第101話「国王タダシ暗殺計画」
全土で反乱の知らせが起こり、タダシ王国の王城は騒然としていた。
明らかに難民に紛れていた聖王国の
国民は現状に満足しているため、煽動されても民衆はそれに加わらなかったが政府施設などが焼き討ちにあった。
王国軍は対応のために各地に飛び、警備兵までが駆り出されて王城の警備はその分手薄になる。
そんな王城へ、大きな荷物を抱えた獣人の怪しげな集団が入っていく……。
「なんでも、聖姫様の知り合いだそうです。シンクーの港街で、うどん屋を営んでいるとか」
「まあ、それはルナの店ですわ」
吸血鬼の女官の報告に、聖姫アナスタシアは喜ぶ。
「新作の料理を考えたので、ぜひタダシ王にも味わってほしいそうです」
「俺もかい。それはありがたいな」
聖姫アナスタシアの知り合いのやっている店が訪ねてきたのだ。
気さくなタダシは、王城の中へと招くことにする。
月狼族の獣人達により、白い布がかけられたやたら大きなワゴンが数台、大広間へと運び込まれる。
なんでわざわざこんなものを城の中まで持ち込んだのだ。
料理の準備にしては大掛かりすぎる。
バカみたいにデカいワゴンを見上げて、聖姫アナスタシアの護衛を務めるオーガ地竜騎兵団長グリゴリが眉を顰めて声をかける。
「そのワゴン、中を改めさせてもらってもいいか?」
デカいだけでなく、何やら禍々しい気配がワゴンの中から漂う。
どこかに覚えがある、全身が総毛立つような瘴気をグリゴリは感じ取っていた。
「えっと、それは……」
月狼族の族長ルナと、戦士長ドウガンが顔を合わせる。
その瞬間、ワゴンの白い布の中から、「殺れ!」と鋭い声がかかった。
「聖姫様、お覚悟!」
そう叫んだルナは石畳の床を蹴って、聖姫アナスタシアに向かって駆けた。
護衛であるグリゴリは、腰に差した剣を引き抜いて立ちふさがる。
とっさに対応できたのは、理屈ではない。
戦士としての勘が、ルナ達一団から感じる気配を暗黒神の瘴気であると察知して動いた。
「ルナ様、ここは私が!」
「なんとぉ!」
ルナより前に出た巨体の戦士長ドウガンの巨体が、グリゴリに向かって飛びかかっていく。
肉を切らせて骨を断つどころではない。
グリゴリの剣に向かって自ら身を躍らせるドウガンのその動きは、まさに決死。
得物が得意の槍ではなく、剣であったことも災いした。
「勝った、ぞ……」
「決死の兵だと! どけぇ!」
ドウガンの胸に深々と剣が刺さりその生命を奪ったが、まるで抱かれるように鋭い爪で体をガッチリと固められて、グリゴリも身動きできない。
不覚である。
月狼族の戦士が、次々に襲い掛かっため他の護衛もルナを止められない。
「聖姫様、御免!」
驚きのあまり動きが止まっている聖姫アナスタシアに向けて、ルナが禍々しき
「させない!」
その瞬間、ルナの死角から現れた獣人の勇者エリンが、魔鋼鉄の剣を振るう。
獲物を喰らおうとしたその瞬間こそ、戦士がもっとも注意しなければならない時なのだ。
ルナには何が起こったかすらわからない。
それは速さの違いでもあるが、何よりも一撃にかける覚悟が違いすぎる。
月狼族の族長ルナの
「ああっ!」
こうして、聖姫アナスタシアの暗殺は阻止された。
「ケッ、覚悟が足りないからそうなる!」
ルナ達の暗殺が失敗したのを横目で見届けた暗黒騎士グレイブは、吐き捨てるように叫ぶ。
今の間合いなら、ルナは聖姫アナスタシアを殺れたはずだ。
最後の最後で、迷いが出たか。やはり、素人はダメだ。
お覚悟なんて叫ぶ暗殺者がどこにいるとあざ笑うが、囮になるという仕事は果たしてくれたのは不幸中の幸いか。
他などどうでもいいと、暗黒騎士グレイブは本命の暗殺対象であるタダシに向かう。
数少ない護衛は、刺客が殺到した聖姫アナスタシアを守るために動き、タダシの周りには来ていない。
絶好の機会だ。
「何のつもりだ!」
タダシが叫び、構えたのはなんと農機具の
これまでの並の相手であれば、ここで気が抜けてやられてしまうところだ。
だが、聖王国最強の暗殺者である暗黒騎士グレイブは決して油断しない。
むしろ余裕の笑みすら浮かべて、それを討つ。
「面白え武器だなタダシ! 喰らうがいい、俺の
赤く燃え上がった剣を、タダシに向かい叩きつける。
暗黒騎士グレイブの一撃は、キーンと音を立ててタダシの
あまりにあっけない幕切れに見える。
だが、これでいい――
弾かれた剣は、狙い通りにワゴンに突き刺さった。
「殺ったぜ!
