第三章「魔王軍の猛威」
第60話「新生魔王軍の猛威」
フロントライン公国と、魔王国の中間に位置する肥沃な平原。
小麦が多く育つことから
旧アンブロサム魔王国が崩壊し、アシュタロス魔王国が秩序を回復する間に一度はフロントライン公国が奪い返したもののその土地は再び魔王軍の物となりつつあった。
ゴブリン族が五万、オーク族が三万、オーガ族四千の合計八万四千の大兵力を叩き込んだのだから当然のことだ。
「むう、民がやけに少ないな。兵の引きも速い、新生魔王軍の強さに泡を食って逃げ出したのか。あるいは……」
巨大な地竜にまたがり、焼き討ちされて燃える村々をゆっくりと見て回るこれまた巨大な悪鬼は、以前までと違う様子に低く唸った。
公国に攻め込んだ八万四千の軍勢の頂点に立つ人物。
人間と比べれば遥かに長身で筋骨隆々とした身の丈四メートルもあるオーガ
ガリアテ将軍の行く先々は、無人の野を行くがごとしだ。
緒戦はまさに魔王軍の完全勝利だった。
圧倒的な魔王軍の力に敗走する人間どもの怒声や悲鳴が響き、進めど進めど暴れまわって戦う悪鬼たちと燃え盛る炎と煙があるばかりだ。
そこで、ゴブリン
ゴブーダがサーベルを振り回すたびに、右手の黒い★が禍々しく光って黒い刃が飛んでいる。
ゴブーダが魔王ヴィランより与えられた暗黒神の加護
サーベルが振るわれるたびに哀れな叫び声を上げて逃げ惑う村人の首が飛び、ゴブーダは配下のゴブリン兵たちと得意げになって笑っている。
兵士相手ならまだしも、ただの農民を
残忍なのは悪鬼の常だ。
それを咎めるつもりはない。
そんなことより、仮にも一種族を束ねる族長が暗黒神から与えられた魔力をこんなくだらぬ
「ゴブブブ! いいぞ、いいぞ! もっと殺せ! もっと燃やせ!」
調子に乗っているゴブーダに、ガリアテ将軍は苛立たしげに命じた。
「おいゴブーダ、村の食料庫と荷車までは燃やすなよ。暗黒の魔王ヴィラン様から、兵糧は全て後方へと送れと命令されている」
族長としてゴブリン軍団をまとめる力はあるのだろうが、それだけに
「ゴブブブ! ガリアテ将軍わかっております。しかし、新しい魔王様は素晴らしいですな」
「何がだ?」
「我らに略奪し放題を許してくださるとは、おかげで新鮮な人肉が食い放題だ!」
「フン……」
保存できる食料は全て後方に送り、ガリアテたち悪鬼には殺した人間の肉でも食べておけと声高に命じる魔王のどこが素晴らしいのか。
ガリアテたちオーガは
ガリアテの祖先たちは、食うに困るから倒した人間を食っていただけなのだ。
固く城を守り防衛する敵の前で人を喰らって見せて士気を下げるような真似もやったこともあるが、食えるなら牛馬でも人でも変わらない。
ゴブリンやオークなどの下級種族はともかく、オーガの中でもとりわけ上位種である
きちんと料理され味付けされたものでなければ口が受け付けないし、軍司令官として考えても穀物などの保存ができる食料の方がずっといい。
新鮮な生肉などと言ってもすぐ腐ってしまうし、保存して長く食いつなごうとすれば酢に漬けるか塩に漬けるか、何もなければ燻製処理をしなければならないので考えるだけで面倒だ。
ただ略奪すればいいと考えている愚かなゴブリンどもでは、兵站の大事さは理解できない。
下働きに使うには奴隷にした人間の方がよほど使えるというのに、新しい魔王は殺して肉にしてしまえばいいと言うのだ。
こんなことをずっと続けていてはどうなる……。
「前の魔王は、支配した民を安堵させろだの略奪はいかんだの本当にうるさかったが、今度の魔王様は実に話がわかる。従わない連中は本当にバカですな」
「しかしな、ゴブーダ。むやみに人を殺せば、食料を作る労働力に困るとは思わんか」
そこにドスドスと重たい足音を立ててやってきた丘オーク族の族長、オーク
「新しき魔王様、気前いい。オデたちに凄い力くれた!」
「それは、事実だがオルグよ」
得意げに叫ぶオルグの持つ鉄棒にも、おぞましい黒い瘴気が発生している。
そこに、突然巨大な岩が飛来してきた。
公国軍の投石機の攻撃だった!
まだそんな物が残っていたのかと、ガリアテたちは身構えるが――
なんとオルグは、飛んできた巨大な岩に鉄棒をフルスイングして、ドーン! と向こうに打ち返してみせる。
「ドダァアアア!」
得意げに叫ぶオルグ。
綺麗に弧を描いて飛んだ巨石は、見事に公国軍の投石機を破壊した。
「オルグ、ジャストミートだ」
まるで野球を見ているようで思わず笑ってしまう。
オルグが使ったのは、これも魔王ヴィランより与えられた
この魔技があれば、公国軍の投石機といえども歯が立たない。
オルグのような単純な性格の者には使い勝手が良かろう。
その腕には、暗黒神の加護
もともと持っていた魔族神の加護☆があるから、
「ガッハッハ! 敵ヨワイ! オデ強い! もっとコロス!」
「ああ、構わん。どんどん暴れまわるがいい」
しかし、新しい魔王様が素晴らしいだと? 気前がいいだと?
