第63話「戦勝の宴」

 こうして魔王軍との初戦は、タダシ王国が援助したフロントライン公国軍の大勝利と終わった。

 疲れた人々に食事を振る舞うべく、タダシが妻のマールたち料理チームと一緒に料理の腕を振るっていると頭が尖った円錐形の兜をかぶった騎士がやってきた。


「タダシ様」

「え、もしかしてマチルダさんか? その格好どうしたんだい」


「一兵士として戦っていたのです。この兜は目立たないようにです」


 ゲームで見たことがある。バシネットって名前の兜だな。

 どんぐりのようなかなり特異な形の兜で、かえって目立ってるような気もするのだが……。


 タダシはうーんと首をひねったが、まあ本人はその気でやってるようだしと思って黙っておいた。

 頭をすっぽりと覆う兜をつけていれば、確かにマチルダとはわからない。


 タダシたちは知る由もない話だが、魔王軍を指揮していたガリアテ将軍が必死にマチルダがいるかどうか探し回っていたのに戦場で見つからなかったのはこういうわけだった。


「ともかく、マチルダさんもご苦労様だったね」


 一兵士として戦っていたマチルダは、商人賢者シンクーが軍師を務める工作活動をしていた部隊を手伝っていたらしい。


「シンクー殿の作戦は素晴らしいです。後方にある敵の兵站基地を襲っていたのですが、食料を失った敵が狼狽ろうばいするさまは見事と言う他なく、私も色々と勉強させていただきました」

「こちらこそ助かったニャー。マジでゴブリンを三百匹くらい一気にぶっ殺して、一人で兵站線をぶち切っててちょっとビビったニャー」


 天星騎士団を罷免ひめんされたマチルダではあるが、純粋な戦闘力としては今でもトップレベルである。


「なるほど、シンクーもマチルダさんもよくやってくれた。そうだ、マチルダさんに見せたいものがあったんだよ」


 シンクーを手伝ってお礼と言ってはなんだけどと、イナゴの佃煮を取り出した。

 やはり、このあたりにはイナゴがでて麦や米を育てていたら集まってきたので捕まえて糞出しをしておいたのだ。


「これは、タダシ様がおっしゃっていたイナゴの料理ですね。いただきます」


 イナゴは凄く不味いと思っているマチルダは、意を決してパクっと食べる。


「美味しい!」

「レシピもお教えしますし、醤油と砂糖はうちの国で生産でき次第送りますよ。御飯のおかずにいいから、お米も試してほしいな。これでイナゴも美味しく退治できますね」


「ありがとうございます。これでアルドの地は救われます!」


 マチルダは、タダシの手をぎゅっと握る。


「大げさだよ」

「大げさではありません。魔王軍に穀倉地帯ブレッドベルトを抑えられている状況で、タダシ陛下の救援がなければ多くの死者が出ていたことでしょう」


 マチルダの言葉に、金剛の騎士オルドスもうなずく。


「マチルダ殿下の言う通りです。兵の命を救っていただき感謝の言葉もない。拙者自身も、タダシ陛下に命を救われました」

「いやいや、二人共褒めすぎだって」


 そこまで言われると、タダシも恥ずかしくなってしまう。


「いやいや、このおにぎりと申すものも拙者はとても気に入りましたぞ。毎日でも食べたいくらいです」


 戦勝の祝いの席の食卓に並ぶご馳走を眺めて、金剛の騎士オルドスは嬉しそうに言う。


「お米はこれからも城で採れるだろうから、騎士団の調理担当の方に調理法をお教えしますよ」

「ほほう。拙者も習おうかな、できれば保存食の作り方も教えていただけるとありがたい」


「ああ、それなら干し飯というのがあって……」


 そこに、オージンに車椅子を押されて公王ゼスターもやってきた。

 自ら剣を振るって戦うことはもう叶わなくても、公王は城の玉座にいて皆と運命を共にする覚悟を示していたのだ。


「タダシ王の活躍、つぶさに見せてもらった。やはり、婿殿はワシが考えていた以上の大器であった!」

「公王陛下まで、やめてくださいよ」


 みんなで寄ってたかって褒められると、タダシは褒め殺しされてるようなくすぐったい気分になる。

 オージンが慌てて言う。


「いや、お礼を言うだけでは済まないことですよ。せめて何か、お返しができればいいのですか」


 それを聞きつけて、ピクピクと猫耳をひくつかせるシンクー。


「オージンさん。公国所有の鉱山が稼働停止状態と聞いたですニャー」

「ああ、労働者がみんなタダシ王国に行ってしまって、我が国はどこもそのような状態だ」


「稼働してないなら、猫耳商会に経営をおまかせできませんかニャー」

「なるほど、タダシ王国は魔鋼鉄があっても普通の鉱物は不足していたのでしたな。公王陛下もかまいませんか?」


 さすがにオージンは、タダシ王国の内政事情をよくわかっている。

 公王ゼスターも気軽にうなずく。


「うむ。皆にはもう言ったが、ワシはタダシ王を次の公王にしようと考えておる。商人賢者殿も、タダシ王の奥方だったのだろう。我が娘のマチルダを嫁にやるのだから、ワシらはもう身内だ。猫耳商会が公国所有の資産を活用するのを許そう」

