第65話「タダシ王の帰還」
あの戦いより少し経って、タダシがいる公国の城にオーガ族の亡命があったと知らせが入った。
タダシ王国が魔族の亡命を受け入れているため、公国でも受け入れをお願いしていたのだ。
まずは、こちらの意向を確かめるためか。
オーガ族の民を中間地点において、ガリアテ将軍の息子グリゴリと八部族の族長たちだけが、タダシの前にやってきた。
「タダシ王国国王、大野タダシだ。貴方はガリアテ将軍のご子息だそうだな。よくぞここまでこられた」
敵地の城まで来ているのだ、グリゴリたちはガチガチに緊張している。
その緊張を解きほぐすように、優しく言う。
「貴方がタダシ王ですか」
「ガリアテ将軍はどうされたのか」
今一度、あのオーガの大将には会ってみたいと思っていた。
「誇り高き大族長ガリアテは……オーガ族を守るために魔王ヴィランの前に出頭し、首を刎ねられて殺されました」
「そうだったのか、それはお悔やみ申し上げる」
せっかくあの戦いで命を落とさなかったというのに、あのオーガの大将が亡くなったのかとタダシは寂しい気分になった。
「父の死を悔やんでくださってありがとうございます」
「グリゴリさんと言ったな。貴方の父上は立派な人だった」
ガリアテ将軍が敗軍の責任を取って殺された代わりに、魔王ヴィランの家臣にオーガの民だけは安堵状が渡されて行動の自由を許されたそうだ。
魔王ヴィランは信用できないと、その足で民を引き連れてこちらに亡命してきたのだという。
「魔王ヴィランは残忍な男です。共に従軍したオーク族もゴブリン族も皆殺しの憂き目にあいました。このまま行けばオーガ族もいずれ殺されると考えた大族長ガリアテは、タダシ王国の大野タダシを頼るようにと私達に遺言を残しました」
「もちろん、亡命は受け入れる。君たちに会わせたい人がいる」
タダシの後ろから、ひょこっと吸血鬼の少女が顔を出した。
血筋ゆえなのだろうか、腰に魔王剣
「先の魔王ノスフェラート・ヴラド・アンブロサムの末子、レナ・ヴラド・アンブロサムです……」
「おお、確かに先の魔王様の!」
そう叫びガバっと平伏する巨大なオーガたちにビクッと震えて、レナ姫はタダシの背中に隠れてしまう。
付け焼き刃で挨拶だけは教えたものの、人見知りなところはなかなか治らない。
しょうがないので、タダシが付け加えるように言う。
「見てのとおり、魔王の後継者はうちの国が保護している。アンブロサム魔王国はまだ健在なのだ」
「我らオーガ族はレナ姫様に忠誠をお誓い申し上げる! 今の魔王ヴィランの強引なやり方には不満も多く、従う者もほとんどは
大族長の息子グリゴリの言うことは正しい。
フジカたちの工作で、魔王ヴィランに逆らって滅ぼされそうになった魔族はカンバル諸島を経由してタダシ王国に次々と亡命しているところだ。
「亡命を受け入れるのだから、君たちの身柄は俺が必ず守ろう」
「それを聞いて安心しました。もう一つ、タダシ王にお伝えしたきことがございます」
「なんだろうか」
「魔王ヴィランは、山を越えて
空を飛ぶドラゴンの攻撃ともなれば、山を容易に越えてくることだろう。
「そうか、教えてくれて助かる。後で詳しい話を聞かせてもらえるか」
「もちろんです。
ありがたいことに、グリゴリたちは詳しい情報もできるかぎり収集してくれていた。
これなら、敵の規模も進行ルートもだいたい予想ができる。
敵の本格的な攻撃に備えるため、タダシたちは辺獄へと帰還することを告げた。
城の防衛を担当する金剛の騎士オルドスは言う。
「誇りある天星騎士としてこのようなことを申し上げたくはないのですが、正直なところタダシ王がいなくなるのはいささか不安ですな」
それに公王ゼスターが言う。
「これオルドス、タダシ王にも事情はあろう。本国が危機となれば、王が本国に帰るのは当然だ」
「しかし、今にもまして魔王軍の戦力は増強されましょう。魔王自らの進軍となれば、タダシ王の神力がなければ我々では防戦しきれないのではないかと」
これに、商人軍師シンクーが答える。
「いい作戦があるニャー」
「作戦とな?」
「もしこの城で魔王軍の侵攻を抑えきれなくなったら、その時はこのルートでタダシ王国の方に逃げてきて欲しいニャー」
地図を示して説明するシンクー。
「この城を捨てよと申されるか!」
これには、さすがに渋い顔をするオルドス。
「あくまで一時的なことニャー。敵を奥地に誘いこんで討つのは兵法の習いニャ。それにこちらには、どんなに大軍勢で攻めてこようと一網打尽にする秘策があるニャー」
「秘策とは?」
「ほら思い出さないかニャ。公国軍だって、ついこの間大軍勢で攻めてきてタダシ王にやられたニャー」
「そ、そうか。しかし、魔王軍があの時のように上手く罠にひっかかるだろうか」
シンクーは、金剛の騎士オルドスに耳打ちする。
「そのために、ゴニョゴニョ……」
「な、なるほど。それは大掛かりな仕掛けですな。分かり申した。その大役、天星騎士団が必ずや成し遂げて見せましょう」
シンクーの策を聴き終えて、オルドスは得心が行ったと手を打つ。
公王ゼスターは、娘のマチルダに言う。
「マチルダ、お前はタダシ王と共に行くが良い」
「お父様も私達と一緒にいらしてください」
その方が安全だとマチルダは言うのだが、公王ゼスターはゆっくりと頭を横に振る。
「ワシがここに居ても何もできぬことは百も承知だが、それでも公王であるワシが天星騎士たちが守る城にいないわけにはいくまい」
それが、常に人族の守護者たるフロントライン家に産まれたものの定めだ。
覚悟は変わらないとわかっているので、マチルダは父王の手を握りしめると言った。
「それではお父様、行ってまいります」
「おうよ。戦時ゆえマチルダの花嫁姿を見られぬのが心残りだが、お前はお前で務めを果たすが良い」
「はい」
「フロントライン公国とタダシ王国の和合はお前の働きにかかっておる。見事に合体を果たすのだ」
「もう、お父様!」
こんな時までまたからかっているのかと、マチルダは顔を真っ赤にする。
「はてはて、ワシは両国を一つにしようと言っただけで、おかしなことは言ってはおらんつもりだが……」
「お元気なことはわかりましたから、もういいです! オルドス! オージン」
「ハッ!」
「はい!」
「お父様をくれぐれも頼みますよ」
二人の忠臣は、深くうなずいた。
こうしてタダシたちは、公国の姫騎士マチルダとオーガ族の亡命者たちを連れて、タダシ王国へと帰還するのだった。
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