暗黒騎士グレイブは、爆発に備えて床に転がった。
巨大なワゴンの中にたっぷりと詰め込まれているのは、タダシ王国で盗んだ大量の肥料に油を混ぜて作った肥料爆弾だった。
農業用の肥料から高威力の爆弾が作れることは、農業国である聖王国の『暗部』にのみ伝わる秘伝である。
そもそも、起爆に大きな爆発力が必要だが、突き刺さった瞬間剣自体が爆発する暗黒騎士グレイブの神業
これほど大量の肥料爆弾が爆発すれば、王城は木っ端微塵となるだろう。
そうなれば、この城にいる人間は全員死ぬ。
暗黒神ヤルダバオトの加護☆四つを、全て
暗黒騎士グレイブには、ルナ達が暗殺に成功しようがしまいが、最初からどうでも良かったのだ。
タダシに斬りかかったことすら、超常的な加護を持つ相手に真の動機を悟らせないためのフェイント。
これは一種の呪術でもある。
何故なら、タダシ自身が農業神の加護を使って作った肥料を暗殺の道具に使うのだ。
そのために、相手の加護はむしろ相手を殺すように作用する。
相手の加護を利用して相手を討つ、加護の合気。
これこそが格上の加護を持つ敵を次々に殺してきた暗黒騎士グレイブ、必殺の手法だった。
しかし、いつまで経っても爆発が起きない。
なぜだと思い、立ち上がるとワゴンに突き刺さった
意味がわからない。
暗黒騎士グレイブの持つ
それがタダシの加護により打ち破られたなら、まだ理解できる。
だが、そんな素振りすらなかった。
暗黒騎士グレイブの知る加護持ち同士の戦いには、ありえない現象が起きている。
「な、なぜだ! なぜ俺の
そう言われてもと、タダシは頭をかきながら言う。
「なんか企んでそうなので邪念を少し耕してみただけだ。剣の炎が消えたのは、その結果だろう」
タダシが言っている意味がわからない。
しかし、剣でダメならと予備のナイフに
「何だこりゃ! ふざけるなぁ! 貴様、俺がこの暗殺の準備にどんだけぇ!」
最後まで言えなかった。
壁に立て掛けてあった銃を構えた吸血鬼の女官達が、暗黒騎士グレイブに向けて銃撃を放ったのだ。
パンパンパンと乾いた銃撃の音が鳴り響き、身体に無数の銃弾を浴びた暗黒騎士グレイブの身体は横に弾き飛ばされた。
しかし、そこは聖王国の『暗部』最強とも言われる暗殺者。
横殴りに撃ち込まれる銃弾の激痛に「ぎょええええ!」と身悶えしながらも、最後の手段である『転移のペンダント』をとっさに使い、その身体は遠く聖都へと転送されて消えた。
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