シンクーには、「神様にもらった物なのでそんなに困ってるなら分けてやれ」といっただけなんだが、なんか違う風に解釈されてしまっていたようだ。


「さすがはタダシ王ニャ。味方は多いに越したことはないってことニャ」

「それはそうだね。まあ程々に頼むよ」


 難しい話が終わったので、歓談となった。

 六歳の娘プティが、お盆にアイスコーヒーと、トライフルケーキを載せて運んでくる。


 トライフルケーキは、イチゴやみかんキウイなどのフルーツがスポンジケーキと層をなしており、甘いカスタードクリームと生クリームがたっぷりとかかっている。

 甘みの宝箱のようなケーキだ。


「お手伝い偉いなプティ」

「うん!」


 後ろから歩いてきた母親のマールは、苦笑しながら言う。


「タダシ様。プティは作ってる時につまみぐいしてたんですよ。叱ってやってください」

「そっか。まあ、美味しい物が目の前にあったらしょうがないよなあ」


 突然できた愛らしい獣人の娘を叱れと言われても、タダシだって困ってしまう。

 ごまかすように抱きついてくるプティの柔らかい髪を撫でて、タダシは笑った。


「お父さんも早く食べて、美味しいよ!」


 ケーキのように甘やかしてくるタダシに、プティもよく懐いている。

 勧められたので、タダシもトライフルケーキを一口食べてみる。


「美味い」

「プティが持ってきたの!」


 作ったのは母親のマールなのに、我がことのように言って褒めてくれというプティ。


「ハハッ、ありがとう。プティのケーキは美味しいな」

「うん!」


 本当に、ふわふわのクリームとフルーツが絶妙に混じり合って美味しい。

 微笑ましい光景に笑いながら、公王ゼスターたちもトライフルケーキに舌鼓を打つ。


「美味い。このような手の込んだお菓子は、他所では食べられぬものだ、婿殿の国の豊かさの象徴のような甘味だな」

「ケーキに使える材料が集まってきましたからね」


 ウェディングケーキを作るためという変わった理由ではあったが、王城のお菓子工房では様々なケーキを工夫して作っており、レシピは街や村々にも伝わってタダシ王国の名物となっている。


「体に障るので酒を控えよとオージンがうるさいのだ。おかげで、甘い物くらいしか楽しみがない」

「それはそれは」


 ビール樽もお土産に持って帰ってもらおうかと思っていたタダシだが、これは程々にしておいたほうがよさそうだ。

 病の床からは起き上がったとはいえ、公王ゼスターもいまだに車椅子からは立ち上がれない。


 酒も過ぎれば毒なので、控えるには越したことはないだろう。

 公王ゼスターは、この世界の人間の多くが砂糖とミルクを入れなければとても飲めないアイスコーヒーを平然と飲んで、甘いケーキに合うと笑ってみせる。


「しかし、美味い。まるで天上の美味だわい。城の家臣たちにも食べさせてやりたいものだ」

「あとで包ませますよ。日持ちしないので、さっさと食べてくださいね」


「これは催促してしまったか。ありがたく頂戴していくとしよう。しかし、愛らしい子を見るのは良いものだ。マチルダにもそんな頃があった」

「やめてくださいよ。お父様!」


「ハハハッ、良いではないか。プティちゃんといったか、この子よりはマチルダはかなりお転婆だったがなあ」


 血は繋がってないと言っても、タダシの子なら公王ゼスターにとっても孫も同然だ。

 自分の娘マチルダの小さい頃を思い出したのか。


 公王ゼスターは、少し眩しそうにプティとタダシを眺める。

 コホンと、咳払いしてマチルダが言う。


「良い機会ですので、お父様にお知らせがあります」


 そう聞いた公王ゼスターは、ハッとなって振り返る。


「まさか!」

「……はい。私にも、子が出来ました」


「そ、そうか。でかした!」

「公王陛下!」「危のうございます!」


 ゆっくりと車椅子から立ち上がる公王ゼスターに、金剛の騎士オルドスと老賢者オージンが慌てて駆け寄る。

 傍らにいたマチルダも慌てて支えようとするが、公王は心配ないと右手を上げる。


「大丈夫だ。孫ができるというのに、いつまでもせってはおれん。よくやったマチルダ、これで公国の未来も安泰ぞ」

「は、はい」


 しっかりと左手を机について立ち上がった公王ゼスターは感激の涙を流して、そのままマチルダの金髪の髪を撫でてやる。

 厳しい父に頭を撫でられるなど、それこそ子供の頃以来でマチルダは思わず涙ぐんでしまう。


「身体を大事にせよマチルダ」

「お父様も……」


「ああ、もちろんだとも。孫が無事に産まれてくるまで、いやお前たちの子が無事に国を継げるようになるまで絶対に死ねん。決めたぞ! 今日からワシは酒を断つ!」


 見るからに矍鑠かくしゃくとなった公王は、孫が無事に産まれてくるようにと願をかけて、みんなに断酒を誓う。


「じゃあ、ビールはいらないですね。良いのが出来たので、本当はお土産に持って帰ってもらおうかと思ったのですが」


 そう言うタダシに、公王ゼスターの気持ちは身体ごと揺らぐ。


「う、うむ。それは、うーむ」

「アハハ、これはいつまで続くことやら」


 そう笑うオージンに、マチルダは追い詰めるように言う。


「失礼ですよオージン。ずっと続くに決まってます。お父様は、決して誓いを破らない人です!」

「お、おうとも。そ、そうだな。国を継げるまでというのはちょっと言い過ぎた。孫が産まれてくらいまでは必ず……」


 先程の勢いはどこにいったのか。

 うーんと首をひねる公王ゼスターに、みんなは笑うのだった。

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