第62話「新生魔王軍と公国軍の決戦」
戦えば戦うほど、三倍もの数を誇るゴブリン族・オーク族・オーガ族の大軍勢の敗色が濃厚になっていく。
総大将であるガリアテの顔も真っ青になっている。
「何故だ、何故こんなことになった」
百パーセント勝てるはずの
魔王軍が勝っているのは数だけではない。
主だった部隊を指揮する族長クラスは、暗黒神ヤルダバオトの加護を受けて魔技まで取得している。
敵よりも数でも質でも
それなのに、一向に城は落ちず戦うたびに魔王軍の方だけが少しずつ数を減らしている。
公国軍の雑兵までもが、硬い地竜の装甲を貫けるほどの不思議な魔槍を持っていたというのだ。
信じられない話だが、現実そうなのだから認めるしかない。
それに加えて、魔王軍は後方の食料基地まで焼き討ちされて籠城している敵よりも先に食うに困るほどになっている。
これでは士気が持たず、敗走する恐れすらあった。
暗黒の魔王ヴィランは、無能であると判断すれば即座に潰しにかかる。
しかも、そのやり方は徹底しており、敗戦の責任がある将の首だけではなく無能の烙印を押された種族そのものを根切りにするという残酷非道なものだ。
魔王に逆らったり愚かな負け方をした種族が、暗黒神ヤルダバオトの生贄に捧げられたのをガリアテたちは見てきている。
この戦に負けて逃げても、後ろからくる魔王の本軍に全員捕まって確実に殺される。
進退窮まった状態で、大連合軍の陣営では怒号が飛び交った。
ゴブリン
「将軍、この責任をどうされるおつもりか!」
「オデらは、どうしたらいい将軍!」
このグズどもめ、勝っている時は好き勝手やっておいてこんな時ばかり責任をこちらに押し付けてくるとガリアテ将軍は怒りに震える。
だが、こんな連中に何を言ってもしょうがない。
ガリアテ将軍は、盛んに飛び回って偵察しているガーゴイルに尋ねる。
「ガーゴイルよ」
「なんですか将軍」
「聖剣
「はい、敵の大将は輝ける大鎧を着た男のようです」
うむと低く唸り声を上げ、リスクを取る覚悟を決めたガリアテ将軍は叫んだ。
「わかった。私自らが先陣に立ち、我らオーガ軍団が突撃を敢行する!」
「将軍自らがでられるのですか!」
「おお、それなら勝てる!」
「皆の者、聞け! 我らが、敵の城正面の守りを一気に突破して血路を開いてみせる。ゴブリン族、オーク族の軍団はそれに続き、一気に突入して勝負を決めよ」
ついに、乾坤一擲の作戦が始まった。
これまで後方に控えていた最精鋭部隊。
巨大な地竜にまたがったオーガ地竜騎兵、その数四千が密集陣形で公国軍の城の前に進んでいく。
硬質な地竜の灰色の鱗が鈍く輝き、さながらその姿は機甲軍団のようであった。
各自五百騎を束ねるオーガの族長たちが、それぞれに暗黒神より加護を受けている。
木で出来た柵などそのままなぎ倒していき、待ち構える罠も全て踏み荒らしていく。
城を守る兵士たちも魔鋼鉄製の槍などを装備して待ち構えていたが、全長四メートルもある鋼鉄の壁がそのまま突っ込んでくるような巨大な地竜騎士の怒濤の突撃である。
兵士たちの
そのようにして、堅固な城の守りをものともせずオーガ地竜騎兵団はそのまま突っ込んできた。
城に詰めている公国軍兵士たちは、勇敢にも必死の抵抗を行うが地竜の突進の前に人間はかくも無力なものか。
哀れにも、凶暴なる渦に巻き込まれて消えた。
三の
各所の
そしてついに荒れ狂う奔流は、最終防衛ラインである本丸の城門にまで到達する。
まさに殺到!
黒鉄を張られた巨大な城門は、突進してきたオーガ地竜騎兵に立ちはだかる。
その先頭を走るのは、なんとガリアテ将軍その人であった。
「
ガリアテ将軍の豪槍の一閃は、黒鉄の城門をまるで紙のように叩き切った。
「門が崩れる!」
城門の上で最後の抵抗をしていた公国軍の隊長が、弓を引きながら悲痛な叫びを上げる。
断ち切られた城門は、ものの見事に吹き飛ばされてついに城の中へとオーガ地竜騎兵が突貫した。
総大将であるガリアテ将軍が、先陣を切って見事に城を落としたのだ!
