第159話「終わりよければすべてよし」
タダシ王国に戻ってしばらくが経ち、タダシは朝の散歩ができるほどに時間の余裕ができた。
もちろん、散歩にはクルルも一緒についてきている。
今日は、クルルと
王城から結構距離があるのだが、ここまでジョギングできるくらいにはタダシも体力がついてきている。
「いい天気だな。散歩日和だね」
「くるるる!」
特に保存を頼んだわけではないのだが、タダシが最初に生やした木は、王国の国定公園にされていてきっちりと守られていた。
最初は、こんな何の変哲もない木を生やすところから始まって、大陸全土を支配するような大きな王国にまで成長したと思うと信じられない思いがする。
「クルル見てみろ。懐かしいなあ、シイの木があるぞ」
シイの実をたくさん拾って、その場で茹でてクルルに食べさせてやる。
昔はこうやっていたなと、本当に懐かしい気分になる。
「くるるるる!」
「美味しいか。ごちそう続きだったから、たまにはこういうのもいいだろう」
シイの実は、クルルが小さい頃ペットフードにしていたものだ。
小さい頃食べたものは口に合うものだ。
タダシは、クルルの頭をなでさすりながら言う。
「お前にとっては、おふくろの味みたいなものかな」
「くるるる?」
不思議そうな顔をする。
タダシも、おふくろはないかとも思って笑う。
「クルル、お前の本当の両親はどこにいるんだろうな」
タダシがクルルと出会ったのは、神様の粋な計らいと聞いている。
しかし、クルルだって木の股から生まれたわけではあるまい。
きっと、どこかに親がいるに違いない。
フェンリルは一万年単位で語り継がれる半ば神獣扱いされている伝説上の生き物なので、その消息はようとして知れない。
だが、いずれクルルの親を探す旅に出るのもいいかもしれない。
神様達に聞けばなにかわかるだろうか。
しかし、クルルを遣わせた魔物の神オードは言葉が通じないんだよな。
「くるる?」
クルルは小首をかしげている。
まあ、あんまり王がバタバタと旅に出すぎるのもよろしくないかな。
しばらくは、ゆっくり国の発展に努めよう。
タダシが、そう思った時だった。
「おう、タダシもここに来ておったのか」
「ここは、人が少なくて良い場所じゃな」
なんと農業の神クロノス様と、鍛冶の神バルカン様がともにやってきていた。
「会いに来てくださったのですか」
「いや、ワシらはたまたまじゃ」
「昔を懐かしんでの。いや、考えてみればさほど昔でもないのか」
「我ら神々が一万年かけてもどうしようもなかったこの世界を、ほんの数年で、タダシは一変させてしまったのう」
二人は、口々にそう言って目を丸くして笑う。
「すべては、神様たちのおかげですよ」
「相変わらず、タダシは謙虚でよいのお」
「ハハッ、こりゃタダシのやったことを全部農業の加護だから自分の手柄じゃという神に聞かせてやりたいわい」
「おい、バルカン!」
二人はそう言って笑い合っている。
「くるるるる」
「え、乗れっていうのか? 神様たちも?」
お腹がいっぱいになって、そこらをウロウロしているのにも飽きたのか、クルルが背中に乗れという。
なんと、神様たちも一緒に乗れという。
クルルはでかいから、乗れないこともないのだが……。
「ワシ、それにいっぺん乗ってみたかったんじゃ」
「憧れがないといえば、嘘になるの」
どうやら、クロノス様もバルカン様も、クルルに乗りたかったらしい。
「そうか。じゃあ少し重たいかもしれないけど、食後の運動がてら王城まで戻ってくれるか」
タダシと二人の神様は、クルルの大きな背中に乗って、一足とびで王城へと戻る。
「くるるるるる!」
クルルが勢いよくジャンプすると、遠くシンクーの港や海までが見渡せた。
「おお、これは空から見るよりも街がよく見えるわい」
「凄いのお、あれは鉄道というやつか」
調子に乗ったオベロンが鉄道の路線を何本も引きまくって、大陸が活気に湧いている。
港街には、旧帝国のヴェルダンから運ばれた桜の木が満開になっていた。
