第158話「紅帝竜キトラとの結婚式」
突如発表された、紅帝竜キトラとタダシの結婚式。
新しい妻を迎えるのに本来ならば、妻達の同意を得るべきなのだが……。
「勝手に決めてしまってすまん」
「いえ、大丈夫です。いずれはこうなるとは思ってましたから。しかし、こんなに早くとは」
正妻格であるイセリナは、キトラとの結婚を聞いてもあまり動じることはなかった。
あれほど熱烈にアタックされているのだ。
奥魔界と
若干、武闘派のマチルダと犬獣人の勇者エリンがキトラに対して敵意を剥き出しにしているのは問題だが、それも考え方を変えれば共通の敵ができることでマチルダとエリンの仲が良くなるとも言える。
もはや、魔族人族入り乱れての呉越同舟となっているのだ。
今更竜族一人、新しくタダシの妻として迎えることに表立っての反対はない。
唯一の問題は、結婚式を明日やるという話だ。
あまりに急すぎる。
タダシ王国における結婚式は、神降ろしの儀と同義である。
結婚式の準備と並行して、豪華な料理にウェディングケーキも用意しなければならない。
自然に妻達のなかで、料理班のリーダーであるマールに視線が集まる。
「ウエディングケーキはいずれ必要になると思って、実はすでに案をいくつか考えていました」
なんと、すでに構想を考えていたらしい。
設計図まで出来ている。
「おお、マール助かる」
「テーマは、キトラさんのイメージに合わせて、赤で統一します」
すでにこの世界でも卓越した料理人になっているマールがイメージするのは、赤いデコレーションがされたウエディングケーキ。
「ですが、これからスポンジを焼いて大きなウェディングケーキを作るとなると、夜を徹することになりそうですね」
「迷惑かけて悪い、俺も全力で手伝うから」
マールは笑って言う。
「そのための料理班です。タダシ様に手伝ってもらえるなら、きっと時刻までに間に合うことでしょう。タダシ様、まずマジックバッグから赤の食材を出してみてください」
マジックバッグには、俺が遠征の中で集めてきた食材が集められている。
アダル魔王国にはやたら辛いものばかりがあったから、
ケーキに使えそうな赤か。
唐辛子……は、絶対だめだろうな。
「えっと……」
美味しそうなイチゴに、ブルーベリーにラズベリー。
林檎に、ザクロにすももなんかもあるな。
「さすがタダシ様。あの忙しい遠征のさなかに、これほどの甘みのある食材を用意してくださるとは」
「うちでも育てられないかと、色々集めてたからな。あとは甘い果物ではないけど、飾り付けにこういうのはどうだ?」
タダシは、ローズヒップから種を取り出して、その場で鉢植えに植えて美しい真紅のバラの花を生やして見せる。
マールはバラの花をさっと摘んで、その芳しい香りを嗅いで言う。
「パーフェクトです! すぐに準備に取り掛かります! まずはスポンジケーキと生クリームから、並行して披露宴の料理も作っていきますので、皆さんよろしくおねがいします!」
料理長のマールの指示で、ウェディングケーキと豪華な料理の準備が始まった。
裁縫が得意なローラが叫ぶ。
「こっちはウェディングドレスの着付けです。手が空いてる人は手伝って!」
鍛冶担当のアーシャがメガネをしっかりとかけなおして、「私は結婚指輪を作ってきます!」と鍛冶場に走った。
こうして、結婚式の準備は、夜を徹して行われるのであった。
※※※
次の日。
タダシ王国の王都にある大神殿の前では、慌ただしく神降ろしと結婚の儀の準備が慌ただしく行われている。
かなり突然な話だが、国中にもお触れが出ている。
どこにそんな衣装を隠し持っていたのか、白いタキシード服に身を包んだ老武術家、神竜帝ショウドウが手を広げて言う。
「おお、タダシ殿。紅帝竜キトラとの結婚とは驚いたが、縁を結ぶにはちょうどよい機会であーる!」