これには、全軍が勢いづいてゴブリンの雑兵までもが奮戦する。
オークたちは転がってきた投石を棍棒で打ち返し、惰弱なゴブリン兵までもが我も我もと城へと殺到して勇猛果敢に剣を振るった。
しかし、公国軍もまたこの瞬間を待っていたのだ。
正門前に待ち構えていた天星騎士団の精鋭が、金剛の騎士オルドスの指示でオーガ地竜騎兵団に攻めかかった。
「いまだ、包囲殲滅陣を仕掛けろ!」
引き絞り放たれた矢のような突撃の勢いは、三枚もの石の防壁を破る間に弱まっていた。
そうして、城の本丸に入れるのはやはり図体のでかいオーガ地竜騎兵にとっては、あまりにも狭い城門のみ。
そこを天星騎士団はぐるりと包囲して、騎馬突撃を仕掛けたのである。
城を落としたと思った魔王軍は、包囲殲滅陣を喰らってしまったのだ。
「なにくそ、暗黒神の与えし魔技を喰らえ!」
「怯むな! こちらには地竜の厚い皮も断ち切れる魔鋼鉄の武器があるぞ!」
足並みが乱れたオーガ地竜騎兵に向かって、騎士たちが手にした魔鋼鉄の槍を構えて突進する。
それは地竜の横っ腹に突き刺さった。
「ガォオオオ!」
悲痛な地竜の叫びが響き渡る。
乗っていた地竜を潰されたオーガは、なおも騎士に向かって唸り声を上げながら巨大な大剣を振り上げるが、騎士が振るう魔鋼鉄の剣によって断ち切られる。
剣と鎧の強度が違いすぎるのだ。
優勢のはずだった魔王軍が今度は次第に劣勢へと追いやられた。
もちろん後方から城を囲んでいたオークやゴブリンたちも黙ってみていたわけではない。
果敢にも城の壁をよじ登って、本丸の中に入ろうとした。
だが――。
「うぁああ!」
「なにをやってるのだ。馬鹿者!」
ようやく壁の縁に手をついたと思ったら、そこに油がまいてあったのだ。
手が滑ったオークはそのまま落下して、ひしめいてる味方を押しつぶして被害を増やす始末。
本丸の防壁にも、罠は仕掛けられていたのだ。
その間にも
だが、それでもなお魔王軍の先頭に立つガリアテ将軍は叫んだ。
「皆の者、命を惜しまず進め! 今死ぬか、後で死ぬかだ! 魔王ヴィラン様の恐ろしさを思い出せ! 負けて逃げ帰れば、妻も子も皆殺しにされるのだぞ!」
その言葉に、オーガたちはまさに死力を尽くし始めた。
決死となって暴れまわる巨体のオーガ騎士は、まさに
あのオーガ
そう悟った金剛の騎士オルドスは、乱戦のさなかで一騎打ちを挑む。
「我が名は金剛の騎士オルドス! オーガの大将よ相手せよ!」
「相手にとって不足なし! 我が名はガリアテ、総軍の大将なり!」
先に突きこんで行ったのは金剛の騎士オルドスだった。
オルドスの槍はガリアテ将軍の乗っていた地竜に見事に突き刺さった。
しかし、ガリアテ将軍もとっさの判断で地竜を捨てて、こちらも豪槍の一撃をオルドスにぶちかます
「
「ぐぉおおお!」
聖鎧
だが、その豪槍の凄まじさ。
オルドスは、愛馬から突き飛ばされてしまう。
「見事だ金剛の騎士オルドス! だが、こちらも負けられんのだ!」
なんとか着地したオルドスは、腰の剣を引き抜きながら叫ぶ。
「こちらのセリフだ、ガリアテ将軍! 長年の決着ここで付ける!」
お互いに地竜と愛馬を失った二人は、必死になって斬りあった。
巨体を生かして槍を振るうガリアテ将軍に対して、オルドスの動きは機敏であった。
魔鋼鉄の剣は、確かにガリアテ将軍の身体を傷つけていた。
それに比べてオルドスは無傷のように見えるが――
「
「ぐふっ!」
先に片膝を突いたのはオルドスだった。
「やはりな。聖鎧は無傷でも、中身はそうはいくまい。加護の星の数に、こうも差が開いては」
「なにくそ!」
血反吐を吐きながらも、剣を振るうオルドスだが良いように槍で打たれてしまう。
ガリアテ将軍の腕には魔族神の加護☆☆☆に加えて、暗黒神の加護
加護の力をまとめると、史上最高ランクの
それに比べて、オルドスの英雄神の加護
かつては互角であった神の加護の数に違いが出てしまった結果だった。
残酷だが、加護の☆の数はこのアヴェスター世界においてては絶対的な差だ。
「これで終わりだオルドス!」
ガリアテ将軍は、最後の一撃をオルドスに叩き込もうとした。
そこに――
ズババババッっと、土が掘り返されされて二人の間の地を分かつ。
「悪い、オルドス。見てられなかった」
二人の間に割って入ったのは、魔鋼鉄の
長年のライバルに止めを刺そうとしたところに、農家が現れたのだ、
なんで戦場に
一瞬、唖然とした顔になるガリアテ将軍。
「な、なにやつ?」
「名乗らなければ失礼なんだろうな。公国に味方をさせてもらっている。タダシ王国の大野タダシだ」
「聞いたことのない国の名前だが、大野? 王なのか、農民なのかはっきりせよ」
「どっちもなんだ、うちの国は農業国だからね」
タダシの話を聞いていると、肩の力が抜けてしまいそうになる。
今は決死の時、相手の術中に嵌ってなるものかとガリアテ将軍は意気を奮って叫ぶ。
「お前が何者であろうと、邪魔をするならば殺すまでよ。
しかし、その槍はタダシに届くことなくバラバラになる。
「な、何をした!」
「槍を耕した」
「耕した? なんだ、この奇っ怪な神力は……。そうか、貴様が原因だったか!」
これまでずっと感じてきた違和感。
公国軍が何故これほどまでに粘り強いのか。
どうやったかなどわからないが、全てはこの男が原因だったのかとガリアテ将軍は直感的に悟る。
この男さえ殺せば、この戦は勝てる。
槍がなければ、腕ずくでも首を絞めて殺してやると飛びかかろうとしたが――
「腕を耕した。それ以上戦うなら、今度は首を耕すぞ」
「ぐぁああああ!」
ガリアテ将軍は一瞬で両腕を耕されて、血を吹き出しながら絶叫する。
そうして、足が震えて立てないことにガリアテ将軍は気がつく。
周りのオーガたちが、ガリアテ将軍を助けようと立ち向かっていくが周りを耕して敵を寄せ付けない。
この男は、本当に何なのだ!
