第66話「過去と未来」

 フロントライン公国での戦争を終えて、タダシ王国の王城へと戻ってきた。


「なんか久しぶりに戻った気がするね」


 公国の姫騎士マチルダやオーガ族の亡命者たちを引き連れての帰還である。

 オーガ八部族の民をどこに住まわせるかも考えないといけないし、魔王軍の侵攻にも備えなければならないのでタダシも忙しい。


「タダシ陛下、お戻りになられましたか!」

「おお、フジカ。無事に戻ったか」


 魔王国領内での宣伝工作を終えて、フジカたちが王城へと帰還していた。

 もともと、秘密工作を得意としていた吸血鬼たちだ。


 クーデター後の混乱や、各地で頻発する紛争の合間を縫って旧アンブロサム魔王国に与する勢力を港町から南海へと逃がすというミッションを無事に終えたそうだ。


「タダシ陛下、お喜びください。魔族の神ディアベル様を奉じる魔教会の魔女様たちの保護に成功しました。ぜひ陛下にもご挨拶したいと、カンバル諸島からこちらに向かっているところです」

「魔女、ああなるほど」


 魔族の神を奉じる神官だから、聖女ではなく魔女となるわけだ。

 それは納得なのだが……。


「しかし、魔教会の代表者は女性なのか?」


 なんとなく嫌な予感がするタダシである。


「はい。アンブロサム魔王国にあるディアベル魔教会の現代表シスターバンクシアは、サキュバス族の女性です」

「サキュバスが、魔教会のシスター!?」


「はい、シスターバンクシアはとても敬虔けいけんな魔女であらせられます」

「サキュバスが敬虔……」


 対極のイメージの物が合体していて、おおよそ想像がつかない。

 逆に魔族らしいと言うべきなのだろうか。


 うーんと、タダシはしばらく考えこんでいたが実物を見てから考えることにしよう。


「お喜びください! シスターバンクシア様をお招きすれば簒奪者さんだつしゃヴィランに破壊された魔教会を再興できると思います。魔族の神ディアベル様が御力を取り戻す糸口にもなるかと!」

「何やら喜ばしくない事態のような気もするが、いやいや会う前から偏見はいかんな。フジカの話は了解した。一度会ってみよう」


 吸血鬼も引っ切り無しに人の血を吸っているわけではないし、人食い鬼と言われるオーガも普通の食料で平気らしい。

 信頼できるフジカが敬虔けいけんな魔女と呼ぶシスターなら心配いらないだろう。


 そこに、オーガ族を代表する大族長の息子グリゴリが口を挟む。


「フジカ様、お懐かしゅうございます」

「おお、グリゴリではないですか。父上は息災ですか」


 そう言われて、グリゴリが目を伏せて言う。


「父は、敗軍の責任を取らされ簒奪者さんだつしゃヴィランに斬首されました」

「そうか、それは残念なことです。グリゴリが後を継ぐのですね」


「はい、すぐにこの国にも竜族の軍団が攻めてきます。レナ様のため。タダシ陛下の御為にお役に立ってみせます」

「そうか期待していますよ」


 魔王の侍従長であったフジカと、ガリアテ将軍の息子だったグリゴリは見知った仲だったらしい。

 竜族が攻めてくるという話をグリゴリから聞いて、フジカは「手強い相手です」とタダシに注進する。

 