そして、港には巨大な超弩級戦艦ヤマトが浮かんでいる。
さらには、巨大な戦艦よりもさらに大きな世界樹がそびえ立っている。
立派なのはいいのだが、あれの日陰問題はそのうちどうにかしないといけないかな。
タダシが、そんなことを思っているうちに、あっという間に、王城へと戻ってきた。
「最初は無人だった
大神殿のところで、二人の神様は降りると口々に言う。
「良い経験をさせてもらった」
「タダシ、せっかくだから一緒に飲まんか?」
実は、神様達は、あの紅帝竜キトラとの結婚式からしばらくここの大神殿に居座っているのだ。
今回の新しく就任した神々のお披露目をしたいそうなのだ。
広く大陸全土から民を集めるのには、今や大陸の中心となったこの土地が一番良いという。
そういう事情ならと、タダシ王国でも冥神アヌビス様やサチノカミ様の神像や神殿も建造中である。
「朝から飲むのはちょっと、夜になったら顔を出しますよ」
最初はタダシも神様たちの酒盛りに付き合っていたのだが、本当に朝から晩まで毎日飲み通しになってしまうのだ。
全部付き合っていると何もできなくなるので、最近は夜にちょこっと顔を出すようにしている。
「さてと、クルルは……」
神々の酒盛りはクルルには退屈らしく、巻き込まれてはかなわないといつの間にか消えてしまっている。
自分の小屋の方にいったのだろう。
タダシは大神殿の階段を降りると、にぎやかな城下町を越えて王城の中に入っている。
城の中庭では、三百人を超えるタダシの妻達が大集結していた。
別にタダシの帰りを待っていたというわけでもない。
朝になると外に出せとむずがる子供もいるので、あやしたり井戸端会議も兼ねてといったところだろうか。
すでに首が座ってハイハイもできるようになっている赤ん坊もいて、どこにいったかと思っていたクルルに引っ付いている子供もいる。
体温が温かいせいか、もふもふの毛の触り心地がよいせいか。
クルルは赤ん坊に大人気だ。
実に和やかな光景で、タダシは嬉しくなってくる。
「タダシ様、今日はアナスタシア様が見えてるんですよ」
タダシに気がついたイセリナが、そう言う。
そう言われなくても、見ればわかることではある。
「それにしても、二人は瓜二つだな」
タダシは、イセリナの横で会釈する聖姫アナスタシアにそう言う。
そのセミロングの
海エルフと人間という種族違いはあれど、イセリナのエルフ耳が髪に隠れていれば見分けがつかないほどだ。
そうつぶやくタダシに、アナスタシアは笑って言う。
「今は、見分けがすぐつくのではないですか」
イセリナがすでに子を産んでいるのに対して、アナスタシアはこれからで大きなお腹をしている。
「そうだな。アナスタシアの子はもうすぐ産まれるのか」
「はい、すでに八ヶ月に入ってます。たまにお腹を蹴ったりするのですよ。男の子じゃないかしら」
「それはめでたい」
産まれてみないことにはわからないことだが、そういうことがなんとなくわかるという人もいるそうだ。
タダシとしては、どちらでもかまわない。
王国の未来を支える赤ん坊がまた産まれるということだ。
なんとなく、自分も父親らしいことがやってみたくなって、イセリナに長男のリュウを抱かせてくれと頼む。
「はい、タダシ様どうぞ」
「おぎゃあ、おぎゃあ!」
おっと、タダシが抱いたとたん泣き出してしまった。
農作物相手だったらなんでも上手くいくのだが、赤ん坊となるとこんな調子だ。
あやすことすらままならないというのか。
自分の抱き方が悪かったのだろうかと、タダシはちょっとしょんぼりする。
「ああ、タダシ様。むずがってるのは、おしっこですよ。ほら」
イセリナは、タダシから赤ん坊を受け取るとオムツを取ってさっと交換する。
気持ち悪いのがよくなったのか、キャッキャと笑った。
「おお、なるほど。この前たくさん作ったオムツも役に立ってるようだな」
布不足でオムツにも困るほどだったが、タダシは一瞬で有り余るほどの綿花を生やしてみせた。
