第73話「神殿の再建」

 長い戦いを終えてタダシが奥の間から出ると、エプロン姿のマールが笑顔で待っていた。


「お疲れ様でございました」

「もしかして、みんな知ってたのか?」


「フジカさんが、サキュバスシスターなら当然そうするだろうなとおっしゃってました」

「ちゃんと事前に言っておいてくれよ」


 いきなり襲いかかられたのでビックリしてしまったが、そのシスターバンクシアも「ご、豪気……」とつぶやきながら、ベッドに突っ伏している。

 フジカが、ひょこっと顔を出して言う。


「すみませんでした。事前に言ったら逃げられるかと思いまして」

「そうしていたかもしれないな」


 魔族の神ディアベル様に神力を与えるために必要と説得されれば、結局受け入れてしまったかもしれないが。


「しかし、夜のラスボスと言われているエルダーサキュバスのシスターバンクシア様すら倒されるとは、また新しい伝説ができましたね」


 フジカが言うには、シスターバンクシアはただのサキュバスではなくエルダーサキュバスという上位種なのだという。

 ある意味で魔王にも匹敵する権威と権力を持った存在だそうだ。そういう事は先に教えて欲しい。


「そんな伝説ができても嬉しくないんだよなあ。フジカ。あんまりその話を吹聴するな……というか夜の生産王関係は、そう言う噂が流れてたら消してくれ」


 諜報ができるんなら、それくらいできるだろう。


「かしこまりました。タダシ様のお力を求めて、野良サキュバスにわらわら集まられても困りますものね」

「何だその怖い話、もう魔族にそう言う種族はいないだろうな?」


 本気で心配になってタダシは聞く。


「大丈夫です。冗談はさておいて、祭祀を司るシスターバンクシア様に魔力を与えることは必要な措置でしたので、失礼致しました」

「終わったことは仕方がないが、吸血鬼族とサキュバスだけでもう十分だからな」


 そう言って、タダシが王城から出て行こうとするのでマールは呼び止める。


「タダシ様、どちらに行かれるのですか」

「大理石の運搬を手伝ってくる。一刻も早く神殿を造成しなければならないからな」


 そして、一刻も早く神様を降ろす祭りをする。

 アシュタロス魔王国の総攻撃がある前に、魔族の神ディアベル様に復帰してもらって簒奪者ヴィランに対する有効な手立てをご助言いただかねばならない。


     ※※※


 次々に王都へと集まってくる幾千幾万もの数え切れぬ魔族の民。

 彼ら彼女らの尽力により魔族の神ディアベル様を奉じる神殿の造成は急ピッチで進み、ついに大理石の神殿が完成した。


 王城近くに立てたディアベル様の神殿から見渡すと、本当に壮観だ。

 魔王国からは、今もなお魔族の神ディアベル様への信仰を捨てていない種族が集まってきているのだが、その姿は様々だ。


 リザードマンやオーク、コボルトなどはまだ人間に近い方で、足が蛇になっているラミア。足が蜘蛛になってるアラクネ。手が鳥の羽根になってるハーピー。

 虫人ちゅうじんと総称される半虫半人の種族は、魔族というよりどこかSFにでてくる宇宙人みたいだ。


 嘆きの川をさかのぼってここまできた人魚までもが、半魚人に背負われて上がって来た時はギョッとしてしまった。

 タダシの目からは、どこまでが魔物でどこからが魔族なのか見当もつかない。


 使役する魔物をたくさん連れている魔物使いまでいるから余計にわからない。

 ともかく、これだけの数の種族が集まって協力してくれるのは心強い。


 暗黒神ヤルダバオトの力を求める魔族は裏切ったものの、以前の統治の方が良かったと思う魔族もたくさんいたのだ。

 みんな命がけでここまで逃げてきて、祈るような気持ちで手ずから一つひとつ岩を積んで見事な神殿を築き上げた。


 その祈りの声に答えるように、シスターバンクシアが手を上げて叫んだ。


「いまだ魔族の神ディアベル様を信じる敬虔なる民よ。そなたらの祈りは、必ずや天におわすディアベル様に届きます。そして、その時こそ魔王の後継者であるレナ様と、我らを救ってくれたタダシ王とともに、憎き簒奪者ヴィランを討つ時です!」


