第157話「風呂、つかの間の憩い」☆
突然の竜帝三人の襲来によって、王城の街は大パニックとなって今日は一日大変だった。
「突然バトルしだすんだもんなあ。竜族のテンションにはついていけないよ」
タダシも求められたから対処したが、自分としてもあれを二度やれと言っても無理だ。
あんなバトルジャンキーどもの相手は、今の神々の加護のあるタダシならできないことはないが、精神的に疲れる。
脱衣所を抜けて、風呂桶を抱えたタダシは憩いの風呂場へと入っていく。
今日は、いつもの大浴場ではない。
タダシが風呂に入っていくと、必ずと行っていいほど闖入者が来て大騒ぎになるので、新しく隠し湯を作ってもらったのだ。
これで、風呂イベントは回避だ。
「ふう。今日ばっかりは、少し骨休めさせてもらいたいからな」
なにせ長い遠征から家に帰って来た途端に、三竜帝がやってきたのだ。
ほんとにいろんなことがあって腰が落ち着かないから、せめて風呂くらいは一人でゆっくり入りたい。
この隠し湯は、そんなタダシの願いを叶えてくれるはず……。
「あ、王様。こんなところにいたんだ」
……そう思っていたのに。
タオルで身体を巻いた
「おいおい、どうやってここがわかったんだ!」
グレイドが呆れたように言う。
「わかったんだ、というか……表に、『こっちはお風呂じゃありません』とか書いてあって、明らかに怪しかったから。逆に気が付かない人いる?」
あの表札が逆効果だったのか!
「ここって、大浴場の隣だしね。ああそっか……。みんな王様がこっちに入ってるってわかってたから、気が付かないふりをしてるんだね」
そうデシベルが、可愛らしく言う。
いつもはツインテールにしている赤茶色の髪をおろしているせいか、子供なのにやけに色っぽい(というか、男の子だけど!)。
「そりゃ、王様の邪魔して悪かったかなあ」と、淡い金色の髪を手でたくし上げるグレイド。
どうやら、二人がここに入ってきたのは偶然のようだ。
二人は、隣の女湯で紅竜帝キトラがいたので一緒にいるのは嫌だと思ってこっちに逃げてきたらしい。
この隠し湯にキトラが気が付かなかったのは幸運だった。
「二人共、そんなに帝竜って嫌なのか?」
「めちゃくちゃ怖いよ!」
デシベルたちは、二人で顔を見合わせてブルブルと震えている。
よくよく考えれば、タダシもその紅帝竜キトラに「子種! 繁殖!」と追い回されて、こっちに逃げて来たのだから同じ立場だ。
「まあ、そういうことなら君らはこっちでもいいよ」
タオルもまいて肌も隠してるし、この二人は竜としてはちゃんとわきまえてるからな。
ドラゴンとしてはまだ常識があるほうだ。
子供が二人くらい入る程度なら、浴槽も別に狭くはない。
一緒に入ってもかまわないだろう。
まずは、身体を洗ってさっぱりするかと椅子に座ると。
「王様、背中流すよ」
デシベルが、お礼に背中を流してくれるというので、言われるまま洗ってもらうことにした。
「王様。手が空いてるんなら、俺様の背中洗ってよ」
「わかった」
当然のように、グレイドが背中を洗えという。
まあ、相手は竜だしいいかと思って、三人で並んで洗いっ子することとなった。
グレイドのたくましい背中を洗ってやる。
まあグレイドは、こうみるとただの勝ち気な女の子だ。
意外にほっそりとした感じだし。
「そ、それにしてもあのキトラさん。王様に凄く執着してたね」
「子種よこせーだろ」
二人して笑っている。
タダシとしては、あまり笑い事ではなかったのだ。
初対面の相手に、子種を求めるやつがどこにいる。
タダシでなくてもドン引きだ。
竜族の常識というのは、人間の価値観からはかけ離れている。
「でも、王様の子供だったら強くなりそうというのはわかるね」
「俺らも、適齢期になったら王様に子種をもらうか?」
グレイドが笑ってそう言うと、デシベルはポッと顔を赤くしてうつむいた。
なんで男の子のデシベルのほうが、可愛い反応になるんだ。
あー、いかんいかん。
妙なことを考えないようにしようと、タダシは話を変える。
「君らは幼馴染で仲がいいんだろ。将来は、二人が結婚したらいいんじゃないか」
「えーないよ。グレイドって、僕のお姉ちゃんみたいなもんだし……」
家族的な関係になっちゃったから、そういう意識ができないってやつか。
グレイドのほうはどう思ってるんだろうかと聞いてみる。
「だって王様、俺様はドラゴンで、こいつワイバーンだよ。種族が違うよ」
そこ関係あるのか。
だったら、俺も全然種族が違うぞとタダシは首をひねる。
むしろ二人よりかけ離れてるんだぞ、どういう理屈なのだ?
「それより……さっきから話が変に思ったんだが、デシベルは男の子だよね」
今更確認したくないし、凄く聞きにくいことだが、ここは聞かないとまずい気がする。
「そうだよ」
タダシの背中を洗っていたデシベルは、キョトンとした顔で手を止める。
「だったら子供を作るって話はグレイド……ちゃんは、まあ女の子だから百歩譲って話はわかるけど……」
「あー! 王様、仮にもレディーに向かって百歩譲るとか、大変失礼だよ!」
ゴメン、それは俺の失言だったとタダシは謝る。
だけど、それより重要なことを確認したい。
タダシは、デシベルに振り向くと深刻そうな顔で言った。
「……デシベルくんは男の子だから、俺とは子供が作れんだろ」
そう言うと、二人して腹を抱えて大爆笑した。
「アハハッ、王様面白い」
「人族って、そういう発想するんだなあ。そうなるのかあ、なるほどなあ」
えー! なんでそこで二人して笑うんだ?
