第二部 第一章「タダシ王国の発展」

第46話「異世界の片隅で」

 朝焼けの空に、黄金の朝日が登る。

 王の寝室から出た大野タダシは、窓から身を乗り出して短めの黒い前髪を風になぶられて目を細めた。


 寝室の前に控えていた家庭的なエプロン姿の獣人マールが、エプロンの裾をギュッと押さえながら言う。


「タダシ様、また派手になさいましたね」

「す、すまん……」


 マールが覗き込んだ寝室のキングベッドの上では、獣人の勇者エリンと、商人賢者シンクーが何故か仲良く手を握り合って沈んでいた。


「ゆ、勇者のボクが、全く何も出来ず……」

「二人でなかったら死んでたニャァ」


 それでも熟練者であるマールが助けに入らないで、夜の生産王タダシ相手に初夜を一晩やり過ごした二人は凄かったとは言えるだろう。

 激戦に次ぐ激戦であり、溢れんばかりの体力を誇るエリンと高い知性を発揮して手練手管を駆使したシンクーが最初はライバルとして反目しあい、どっちが先に寝室に入るのか争った挙げ句同時に飛び込んだのだが、タダシが絶対に勝てない夜の生産王だとわかってからは協力しあい、最後には変な友情が芽生えるほどの激しい一夜だった。


 何があったのかは経験者であるマールにはわかるので、ため息を吐きながら言う。


「まあでも、二回目の結婚式も滞りなく終わりましたし良かったですね」


 若くて体力のある二人は、経験さえ積めばマールたちの助けになってくれることだろう。


「ああ、祭りも無事に終わって良かった。マールたちが助けてくれたおかげだな。さて、仕事にいくか」


「え、今日ぐらいはゆっくり休まれては」

「イセリナに新しくできた村に井戸を掘ってくれって頼まれてるから、それだけは済ませておかないと。ああ、二人はゆっくり休ませてあげてね」


 タダシも祭りの準備で奔走していたし、今日もエリンとシンクーの初夜だったのでほとんど寝ていないはずだ。


「タダシ様はお元気ですね。後で軽い食事とコーヒーを持って行きますので、それが終わったら休憩してくださいね」

「ああ、マールの食事は美味しいから楽しみだな」


「はい、いってらっしゃいませ……旦那様」


 意気揚々と魔鋼鉄のくわを持って出ていくタダシに、マールは小さく微笑んでそうつぶやくと深々と頭を下げた。


     ※※※


 新しくできた村に、水がプシュー! と噴き上がる。

 みんなアトラクションを見たように歓声を上げて、口々に王様凄いと叫んでいる。


「ご苦労様、あとはこっちでやっとくから」


 大工の棟梁である獣人のシップが言う。

 シップが率いた建設チームが、井戸の周りを石で固めて釣瓶つるべを落とせば完成だ。


「よろしく頼む。俺は、畑の方を見てくるから」


 今度はタダシが鍬でズババババッと開いた畑を、農業チームが整備していく。

 全てがフルスピードで出来る姿に、公国から移住してきた貧民たちは目を見張る。


「すげえな、生産王様」

「んだ、来てよかったねえ」


 タダシ王国に流れてくる民は、ほとんどがフロントライン公国の田舎の方で極貧の生活を送ってきた農民たちだ。

 もう命以外は何も失う物はないという過酷な状況にある彼らだからこそ、住み慣れた土地を離れてタダシ王国にやってくるのだ。


 彼らの住んでいた辺境も痩せて枯れた土地で飲む水にさえ苦労するところだったから、井戸を掘ってくれた上に当座の食糧までたっぷりと配給してくれるタダシ王国の厚遇ぶりに信じられない思いだった。