タダシが、シュウドウに尋ねる。
「シュウドウは、結婚式を知っているのか?」
この世界には、タダシたちがやるような結婚式の儀式がない地域も多い。
しかし、シュウドウは結婚式に慣れている様子であった。
「奥魔界に結婚式の風習はないのではあるが、前世では何度も参列したことがある。ざっと一万年ぶりのことであるなあ」
「前世だと?」
「うむ。私は、奥魔界唯一の転生者の生き残りであーる!」
何故か大見得を切って得意げに言うシュウドウ。
「そうか。俺も前世の記憶があるんだ。シュウドウと、同じ世界から来たのかもな」
興味深い話だが、今は式場の準備にてんてこまいで、新郎のタダシは忙しい。
ほら、ああやって騒ぎを起こすやつがいる。
金髪をど派手に逆立てた金竜帝エンタムが叫んでいる。
「タダシ! 今日というめでてえ日に、オレがハートを込めて曲を作ったから聞いてくれ。ドラゴン・ライジング!」
タダシが止めるまもなく、じゃーんと、ギターをかき鳴らしながら歌いだした。
「神をも超える不死身の竜~♪ ドラゴン・ライジーング! ライジーング! ライジーング!」
いきなりリサイタルを始めようとする金竜帝エンタムを、タダシは慌てて止める。
「エンタム。調子に乗ってるところ悪いが、余興をやるなら神様たちを召喚してからにしてくれ!」
しかも、よくよく聞いてたら、全然結婚式と関係ない歌じゃないじゃないか。
こいつ、ただ歌いたいだけだろうと、タダシは呆れる。
「ふっ、歌は心の奥底から湧き出る響きだ。オレの真っ赤に燃える
「よくわからん! いいから止まれ!」
せめて、式の邪魔にならないところでやってほしい。
結婚式の準備に忙しくて、今は自分勝手な竜たちの相手をしている暇がないというのもあるのだが、意外にエンタムの妙な歌は酒が入った神様たちに喜ばれるかもしれないとも思う。
タダシは、いつまでもギターをかき鳴らして「ライジーング!」と、残響音を響かせている金竜帝エンタムたちを来賓席に押しやった。
そして、おめかしが澄んだ新婦、紅帝竜キトラを迎える。
「おお、綺麗じゃないか」
馬子にも衣装といっては失礼か。
あの猛々しかったキトラが、綺麗にお化粧されてバラの花をあしらった真紅のウェディングドレスを身につければ、なかなかどうして美姫である。
「ああ。人間というのは、交尾するだけでこんなに大掛かりなことをやるのかと呆れた」
「交尾って言うなよ。これは家族となる儀式、お披露目みたいなものなんだ」
人間の世界になれていないキトラは、いまいち結婚式とはなにかがわかっていない。
それを説明する時間もなかった。
まあ、幸いなことにキトラもまんざらではない様子だし、家族となるということを結婚式を通してわかってもらえばいいか。
「私は華やかな衣装は好きだぞ。皆に祝福される結婚式というのは、実に良いものだな!」
ウエディングドレスのスカートを手で持ち上げて、キトラは嬉しそうにくるりと回って見せる。
ふむ、華やかな結婚式にとまどっている姿は、なかなかに可愛らしいではないか。
タダシは、新婦であるキトラの手を取ると、ゆっくりと神殿の階段を上がっていく。
「そうだね。今日は、キトラが主役だからゆっくり楽しんでくれ。ほら、みんなも俺達の結婚を祝福してくれる」
お祭り好きのタダシ王国の民たちは、結婚式と神降ろしの儀があると知ってどんどん神殿の周りに集まってきている。
客が来れば商売のチャンスだと、屋台がたくさん立っていてすでに飲み食いできる状況だ。
みんな、思い思いに宴会を始めていて実に楽しそうだ。
作り立ての鉄道が早速役に立った。
列車がひっきりなしに行き来して、神殿への来賓者は増える一方だ。
キトラは、神殿の上からあたりを見下ろして感激したような様子でつぶやく。