タダシは、わけがわからないから一緒に笑うわけもいかない。
「いや、だってさ。男同士では子供は生まれないだろ」
人族にとっては至極真っ当な常識である。
それが違ったら、世界がひっくり返る。
デシベルは、恥ずかしそうにおどおどしながらタダシに耳打ちする。
「王様あのね……僕らは竜だから、そこはなんとでもなるんだよ」
デシベルは、後手を組むとぐっと後ろに背筋を伸ばして言う。
「そうだよ。そんな事気にするって、人族ってふしぎだなあ」
お前らが不思議なんだよ!
しかし、一体男同士で竜はどうやって子をなすというのだろうか。
好奇心が先に立ち、ついタダシは「どうやってするの?」と聞いてしまう。
すると二人は……。
「どうやっててなーデシベル、教えてやれば?」
面白がっているグレイドが、ニヤニヤと含み笑いを浮かべる。
「やだあ……」
デシベルは頬を赤らめてうつむく。
お湯に濡れた赤茶色の長い髪が、やけに色っぽい。
タダシは、ゾワッとした。
大変興味深い話ではあるが、これ以上追求してはいけないと本能が言っている。
「そっかあ。みだりに聞くような話じゃないよな、アハハ……」
「そ、そうだよ。王様の意地悪……」
一緒に冗談として笑って、話を泡と一緒にお湯で流してしまうことにした。
変な雰囲気を払拭して、三人でのんびり秘湯に使っていたのだが、やけに騒がしい……。
どうやら、紅帝竜キトラが隣の風呂場で暴れているらしい。
「タダシの匂いがするのに、ここにはいないのか! おかしいじゃないか!」
「ちょっとキトラさん! お風呂の備品を壊さないでください!」
イセリナが怒っている声が聞こえる。
やれやれ、やっぱり大変な騒ぎとなったが。
イセリナたちには悪いが、この憩いの時間だけは守りたい。
「こっちから、タダシの匂いがするぞ」
紅帝竜キトラが、ボコッと壁をぶち抜いてくる。
「こんなところにいたのか! 子種をよこせ」
これは予想外の襲撃だった。
竜族に、風呂の壁を壊してはいけないという常識は通用しない。
「うわあ!」
浴槽に飛び込んできて、タダシに飛びついてきた。
グレイドとデシベルの二人はというと、すでにバッシャンと湯船から飛び出して端っこに逃げている。
格上の竜が、よっぽど苦手らしい。
「さあさあ! タダシ! この私に子種を食べさせろ!」
「ぐぬぬぬぬ!」
抱きしめられてタダシのたくましい背中に食い込んだキトラの指が外れない。
さすがは、最強生物!
しかも、相手は竜だとわかっていても、人間と身体は変わらない。
キトラは、胸は大きく健康的な肢体をしているのだ。
大きなおっぱいを押し付けられて、こうも強くもとめられたらタダシだって無反応というわけにはいかない。
そういえば、久しく妻を抱いていなかったことを思い出した。
浴槽の外で退避していたグレイドが叫ぶ。
「見ろデシベル! 王様の夜の生産王が、発動する!」
「キャー!」
デシベルは真っ赤にした顔を手で覆った。
かろうじて、タオルによって隠されたタダシの夜の生産王が暴発寸前だ。
このままでは、竜の少年少女たちを前に、とんでもない失態を起こしてしまいそうだ。
だが、タダシにだってポリシーがある。
妻以外に抱かないということだ。
最後の一線、どう守るべきか。
このままだとパワーで押し切られてしまう!
タダシは、するっとキトラの包容から逃れると、近くの水を張っている浴槽から水を汲んで思いっきり自分にバシャーとかける。
「冷たい!」
水の飛沫を浴びて、キトラも少し怯んだようだ。
怯ませるためにやったわけではない。
頭を冷やすためだ。
水浴びによって夜の生産王が多少おさまり、クールになったタダシに妙案が浮かぶ。
引いてダメなら押してみろ、だ!
タダシは、ガシッとキトラの肩を掴んで、叫んだ。
「わかった! しよう!」
攻撃は最大の防御なり!
断れないなら、断らなければいい!
タダシは、一転攻勢に出る。
「え、え! 今するのか? ここで?」
タダシが、乗り気な姿勢を見せると紅帝竜キトラは慌てだした。
「ああ、すぐ準備する」
「今すぐはちょっと、準備ができてないというか。まだ身体も綺麗にしなきゃだし、あと、私は子作りは初めてなんだ……」
なんだ。
迫ってる時はあんなに勢い良かったのに、タダシが乗り気となるや引いてしまう。
可愛いところもあるのだなと、タダシは笑う。
これならば、誘導できそうだ。
「すぐにではない。子作りは後にして、結婚しようと言ってるんだ! 明日、結婚式をやるから!」
「結婚? 結婚式とはなんだ?」
タダシが妙なことを言い出したので、キトラは困惑している。
どうやら、結婚という文化は奥魔界にはないらしい。
どうせ神様に報告回をやらなきゃならないと思っていたところだ。
それと同時に、紅竜帝キトラとの結婚!
奥魔界とのつながりもできて、世界平和にもつながるから考えたらどうだとシンクーにも言われていたのだ。
政略結婚みたいになってちょっと気が引けるが、ここまで迫られて受けなければ男がすたるというもの。
もう、ここまできたら妻の一人や二人増えてもかまわないというほどに、この世界の常識に染まっているタダシである。
「まあ、俺に任せておけキトラ! 盛大な結婚式をやろう!」
「お、おう……」
とんでもないスピード結婚になって、みんなに驚かれるだろうけど、やるしかない!
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