「あのお、大変失礼なんですけど王様」

「なんだい?」


「この国は税ってどう納めたらええんでしょう」


 キョトンとした顔をするタダシ。


「あー、税金なんて無しでいいんじゃないか」


 タダシにとんでもないことを言われて、移住者たちが腰を抜かす。


「へえ!?」

「信じられねえ!」


 彼らはただでさえ貧しい畑に五公五民という重税を課せられて、その上に重い労役まで課せられていたのだ。

 税金がなしなどと言われて信じられるわけもない。


 会話を聞きつけて、移住者の管理をしているイセリナが走って来る。


「タダシ様、いくらなんでも税金なしはダメですよ! 説明したじゃないですか!」


 税金を徴収するのは、国が住民を管理するということでもある。

 国に対する帰属意識を持たせるという意味合いがあるので、全く無税というわけにはいかないのだ。


「タダシ王国の農村では、麦などの基本的な食糧の他に特産品の畑を設けています。この村だとイチゴです。このイチゴを育てて王城に届けてくれれば、それを税とします」


 イセリナの説明を聞いても、移住者たちは大喜びだった。


「なんと! やっぱり無税みたいなもんじゃねえか!」

「イチゴだけって、本当にそっただことでええんですか!」


 三日に一回作物が採れるこの国では、誰も食べることに困っていない。

 一応形だけ税は取って、例えばイチゴであればジャムやドライフルーツなどの日持ちのする加工を施して交易品としているが、本当は無税でも良いくらいなのだ。


「もちろんだ。そのイチゴも、自分たちで作るんだから半分は自分たちで食べていいぞ。食べてみないと味の良し悪しもわからないだろうし、育て方はわかるか?」


 王様であるタダシ自らが指導してくれようとするので、移住者たちはもう恐縮しきりだった。


「なんて人だ。こんな神様みたいな人がいたとは!」

「私ら農民なんで育て方はわかります。いいイチゴをこしらえて、必ず王城にお届けします!」


 最後は、拝み倒されてしまう。

 すでに感激している彼らだが、しばらくしてからタダシの耕した畑では三日に一回作物が取れることに気がついて、また腰を抜かすほど驚くこととなる。


 そうしてこのイチゴ村と名付けられた農村で有り余ってきた食糧を、素朴な農民である彼らは困窮した故郷の村の親戚縁者に届けて、そこでタダシ王国の噂が広まってまたどっと村に移住者が押し寄せる。

 そういう好循環で、タダシ王国はどんどん人口を増やしているのだ。


「もう、本当にタダシ様は……」


 カンバル諸島の元王族として、国王であるタダシの正妻として、移住者の受け入れ作業をやっているイセリナは民に囲まれるタダシの姿を眩しそうに見つめている。

 王としては民に優しすぎるところはあるものの、今イセリナたちがやっている仕事の工程表を作り、資材手配表の管理システムを作ったのはタダシ自身であった。


 その辺りは、元社畜としてのスキルが意外なところで役に立ったと言っていい。

 タダシの耕した畑を、農業担当の妻であるベリー率いる農業チームがきちんとした農場に整備して、裁縫担当の妻であるローラの裁縫チームが移住者たちの衣服の面倒を見てやり、ガラス職人である妻のアーシャのおかげで村の住居には豪華な窓ガラスまで嵌っている。


 兵士の妻リサは、いまや兵団を指揮する兵士長として王国を守るための兵士を教練している。

 そして、それら全ての業務を正妻であるイセリナが統括する。


 こうして王国の運営はすこぶる上手く周り、移住者はみんな衣食住を保証されて幸せに暮らしている。

 さらに、タダシは民の生活を豊かにすべく各村に大きな公衆浴場を造り、衛生的なドライ・アース式の穴あきトイレの整備を進めているところだ。


 新式のトイレは便利であるだけでなく、そこで出来た腐植土から堆肥たいひや硝石を作ることもできる。

 肥溜めも、硝石丘も、タダシが土台を作れば三日で発酵が完了するので凄まじい製造効率となっている。


 シンクーたちケットシーがやっている貿易もどんどん黒字が出る一方なので、タダシはその利益の一部で他の国では貴族が使うような高価なトイレットペーパーを購入して国民全員に使わせている。

