第72話「サキュバスシスターがやってきたぞ」
黒いベールを
「貴女が、魔族の神ディアベル様を
「バンクシア・エリキフォリアと申します。タダシ陛下に置かれましては、ディアベル様を奉ずる魔族の民を保護していただき誠に感謝の念に堪えません」
ついに待ち望んでいた魔教会の代表が王城へとやってきたわけだが、サキュバスと聞いていた割には黒い修道服は露出が極力抑えられたものだ。
「なんというか、凄くまともだ」
「はい?」
「いや、失礼。バンクシアさん。大野タダシです。こちらこそお会いできて光栄ですよ」
まともな教会関係者という感じ。
やはりサキュバスだからマズいというのは、偏見だったかとタダシはホッと胸を撫で下ろす。
修道服からちらりと覗く髪の色は桃色で、とても綺麗だ。
「バンクシアさん」
「タダシ陛下、是非親しみを込めてシアとお呼びください」
ずいっと顔を近づけてきて、俺の手を握ってそんな事を言う。
初対面で押しが強いというか、いきなり距離詰めてくるな。
「コホン、ではシアさん。ディアベル様は神力が弱っているようで、なんとか力を強める手立てはないだろうか」
「それは、民の信仰の拠り所となっているアンブロサム魔王国の魔教会が破壊されたせいです。魔界に二つしかない大神殿を崩されたのは、ディアベル様にとっては羽根を片方もがれたようなものでしょう」
「なるほど、敵もそれをわかってやったわけか。じゃあ魔教会を再建すればいいのかな?」
それなら、うちの国に大神殿を造ったらいいように思う。
「お待ち下さい。ディアベル様の神殿を再建すると言っても簡単ではありません。上質の大理石を大量に使わなければならないのです」
「神殿の素材まで決まってるものなのか?」
「はい、信仰を集める神殿というのはただ建てれば良いというものではありません。アンブロサム魔王国にあったディアベル様の神殿は、素材にまでこだわった立派な建築物だったのです。大きさはこの際同じものとまでいいませんが、素材が同等レベルの物でなければ格式が足りないでしょう」
農業の神クロノス様は心がこもっていれば形なんぞ適当でいいというから、神像も神殿も適当な材質で作っているのだが、よくよく考えたら農業神だからタダシが生やした木材でよかっただけだったのか。
神様によって条件が変わるのはよくわかるのだが……。
「うーん。しかし、大理石が必要とは……シンクー手に入るか」
産出する資源が偏っているタダシ王国にはもちろんそんなものはない。
「この辺りで大理石を運んで来ようとすると聖王国からになるけど、船便で一ヶ月以上かかるニャー」
「神殿を建てる建築期間もあるから、とても魔王軍の侵攻に間に合いそうにないな」
ディアベル様の神力の回復は決戦前に必要不可欠と考えていたので、みんな深刻そうな顔をする。
突然、マールが叫んだ。
「ああ、そうだタダシ様。大理石ならありますよ!」
「どこに?」
「そこです」
マールが指差す先、城の中庭に大理石の塊が大量に転がっていた。
「うわ、目の前にありすぎて気が付かなかった。あんな物一体どうしたんだ?」
「イセリナ様が、タダシ様の宮殿は絶対に大理石だって強硬に言い張って、仕方なく輸入したんですよ。それで、結局建設チームがこんなの他の部分との材質が違いすぎて浮いちゃうから使えないって言い出して、まったく役になかったんです。怪我の功名ですよ、やりましたねイセリナ様!」
そういやそんなこと言ってたな。
王城のデザインと全く合わなくて、庭石代わりに放置されていたのだ。
「でかしたぞ、イセリナ!」
「うう、なんかそれを褒められても複雑です……」
過去の失敗を褒められて、口元をふにゃりとさせて微妙な顔をするイセリナ。
シスターバンクシアも、これには手を合わせて歓喜する。
「なんと綺麗な色合いの大理石でしょう。これも、ディアベル様のお導きです!」
「全ては神のお導きか、それはそうかもしれない」
偶然にも思えるが、全ては必然なのかもしれない。
こうして魔族であるシスターバンクシアがタダシを頼って辺獄へと流れてきたのも、
「エルフの女王様が無駄に高級な大理石を輸入して放ったらかして置いたのも、きっとディアベル様のお導きですわ」
「シアさんそれくらいにしてもらえるか」
みんなに言われて、イセリナが真っ赤になっている。
「ともかく、あとは神殿を建てるだけだな。シップ、頼めるか」
「どんな物がいいのか教えてもらえれば、注文通り最高の神殿を作ってみせるぜ!」
シップたち建設チームに任せれば、きっと素晴らしい神殿を立ててくれるに違いない。
これでめでたしめでたしと思ってタダシは退出しようとしたのだが、クイッとシスターバンクシアに服の袖を引かれる。
「あの、何か?」
「タダシ陛下には折り入ってお話がありまして、別室でお話させていただければと」
「それは、ここではいけない話なのか」
「はい。できれば二人っきりで静かな場所でお話できればと思います」
サキュバスに別室に誘われるとか、嫌な予感しかしないのだが、しょうがないので奥の間で話をすることにした。
もう後宮回は十分にやった。頼むから、お約束どおりの展開は止めてくれと思いながら話を切り出す。
「それで、話とは?」
「吸血鬼族の皆様に血を吸わせたそうですね」
「ああ、そういう形でしか魔力を補給できないそうだから」
「実は、私どもサキュバスもそうなのです。きっと、これもディアベル様のお導きですわ」
「血を吸いたいとか?」
「もう、わかってるくせに焦らさないでくださいまし。夜の生産王の異名は、遠く魔界へも響き渡っております」
「勝手に響き渡らせるな。それフジカから聞いただけだろ!」
おいおい、まったくなんのひねりもなくサキュバス展開じゃないか!
吸血鬼族の女官が後宮に大量参入してきたので、そっちは間に合ってるんだよ! ネタがかぶってるぞ!
「私どもも、簒奪者ヴィランの追手に執拗に命を付け狙われ、逃亡の日々で魔力が
「いや、待ってくれ。神に仕えるシスターって結婚できないんじゃないか?」
タダシは、前世の倫理観と異世界の常識とのギリギリの妥協点として、そういう事をした相手とはちゃんと結婚するようにしているのだ。
前の世界の常識を言ってもそのまま通じるかどうかわからないが、そう尋ねるタダシにシスターバンクシアは口元をほころばせた。
「まあ、よりにもよってサキュバスのシスターと結婚したいだなどと、なんと豪気なお方! これは久方ぶりの英雄を相手に、否が応でも期待が高まります! ディアベル様のお導きに感謝を!」
「いや、サキュバスと結婚したいって言ったわけじゃないんだ!」
「ちょっとだけ、ちょっとだけ精気を吸うだけですから。痛くありませんよ。むしろ極上の快楽を保証いたします」
「シア、話を聞け!」
シスターバンクシアの身につけていた黒い修道服がブワッと大輪の華のように大きく開いて、タダシを呑み込む。
ちなみに、服の中は桃色だった。
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