第47話「新しい移住希望者は魔族?」

 新しく現れた移住者は魔族だった。

 タダシ王国と、巨大な山脈を隔てて向こう側のアンブロサム魔王国は敵対しているわけではない。


 いやそもそも、一応隣国とは言え全く行き来がない。

 そこから、魔族の移住者が険しい山を越えてやって来たのだ。


 タダシ王国始まって以来の珍事である。

 そこでオベロンは、困ってタダシに相談しにきたのだ。


「魔族なんて、絶対に追い返すべきです!」


 とりあえずタダシと一緒にクルルに乗って付いてきたイセリナは激しく主張している。

 移民受け入れ担当のイセリナがそう言うのだが、それも当然か。


 タダシは魔族など見たこともないが、イセリナの治めていたカンバル諸島は魔族に襲われて魔物に食べられたりしていると聞く。

 しかし、今タダシたちが乗っているクルルだって魔獣のフェンリルだ。


 魔物の神オード様は、タダシにそういう恩恵を与えてくれたのだ。

 魔族の神ディアベル様だってアヴェスター十二神の一柱。知りもしないで、一概に悪と断ずることもできない。


「まあ、見てみないことにはなんとも言えないな」


 ドワーフのオベロンにとっても、魔族は敵のはず。

 それなのに、タダシに意見を求めてきたのには理由があるはずだ。


 タダシ王国のもっとも北西にある鉱山村の煙突からはモクモクと煙が上がっている。

 鉱山村は、ドワーフと人間の労働者たちが頻繁に行き来して賑わいを見せている。


 ここではタダシとオベロンが相談する中で超高温になる魔木の木炭を使った高炉なども試されて、次々と魔鋼鉄を使った新しい道具の製造が行われている。


「クルル、ここでいい。ありがとう!」

「クルルルッ!」


 クルルは、タダシがお駄賃としてマジックバッグから出した椎の実のおやつに食らいつく。


「さてと、魔族の収監されてるのはこの倉庫か」


 移住希望者の魔族たちは、鉱山村の資材を入れる倉庫の空きに押し込められているらしい。

 入ってみると、薄暗い倉庫の中で真紅の瞳孔がたくさんきらめいていてぎょっとさせられる。


 まるで闇夜で獰猛な獣の群れに会ったように感じたが、すぐにそれが倒れ込んだ女性や子どもたちだとわかる。

 みんな酷い怪我をして、苦しげに呻いていた。


「あの赤い瞳は、よりにもよって吸血鬼です!」


 それを見て、イセリナが叫ぶ。

 確かにみんな赤い瞳をしている。


「吸血鬼とはなんだ。イセリナ?」

「はい、よりにもよって魔王ノスフェラートの眷属けんぞく種族ですよ。人間やエルフの血を吸い尽くして殺す。恐ろしき高位魔族です!」


「確かに、私達は魔王ノスフェラート様の眷属だが、人を殺めたりはしていない……」


 年長の代表者らしき紫色の長い髪の女性が、よろよろと立ち上がる。


「黒髪に黒目、貴方がタダシ王ですか。私は魔王の侍従長フジカ、アンブロサム魔王国の最後の生き残りです」

「え、最後の生き残りって?」


「魔王ノスフェラート様は魔公ヴィランの手によって殺され、アンブロサム魔王国は滅びました。ここにいるのは、かろうじて追手を振り切ってきた者だけです」

「ええー!」


 なんかよくわからないうちに、隣の魔王国が滅びていた!

 クーデターかなにかなのか?


 追手とか言っていたが、それで傷ついた女子供しかいないのか。

 これは、人の良いオベロンが迷うはずだ。


 侍従長のフジカと名乗った女性は言う。


「大野タダシは、攻めてきたフロントライン公国すら許した慈悲深き王だと聞いています。貴方様にそんな義理がないことはわかってますが、どうか姫様だけでもお助けください」

