第155話「招かれざる客」

 タダシは、懐かしい王城に到着した。

 駅の周りは整備されていて、新しい線路が引かれている。


 自ら作った王都中央駅を案内するドワーフの名工オベロンは、胸を張って言う。


「ここから、王国全土に鉄道を引いていく予定じゃわい」

「そんな資源があるのか」


「そのためにまず港に引いたんじゃろ」

「なるほど」


 シンクーの貿易港では、ひっきりなしに船が行き来して、新興国に向けてタダシ王国の食料や物産がガンガンに輸送されている。

 当然それと交換に王国に不足している金属などを輸入されている。


「いろいろと考えられてるんだなあ」

「次に引くのは、魔鉱石の鉱山に向けてじゃなあ」


 鉄道が威力を発揮するのは内陸部だ。

 そうすることで、さらに輸送が円滑になることだろう。


 猫耳賢者のシンクーが言う。


「そのことについて、オベロンにも会議に参加して欲しいニャ」

「ふうむ、何の話じゃ」


「今思いつたニャけど、鉄道は兵員を運ぶのにも使えるニャ」

「ふむ、なるほど防衛に使うわけか」


 なにやら、話し合いたいことがあるようだ。

 タダシも一緒に、玉座の間へと向かう。


 そこでは、タダシ王国の主だった閣僚たちが待っていた。


「おかえりなさいませ、タダシ様」


 紫色の髪の妖艶なる吸血鬼、侍従長フジカ・イシュカが頭を下げうる。


「ああ、いま戻ったよ」


 長い戦いを終えて、ようやく戻ってきたんだなあとタダシは城の玉座に座る。


 ようやく王が帰還したのだ。

 城の者は、皆喜びに沸いていた。


 シンクーが声を張り上げる。


「みんな、王都で留守を守ってくれてた人もご苦労ニャし、長い遠征から帰ってきたばかりの人も大変ニャけど、緊急で相談しておかなきゃならないことが山積みニャ」


 本来ならば、オベロンがやった鉄道の建設もタダシの許可を得ねばならなかったところである。

 しかし、これまで緊急事態の連続で、コンセンサスもなく各分野でそれぞれが勝手に事を進めていた。


 それは、貪欲な生物のように発展を続けるタダシ王国の活力でもあるが、お互いの連携が取れてないことをシンクーは気にしていた。

 こういう機会を見つけて、きちんとタダシ陛下の下で合意を形成しておかないと次にいつ機会があるかわからない。


「わかった、話を聞くよ」

「ざっと見た感じ、内政は問題ないニャ。オベロンが作ってくれた鉄道は、ネックになっていた陸の輸送力を上げてくれるニャ」


「そうだな。オベロンだけでなく、みんながそれぞれ頑張ってくれて助かったよ」


 タダシの言葉に、王都で留守を守っていた者たちも満足げな顔をする。