「洗わなきゃいけない前と違って、手間がかからないですよ。ありがとうございます」
「少しでも役に立てることがあってこちらのほうこそありがたいよ。みんな忙しいだろ、手間をなるべく短縮できるといいね」
なにせ、子供はたくさんいるのだから。
手間はかからなければかからないほどよい。
三百人以上の妻ができて、その数だけ子供も産まれて。
なんだかとんでもないことになってしまったなあと、タダシは笑う。
もしかしたら、タダシの超越レベルの農業の加護を使えば、三百人一気に子育てみたいなこともできるのだろうか。
そうクロノス様にいったら、さすがにそこまでは農業の範囲に入らないと苦笑されるだろうか。
聖姫アナスタシアは、タダシに言う。
「あ、そうだ。この子の名前も、そろそろ考えてくださいませんと」
なにせ三百人以上の子供の名前を付けてきたタダシだ。
もういい加減、ネタ切れだ助けてくれと。
いつものタダシだったら締まらない感じで弱音を吐いたかもしれない。
でも、今日のタダシは少し冴えている。
「アナスタシア。俺の故郷では、終わりよければすべてよしという言葉があるんだ」
「良き言葉ですね」
「そこで、すべてよしという意味のオールウェルはどうだろう」
アナスタシアの言う通り、男の子だったらそれで良いんじゃないだろうか。
もし女の子だったらちょっと女の子っぽく変えたらいいかもしれない。
「すべてよしのオールウェルですか! とても良き名だと思います」
母親になる聖姫アナスタシアにも気に入ってもらえてよかった。
よし、これこそ終わりよければすべてよしで大団円だなと、タダシは笑う。
和やかに場が終わりそうだったのだが、侍従長のフジカ・イシュカが申し上げにくそうに言う。
「あの、タダシ様。何か忘れてませんか?」
「え、なんのことだ。あっ……レナちゃんも来てたのか」
背丈が小さいので輪の中にいても気が付かなかった。
今や、アンブロサム魔王国の魔王となったレナ・ヴラド・アンブロサムは、見たことがないほど暗い顔をしている。
「ずっと待ってたんです……」
「何を……」
「私と婚約しただけで、まだ結婚してませんよね」
「えっと、その、ほらあれだ! レナちゃんは成人してからと思って」
いつも通りの言い訳を口にするタダシであったが……。
「私もうとっくに成人してます、タダシ様!」
時が経つのは、あっという間だ。
この世界での成人は十五歳なのだ。
「そこはその、レナちゃんは小さいからどうしても娘的な感じがして……」
まさか、レナちゃんとの結婚の約束を忘れていたとは口が裂けても言えない。
なのでこうして言い訳するのだが、これは悪手である。
「獣人の勇者も、猫耳賢者シンクーさんも私くらい小さいですよね。なんで私だけそういう扱いなんですか?」
「グッ……」
あー、これは追求をかわしきれない。
いつもは無口なレナちゃんが、こんなに饒舌になるなんて、よっぽど腹に据えかねたのだろう。
自分よりあとから来たアナスタシアとの仲睦まじい様子まで見せられたら、自分だって魔王だぞと言いたくなるのは道理である。
レナだって、結婚もしたければ、一刻も早くタダシとの子孫をと焦ってもいる。
ましてや、いきなり飛び入りで順番抜かしをした紅帝竜キトラとの結婚を聞かされたら我慢の限界だろう。
ついこの間、急な結婚式の準備で徹夜させられた料理長のマールが、少し呆れたように言う。
「タダシ様、また結婚式の準備をしないといけないようですね」
「えっと、その……お願いできるかマール」
タダシは、今度こそレナちゃんとすぐに結婚すると約束して、なんとか機嫌を取って許してもらうことができた。
まったくもって、毎回のごとく締まらない感じであるが、めでたいことが続くのはとても良いことだ。
こうしてタダシの王国は、今にも増してにぎやかで豊かに末永く繁栄していくのだった。
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