「そうらしいね。フジカやグリゴリが居てくれるおかげで、こちらは敵の手の内が読めている。防衛計画を立てて待ち受けることにしよう」

「空からの敵を待ち受けるなら、鉱山村のあたりとなりますね」


 フジカがそういうのにうなずく。


「敵は王国を焦土と化せと命じられているらしいから、まず鉱山村を狙ってくるだろう。対空防御網を張って待ち受けるのがいいだろうね」

「タダシ陛下。鉱山村という場所には、吸血鬼族の一部も住んでいると聞きます。そこが最前線となるなら、我々もその近くに村を築かせていただければと」


 グリゴリの提案にタダシはうなずく。


「西側は魔王国とも近くなるわけだから、魔族はそのあたりに寄り集まって住むといいかもしれないね」

「ご配慮かたじけなく存じます」


 グリゴリは、まだ若いオーガに見えるのに聡明で口調も丁寧だ。

 父親の後を継いで良い大族長になりそうだった。


「あとは、フロントライン公国からマチルダ姫も来ている。言いにくいんだが……俺と結婚することになった」


 マチルダは、軽やかに挨拶する。


「魔王国の侍従長であったフジカ殿と言ったな。私は一番の新入りだ、どうかよろしく頼む」

「まあ、マチルダ様はたいそうお綺麗な方ですね。それにまるで、金糸のような艷やかな髪をしていらっしゃる。羨ましいですわ」


「フジカ殿も、その髪はまるで藤の花のように鮮やかでとてもお綺麗だ」


 褒められたこともあるが、ようやく自分より年上の女がいたとマチルダは機嫌が良い。

 最年長はゴメンである。


「私も生きて帰ったらタダシ陛下に結婚を申し込むつもりでしたのに、公国の姫様に先を越されてしまいましたね」


 レナ姫様にも強力なライバルができてしまったと、フジカは笑う。


「いや、ライバルなどと。私は若輩者じゃくはいものゆえ、一番最後でいい」


 マチルダは自分より三歳年上だというフジカを前に、ここぞとばかりに年下を精一杯アピールする。


「あら、仮にも公国の姫を最後というわけにはいきませんわ」


 そう言ったのは、タダシの妻で最年長者のマールだ。


「いや、私などは……」

「島の代表であるイセリナ様には敬意を払っていただかないといけませんが、マチルダ様も私達と公平に扱わなくては、ねえタダシ様」


 さり気なくイセリナは一番上に置く。


「あ、ああ。マールの言う通りだな」


 地味に尻に敷かれているタダシは、後宮のことに関してはマールの言いなりである。


「実は、私はその、こういう経験に疎くて立派な嫁になれるかどうか不安なのだ……」

「それなら、私たちが先輩として色々と教えて差し上げますわ」


「ありがとうマール殿」


 一人で嫁入りして打ち解けられるか不安だったマチルダは、細やかに心遣いしてくれるマールに深く感謝した。

 終始和やかな雰囲気だったのだが、獣人の勇者エリンが騒ぎ出した。


 エリンは、ずっとマチルダが嫁入りするのは認められないと騒いでいたのだ。

 公国でそんなことを言えば争いの種になりかねないので、シンクーがずっと口を抑え込んでいたのだがついに爆発したのだ。


「ボクは、公国の姫騎士の嫁入りなんか最初から認めてないからね!」

「あ、あの私は……」


 普段の気の強いマチルダなら、売り言葉に買い言葉だったろうが、今はどうしたらいいかわからずにオロオロしている。

 それを見てマールが助け舟を出す。


「エリン。マチルダ様だっていろいろと事情があって来ていらしてるのよ。そんなことを言うものではないわ」

「だって、こいつはコーネルのかたきじゃないか!」


「エリン!」

「黙ってられるもんか! マールの前の旦那さんは、公国軍に殺されたんだぞ! いまさら公国の姫騎士が仲間に入れてくださいだ? ハッ、よくも恥ずかしげもなく言えたもんだよ。島の仲間を、家族を殺されたみんなはお前を絶対に許さないぞ!」