「うーん、助けてくれと言われても……」


 一瞬迷うが、これは助けるしかないとタダシは思う。

 いくら相手が人の血を吸う吸血鬼とはいえ、酷い怪我をした女性や子供を見て追い出せと言えるわけもない。


 このまま彼女らを追い出せば、魔族を受け入れる国などなく死を待つばかりだろう。


「ゲホゲホ……、どうやら、私もこれまでですか。どうか、姫様を……みんなを……」


 フジカと名乗った紫髪の侍従長は、血を吐いてその場にひざまずいた。

 背中に抉るような深い傷が付いている。


 たとえ相手の種族がなんであれ、このままでは確実に死ぬ。


「イセリナ、エリクサー使わせてもらうぞ」


 タダシはマジックバッグから最高級の治療薬を取り出す。


「タダシ様、どうされるおつもりなのですか」

「とりあえず彼女らの傷を治す」


「危険です! 相手は魔族ですよ! しかも、人を喰う化け物です!」


 他の吸血鬼の女性たちが、フジカを支えて言う。


「それは、誤解です! エルフの女王様。吸血鬼は、確かに血を吸いますが!」

「だけど頻繁に吸うわけでも、相手を殺すまで吸うわけでもないんです!」


 傷ついた吸血鬼の女官たちの血を吐くような抗弁。

 だが、イセリナは涙を流しながら叫び返す。


「魔王の眷属が何を言うの! 私の島の仲間は、魔族に襲われて生きたまま魔物に喰われたんですよ! タダシ様、こいつらの言うことなんか信用できません!」


 イセリナたちカンバル諸島のエルフや獣人だって、魔王軍に故郷を襲われて仲間を殺されているのだ。

 深手を負ったフジカが、仲間たちを押しのけて再び立ち上がって言う。


「エルフと獣人の島を襲ったのは、魔公ヴィランがやったこと。とはいえ、私達も生き血を啜る魔族。信じられぬのも無理は、ない」

「何をする気ですか」


 よろよろと、薄闇でも輝く美しき紅蓮の剣を帯びてタダシの方に歩いてくるフジカ。

 それを危険と見て、イセリナは立ちはだかるように前に出た。


 しかし、フジカはその場に深く跪いた。

 思いっきり土下座している。どんな種族も、命乞いをする時は同じなのだ。


「魔族に恨みがあるのでしょう。我々魔族とて、仲間を殺されました。それはわかりますから、どうかエルフの女王よ。この剣で、私を殺してください。我が一命をもって許しを……」


 それでも足らぬかとばかりにフジカは、その場で紅蓮の剣を引き抜くと柄をイセリナに差し出した。


「そんなことを言われても!」


 イセリナが動かぬとわかると、フジカは自らの胸に深々と刃を突き立てる。

 本当に自決してしまった! タダシたちが止める間もない行動だった。


「フジカ・イシュカが自ら命を捧げ、魔族の神ディアベル様に誓おう。グッ!」


 そう言いながらフジカは、胸から真紅の宝玉のような物をえぐり出した。


「ダメ、フジカ! フジカァァ!」


 飛び出してきたのは、金髪赤眼の少女だ。 

 一人だけまとっている雰囲気が違うから、あれがフジカの言う姫様なのだということはわかった。


 吸血鬼の姫は、だらりと力を失ったフジカを抱きしめ、泣きながら魔石を胸に押し戻そうとする。


「良いのです、姫様。これで……」


 タダシは叫ぶ。


「イセリナ。あの宝玉はなんだ!」

「魔石です。魔族の命そのものです!」


 ならば、命を捧げて誓うというフジカの言葉に嘘はないということだ。

 タダシは、エリクサーの瓶をフジカの口に押し込んで飲ませる。


 最高治療薬エリクサーの力は、フジカの傷を癒した。

 しかし、魔石はフジカの胸にも戻り傷は癒えたものの、床に横たえたぐったりとした身体に生気は治らず、その青ざめた唇は血の気を失い白くなっていく。


「なんでエリクサーで治らないんだ!」

「お願い、血をください」


 吸血鬼の姫が言う。


「どういうことだ。なんで治らない。エリクサーは万能薬、怪我にも病にも聞くはずだが」

「フジカは、血の力を使いすぎた。このままだと、死ぬ」


 吸血鬼の特殊な体質があるということか。

 相手が吸血鬼という辺りで薄々そうなるんじゃないかと思っていたと、タダシはため息をつく。


 牙で血を吸われるのはゾッとしないが、自分が死ぬから仲間を助けてくれと叫ぶ女性と、それを守ろうとする少女を見てしまって助けないとは言えない。


「じゃあ、俺の血を吸えばいい」


 イセリナは体を張ってでもタダシを止めようとする。


「タダシ様それだけはいけません! ここで吸血鬼に血の力を与えるなど、危険すぎます!」


「フジカを、助けて」


 吸血鬼の少女は、赤い瞳で食い入るようにタダシを見つけて、ただ一言そう言った。


「タダシ様。そいつらは魔王の眷属です。助ければ、魔王国の政争に巻き込まれる恐れもあります。また言ってることもまったく信用できません。何かの罠の可能性もあります!」

