第三章「魔界の深淵から」

第148話「魔王ケイロン」

 街の建設をも一段落して、そろそろアダル魔王国について何らかの処置をしなければならないということで会議が開かれる。

 開口一番、タダシの参謀役であるシンクーが言う。


「そもそも、これまで何も向こうからコンタクトがないっておかしいニャー」


 まったくその通りだとみんなうなずく。

 戦乱が続いたアージ魔王国は、要約国境線の防衛も十分ではないし、向こうからは隙だらけに見えるはずだ。


 そこは、向こうも建国して間もないので守りを固めようということなのかもしれない。

 しかし、それにしても外交使節の一つも送ってこないというのは不思議だ。


 わざわざ港町からここまでやってきてタダシに嘆願しにきた超弩級戦艦ヤマトのヤマモト提督は言う。


「今度は超弩級戦艦ヤマトに活躍の機会を与えて下さるようお願い申し上げます」

「俺は、武力が役に立たないことを祈ってるんだけどね」


 どうやら、ヤマモト提督はせっかく換装し直した拡散超弩級砲の活躍場所がなかったのが残念だったらしい。

 砲艦外交するわけにもいかないので、できれば活躍の場所がない方がいい。


 平和的に解決できるならそれに越したことはない。

 まったく動きのない、アダル魔王国の魔王ケイロンという男は何を考えているのか。


 やはり、こちらから使節を派遣して平和条約を申し出てみるか。

 タダシが自分の考えを述べようとしたその時だった。


 バタンと扉を開けて、元魔王のフネフィルが入ってくる。


「タダシ陛下、大変です! 隣国の魔王ケイロンが軍勢を率いてピラミッドまでやってきました!」

「なんだって!」


「いかがいたしましょうか」

「ともかく、会ってみよう」


 いきなりここまでやってくるとは、大胆不敵である。

 もしかして、自らが宣戦布告をしにやってきたのだろうか。


 いや、そしたらすでに一暴れしてるだろうし、それはないか。

 だがしかし、魔王と名乗るものを、常識ではかっていいものか。


 ともかく、会ってみようと魔王ケイロンが待っていると言うピラミッドの前に向かう。


「なんだありゃ……」


 ピラミッドを出たタダシの目の前にいたのは、既にボロボロになっている傷だらけの軍勢であった。

 遠目からは騎士かと見えたが、近くで見れば半人半馬ケンタウロスのケンタウルス族である。


 凄まじい筋肉を持っており強そうに見えるが、みんなボロボロに傷ついている。

 ここまで、ようやっと逃げてきたという雰囲気。


「ともかく、みんな回復してやってくれ」


 魔族は魔力をみなもととしており、エリクサーで完全回復しないので難しい。

 それでも傷の手当くらいはしてやれと指示して魔王ケイロンのもとへと向かう。


「ハグハグ、もぐもぐ……」


 そこには、一心不乱に飯を食らう半人半馬の男が居た。

 栗毛色のたてがみ、見事な筋肉をした体つきであるが、馬の足が一本もげている。


 それでよく立っていられるなと思うのだが、とにかくパンでも肉でも手当たり次第に食べまくっている。

 料理長であるマールが、慌ててパンや肉を焼いて対応している。


「どういうことなんだ」

「とにかくお腹が空いて死にそうだというので」


 それより先に、怪我の手当ではないのか。

 まあ、食べて回復するタイプの魔族なんだろうなとは思う。


 おおよそ通常の十人分くらいの食事をたいらげただろうか。


「ふう、ようやく落ち着いた」

「エリクサーだ。これで、足を直したらどうだ」


「おお、これは済まぬ。ちょうど飲み物も欲しかったのだ」


 いや、エリクサーは飲み物じゃないんだが。

 ごくごくっと美味しそうに飲み干すと、見事な筋骨隆々の足がもとに戻った。


 もうタダシは、率直に聞いてしまう。


「魔王ケイロンだろ、一体何をしにきたんだ……」

「うむ、タダシという男に会いに来たのだ」


「それなら、俺がだが」

「おお! そうなのか。飯もごちそうになってかたじけない」


「いや、それはいいんだが、これは一体……」


 ともかう状況を説明して欲しい。


「かたじけないついでにもうひとつ、どうか我が国を助けて欲しい」