 マチルダは、衝撃的な言葉に、よろめいて崩れ落ちた。

 まさか、同じタダシの妻であり自分を気遣ってくれたマールが、夫を戦争で亡くしていたとは……。


 いや、公国軍がカンバル諸島と戦ったのだから、これくらいのことはあって当然と覚悟しておくべきだったのだ。

 獣人の村を焼いたのは軍規違反の常習犯だったグラハム隊だ。


 マチルダが直接、獣人の村を焼けと命じたわけではないと言い訳することもできる。

 しかし、あの時のマチルダは、だから女は意気地がないと軽んじられることを恐れて、グラハムたちの乱暴狼藉らんぼうろうぜきを許してしまっていた。


 司令官であるマチルダにとががあることは、誰よりも自分が痛切に感じている。


「知らぬこととは言え、本当にすまなかった。謝って許してもらえるとは思わないが……」

「いまさらお前に謝られたって、コーネルはもう帰ってこないんだよ!」


 その場に倒れ込むように跪いて、許しを請うマチルダ。

 その手をそっとマールは取った。


「マールも、なんでそんなやつの肩を持つんだよ!」

「エリン聴きなさい。カンバル諸島を攻めたのは、魔族も同じよね。だったら、レナちゃんにも同じ恨み節を言うの?」


 ビクッとタダシの背中に隠れていたレナ姫が震える。


「それは……」

「魔族も人族もお互いに相争ってきたのよ。エリンだって魔族や公国の戦士をたくさん殺したわね」


「それは仲間を守るために!」

「マチルダ様だって、レナちゃんだって、みんな同じことだわ。私にも恨みもある、コーネルのことだって絶対に忘れられるわけがない!」


「だったら!」

「……それでも、私はタダシ様の言葉が正しいと思う。いつまでもいがみ合って殺し合って、それでコーネルが喜ぶと貴女は思ってるの?」


 タダシはそれでも、種族のいさかいをここで終わらせるべきだと説いたのだ。

 そんなことはエリンだってわかっているが、気持ちが追いつかない。 


「うわああああ! 表にでろマチルダ! ボクと勝負するんだ。ここで決着をつけてやる!」


 剣を持って叫びながら王城の外に出ていった。

 マチルダはマールを見ると、「エリンの気の済むようにしてやって」と言われて、決心して聖剣の柄を握りしめた。


「なあ、マール。公国の騎士もそうだったんだが、なんでいつも決闘になるんだ?」


 タダシがそう尋ねるのに、マールは微笑みを絶やさずに言う。


「そういう形で気持ちをぶつけ合わないと、納得がいかないのが戦士という生き物なのでしょう。駄々をこねる子供と一緒です」

「そういうものなのか」


 さすがタダシの妻で唯一の子持ちの母親なだけあって、マールの言うことは含蓄が深い。

 タダシたちが表にでると、獣人の勇者エリンと公国の勇者マチルダが剣でしのぎを削り合っていた。


 剣がぶつかりあうたびに、ギィィン! と耳障りな衝撃音が響く。相手を殺す勢いで打ちかかっている、全力の攻撃だ。

 スピードはすばしっこいエリンの方が上だが、マチルダはそれを軽くあしらっている。


「エリン。お前は、目で斬っているな」

「どういうことだぁああ!」


「そんないい剣を使っていても、心がなまくらでは到底私には勝てないということだ!」

「何だと、わかるように言えよ!」


 怒りに任せて剣を振るだけでは、マチルダには勝てない。

 もちろん加護の差はある。


 同じ英雄の加護持ちの勇者であるとはいえ、マチルダは☆☆☆☆☆ファイブスターでエリンは☆☆☆☆フォースターだ。

 エリンが☆一つ下ということもあるが、しかしこれは加護の数ではなく剣士としての経験の差だった。


「目に頼ると斬れない。剣に伝わる空気の感触で斬れ!」


 それを聞いてタダシはなんのこっちゃと首をひねっているが、言われたエリンにはわかったらしい。


「クソッ、これでいいかよぉ!」


 エリンの鋭い一撃を受けたマチルダは勢いを殺すことができず、足を滑らせてなんとか粘りつくような跳ね除けた。


「クッ、そうだ。こんなに早く心眼を開くとは、末恐ろしい才能だな」

「いちいち上からうるさいんだよ、お前はぁああああ!」


 凄まじい斬撃の応酬、タダシたちからは無数の青と白銀の閃光がぶつかり合うようにしか見えない。

 タダシの横でマールがのんびりした口調で言う。


「包丁でお肉を斬る時も目ではなく感触で斬りますから、そういうことかしら」

「え、マール。今の会話で、わかるの?」


「包丁の使い方とそんなに変わらないのかと」

「マジか。料理も関係してるなら、俺も練習しておいた方がいいな。刃に触れる空気の感触で切るね」


 まったりと料理談義に華を咲かせる二人。

 そんな間にも、エリンとマチルダの二人は凄まじい剣戟を続けている。


 どこまで全力で動けるのか、底知れぬ体力を見せるエリンを空恐ろしく感じながらマチルダは息を整えて言う。


「ハァハァ……お前は今何歳だ。エリン」

「十五だ!」


 そう言われながら強烈な一撃を喰らって、思わずマチルダは本気で斬られそうになってしまう。

 若いとは思っていたが、一回りも年下だったのか!


 二十八歳のフジカやマールがいてくれなければ、マチルダは今の衝撃の一撃で死んでいたかも知れない。


「そ、そうか。私は二十年間、剣だけを磨いてきた。お前が私の歳になる頃にはきっと私以上の勇者になるだろう」

「ハァ、ハァ……うるさいんだよ。お前は、くそう! すぐに強くなって、勝ってやるから、な……」


 ついに力尽きたらしく、エリンはその場でぶっ倒れる。

 疲れ切るまで剣をぶつけ合うことで、エリンも少しは気が済んだのかもしれない。


 倒れたエリンを抱っこして、タダシは王城の中へと戻る。

 聖剣を鞘に納めて自分も王城に戻ろうとするマチルダに、マールは後ろから声をかける。


「マチルダ様、エリンならもう心配いりませんよ。気に食わない相手でも、タダシ様に必要な人なんだって身体で理解したはずですから」

「マール殿。本当に何から何まで申し訳ない。愚かな私は、貴女の気持ちを何もわかろうとはせず……」


 また深く頭を下げて謝ろうとするマチルダの肩をマールは優しく抱いて、その耳元でささやく。


「もう謝らないでくださいまし。みんな仲良くせよとのタダシ様のご命令です。ですから、私がいる限りは争いは起こさせません」

「あ、ああ……はい」


 さっと身体を離すと何事もなかったように微笑むマールにマチルダはゾクッとしたものを感じて、この人には絶対に逆らわないでおこうと心に誓うのだった。

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