「タダシの国は、寒々とした奥魔界とは大違いだ……。賑やかで、そして豊かで美しい王国だ!」
「キトラ。お前もこの国の王妃となるんだ。よろしく頼む」
「私が王妃。それって、お姫様のことか?」
「そうだ。お姫様とも言うな」
王妃とお姫様は微妙に違うような気もするが、似たようなものだろう。
タダシは、なぜ帝竜であるキトラが、お姫様を知っているのかと尋ねる。
「人間の世界の絵本でみたのだ。私は、きらびやかな衣装が好きだから、いつも羨ましいと思っていたのだ」
「そうかあ、それは良かったなあ」
それは、夢がかなったということになるのかもしれない。
花嫁衣装とお姫様のドレスは、これも微妙に違う気がするのだが、細かいことは言うまい。
「そうか、ようやくわかった! 私はこの国のお姫様になるんだな!」
「そうだ。俺と結婚してこの国の姫となるんだ」
もう細かいことはいいから、本人が望むならそういうことにしてしまおう。
「そうか! 嬉しいぞタダシ。この美しき国を守るために、我が力を存分に使うが良い」
そう言って、鋭い竜の爪を突き出してファイティングポーズを取る紅帝竜キトラ。
勇ましい姫様もあったものだが、それもよいだろう。
もはや天下は治まり、目立った敵もいない。
むしろ、キトラの力が役立つような事態が起こっては困るのだけど。
気持ちはありがたく受け取っておくよと、タダシは笑う。
味方が多いに越したことはない。
そういえば、ここに来たときはウサギの耳をつけた奇妙なチャイナドレスでやってきていたな。
この子は、意外に可愛らしいものが好きなのだ。
そこらへんもこれからよく知っていかなきゃなと、タダシは思う。
すでに神殿の上で待っていた料理長のマールが言う。
「タダシ様、神々に捧げる料理は万端整っております」
「ああ、本当に助かった」
神々に捧げるために、神殿の前に置かれた席には色とりどりの料理が並んでいた。
特に目立つのは……。
「メインディッシュは伊勢海老か」
「はい。本日のフルコースは、キトラさんの赤がテーマですので」
真っ白なテーブルクロス。
白い皿の上に、赤い伊勢海老が殻を割った状態で山盛りに並べられている。
身がぷりぷりとしており、とても美味そうだ。
今朝採れたばかりの新鮮な一品を茹でて、さっとレモンバターソースやマヨネーズでいただく。
シンプルだが、こういうのが一番美味い。
「これは、喜んでもらえそうだな。早く神様達を呼び出さないと」
なんとなく、空から早く呼んでくれとソワソワした空気が伝わってくるようだ。
紅帝竜キトラが言う。
「おお、ついに神降ろしの儀が見られるのか」
「そんなに大したものじゃないけどね」
タダシは神殿の前で静かに祈りを捧げる。
すると、天上から白銀の光が降り注ぎ、始まりの女神アリア様を始めとした十人の神々が次々に神殿から現れる。
その神々しき姿に、大抵のことには動じない紅帝竜キトラも、目を丸くした。
「これが、アヴェスターの神々……」
「ようこそ。いらっしゃいました。神様方!」
タダシが手を広げて、神々を歓迎する。
神様達は、みな口々にタダシに挨拶する。
その姿に、紅帝竜キトラは驚きを隠せない。
「そんな関係なのか」
神々とまるで友人のように親しげに話をするなんて……。
やはり、タダシは私達とは次元が違う存在にいるだなと、キトラは感じる。
胸がゾクリとして、キトラはもっとタダシが欲しくなった。
気がつくと、キトラの後ろから神竜帝ショウドウと、金竜帝エンタムがやってきていた。
「噂には聞いていたが、本当に神々を下ろせるとは!」
「シュウドウ、どうする――こんなチャンス、二度とないぜ!」
先程の和やかな雰囲気から一変して、二人は戦闘モードに入っている。
しまった!