「いや、だからまず先に詳しい状況を説明してくれ」


 ともかく、説明が足りない魔王ケイロンにタダシは何度も説明を要求し、ようやく状況説明を始めた。


「うむ、魔界の深部から滅竜帝ガドーというのが突然出てきて、そいつとその下僕のドラゴンどもが大暴れしたのだ」


 聞いてみると、知らん単語が出てきた。


「待て、まず順々に説明してくれ。魔界の深部と言うのはなんだ?」


 そう聞くと、元魔王のフネフィルが説明してくれる。


「魔界の深部には、魔王も恐ろしくて近づかない危険な領域があります」

「かつての辺獄へんごくのようなものか?」


 そう聞くと、フネフィルはうなずく。


「では、ケイロン。その滅竜帝ガドーというのは?」

「それが、よく知らんのだ……」


 お前も知らんのかいと、タダシはずっこけそうになった。

 魔王ケイロンは、いちいちとぼけているというか、なんかズレている人物だ。


 どうも、魔界の深部には、そのまんまの名前で奥魔界という領域が広がっているそうだが、危険なので誰も近づかず中の様子も伺いしれないという。


「誰か、滅竜帝ガドーという名前に心当たりは?」


 すると、小竜侯ワイバーン・ロードデシベルが「はい……」と手を挙げる。

 それに横で、「おい」と、竜公ドラゴン・ロードグレイドが小突いている。


「なるほど。同じ竜族なら知ってるよな」


 グレイドは、凄く嫌そうな顔で答える。


「あいつらを、同じ竜族と思ってほしくない」

「と、言うと?」


 小竜侯デシベルが答える。


「えっとね、王様。滅竜帝ってすっごくやばいやつなんですよ!」

「どれくらいヤバいの」


 グレイドが答える。


「そこにいる、フェンリルの子供の親くらいヤバい」

「クルルの親?」


 クルルは、はてなという顔で首をかしげている。

 どうもグレイドたちに詳しく話を聞くと、奥魔界には神を目指した伝説のドラゴン、四竜帝というのがいるらしい。


 一万年前の神話時代の話である。

 神レベルの強さを目指した四匹の古竜が、魔界の深部にある奥魔界で修行を始めた。


 そして、神を名乗って暴れまわった神竜が神獣フェンリルに懲らしめられたのは、有名な話である。

 とにかく、奥魔界には魔王も支配できない太古の魔物がいっぱいいるらしい。


「滅竜帝ガドーは、奥魔界でも序列四位の帝竜だ」


 奥魔界で序列一位が、かつて神を名乗った神竜帝ショウドウ。

 二位が紅竜帝キトラ、三位が金竜帝エンタム。


 そして、今回出てきて暴れまわっているという滅竜帝ガドーが四位だという。


「でも、同じドラゴンじゃないのか?」


 もっともなタダシの疑問に、デシベルが答える。


「王様! 根本から違うの」


 グレイドが吐き捨てるように言う。


「やつらは、魔物である古竜。俺たちは、魔族であるドラゴンなんだ」


 つまりどういうことかというと、魔族であり魔族の神ディアベルを信仰しているグレイドたちには加護の星がある。


「でも、そのフェンリルには、加護の星がないでしょ。それは、魔物の神オード様が星を与えないからなんだ」

「なるほど、そういやクルルには星がないな」


 これまで、おかしいとは思ってなかったのだが、言われてみればそうである。


「最初のうちは魔族のほうが強いんだけど、魔物の神オードの管轄の魔物は、歳を取って経験を積めば詰むほど無限に強くなるんだ」

「あ、そうか。それで古竜というわけか」


 よくよく思い出せば、タダシがこの世界に来る時に、魔物の神オードを信仰して古竜となった変わり者の転生者が四人いたという話を聞いた。

 そいつらは、魔王の系列とは関わりなく、奥魔界というところでずっと修行し続けているということだ。


 すると一万年の間にどれほど強くなっているのか、手強い敵になりそうだった。

 そいつらに、もっか領土を侵略されている魔王ケイロンは、「ほーそういうことなんだ」と話を聞きながら、まだ焼いた肉をむしゃむしゃ食っている。


 実に呑気だが、タダシは不思議とこのケンタウロスを嫌いになれない。

 恐ろしげな体躯の魔王だが、あっけらかんとしているというか愛嬌みたいなものがある。