「問題は軍事ニャ。大陸は平定できたけど、奥魔界のことがまだ残っているニャ」

「滅竜帝ガドーのように、こちらに攻めてくるかもしれないと」


 シンクーはうなずく。

 少なくとも滅竜帝ガドーと同列の化け物レベルの帝竜があと三人。


 奥魔界にいる竜帝を始めとした古竜族は、太古の昔にいた神を名乗るほどの強さを持った竜神になることを目指して、奥魔界で修行に明け暮れているという。

 その力は、神にも迫るものとなっているだろう。


「しかし、シンクー。話に聞けば、古竜族はもう一万年くらい奥魔界にこもっているんだろう」


 この前の滅竜神ガドーの襲来は、まれにくる天災のようなものではないか。


「国政は、最悪の事態を想定してやるべきニャ。タダシ王国に竜帝が三体、奥魔界の全勢力を連れて攻めてきた想定で国防を考えるべきニャ」

「それ、どうなるんだ」


 めちゃくちゃ強そうな敵で、とても勝てるとは思えないんだが。

 滅竜神ガドーの軍団の襲来でも、アダル魔王国の首都が壊滅してしまったほどだ。


「現状のタダシ王国の戦力でも、遅滞戦闘くらいはできそうニャ。鉄道があれば、高速で兵団を移動させる事もできるニャ」

「なるほど……」


 軍団が敵を食い止めている間に、タダシなどの戦闘力の高い者が集まって一体一体なんとか相手をするということか。


「そのためには、まず偵察網ニャ。奥魔界に近いあたりに、偵察兵を送って……」


 ばたんと大きな扉が開いて、血相を変えた伝令が転がり込んでくる。


「大変ですタダシ陛下!」

「どうした、そんなに血相を変えて」


 口をパクパクと開いて、窓の外に指を指す伝令。


「あ、あれ!」


 そう言って窓の外を指差すそこには、巨大な竜帝が三匹こちらに向かってくるのが見えてきた。

 猫耳賢者シンクーが叫ぶ。


「速すぎるニャぞぉおおお!」


 後少し、時間があれば偵察だって送れたから、王都にいきなり強襲されるなんてことは避けられたのに。

 静かに座って聞いていたヤマモト提督が鋭く叫ぶ。


「超弩級戦艦ヤマトは、いつでも使えます」


 助け舟がきたと、ホッとした顔でシンクーは言う。


「それは助かるニャ! 場合によっては、助けてもらおうことになるかもしれないから、すぐに使えるようにスタンバイをしてくれニャー!」


 そう言われるが早いか、駅へと駆けていくヤマモト提督。

 列車に乗って港へと戻るのだろう。


 しかし、超弩級戦艦ヤマトを配備しても、とてもドラゴン達が飛来してくるのに間に合いそうにもない。

 まさかこんなタイミングでやってくるとは。


 海軍、空軍、陸軍。

 これから万全の体制を整えて事態に対処するつもりでいたというのに、なんと間の悪いことか!


