第156話「即興の武闘会」

 何の前触れもなく、竜帝の一人紅竜帝キトラに襲いかかっていったタダシの妻、マチルダとエリン。

 竜帝達が望むバトルが、なし崩し的に始まってしまう。


 武装している相手に対して、紅竜帝キトラは素手だが、古竜族はその肉体こそが最強の凶器だ。


「悪いね人間」

「指の爪で、聖剣天星剣シューティングスターを!」


「こいつ、強い!」


 タダシ王国で一二を争う剣士であるマチルダとエリンの全力を、両手の指一本で受け止めてみせた。


「これが、古竜の頂点に君臨する竜帝の力だ」


 キトラの指先から竜巻が発生して、二人は漫画みたいにクルクルと回転しながら吹き飛ばされていく。

 タダシが、あれ大丈夫かな……と思っていると。


 竜公ドラゴン・ロードグレイドと、小竜侯ワイバーン・ロードデシベルが飛んできて空中で飛ばされた二人をキャッチしてくれた。


「ありがとう、グレイド! デシベル! 助かったよ」


 普段からなぜか少年の格好をしている少女、竜公ドラゴン・ロードグレイドはぐったりしたマチルダを抱えながら凄く嫌な顔をして言う。


「強い竜気が来てると、思ったらやっぱりこんなことになってやがったか!」


 タダシはやれやれと頭をかきながら、尋ねる。


「君たちなら、なんとかなる?」


 今日は、いつもにもまして可愛らしい服装をしている少年小竜侯ワイバーン・ロードデシベルが叫ぶ。


「なんとかなるわけないでしょ王様、向こうは古竜の最上位だよ!」


 今日のデシベルはベレー帽をかぶって少年でもおかしくない格好なのに、なんで可愛く見えるのかな。

 これが男の娘か、と思いながらタダシはため息を吐く。


 竜帝達が試合という言葉は嘘ではなく、相手も殺す気ではやっていない。


「しかし、こんなに強い相手では手加減が難しい」


 タダシの言葉に、神竜帝ショウドウが笑う。


「ほう、我らを相手に殺さないように手加減してくれると?」


 金竜帝エンタムが凶暴に笑う。


「竜帝の俺たち相手に、マジで言ってるのかよ」


 タダシは、魔鋼鉄のくわを掴んで言う。


「確認しますけど、試合のルールは何をやってもいいんですよね」


 闘技場の舞台に立った神竜帝ショウドウは手を広げる。


「ああもちろんだとも、実戦に卑怯はない。闘技場の最小限のルールを守るならば、あとはなんでもありだバーリ・トゥードだ」


 なるほど……。

 タダシは、魔鋼鉄のくわを振り回してシュッと構える。


「だったら三人で同時にかかってきていいですよ」


 笑っていた神竜帝ショウドウが、真顔になって眉をしかめる。


「……聞き違いか?」


 金竜帝エンタムも笑うのをやめて言った。


「いや、俺は神竜の爺さんほど耳が遠くない……コイツぁ、確かに言ったぜ!」


 神竜帝ショウドウは、少し躊躇しているようだ。


「いや、しかしいくらなんでも……」

「いいじゃねえか、さすがは神に勝った男。最高にロックだぜ! 神竜の爺さんがいかねえなら俺からいくぞ! 金竜撥弦衝きんりゅうはつげんしょう!」


 金竜帝エンタムが、黄金のギターを振りかぶってかかっていく。

 意外や意外、エンタムは派手な言動の割に繊細な技を使う。


 黄金の音波の衝撃が、まるで網目のように無数にタダシに向かって行く。

 実に考え抜かれた攻撃。


 これでは避けようがないし、攻撃にも防御にも使える妙技だった。

 しかし、彼らは忘れていた、ここはタダシの王国だ。


 人の限界を超越した、農業神の加護を持つ世界樹が根付いた土地なのだ。

 突っ込んでいったエンタムが、地上からいきなり舞台を突き破って飛び出てきた世界樹の柱にドゴンと弾き飛ばされる。


「うあああぁぁぁ!」


 若い世界樹が発芽するパワーは、神をも滅ぼしたのだ。

 金竜帝エンタムの金竜撥弦衝きんりゅうはつげんしょうですら、それを打ち破るには弱かった。


 見た目はそれほど強そうに見えないタダシが想像以上の強さだと知って、紅竜帝キトラと神竜帝ショウドウの二人も真顔になって油断なくタダシに向かう。

 しかし、世界樹の勢いは止まらない。


「えっ、地上全部から!」


 キトラは、叫びながら空に飛んだ。

 タダシがくるりと鍬を振り回すと闘技場の全てから、世界樹が無数に生えてくる。


 もはや、ここはタダシのフィールドだ。

 ここに立っていては、勝てない。


 しかし、竜帝を甘く見てもらっては困る。

 人化したって当然飛べる。


「最強の私が、こんなに見せ場もなく終われないわよ! 紅竜旋風爪こうりゅうせんぷうそう!」


 錐揉み回転をしながら、バシュ! バシュ! と音を立てて無数の世界樹の枝を叩き切っていく。

 繊細なエンタムと違い、キトラが使うのは豪の技だ。


