第61話「生産王の補給無双」

 タダシたちのいる城塞じょうさいに八万を超えるゴブリン族・オーク族・オーガ族の大軍勢が雲霞の如く押し寄せてくる。

 しかも、完全に囲まれてしまっている。


「敵は凄い数だが、こんなところまで攻められていて大丈夫なのか?」


 尋ねるタダシに、防衛を指揮する金剛の騎士オルドスは腕を組み得意げに答える。


「攻められたのではない、攻めさせたのです。タダシ王の情報のおかげで、敵の再侵攻はわかっておりましたから、準備は上々」

「ほう」


 頼もしいことを言ってくれる。


「この城は公国の絶対防衛圏を支える最重要拠点です。周りを囲もうとも、大軍が攻められる地点は正面の一点のみ。この段階で、敵は数の優位を失いました」

「なるほど、あえて敵を誘い込んだんだな」


 この二十年、魔王軍の侵攻から祖国を守り続けてきた城なのだ。

 金剛の騎士オルドスの自信は並々ならぬものがあった。


「ここは公国の領地の奥深く。地の利はこちらにあります。この城に敵を引きつけて弱らせるだけ弱らせてから、後詰めを押し上げて一気に敵を叩く作戦です」

「そうか、籠城は援軍が必要って聞くからな」


「タダシ王も戦のいろはを知っておられるのですな。戦は数では決まりません。すぐにそのことをお見せしよう!」


 金剛の騎士オルドスが指差す先で、迂闊にも正面から突撃してきた先方のゴブリンの軍団が一気に落とし穴に落ちた。


「おお、罠を張ったのか」

「まだまだこれからです。火矢を放て!」


 金剛の騎士オルドスが命じると、城塞の各所に設置されたやぐらから一斉に火矢が放たれて、落とし穴が轟々と燃え始めた。


「油まで撒いているのか」

「魔族はしぶとい。まして連中は、暗黒神ヤルダバオトの加護でパワーアップしていると言う事でしたな。これくらいやらないと殺せないでしょう」


「なるほど、すでに準備はできてるということか」

「さようです。常に供えは完璧。タダシ王は、この城でゆるりと拙者たちの活躍をご覧あれ。金剛の守りと謳われた戦、ご覧に入れる!」


 続いて、城の投石機からも巨大な岩が飛び始める。

 もともと緩やかな傾斜があるので、城に向かって攻め上ろうとするゴブリンたちをゴロゴロと転がった大岩が踏み潰していく。


「頼りにしている。何かあれば俺たちも協力するからな」


 ご心配めさるなと金剛の騎士オルドスは精悍な顔で笑い、魔鋼鉄の剣を掲げて騎士たちに命じた。


「皆の者も良いか! タダシ王からこれほど良い武具をいただいたのだ。兵一人が三匹殺せば我々の勝ちだ。こんなに容易い戦はないぞ!」


 騎士たちから「うおおー!」と雄叫びが上がる。


「わかった、俺達はバックアップを担当するから食事と負傷兵の治療は任せてくれ」

「役割分担ですな、お頼み申す!」


 穀倉地帯が奪われ本来なら補給に困るところだが、城の食料庫にはタダシたちが運んできた食料が山積みになっている。

 それを使い切ってもタダシが城の中庭で小麦の畑や田んぼを作り、エリシア草まで植えたので補給物資は無限に湧き出た。


「なんと美味いシチューだ。力がみなぎる!」

「エリシア草を入れた魔牛のビーフシチューですよ。どんどん食べてくださいね」


 城には一万を超える兵が詰めている。

 獣人のマールたち料理チームが大鍋で作ったシチューが瞬く間に消えていく。


「おお、このシチューには魔獣の肉が入っているのか。なんと美味い!」

「うわっはっは! 魔獣を喰らう我らが、ゴブリンごときに負けるわけがない!」


 さすがにエリシア草は効く。

 ちょっと兵士が元気になりすぎて休憩時間なのに戦うと言って聞かないので、量を工夫しなければならないくらいだ。


 食べ慣れぬ米はどうなのかなと思ったのだが、タダシが作ったおにぎりも好評のようだった。

 城郭じょうかくで敵を一蹴して帰ってきたオルドスも、美味そうにおにぎりを頬張る。


「こちらのおにぎりというものも、手軽で美味しいですな。ほほう、これは中に魚の切り身が入っているのか」

「米が口に合うかと心配だったけどね」


 手軽に食べられるようにと作ったものだが、おにぎりの中の具を色々取り揃えているのが面白いと評判であった。

 いちいち小麦を挽いて小麦粉からパンを作るよりも、おにぎりの方が調理も手軽でいい。


「なあに、兵はたらふく食えれば何でも良いのですよ。味も美味いし、米のほうが麦よりも力がつきますぞ」

「それは良かった。俺の故郷だと、こういう時はおにぎりなんだよ」


「万を超える兵が城にこもっておるのです。本来ならとっくに兵糧ひょうろうは尽きているはずと、何故我々が元気に戦えているのか、敵は不思議がってるでしょうな」

「ちょっと調子に乗って作りすぎたけどね」


 タダシたちも肥料まできちんと用意して二日に一度米や麦や野菜を収穫し続けているから、食料は一向に減る様子を見せない。


「これなら城の中庭をもっと広く造るのでしたな。一万の兵が城にこもって永久に戦い続けられるとすれば、敵からすればたまりませんぞ。もはやこれは、生産革命とでも評すべきか」


 傷を癒せるエリクサーが山のようにあるし、城の中でも薬師でもあるイセリナが増産を続けているのだ。

 怪我人が出ても、すぐに回復して戦線に復帰してしまうので兵の数はほとんど減らない。


 これでは、どうやっても戦に負けようはずがない。

 タダシに公国軍が負けた理由がわかったと、金剛の騎士オルドスは真剣な顔つきで言う。


 敵に回せばこれほど恐ろしい敵はいないし、味方とすればこれほど頼もしい者もいない。

 天星騎士たちにも、公王ゼスターがタダシを次期公王にするとまで言った理由が実感としてわかった。


 タダシとともにいれば、絶対に自分達は負けないという明るさのようなものがあるのだ。

 城の中に突如として薬草園や野菜畑が出現したのを見て兵士たちはとても驚いていたのだが、それがいつしか戦いに疲弊する兵の心を和ませるものにもなっている。


 公国の貧しき民や、ドワーフの職工がみんなタダシ王国へと行ってしまうのも当然だ。

 タダシが自分のことを戦士ではなく農家だと言った意味が、共に暮らしてみてようやくわかった。


 金剛の騎士オルドスからは、籠城中の城でも平然とくわを振るうタダシの姿がまるで現世に降り立った神のように輝いて見えた。

 もしかしたらこの御方は本当に、この乱れた世を平らげる大君たいくんとなられるかもしれない。


「このまま順調に勝てるかな。戦争なんて早く終わってくれればいいんだけどね」


 そうつぶやくタダシに、金剛の騎士オルドスは頬髭をさすって言う。


「魔族の力を甘く見てはいけません。敵にとっても、これは負ければ後がないいくさのはずだ。いずれ業を煮やして、乾坤一擲けんこんいってきの総攻撃を仕掛けてくるに違いない」

「そうか、大丈夫だろうか」


「心配ご無用です。その時こそ、決定的勝利を得るまたとない機会となりましょう。どうぞタダシ王は、我らが勝利するところをご覧あれ。では防戦に戻ります!」


 金剛の騎士オルドスは、タダシに頭を下げると防戦へと戻っていった。

 タダシの生産革命のおかげで公国軍有利のままに戦は続き、やがて決戦の時がやってくるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る