 シンクーが頭をフル回転させて、なんとかこの状況でもできるマシな献策しようとする前に、タダシが静かに言った。


「ここは俺が行くしかないよな」

「タダシ陛下、それは……」


「俺が行くしかないだろう。あれらは、俺に会いに来た。そんな気がするんだ」


 王を一人でいかせるなど、軍師の恥である。


「それなら、戦えるものみんなでいくニャー」

「いや、話し合いなら俺一人のほうが刺激しないんじゃないかな」


 そう言われると、シンクーもうなずかざるをえない。

 それ以外に対処する方法がないのも事実であった。


 大きな戦いになれば、戦えないものも巻き添えになる。

 この王城には、タダシの子供たちもいるのだ。


「しかし、おそらく古竜は戦いにきたニャーぞ」


 タダシが行っても、結局争いになるのではないか。


「まあ、話し合いで解決できればいいんだけどね」


 少なくとも、あの三人の竜帝は滅竜神ガドーのように軍団を率いていたわけでも、街を破壊しているわけでもない。

 話の分かる相手ではないかという予感もあった。


 そこに、窓の外からよっこらしょという感じで、フェンリルのクルルが顔を出した。


「おお、クルル来てくれたか。ちょっと、あそこの丘の上まで頼めるか」

「クルルルルッ!」


 いつも元気なクルルは、主人を乗せて王城の窓からぴょんと飛び降りて、周りに建物がない丘の上へと駆けていく。

 普段は、軍の演習場に使われている小高い丘は、発展してきた王都付近では唯一建物のない場所であった。


 そこにフェンリルに乗って行けば、竜帝達を誘導できるだろうか。

 そんなことを考えながら、タダシはクルルに乗って飛び出していく。


 王城に残ったシンクーは叱咤を飛ばす。


「何をぼさっとしてるニャ! 戦えない者を王都から避難させるニャ!」


 タダシの妻の中でも、一二を争う武闘派である金髪の巻き毛のマチルダ・フォン・フロントラインが言う。


「戦える者は?」

「タダシ陛下を追いかけるニャ! ただ、相手が手を出さない限りはタダシ陛下の邪魔しちゃダメニャぞ!」


 マチルダは、聖剣天星剣シューティングスターを携えて走っていく。


「あいわかった! 久々の強敵だ、腕がなる!」

「ちょっと待つニャ! くれぐれも邪魔しちゃダメニャぞ! マチルダがなんかしそうになったらみんな抑えるニャ!」


 シンクーは嫌な予感がして、マチルダの背中を追いかけながら何度も叫ぶのだった。


     ※※※


 丘の真ん中にやってきたタダシを目撃して、お目当ての相手がいたとわかったのだろう。

 巨大な三竜帝は、ゆっくりとタダシの前に降りた。


 白に、赤に、黄金。

 極めておめでたい色のキラキラと輝くドラゴンたちだ。


 そして、タダシの目の前でポン! と音を立てて人間に変化した。


「おお!」


 そういえば、力のある竜は人間形態に変化することもできると言っていた。

 タダシが人間であるので、同じ大きさで話をしようというのであろう。


 一人は、白髪で白い髭の品の良さそうな老人。

 色鮮やかな竜の文様が入った中国武術の道着のような服を着ている。


謹賀新年きんがしんねん! 神竜帝ショウドウであーる!」


 なんで、カンフーのポーズで、正月の挨拶を言った。

 もう一人は、金色の髪をパンクロッカーのように逆立てた美男子。


 ジャラジャラと金の鎖の付いた、やたらファンキーでゴージャスな革の服を着ている。

 じゃーんと、ギターをかき鳴らしながら叫ぶ。


「あけましておめでたいぜ! 金竜帝エンタムだ、以後よろしくな!」


 だから、なんで正月の挨拶なんだ。

 そう思って気が付いたが、そういえば年が開けていたのか。


 そして、もうひとりは赤く長い髪を三つ編みにして垂らした若い女性であった。


「なんで、バニー」


 紅一点の女性は、頭に兎耳うさぎみみを付けておりバニーガールとチャイナドレスをあわせたような際どい衣装であった。

 胸は大きく、小股が切れ上がっていて健康的な太ももが眩しい。


 正体は竜だってわかってるから、タダシはあんまり心は動かないけれど。


「ウサギ、可愛いだろ? 奥魔界一の美少女、紅竜帝キトラとは私のことだ!」


 タダシの言葉に、勝ち気に笑ってくるっと回って見せる。

 お尻に白いウサギの尻尾までついてて、可愛いけれど場違いも甚だしい。


「ああ、そうか……これってあれか」


 これが竜のセンスかと、タダシは納得する。

 あの男女逆転したような竜公ドラゴン・ロード グレイドたちの服装も、単に趣味だと言ってたからなあ。


 竜の文化は突飛で、人間には理解しがたかい感じでぶっ飛んでるようだ。