どいつもこいつも、バカどもは気楽でいいなとガリアテ将軍はため息を吐く。
ガリアテ将軍は、古くから魔王軍の将軍として
その腕にも魔族神の加護☆☆☆に加えて、暗黒神の加護
加護の力をまとめると、史上最高ランクの
確かに新しい魔王様は気前がいい。
まるで、加護のバーゲンセールだ。
ガリアテ将軍の得意とする槍技も、さぞや強化されてることだろう。
しかし、他の悪鬼たちのようにこんな場所で雑兵を相手に強大な魔力を振り回して得意げになる気にもなれぬ。
大軍勢を預かる将として、今働かすべきは思考の方だろう。
怪力を誇るだけの愚か者では、八万を超える大軍勢を指揮することはできない。
その点、ガリアテ将軍は先の魔王軍でも公国軍と長年戦って来た経験の持ち主だ。
だからわかる。
このまま行けばガリアテ将軍が指揮するオーガ族・オーク族・ゴブリン族で構成された大連合軍は、捨て石に使われると。
確かに畑から生えてくると言われる程にポコポコと生まれるオーク族やゴブリン族の数は脅威だ。
戦争は数で決まると言う原則もある。
だからこそ、我らもまたいま良いようにぶち殺されている公国軍の兵士と同じように、雑兵として魔王ヴィランに便利に使い潰される運命にある。
自分達を見る魔王ヴィランの酷薄そうな目を思い出すと、ガリアテ将軍は首筋がヒヤリとした。
魔王ヴィランが与える暗黒神の禍々しき魔力は確かに強大だ。
このままいけば、フロントライン公国との戦には問題なく勝てよう。
しかし、公国軍には切り札の聖剣
大量破壊兵器であるかの
あれだけはマズい。
魔王軍が大会戦を挑み決定的な勝利をもたらす瞬間に何度も使用され、そのたびに公国は危機を脱してきた。
前回、聖剣
ずっと力を溜め続けていたと考えれば、その力はこの大軍勢を壊滅させるに足るほどの威力となろう。
同じように大量破壊兵器としての効果を持つ魔王剣
ならば、残された対処法は連発できないという弱点を突いて大軍勢を使い潰して無駄撃ちさせるしかない。
圧倒的な大軍である我々は、その恰好な的になる。
殺されても殺されても、またいつの間にか増えているゴブリン族やオーク族どもはいい。
しかし、図体の大きく個々の能力が高いオーガ族はそのようには増えない。
むしろ少子の種族だ。
聖剣
ガリアテ将軍には、オーガ七部族の大族長としての責任があるのだ。
もっとバカどもを先行させて、自分たちオーガ族は使い潰されぬよう陣形を考えなければならない。
「……そのためには、ガーゴイルよ!」
将軍であるガリアテには、魔王ヴィランより空を飛翔する
ガリアテや他の種族が裏切らぬように監査役を兼ねてのことだろうが、偵察や連絡に大変重宝しており、これだけは新しい魔王に感謝せねばならないと思っていたところだ。
「なんでしょうガリアテ将軍」
「敵軍に聖剣
「かしこまりました」
数匹のガーゴイルたちが天上から抜け目なく監視する。
「これで良し。あとは、ここで公国軍に切り札を切らせぬよう勝ちすぎないことだな」
連戦連勝に慢心したガリアテ将軍はそのように考えていたのだが、戦は思わぬ方向へと動く。
快進撃を続け、公国の前線基地である城を囲んで一気に攻め立てた新生魔王軍であったが、次第に押されて負け始めたのだ。
「こりゃあどうなってるんですか将軍!」
「オデ強いのに、勝てない!」
ゴブリン
「私が聞きたい。一体どうなっているんだ。魔王様よりいただいた力はどうした!」
こちらの兵数は敵の三倍。
その上、魔族の主だった者に魔王ヴィランから与えられた暗黒神の加護はまさに絶大。
いかに策を練って待ち構えていようが、公国軍など一撃の元に打ち破られるはずであった。
「それが、敵が使っている武器がやたらと強いのです!」
「オガシイ! 敵の騎士、倒しても倒しても湧いてグル!」
守りの堅固な山城ではある。
防衛に当たっている公国軍の金剛の騎士オルドスは、ガリアテ将軍もよく知っている名将だ。
しかし、豊かな穀倉地帯を奪い取った上で包囲して城を三方から延々と攻め立てているのだから、敵はやがて食料が尽きるはずなのに一向にまいる気配がない。
それどころか、敵の後詰めの強襲にあったり、こちらの後方に作った兵站基地が伏兵の焼き討ちにあって魔王軍の方に動揺が広がる始末であった。
「ええい、一体何が起こっているんだ。八万もの兵を与えられて城の一つも落とせないでは、魔王様に面目がたたんぞ!」
何かがおかしい。
敵を侮るわけではないが、公国軍がこんなに強いわけがなかった。
魔王軍が暗黒神ヤルダバオトに鞍替えしたことで魔力を増したように、公国軍にも何かがあったのか。
ガリアテ将軍は部下を叱咤して攻め続けるも、状況は一向に良くならなかった。
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