戦闘狂の帝竜たちに、神々を見せたのは間違いだったか。
タダシが焦ったその時。
帝竜二人に、神々のリーダーである始まりの女神アリア様が鋭く言った。
「やめておきなさい神竜帝シュウドウ」
白銀の神気をまとったアリア様に向かって、猛々しい闘気のオーラを発しながら神竜帝シュウドウは言う。
「我が神神竜一閃拳では、あなたを倒せないと。そういいたいのであるかな?」
「そうではありません。今の私達に勝負を挑む意味がないと言っているのです」
そう言われて、神帝竜シュウドウは虚を突かれる。
「意味がない、であると?」
「ええ……だって、ここにいる私たちの身体は、化身に過ぎません」
「化身?」
「現世における影のようなもの。もし神竜帝シュウドウが私達と勝負をしたいのであれば、天上に来てもらうしかありませんね」
ギラッとした竜の目で、神々を睨みつけていた神竜帝シュウドウと金竜帝エンタムであったが……。
ふっと、戦闘モードを解いてニヤリと笑い出した。
「どうやら、本当のようである。それでは、せっかくのタダシとキトラの結婚式を邪魔するのは無粋というものであるなエンタム?」
「ちがいねぇ」
フッと、アリア様も微笑みを見せる。
「物わかりが良くて助かります。私達も、せっかくの料理を温かいうちにいただきたいですからね」
かなり緊迫した様子だったのだが、鍛冶の神バルカン様などは、対応をアリア様に任せてもう勝手に席について伊勢海老を酒の
「おい、バルカン。いくらなんでも、そりゃないじゃろ」
「ハハハッ。これだけの料理を前に、冷めるに任せるなどバカのやることじゃ」
農業の神クロノス様のツッコミに、鍛冶の神バルカン様は笑い飛ばして言う。
行儀はあまりよくないが、いっぺんに和やかな空気となった。
神竜帝シュウドウは、金竜帝エンタムを連れて大人しく神殿の階段を降りていく。
だが、途中で振り返って言う。
「だが、神々よ。いつか我ら帝竜も神々の空へと到達するから、待っているが良いのである」
始まりの女神アリア様も、「ええ、いつか天空で」と、静かに笑ってそれを見送った。
タダシは、見ていて気が気でなかった。
いかに喧嘩っ早い帝竜とはいえ、まさか神々に喧嘩を売ろうとするとは思わなかった。
それぞれ、席に着く神々に向かってタダシは謝る。
「申し訳ありません。まさか、あんなことになるとは……」
始まりの女神アリア様が言う。
「いえ、帝竜とこの場でまみえることは。私達にとっても良かったのですよ」
「どういうことでしょう」
「大した話でもありませんが、せっかくの料理が冷めてしまいますから」
「あ、それはいけない。他にもたくさん料理はありますので、ぜひご賞味ください」
鍛冶の神バルカン様が、混ぜっ返して言う。
「タダシ! 酒の用意はできておるんじゃろな」
「ええ、帝国のリキュール酒もたくさんもらってきてますから。日本酒も、ビールも樽ごとありますよ」
どうせ要望されるだろうと、マジックバッグに冷えた状態で用意してある。
「それは、
知恵の神ミヤが呆れた様子で言う。
「なんやバルカンは、場を和ますためのジョークやなかったんか」
「それはそれ、これはこれじゃ」
そう言って、大ジョッキに注がれたビールを豪快に飲み干す。
こうして、神々が食べ始めてしまったので、結婚式を前にして先に宴席が始まってしまった。
まあ、神殿の周りに集まってきた民たちも、すでに飲んだり食べたりしているのでこれもよいだろう。
「タダシ、私も食べてよいか?」
新婦の紅帝竜キトラもそういうので、タダシは笑ってうなずく。
主賓である、タダシとキトラだけは神々と同じ神殿の上の席で食べることとなる。