 納得するタダシに、また手を鶴のように動かしてカンフーのポーズを取った白髪の老武闘家のようなシュウドウが言う。


「そなたが、神に勝って世界を救ったというタダシでよいかな、謹賀新年!」

「ああ、俺がタダシだ。あけましておめでとうございます」


 正月の挨拶をしないと、いつまでも終わらないような気がしたのできちんとお辞儀して挨拶を返す。

 すると、シュウドウも丁寧にお辞儀する。


「これはご丁寧に……まずは、奥魔界の者が迷惑をかけたことを、奥魔界を統べるものとして謝罪させていただく」


 お辞儀するシュウドウの左右で、カンフーのポーズを取ってエンタムとキトラもいう。


「すまなかったぜ! じゃーん!」

「迷惑をかけた! お詫びに、この鍛え上げた私の太ももを見ろ!」


 だから、なにこのテンション。


「いや、済んだことだからいいんだ。見たところ、あなたたちは滅竜帝ガドーの仲間というわけでもないんだろう」


 丁寧に挨拶をしているのだから、攻めてきたようにも見えない。

 シュウドウがうなずく。


「うむ、奥魔界は序列があるとはいえ、国のような秩序があるわけではない。ワシは序列一位として、奥魔界をまとめているだけである」


 あの滅竜帝ガドーが人の言うことを聞くとも思えないものな。

 一緒にやってきていた古竜たちのことも、全く仲間と思ってなかったようだから古竜はみんな個人主義なのだろう。


「謝罪は受け取った。滅竜帝ガドーのことはあなたたちのせいとは思っていないし、できれば友好的にやっていければいいんだが」


 すでに大陸全土を支配しているタダシだが、奥魔界をどうこうしようとは思っていない。

 大人しく奥魔界にこもっていてくれるなら、何も言うことはない。


「ほう、それをタダシは我々に要望するということだな。おいエンタム!」


 シュウドウが言うと、エンタムが「わかったぜ!」と、近くに合った岩をギターを振り回してシャキンシャキン音を立てて切り刻み始めた。

 え、そのギター、武器なの?


 切り刻まれた石は、規則的なハーフブロックとなり四角四面の土台を形成していく。

 これって……。


「武闘場だ、謝罪に来ておいてなんだが、ワシらを大人しくさせたいのであれば、古竜の流儀に付き合っていただきたい」

「ああ、なるほど。これはなんとなくわかる……」


 物語によくある展開だ。

 おそらく、なんでもありで参ったと言わせるか石の舞台の上から落ちたら負けというルールだろう。


「お互いに相手に望みがあるなら、試合で勝負して決めるということだ。ワシの望みは、タダシ。神に勝ったというお前の力を知ることである!」


 そう言って、神竜帝ショウドウは老獪ろうかいに笑う。

 なんのことはない。


 結局、ドラゴンはみんなバトルジャンキーなのだろう。本質的には、滅竜帝ガドーと変わらず強い相手と戦いたいだけだ。

 金竜帝エンタムも言う。


「俺が勝ったら、この国のすべての人間を集めてリサイタルかな!」


 いや、それは勝負なんかせずに好きにやってほしい。

 紅竜帝キトラは、可愛らしくうさぎのポーズをして言う。


「タダシ! お前が勝ったら私のこの魅惑的なボディーを好きにするがいい! この好きものめ!」


 いやいや、そんな願い言ってないから。

 もしかして、夜の生産王の評判が奥魔界にまで轟いてるんだろうか。


 気になってタダシは尋ねる。


「ちなみに、俺が負けたらどうなるんだ?」

「その時は、私がお前の身体を好きにさせてもらう!」


 いや、それ一緒じゃん!

 タダシがそうツッコむまえに、タダシの妻であるマチルダが聖剣天星剣シューティングスターを引き抜いて走り込んできた。


「この淫らな雌竜め! 私の夫を誘惑するな!」

「ほー、いいぞ! まずお前から私と勝負するのか」


 マチルダを止めようとするシンクーが、慌てて言う。


「エリン! マチルダを止めるニャ! さすがに天星剣シューティングスターでも竜帝の相手は無理ニャ!」


 犬獣人の勇者エリンも、魔鋼鉄の剣を引き抜いて言う。


「ボクも、こいつの態度は我慢ならない!」


 紅竜帝キトラは、楽しそうに言う。


「ほう、タダシをいただくまえに、美味しそうな前菜が二人もか。いいぞ! 二人同時にかかってこい!」


 タダシ達が止めるまもなく、武闘場の上で女性同士の戦いが始まってしまった。


「なんでうちの陣営は、ドラゴンと同類の脳筋しかいないニャー!」


 新年早々、シンクーの悲しい悲鳴が響き渡るのであった。

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