 王城に住むイセリナたちに至っては、超高級な水魔法で動く洗浄機付きのトイレを使っているほどだ。


 神々に愛されし生産王タダシの言う通りにすれば、国の運営は上手く回る。

 タダシの行動は常に正しい。


 それは、イセリナたちを始めとしてタダシ王国の国民全ての信念となっていった。

 かつては公国の人間に強い偏見があったイセリナでさえ、移住民の受け入れの仕事を通して実情を知り、人間全てが悪いわけではないのだと考えるようになっていた。


 だって、自分たちを助けてくれたタダシも人間ではないか。

 海エルフや島獣人と同じように、公国の貧しき民もまた公国に虐げられた犠牲者であり、それを救うことのできる今の仕事にイセリナは深い喜びを感じていた。


 どのような種族であっても、タダシ王国ではみんなで助けてって生きていけるのだ。


「タダシ様、お弁当を作って来たので食べませんか」

「おとーさん!」


「おー、マールにプティも来たのか」

「プティも作ったんだよ」


「おお、お母さんのお手伝いできて偉いな!」


 マールと、その娘の可愛らしいプティがランチバッグを抱えてやってきたので、みんなで昼休憩となった。

 得意げに笑うプティから手渡された大きなランチバッグを開いてみると、カツサンドが食べきれないほどたくさん入っている。


「タダシ様の言っていた、牛カツとチキンカツを菜種油で揚げてみたんですよ」

「これは、美味そうだ」


 いつぞやの公国の騎士の侵攻の時にできた、大量の魔牛と魔鶏の肉を使った料理だ。

 なにせやたらでかい魔獣の肉なので、祭りで食べても使い切れなかったのだ。


 保存自体はタダシのマジックバッグに入れておけばずっと出来るので、こうして少しずつ消費していけばよい。

 カツサンドも多分余るだろうけど、それもマジックバッグに入れておけばいつまでも温かいままだ。


「いっぱい作って来ましたから、たくさん食べてくださいね」

「うん美味しい。やっぱりカツサンドにはソースだよな」


 シンクーたちの貿易のおかげで、使える調味料に聖王国産のウスターソースも加わったので、料理のレパートリーがより豊富になった。

 今度はマヨネーズも作ってみてもいいかもしれない。


「コーヒーもどうぞ」

「ありがとう、こういうところで食べるとなんだかホッとするね」


 木の幹に腰掛けて美味しいカツサンドを食べて温かいコーヒーを飲んでいると、さすがに連日の無理がたたったのかタダシはうつらうつらとしてきた。


「おとーさん眠たそうだね?」

「そうねプティ」


 タダシが眠たそうにしてるのを見たマールは、何やら思いついた表情をして隣のイセリナにゴニョゴニョと耳打ちする。

 それで、イセリナは意を決したように、タダシに近づいていく。


「タダシ様。少しお休みになられてはいかがでしょうか」

「あ、ああ。イセリナ、もう村の仕事は大丈夫だったか」


「はい、あとはシップたち大工の仕事ですので、それでその、僭越せんえつながら膝枕を!」

「そうか、ありがとう」


 何を言い出すかと思ったら、そんなことかとタダシは笑う。

 イセリナが恥ずかしそうにタダシの横に座るので、ありがたく頭をもたれ掛からせるのだが。


 ムギュ……。


 タダシの頭の上にイセリナの大きすぎる胸がのしかかってくる。

 イセリナのグラマラスすぎる体型では、膝枕はちょっと無理があった。


 これには、二人の時間を作ってあげようとそそのかせて膝枕させたマールも苦笑して忠告する。


「イセリナ様、胸が……」

「ああ、私としたことが! 重たいですよね! す、すみません。私は毛布を持ってきますので、膝枕はマールがお願いね!」


 はいはいと頷いて、マールは膝枕を変わる。

 マールとしては良いところをイセリナに譲ったつもりだったのだけど、どうも島の元女王様は毎回しまらない。


 やがて、マールの膝枕でタダシが眠りについたところでイセリナが毛布をかける。

 二人の妻と可愛らしい娘が見守る中で、しばし安息の眠りにつくタダシ。


「タダシ様はお疲れですね」

「近頃バタバタとありましたからね。今日みたいな平和な日が続くといいんですが……」


 イセリナとマールが小声で話しているのを夢見心地で聞いているタダシは、果たしてどんな夢を見ているのか。

 寝ているタダシを見ていたら自分も眠たくなったのか、プティまでくっついてすやすやと眠っている。


 静かで優しい時間が過ぎていく。

 そんな束の間の休憩でタダシがリフレッシュした頃、イチゴ村にドワーフの代表であるオベロンが「おーい」と息を切らせてやってくる。


「おや、オベロンか。珍しいな」

「大変なんじゃ王様!」


「新しい鉱物でも見つかったのか?」


 北の鉱山村に籠もって魔鋼鉄の研究に没頭しているオベロンがこちらまでやってくるのはとても珍しい。

 ドワーフの名工オベロンが騒ぐことなんて、鍛冶のことか鉱物のことくらいだろうと思えたが。


「そ、それが……新しい移住者が来て」

「なんだそんなことか。移住者なんて近頃は珍しくもないじゃないか」


「それがその……」


 言いにくそうに言いよどむオベロン。


「どうした」

「移住してきたのは、魔族なんじゃ」


「えー!」


 タダシだけなく、イセリナもマールもプティもみんなで大声を上げてしまった。

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