「そうなんだろうな。だが、俺はこのまま見殺しにはできん。イセリナ、話を聞いていれば血を吸われたら吸血鬼に操られるようなことはないんだろ?」


 一応その辺りは確認しておかなければならない。


「それはありません。魔物が人を餌食にするように、吸血鬼は生き血を魔力としているというだけです」

「だったら、仮にも魔王の一族が魔族の神に誓うと言うなら信じてやってもいいだろう」


 そういうことが前にもあった。

 この世界の神に誓うという言葉は、魔術的な意味があったはずだ。


「それはそうですが、タダシ様。私はそいつらを……」

「すまん、遺恨いこんとか政治的判断はあるんだろうが。助けてくれと言われたら、俺が見てられないだけなんだ。お前らだってそうだったろう」


 タダシを食い止めていたイセリナは、その言葉に貫かれたように身を震わせる。

 そこに、倉庫の外から声がかかる。


「タダシ様!」

「おお、リサか」


 長い黒髪をなびかせて、兵士長リサが兵士を連れて倉庫に入ってきた。

 たまたま、訓練中だったので知らせを聞いていち早く駆けつけることができたのだ。


 これで、魔王の眷属である吸血鬼が力を取り戻して暴れだしたらというイセリナの懸念もなくなった。

 そもそも魔獣であるクルルがいるから、そこはタダシは心配していなかったが。


「兵団を周りに配置してあるので、警護は心配いりません。亡命者の救護など、手伝うことがあればどうぞおっしゃってください」

「いや、それには及ばない。こいつらは、俺が助けよう」


 タダシは、フジカに血を吸わせようとするが、すでにその意識は失われていた。

 命が失われつつあると、タダシにもわかる。


「フジカは、もう血を飲めない」

「どうすればいい」


「私が吸って、フジカに与える」

「じゃあ、何でもいいからさっさとやってくれ。このままだと死ぬんだろ」


 金髪紅眼の少女がタダシの首筋にカプッとかぶりつくと、スッと血が抜ける感触がある。

 幸いなことに痛みはない。


 そして、吸血鬼の姫がタダシの血をフジカに口移しで与える。

 それを何度か繰り返すと、フジカの息が楽になり唇に血色が戻った。


「よし、他の者もすぐに怪我の治療をするぞ!」


 そう言って、タダシは吸血鬼たちの治療を始める。

 そこに向かおうとするイセリナを、リサが止めた。


「なぜ止めるのです」

「女王様、いえ元女王。お気持ちはわかりますが、王であるタダシ様が救うと決めたなら、それが王命です」


 それを聞いて、イセリナは笑い出した。


「いいえ、違いますよ。私も薬師です。タダシ様の救護をお手伝いするのです」

「イセリナ様が、魔族を助けるのですか?」


「ええ、そんなにおかしいですか」

「それは、だって、魔族は私達の故郷を襲って仲間を殺した敵ですよ!」


 状況を見て、タダシならば救うだろうと思ったリサにだって魔族には忸怩じくじたる思いはある。

 それはエルフや獣人、魔族と血で血を洗う戦いをしてきた公国の人間だって同じだろう。


「タダシ様の言葉で気がついたんですよ。公国の人間であろうと、魔族であろうと、タダシ様にとっては一緒でしょう」

「あっ」


 自分たちも、同じようにタダシに救われたのだ。

 なぜ助けてくれたのかと尋ねたら、タダシはイセリナたちに何度も言っていた。


 窮地きゅうちに陥った者が助けを求めてきたら、どんな理由があろうと助けてあげるものだと。

 その言葉を信じて、イセリナたちは敵だった公国の民や兵士だって許して救ってきた。


 その結果、今のタダシ王国の繁栄がある。

 タダシの創った国とは、そのような国なのだ。


「魔族を信用するわけではありません。遺恨いこんだってあります。しかし、ここで助けなければタダシ王国の誇りに関わりましょう。まずは怪我人の救護です」

「はい! おい、お前らも、何をぼさっとしているタダシ様を手伝うんだ!」


 王であるタダシの意思に従い、イセリナたちも仇敵きゅうてきである魔族を救うために動き始めた。

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