ここで初めてガリアテ将軍は、タダシの腕に九つの☆が輝いているのを目の当たりにしてしまう。
魔王ヴィランと同じ星の数だと!?
いや、タダシは魔王ヴィランよりも、もっと恐ろしい。
この世で最も恐ろしいものは、理解の及ばないものだ。
まだ魔王は、何を考えているのか理解できる。
しかし、王であり農民であるというこの男はガリアテ将軍にはまったくもって理解不能だった。
この足の震えは、腕を奪われた痛みなどではない。もっと恐ろしい恐怖なのだ。
ガリアテ将軍は、世界で最も恐ろしい存在を目の当たりにして震えが止まらない。
「傷つけて済まない。腕はこのエリクサーで治療するといい。お前たちも話は通じる魔族なのだろう。これ以上の殺し合いは意味がない」
慈悲を与えるように、エリクサーを投げてくる。
「何を言うか! まだ勝負は……クソッ、貴様は一体何なんだ!」
口では抗戦を叫ぶが、恐怖に膝を震わせて座り込んでしまったガリアテ将軍は、もはや自身が敗北したことを悟っていた。
「だから自己紹介は、もうしただろう」
「しかし、見知らぬ王国の王よ。エリクサーだと? 何故、俺を殺さない!」
「だって、お前が総大将だろう。お前を殺せば戦争は終わらないじゃないか。俺は魔族にも傷ついてほしくないんだ」
「人間が何を言うか、貴様は本当に一体何を言っている」
タダシは、マジックバッグから魔王剣
「そ、それは魔王剣
それさえあればと、ずっとガリアテ将軍が思っていたものだ。
「アンブロサム魔王国はまだ滅びていない。魔王剣
「なんだと! それを俺に教えて、生かして帰してどうしようというのだ!」
アンブロサム王家の血を引く者が生き残っていると知れば、魔王ヴィランは躍起になってそれを殺そうとするだろう。
それを匿っているタダシ王国とやらも、無事では済まない。
「俺の国は辺獄にある。魔族の心ある人々に伝えてくれ。魔族の神ディアベル様の信仰を守ろうとする魔族であれば、どんな種族であっても亡命を受け入れて必ず守る。そして、レナ姫とともに必ずや魔王を
「貴様は、お前は……」
人族と宿命のごとく相争い、その肉を貪り合うほどの魔族を命の危険を冒してまで守ろうとする人間。
誰もが恐れる魔王ヴィランと、暗黒神ヤルダバオトを恐れぬ人間。
そんな者がいたのかと、ガリアテ将軍の心が震えた。
タダシは、金剛の騎士オルドスにもエリクサーを飲まして介抱する。
「済まないオルドス。一騎打ちの邪魔をしたあげく、勝手に休戦すると決めてしまって」
「いえ、助けていただきありがとうございました。それにタダシ王は、公王ゼスター陛下が次期国王にと信任されたお方。魔族の大将ガリアテよ! 今引くならば、タダシ王の慈悲により後追いはせん!」
ガリアテ将軍は、器用にエリクサーの瓶を咥えて薬を飲み干すと、その両腕は回復した。
そうして深い息を吐き、冷めた顔で言う。
「わかった。このまま戦えば、どうせオーガ族は滅びる、ここは休戦を受け入れて引こう」
奮戦していたのは、先陣を切ったガリアテ将軍と共にあったオーガ族だけであった。
勢いに飲まれて押していただけのオーク軍団とゴブリン軍団は、敗色を悟って敗走し始めていた。
まったく逃げ足だけは早い連中だ。
「わかってくれて助かる」
「タダシ王国のタダシ王と言ったな。アンブロサムの王家の生き残りがいて、魔王剣がまだあるということを魔族に伝える約束は守ろう。だが、それが魔王ヴィランにも伝わるということがどういうことかわかっているのだろうな?」
「もちろんだ。こちらも覚悟している。ありがとう、誇りあるオーガの将軍よ!」
「新しい魔王が、お前のような男だったら……いや、言っても詮無きことか。さらばだ、大野タダシよ。もはや二度と会うことはあるまい」
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