 まるで地を揺らす程のどよめきが、神殿を取り巻く魔族たちから起こった。

 それは、幾千幾万の祈りだ。


 シスターバンクシアは、タダシに向き直っていう。


「タダシ様のお力をいただいたのですから、必ずやディアベル様の神力を回復させてみせます」


 お力をいただいたとか……。

 せっかく魔教会の代表者らしかったのに、今それを言うのかとタダシは苦笑しながら返す。


「頼むぞ。こちらは、農業の神クロノス様を呼び出してみる」


 こちらも大理石で新造したクロノス様の神像を奉じて祈りを捧げるタダシ。

 その祈りに応えて、農業の神クロノス様がすぐさま姿を表した。


「タダシ、見事な神殿じゃな」

「はい、ディアベル様を奉じるシスターが必要だと言いましたので」


「そうか。天界でもにわかにディアベルが体調を取り戻しつつあったので、タダシが心ある魔族を助けてくれているのだとはわかっておった」

「はい……」


 シスターバンクシアも、こう見えても魔教会を統率する魔女である。

 その魔力は強大で、神の声を直接聞くことすらあった。


 しかし、神の顕現を見るのは初めてで思わずハッと目を見張ってしまう。

 いけないと頭を振って、ディアベル様への祈りを続ける。


 あらかじめ聞かされていた事とはいえ、神の降臨を目の当たりにした魔族たちはどよめきを上げていた。

 しかし、次第にその騒ぎは静まり、みんな一心にディアベル様の復活とアンブロサム魔王国の復権を願って必死に祈りを捧げている。


「今じゃな」


 クロノス様が、ディアベル様の神像に触れると天から光が降り注ぎ、紫の瞳をギロリと光らせた恐ろしげな姿の魔族の神ディアベル様が降臨した。

 多少顔色は悪いようだが、降臨できるだけの神力を取り戻せたようだ。


 ディアベルは、言葉少なに言う。


「タダシよ我が信徒への尽力感謝する」

「は、はい」


 タダシは、慌てて頭を下げる。


「バンクシアも、よくぞここまで魔族の民を導き、我が神殿を作り直してくれた。おかげで、暗黒神ヤルダバオトに一矢報いることもできよう」

「ハハッ! 全てはディアベル様の御心のままに……」


 一時はもうダメかと思ったシスターバンクシアであったが、こうして魔族の神ディアベル様からまた直接お声がけをいただいた。

 魔教会の魔女として、声を聞くことはいくたびかあったが、お姿を拝見するのは初めてである。


 これでもう大丈夫だと、シスターバンクシアは感涙にむせてその場に跪いた。

 クロノス様が言う。


「ディアベルよ、手早く措置を講じなければならんな」

「無論だ。事は一刻を争う。魔王剣紅蓮ヘルファイアはあるか」


「ここにあります!」


 タダシが、預かっていた魔王剣紅蓮ヘルファイアを差し出す。

 それを掴み、ディアベル様は一瞬、瞑目すると口を開いた。


「……魔王ノスフェラートの後継、レナ・ヴラド・アンブロサムに、魔王の力を継承させる。お前が父のあだを討ち、魔王国を復興させるのだ」

「私が?」


 そう言われて、レナは絶句する。

 まさか、レナに魔王になれと言うとは……。


 タダシは、フジカに尋ねる。


「レナ姫に戦闘力はあるのか?」


 父の仇を討つと言っても、こんな大人しい少女に簒奪者ヴィランを討ち取れるものだろうか。

 フジカは説明する。


「レナ姫様はまだ幼いですが、天性の剣の才能がございます。魔王の血に連なるものとして、一通り戦闘訓練は受けているので剣を扱えます。しかし、魔王剣紅蓮ヘルファイアはタダシ様に一度お渡ししたものですが……」