 その一撃は、世界樹の枝すら切り刻む。

 だが――。


「申し訳ないけど怪我をさせてしまう前に、退場してもらう!」


 タダシが鍬をぐっと構えると、さらに世界樹の数が増えた。


「さ、さばき切れない! いやぁあああ!」


 何度も何度も世界樹の枝を切り刻んで進もうとするが向かおうとするが、ついに力負けして枝に身体を巻き込まれて錐揉み回転が止まった。

 あとは、闘技場の外に弾き飛ばされるだけだ。


 紅竜帝キトラも、場外負け。

 あとは、神竜帝ショウドウであるが、こちらは悠然と伸びてくる世界樹の上に乗っていた。


 世界樹の奔流に逆らわず、ゆっくりとそれをいなしてから中空へと飛び上がった神竜帝ショウドウは叫ぶ。


「帝竜二人がこうも簡単に……さすがだ、人の限界を超えし者! だが、我が神竜の名、伊達ではないと見せてやる!」


 拳を構えたシュウドウの身体が、白銀に光り輝く。

 かつて、フェンリルと古竜が生物の頂点の座を争って、一万年。


 長きにわたり鍛錬を続けてきたシュウドウは、神の領域にも到達しようとしていた。

 その攻撃は、実に単純な正拳突き。


「タダシよ、喰らうがいい――神竜一閃拳!」


 最強生物である竜が、力をましてやがて人化して小さな人型へと姿を変えるのには理由がある。

 巨大な体躯のドラゴンは、その大きさゆえに精密さに欠けるのだ。


 神竜帝ショウドウが、その猛る最強の肉体を痩せた老人の姿に変えたのもそのため。

 シュウドウが一万年の修練の上で到達した極みは、神の如き力をただ一点に凝縮して、拳として放つ一閃拳。


 宇宙の始まり。

 それは超高温、超高密度のエネルギーの塊が巻き起こす大いなる爆発ビッグバンであった。


 神を乗り越えようとするならば、一点にそれほどの力を込めた一撃を放たねばならない。

 それは究極の力を求めた、ひたむきなる意思の拳。


 神聖なる祈りにも似た窮理きゅうりの輝き。

 その精緻にして神滅なる一撃は、大きく成長した世界樹の幹すらもなぎ倒していく。


 ついに一万年の鍛錬は、神を封じた農業神の加護をも打ち破った!


 だが――


「ふぅ……」


 タダシの鍬の一振りの前に、世界最強の神竜一閃拳がかき消された。


「なんだと! どうやって、我が最強の一閃拳を崩した!」


 タダシは、鍬を構え直して言う。


「その拳を耕した――」

「なんで、あると!」


 タダシの技は、シュウドウの極めた技の理外にあった。


「できるんだ、俺は農家だからね」


 農業もまた、世界の破壊と再生を司る力。

 タダシはシュウドウの巻き起こした大いなる爆発ビッグバンをも耕したのだ。


 神竜帝ショウドウは、あまりのことに数千年ぶりに激高した。


「まだだ! 我が一万年の鍛錬を知れ! 神竜一閃拳!」


 しかし、次の拳の一閃も、鍬で受け止められた。

 いかに硬い魔鋼鉄とはいえ、世界樹をも砕いた拳が砕けぬはずがない。


 それなのに、なぜ砕けぬ――


「悪いけど、ここは俺の畑だ。神竜帝ショウドウ」


 どんと、鍬で胸を押された。

 たったそれだけで、シュウドウは闘技場の外に弾き飛ばされて倒れた。


「くるるるるる」


 まるで、主人であるタダシの意をくんだように、倒れたシュウドウを優しく身体で受け止めたのは、フェンリルのクルルだった。


「我は負けた。そうか、クククッ……そうだったのであるな」


 神竜帝ショウドウこそわかっていなかった。

 タダシは、神話の時代、神の座を争った古竜とフェンリルをも従えるあるじだった。


「伝説の神獣フェンリルも、我ら竜帝すらも敵わぬ人か……ハッハッハッ!」


 神竜帝ショウドウは嬉しかった。

 そこに、ほうほうの体で戻ってきた金竜帝エンタムと、紅竜帝キトラが声をかける。


「大野タダシ、最高にロックだったぜ……」

「あら、シュウドウ、あんなにあっけなく負けたのにやけに機嫌が良さそうね」


 キトラのやっかみに、シュウドウは笑う。


「これが喜ばずにいられるかキトラ、我ら竜が人化の道を選んだのは、やはり正しかったのであーる!」


 タダシのもとでさらに一万年の鍛錬を積めば、きっと古竜は神の領域に届き、超えることができる。

 なぜなら、この地上にはすでに神を超えた存在がいるのだから。


 キトラはキトラで、燃えるような紅い瞳をギラギラと輝かせて言った。


「一万年もかかんないよシュウドウ、次代でいける」


 竜は人と交わることもできるのだから。

 やはり人化の道は正しかったと、静かに鍬を持って舞台の中央にたたずむタダシを見て思うのだった。

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