メインディッシュの伊勢海老の身はぷりぷりとしており、それをレモンバターソースやマヨネーズ、醤油などの様々な調味料で味わう。
他にも伊勢海老などを使った海鮮のスープ。
近海で取れた新鮮なイカが盛り付けられた海鮮サラダなどもある。
タダシがご飯ものが欲しいなと思っていたら、マールが鶏肉や貝類を使ったパエリアを持ってきてくれた。
「今日は、海鮮づくしなんだな」
「ええ、神々も喜ばれますが、山に住んでいる帝竜さんたちには海の幸が珍しくて良いかと思いまして」
料理長のマールは、そう言って伊勢海老のおかわりを紅帝竜キトラのところにもっていく。
その豪快な食べっぷりを見れば、気に入っていることはまるわかりだ。
酒も料理も進み、実に和やかな宴席となった。
一通りフルコースを堪能した始まりの女神アリア様は立ち上がって言う。
「さてと、では結婚式の儀式は私が執り行いましょう」
なんとアリア様が直々に、結婚の儀を行ってくれるそうだ。
「結婚式をするという話はまだしてなかったと思うんですが」
なし崩し的に宴会が始まってしまったので、あとで説明しようと思っていたのだ。
それには、農業の神クロノス様が笑って言う。
「我々は下界を常に見守っておるからな。そうでなくとも、タダシならそうではないかと見当がつくわい」
タダシとキトラの格好は新郎新婦だし、これみよがしにウェディングケーキまで用意しているのだから、わかってしまうか。
そう言って頭をかくタダシに皆が笑う。
微笑んでいた始まりの女神アリア様は、少し真面目な顔になって言う。
「タダシ、先程言ったことですが」
「ああ、なんでしたでしょう」
さっき、ここで帝竜たちに会えて良かったという件だろうか。
「我ら神々の統治が永遠ではないことは、あなたのもわかりますね」
「そうみたいですね」
一万年の長きに渡る話など、人間にとっては永遠にも思えるが、神々の統治にも入れ替わりがあることはタダシも見知ってきたことだ。
「そこにいるあなたのフェンリルや帝竜達は、いわば次世代の神様候補なのですよ」
「そうなんですか!」
それはおそらく、一万年以上の長い長い先の話になる。
神獣や帝竜達は、魔物の神オードが撒いた、新たな可能性だというのだ。
「実を言えば、魔物の神オードも元は小さなただの竜だったのです」
「そうだったんですか」
魔物の神オード様は、小さな竜から神々も気の遠くなるような日々をかけて神へと至った存在なのだという。
そこで、大きな壺ににいれた料理をムシャムシャ食べているオード様がそうだったなんて。
今考えれば、だからオード様は他の神とは少し違う加護が与えられたのかとも思う。
不死の存在である神々と言えど変化する。
世界が永遠に変わらなければ、それは停滞である。
長き停滞による滅びを避けるためにも、世界はそうやって新陳代謝していくのだ。
「タダシ、あなたも他人ごとではありませんよ」
「ええ、どういうことでしょう」
「あなたや、あなたの子孫が神になることだってないとは言い切れないということです」
そう言って、アリア様は愉快そうに笑った。
「そう言われてもなあ」
タダシはあまりに突拍子もない話になんと答えてよいやらわからず、頭をかくだけであった。
「紅帝竜キトラ」
「はい?」
ぼんやりしていた紅帝竜キトラは、アリア様に生返事を返す。
どうやら、話をまともに聞いてなかったらしい。
「キトラ。そして、タダシ。あなたたちの将来に、私達神々は加護と祝福を与え、大いに期待しております」
そうだった。
これは、結婚の儀であったとタダシも思い出した。
「ありがとうございます。アリア様」
タダシに続いて、キトラもわけもわからず「ありがとうございます」と答えた。