「しかし、なんでそんなやつらが急に攻めてきたんだろ」


 そこで、ケイロンがポンと手を叩いた(馬の脚が四本あるのとは別に、上半身は人間なので手が二本あるのだ)。


「そうだ。その滅竜帝ガドーが、『神に勝ったタダシと戦いたい! タダシを出せ!』と言っていたぞ」

「なんでそういう大事なことを早く言わないんだ!」


 知らない魔王だけど、もうタダシはツッコんでしまった。

 滅竜帝ガドーが、タダシを狙って来たというのなら、これは他人事ではない。


「あのー」


 申し訳無さそうに、元魔王のフネフィルが手を挙げる。


「なんだフネフィル。何か気が付いたことがあったら言ってくれ」

「魔王ケイロン陛下の手に、ディオニソス神の十個の加護の星がありますが、もしかしたら剣の魔将ナブリオの時と同じように、予備の使徒なのではないでしょうか」


 魔王ケイロンが、それにうなずいて言う。


「いかにもそうだ」

「だから、なんでそういう大事なことを先に言わないんだ!」


 タダシはもう呆れてしまう。


「今思い出したんだ」

「いや、それ忘れることか?」


「うん、わりとどうでも良かったのでな。ディオニソス神が力をくれるというので、この最強の弓と一緒にもらったのだ」


 そう言って差し出したのは、星神の弓サジタリウスというかなり最強っぽい弓である。

 これがあるから、魔王ケイロンはアダル魔王国を再統一できたという。


「なあ、それをもらったということは、ディオニソス神の復活を手伝わなくていいのか」


 使徒にもなってるんだろうと、タダシは聞く。


「え? ディオニソス神ってもう封印されたんだろう。だったら別に、もうどうでもよくないか?」

「よく考えればそうか!」


 タダシも言われて気が付いた。

 もうディオニソス神たちは宇宙に封印されているんだから、加護だけもらっておいて何もしなくても罰則もなにもない。


「凄いな魔王ケイロン」

「そ、そうか。タダシに褒められるとは、嬉しいな」


 バカなようにみえて、発想の転換が凄い。

 そっか、神の加護って結構もらうだけもらっておいて、みんな好き勝手やってもまったく罰則ないもんな。


 がんばって使徒の役割をやろうとして死んだ剣の魔将ナブリオも、策士ぶってそんな簡単なことに気が付かなかったのは哀れである。

 それにしても、魔王ケイロン……。


 バカなのか凄いのか、よくわからない男である。


「まあ、滅竜帝ガドーが俺に挑戦してきてるなら共通の敵みたいだから、もちろん助けるけど」


 また、タダシが安請け合いしそうなので、そこに参謀役である商人賢者シンクーが入る。


「待つニャ! タダシ陛下、タダ働きはダメニャ! ケイロン陛下は、助けたら何をくれるニャ」


 魔王ケイロンは、頭をポリポリとかいて答える。


「アダル魔王国をあげよう。それでいいか」


 その答えには、シンクーも唖然とする。

 みんなシーンとしてしまう。


「あれ、みんななんで黙ってるんだ。俺はそんなにおかしいことを言ったか?」


 魔王ケイロンはびっくりしたように言う。

 タダシは、びっくりするのはこっちだと思って言った。


「いや、なんというか……ケイロンは大人物だな」


 せっかく統一した国をあげるとか、口約束にしたって豪気である。


「だって、滅竜帝ガドーどころか、その手下の軍勢にあっという間に負けたからな。力が手に入ったから、調子に乗って統一して魔王を名乗ってみたが、もう懲り懲りだよ」


 あんな強大などうしようもない敵が出てきて、国を守る責任がある魔王なんかやってられない。

 早く普通の魔族の族長に戻りたいのだという。


 魔王ケイロン。

 なんというか、ほんとに思い切りのいい男である。


「わかった。とにかく、滅竜帝ガドーをなんとかするためにがんばってみるよ」

「頼む。もう本当に打つ手がなくて、アダル魔王国の首都、歓楽都市バッカンテも風前の灯というか……」


 もう滅んでるかもしれんなと、ケイロンはまるで他人事のようにあっけらかんと言うのだった。

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