第64話「敗戦の後始末」

 戦場から逃げ出したオークやゴブリンが捕らえられて連れられてくる。


「やめてぐで! だすけて!」

「お願いします! 魔王様のために命を賭けて戦います! 誓いますから! ぎゃぁああああ!」


 煮えたぎった油が入る大壺の中に、縛られたオークやゴブリンたちが次々と放り込まれ煮込まれている。


「おっと、手が滑った」

「ぎゃぁあ! ごろして、もうごろしてくれ!」


 他方、こちらは村から捕まえてきたオークやゴブリンの家族が捕らえられている檻に向かって毒矢が放たれ続けている。

 一撃で死ねれば運のいい方で、何度も何度もいたぶるように激痛が走る毒矢に撃たれて、もう殺してくれと泣きながら懇願する者も多い。


 全ては、弱き者はせめて暗黒神ヤルダバオトに力を与える生贄となれという魔王ヴィランの命令である。

 目を覆いたくなるような、この世の地獄がそこにはあった。


 魔族が虐殺されたあとには大量の魔石が残る。

 集められて運ばれてきた魔石を手で遊ばせながら、魔王ヴィランは命じる。


「暗黒神ヤルダバオト様への質の高い生贄にするには、もっと苦痛を与えて殺さねばならん。ド・ロアもそう心得よ」

「ハハッ……」


 筆頭魔人将たる魔臣ド・ロアはそんなヴィランに従いながらも、このような犠牲を喜ぶ暗黒神ヤルダバオトとはどのような神かと考えていた。

 決して良い待遇ではなかった主君ヴィランを魔王として、我ら魔人に気前よく魔力を与えて引き上げてくださった神とはいえ、あまりにも恐ろしき存在である。


 魔王ヴィランにせよ、前は気難しいところはあれどここまで残忍な性格ではなかった。

 魔に魅入られるとはよく言うが、これが魔王として君臨する代償なのだろうか。


 魔人の獄卒が、縄目を受けた魔族の族長たちを引き連れてやってくる。


「暗黒の魔王ヴィラン様。副将であるゴブリン貴族ロードゴブーダ、オーク貴族ロードオルグ・ボルグならびにオーガ貴族ロード、悪鬼大連合軍将軍ガリアテ・エスコバルを連行してまいりました」

「おお、待ちかねたぞ」


 邪悪な笑みを浮かべて玉座についた魔王ヴィランは、今回の敗戦の責任がある将軍たちを座らせて並べる。


「余は寛大な魔王だ。申し開きがあれば聞こう」


 最初に口を開いたのはオーク貴族ロードオルグだ。


「おではがんばった! 将軍ガリアテが負けた!」

「ほう、がんばったかオルグ」


「はい! おではまだ戦える!」


 すっと手を振ると、オルグの首がぐにっと捻れ曲がってそのままベロンと舌を出して息絶えた。

 それを見て、悲鳴のような声を上げたのはゴブーダだ。


「ひぃぃ! 魔王様! 違うのです!」

「聞こう」


 取り繕うことに失敗して殺されたオルグを参考にして、こう弁明する。


「我々はあと一歩のところで勝利を得るところだったのです。それを、ガリアテ将軍が敵の王と勝手に講和してしまったのです」

「ほう、それは事実かガリアテ」


「事実です……」


 渋々と言った様子で答えるガリアテ将軍を見て、ゴブーダは饒舌になる。


「魔王様、ガリアテ将軍の言を聴きましたか。我々配下は将軍を選べません! 将軍が愚かな真似をしなければ、我々は勝っていました!」

「ほうゴブーダよ。ガリアテを将軍に任じたのは余だ。つまり、こたびの敗戦は余の責任と言いたいのだな」


「ちがっ、ぐぇ!」


 皆まで言えずに、ゴブーダの頭は砕け散った。

 飛び散る緑色の血と脳漿に、死ぬ間際まで汚らわしいと不機嫌そうにつぶやく魔王ヴィラン。


「ド・ロア、汚らわしきオークとゴブリンどもは全て族滅とする」

「御意のままに……」


「さて、ガリアテ将軍」

「はい」


「余はガーゴイルの目を通して全てを見ている。貴様は余の命令通り、こちらに食料を送っても来た。タダシ王国と言ったか、辺獄へんごくにそのような国があり先の魔王の血を引く吸血鬼族の生き残りが匿われているという話も事実だ。すでに本国の方で、そのような扇動をしている魔族がいると報告を受けておる」