「では、その結婚指輪を渡して結婚といたしましょう。あっ、誓いのキスも忘れないように」
アリア様は、そういたずらっぽく言う。
「キトラ。この指輪を受け取ってくれ」
これも、一晩で鍛冶担当のアーシャが丹精込めて作ってくれたものだ。
紅帝竜キトラのイメージカラーである、白銀の台座に紅いルビーがはめ込まれている。
「ああ、美しい宝石だ」
「キトラ……」
指輪を受け取って、喜んでいるキトラにタダシはそっとキスをした。
タダシのアプローチが上手だったので、キトラも素直に受け入れてくれる。
結婚式でキスするのもすっかり上手くなってしまったなと、タダシは妙な感慨を抱いた。
何度もこういう経験を繰り返しているからだ。
ちなみに、本来なら交換になる結婚指輪をキトラに与えるだけなのは、タダシには妻がたくさんいるので交換していると指輪だらけになってしまうからだ。
さっそく、周りの神々から歓声が飛ぶ。
鍛冶の神バルカン様が言う。
「奥魔界までこうして収めてしまうとは、タダシはやはり大したものじゃの」
「タダシと帝竜との子なら、きっと将来有望じゃな!」
本当に次世代の神になる逸材が産まれるかもしれないと、農業の神クロノス様がうかれたように言う。
「クロノス様、気が早いですよ」
「タダシ行こう!」
行こうというのは、ベッドへということか。
子作りに積極的なキトラに手を引っ張られる。
「ま、待て。テトラ。ほら、ウエディングケーキを切り分けなきゃならんからな」
神殿の上に、三段の真っ赤なウエディングケーキが運ばれてくる。
巨大なウェディングケーキは、イチゴやベリーなどのムースやジュレによって真っ赤にデコレーションされている。
バラから作った赤い生クリームで、ケーキ全体にバラの花びらをあしらった飾り付けが美しい。
「凄いものだな、ケーキというのか!」
キトラがケーキに気を取られたのでタダシはホッとする。
「ああ、マールの自信作だそうだ。ほら、これも新郎新婦の仕事なんだ。二人で切り分けるんだぞ」
「切ればいいのか?」
キトラがすっとナイフを持つと、シュパンシュパンと斬撃を飛ばして、上からケーキを綺麗に切り分けてしまった。
「本当は共同作業なんだが、まあいいか。意外に上手なんだな」
もしかしたらケーキを壊してしまうかもしれないと思ったが、飛んでくるケーキをテーブルの皿で綺麗に受け止めている。
器用なものだ。
タダシも皿を取って、受けてみたがキトラほどは上手く載せられない。
なんだか、奇妙な共同作業になった。
「肉の解体と一緒だろう。こう見えても、料理は得意なんだ」
いつもこんな肉の切り方をしているのか。
キトラの言う料理というのは、どういうものなんだろうと想像するとなんだかタダシは笑えてきた。
「じゃあ、せっかくだから切り分けたケーキを神様たちに配って。俺達もいただこう」
二人して、皆にケーキを配る。
そして、キトラもケーキに口をつけた。
「美味い! タダシ、ケーキとは凄いものだな!」
「ああ、美味しいな」
甘いケーキに酸味の合うローズヒップティーによく合う。
食べて飲んで、本当にお腹いっぱいだ。
「タダシ、本当に……」
「ああ、わかった。これで俺の気も済んだから、待たせて悪かった」
どうも焦らしすぎたせいで、紅帝竜キトラは妙な空気を出してきた。
皆も来てくれているし、もう少し宴席を見ていたいのだが、これ以上待たせるわけにはいかないか。
タダシは、紅帝竜キトラを勢いよく抱き上げて王城のキングベッドが置いてある部屋へと入っていく。
どうやら今夜は、ケーキのように甘い夜となりそうだ。
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