「それは気前がいいですニャー。さすが賢君の誉れ高き公王陛下ニャ。うちらに経営を任せておけば決して悪いようにはしないニャー!」


 盛んに揉み手するシンクーは、ニャハハと笑って悪い顔をしている。

 もちろんシンクーのやることなので、ただ鉱物を取るだけでなく色々と組み合わせて大きな儲け話にしようと考えているのだ。


 商人賢者の名は伊達ではない。

 公国内に猫耳商会が権益を持てば、タダシ王国の豊富な食料や物資が民間にも流入するのでお互いの利益になる話でもある。


「タダシ王にも、こちらから一つお願いをしてよいかな」

「なんでしょう」


 公王ゼスターが改まって言うので、タダシは身構える。

 こうやって最後に来るお願いが無理難題だったりするパターンをタダシは前世で経験しまくっている。


 だが、次の言葉を聞いてずっこけそうになった。


「できれば、タダシ王の次代の公王にはマチルダの子を付けてやってほしい。親としては、やはり娘の子に継いでほしいからな」


 この言葉に、タダシよりもびっくりしたのがマチルダだ。

 マチルダは、顔を真赤にして言う。


「お父様! それはいくらなんでも話が早すぎます!」

「大事な話だ。ワシの命も、いつまで保つかわからぬからな」


 しんみりとした口調で公王ゼスターが言うので、タダシも真面目に言う。


「公王陛下が壮健であられるのに言うのも何なんですが、マチルダさんがそのまま次の公王になられたらいいんじゃないですか」


 タダシは別に公国が欲しいわけでも王様がやりたいわけでもない。

 むしろ、どちらかと言えばまったりと生産活動がやりたいだけだったりする。


 行きがかりで王にはなったが、自国のことで精一杯なのに公国の経営まで任せられても困るのだ。

 それに、公王ゼスターがタダシを次の公王にしようと言ったのは、国家存亡の危機にタダシ王国の協力を最大限に得ようとするための方便だろう。


 現実的には反対意見も多くあろうし、タダシがマチルダの後ろ盾になり即位を認めさせてやってくれということではないかと考えていた。

 今のマチルダは商人賢者シンクーの言うことを素直に聞き入れて、敵の背後に回って一兵士として兵站切りなんて地味な活動を率先してやっている。


 昔のような驕りがなくなった今の彼女なら、いずれ公国を治めるにふさわしい為政者となり得るかもしれないと思う。


「ワシの意思はすでに示した。次世代のことは、タダシ王が自ら決められよ。マチルダはまだ若いが、いずれ一国を任せるに足ると思われたならそうされるがいい」

「そうですか」


 まだ若いと言われて、なぜか嬉しそうな顔をしているマチルダ。

 年齢がという意味ではないのだが。


「それにマチルダには、国主よりも先にもっと大きな仕事をしてもらわなければならん」

「どういうことですか?」


「マチルダがタダシ王の寵愛を受けたくさん子をなせば、その中より世界の王となるものが現れるかもしれん。そうなれば、ワシは小国の王の座よりもっと大きなものを得ることになる」

「もう、お父様さっきからなんですか!」


 これはもう真面目な話でなく、からかって言っているだろうと頬を真赤に染めたマチルダが怒った。


「ハハハッ、すまんすまん。年老いた身だ。せめて、未来を夢見ることくらいさせてくれ」


 なんだかんだで似た者同士の父娘であるなと、タダシたちも笑うしか無い。


「タダシ様、せっかくの料理が冷めてしまいますから」


 料理を担当していたマールがタダシの手を引く。

 タダシは、うなずくと皆を代表して公国の人々に言う。


「今日はめでたい勝利のお祝いだ! ささやかながらご馳走とお酒も用意したので、ぜひ楽しんでほしい!」


 これには、公国軍の兵士たちから大歓声があがった。

 公王ゼスターも嬉しそうに言う。


「タダシ王国の作る酒は美味だと聞く。戦勝祝いと、娘の嫁入り祝いだ。まことにめでたい、皆の者存分に祝おうではないか」


 そんなことを公王ゼスターに言われるたびに、マチルダはタダシを意識して頬を赤らめてチラチラみている。

 タダシはといえばビール樽から器になみなみとビールを注いで、公王ゼスターのところに持っていって接待をやっている。


「マールが作った自慢のラガービールを持ってきました。この地方でよく飲まれているエールと違って、冷やして飲むと美味い麦酒です」


 まだ生産できる数が少ないのだが、冷えた状態でマジックバッグに入れたラガービールの樽を全部出していく。

 戦争している間は酒など飲めなかったのだから、今こそ大放出すべきだろう。


「ほお、ラガービールか。どれ一杯」


 これに、オージンが待ったをかけた。


「公王陛下、酒はいけません! 病み上がりのお身体に障りますぞ!」

「祝いの席だ。一杯ぐらいいではないか。おぬしは、いくつになってもうるさいな」


「なりません。このラガービールは私が飲みます。あーこれは冷たくて五臓六腑に染み渡る美味ですな、高く売れますぞ」


 ヒョイッとオージンに器を奪われてグイッと飲み干されては、公王ゼスターもたまらず叫ぶ。


「オージン! それはあまりにこくではないか、ワシにも一口くれ!」


 公王ゼスターとオージンの掛け合いに、戦勝に湧く公国軍の兵士たちは大いに笑い声を上げた。

 もともとフロントライン公国は、公国の勇者が中心となり騎士と兵士たちが寄り集まって作った和気あいあいとした国なのだ。


 戦場にあれば軍隊としての上下関係は大事だが、祝宴の席でことさらそれを言う無粋な者もいない。

 こうして公国軍と一緒に苦難と喜びをともにして、同じ宴を囲んで酒を酌み交わすことで、タダシたちも次第に打ち解けていくのだった。

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