「……」


「貴様の証言には嘘がない。また、こいつらとは違い自ら余の下に出頭した態度も殊勝しゅしょうである。褒美に何か願いがあれば言え」

「では、オーガの民の命を安堵ください。生かしてお使いになれば、必ずや魔王様のお力になると誓いましょう」


 ガリアテ将軍は、覚悟を決めて目をつぶりその場にこうべを垂れた。


「そうか、これまでご苦労だった」


 魔王ヴィランがさっと手を振るうと、ドスンと、鈍い音を立ててハイオーガ高貴なる亜人ガリアテの首が転がる。

 これだけは見ていられず、魔臣ド・ロアが叫んだ。


「なぜガリアテ将軍を殺したのです! ガリアテ将軍は兵站まで目配りできる数少ない歴戦の武将でした、それを……」

「弱いから斬り捨てた」


 暗黒の魔王ヴィランは、その目に闇をたたえている。

 長らく仕えた魔臣ド・ロアでさえも、恐れを抱かずにはいられない程の深き闇だ。


「陛下、なぜそれほどまで……」

「魔族の価値は強者であることのみ。我が魔王軍に敗残の将などいらん、それだけのことだ」


「で、では、せめてオーガの民の命を安堵されるというお約束だけは」

「ド・ロアの好きにせよ。将軍の代わりなどいくらでもいる。公国軍も物の数ではない。だが、辺獄へんごくの王という話は気になる」


 これまで物事を全て即断でこなしてきた魔王ヴィランは、玉座に座り頬に手を当てながら珍しく考え込む。

 先の魔王の作った情報網を破壊してしまったものの、魔人族にも魔王ヴィランの目となって働くガーゴイルという独自の情報源がある。


 辺獄へんごくに公国の侵攻を跳ね除けた異能の王がいること、旧アンブロサム魔王国の残党がそこに集結しつつあることはすでに把握している。

 その上で、ガリアテ将軍が戦ったという大野タダシの情報を聞くに、その神力は侮れぬ物があった。


「タダシ王国の大野タダシという転生者ですな」

「こしゃくにも、余と同じ数の加護を持つ王だという。いつの時代も、転生者とは忌々しい」


 握りしめた魔石をグシャリと握りつぶす魔王ヴィラン。


「いかがいたしましょう」

「竜公と小竜侯に討伐を命じよう、あやつらなら空も飛べる。辺獄へんごくを強襲するにはもってこいだろう」


 兵は拙速せっそくを尊ぶと言う。

 新生魔王軍は、略奪に次ぐ略奪で急速に支配領域を広げているため兵站が弱い。侵攻の遅延は命取りであった。


 タダシ王国の実力が未知数なのは気になるが、だからこそ現有の最大戦力をぶつけて一気に片を付けるという作戦に魔臣ド・ロアも否やはない。

 公国軍の兵站を後方から支えているというタダシ王国が焦土と化せば、自ずと公国の抵抗も潰える。


「最強の竜族であれば、タダシ王国とやらにも必ずや勝利できるでしょう!」

「そう願いたいものだ。だが、それでも敵わぬならば余が自ら動き、潰すまで……ただ、余の軍が十分な力を蓄えるには今少し時がかかろう」


「ハハッ、魔王軍の編成を急がせます」

「この世界はいずれ全て余の物となるのだ。公国だろうが、辺獄だろうがその運命は変わらん」


 魔王ヴィランは、再びオークとゴブリンどもが生贄に捧げられる地獄に戻る。

 そして、それによって得た神力で新たに配下に加わった魔族の族長たちに暗黒神の加護を与える作業を繰り返すのだった。

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