 レナ姫やフジカたちは、より強い肉体を持ち神力で勝るタダシこそが魔王を継ぐべきだと考えていた。

 しかし、強い口調で魔族の神ディアベル様は言う。


「レナでなければダメだ。それが、先の魔王の遺志だ」

「お父様の遺志?」


「この魔王剣紅蓮ヘルファイアには、先の魔王ノスフェラートの無念が込められている。やつが最後に強く思ったことが、お前を守りたいということだった」

「お父様が……」


「だから、この剣はお前を守るためにこそ最大の力を発揮できる。魔王剣紅蓮ヘルファイアと魔王の地位を継ぐのは、お前でなくてはダメなのだ」


 神に言うなど恐れ多いが、従者としてこれだけは言っておかねばとフジカは叫んだ。


「恐れながら、いかにレナ姫様がノスフェラート陛下の魔力を受け継いで魔王剣紅蓮ヘルファイアを振るったとしても、更に強大な力を持つ簒奪者ヴィランには勝てないのではありませんか!」

「それについては、もう方策は考えてある。タダシよ、ヘルケバリツを呼び出せ」


「はい!」


 言われる通り、ヘルケバリツの神像を置いてタダシが祈りを捧げると、英雄の神ヘルケバリツ様が現れる。


「公国の勇者マチルダはいるか」

「は、はい御前に……」


 英雄の神ヘルケバリツ様の前に、公国の勇者マチルダが跪く。


「聖剣天星剣シューティングスターと魔王剣紅蓮ヘルファイアは対をなすもの。我が英雄であるお前がレナと力を合わせれば、この世に歪みをもたらそうとするヴィランを討てよう!」

「英雄神ヘルケバリツ様のご宣託せんたく、この生命にかえましても果たします!」


 神より直接使命を受けるなど、騎士道物語の登場人物にでもなったような気持ちでマチルダは高揚を抑えきれない様子だった。

 それを見てディアベル様は言う。


「では、レナも覚悟は良いか?」


 ディアベルより、魔王剣紅蓮ヘルファイアを掲げられたレナ姫は、不安そうにタダシを振り返った。

 タダシはレナ姫に問う。


「レナは、お父さんの仇を討ちたいのか?」

「討ちたい、です。私が直接、ヴィランを殺してやりたい」


 これまで聞いたことがないほどハッキリとした言葉に、タダシは強い意思を感じた。


「そうか。ならば、レナの思うようにすればいい。俺がついている」


 タダシは、レナ姫の肩に手をおいて優しく言う。

 その言葉にレナ姫は声もなく涙する。


 思えば最初からそうだった。

 まったく似ても似つかないのに、レナ姫はタダシに父である魔王ノスフェラートの姿を見ていた。


「お父さん……」


 タダシを抱きついてそうつぶやくレナ姫の髪を、タダシは優しく撫でて言う。


「レナは一人じゃない。みんなで戦えば、必ず勝てるさ」

「はい!」


 その言葉に覚悟を決めたレナ姫は、タダシの後ろ盾を感じながらディアベル様より魔王剣紅蓮ヘルファイアを受け取る。

 すると、その小さな手には☆☆☆☆☆ファイブスターが刻まれた。


 聖剣を振るうマチルダと、魔王剣を使えるようになったレナ姫。

 お互いに相反しあっていた神聖なる武器が、ついに一つの敵を前に協力する。


 二人が力を合わせれば☆が十個。これで、簒奪者ヴィランにすら☆の数で一つ勝る。

 ついにヴィランを倒せる方策が見えたのだ。


 そこで、今日だけはふざけない農業の神クロノス様が真剣な面持ちでタダシに声をかけた。


「タダシ。ミヤのやつを呼び出してやれ。二人を助けるタダシにも、新たな力が必要じゃからな」


 タダシが言われるようにすると、ぶすっとした表情の知恵の神ミヤ様が降臨する。


「カッカッカッ、これまで長らくタダ飯を食らっておったが、ついに年貢の納め時じゃな。ミヤ」


 知恵の神ミヤが答える。


「人をケチンボみたいに言うなや爺さん……まあええわ。タダシ、お前に知恵の神の加護を与える」


 ミヤは、タダシを抱き寄せるとその額にそっと口づけした。

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