第102話「大宰相リシューの陰謀」

 聖都へと転送される暗黒騎士グレイブ。

 魔道具『転移のペンダント』によって飛ばされた場所は、なにやら土の上に怪しげな魔法陣が描かれている野外である。


「ぎょええええ! ぐあああああ!」


 身体中に銃撃を浴びたのだ。

 のたうち回って苦しむが、生きているのが奇跡だった。


 暗黒神ヤルダバオトから与えられた神技耐衝撃防御ショックレジストがなければ確実に死んでいた。

 そこは、加護をくれた暗黒神ヤルダバオトに感謝すべきかもしれないが、弾丸の弾は右目にも命中してしまった。


「ちくしょう。目が……」


 これは回復ポーションを使っても、失明は免れないだろう。

 暗黒騎士グレイブが悪態をつこうとした瞬間、聞こえた声にその場にひざまずく。


「その様子では暗殺に失敗したようだな、暗黒騎士グレイブ……」


 他ならぬ大宰相リシューの声。

 いつもは、暗部を統括するグハン枢機卿から命令を受けている暗黒騎士グレイブである。


 よりにもよって、大宰相リシューの目の前でこんな失態を見せてしまうとは!


「も、申し訳、ございません」


 任務に失敗した暗殺者の運命は過酷だ。

 激痛に呻いている暇はない。


 自分はまだ使えるということを示さなければ、その場で斬首されてもおかしくはない。

 いやそうなっても、最後まで抵抗して生き残るつもりではある。


 せっかく☆六つという、通常ではありえない数の加護を手にいれたのだ。

 金も欲しければ女も欲しい。


 なにより、暗黒騎士などという日陰者で終わってなるものか。

 聖王国に仕える『暗部』でありながら、生き汚さを見せる暗黒騎士グレイブの野獣の如き顔を見て、大宰相リシューは面白そうに笑う。


 こういう男だからこそ、運命の歯車として使うのにちょうど良かった。


「フッ、そう恐れずとも良い。お前はきちんと『役割』を果たしてくれたのだから」

「ハッ、そう言われますと?」


 自分は、暗殺の任務に失敗したはずだが……。

 血の流れる右目を押さえて、大宰相リシューの顔色を伺う暗黒騎士グレイブ。


 リシューの血走った目は、グレイブと共に転送されてきた月狼族の生き残り、族長ルナに向いていた。


「手、手がぁ……」


 獣人の勇者エリンに右腕を切られたルナもまた、苦しげにのたうち回っている。


「月狼族族長ルナ。お前も、聖姫アナスタシアの暗殺には失敗したようだな」

「大宰相リシュー! まっ、待ってください。次に機会をいただければ、必ず果たします! どうか仲間だけはお助けください!」


「フフッ、仲間か。お前の仲間ならほれ、みんなそこにいるではないか」

「あ、ああ、テッポ! トゥーレ! アルト!  どうして……」


 そこには、千本もの杭に縛り付けられて野ざらしとなった月狼族の死体があった。

 族長のルナが、命をかけて守ろうとした仲間たちの無残な姿。


 その死体は皆一様に苦悶の表情を浮かべ、黒く焦げたように醜く変色し、身体の節々が禍々しくねじ曲がっている。

 辺りには血痕が飛び散り、激しい拷問などの後も見受けられてその光景はまさに地獄のようであった。


「フッ、フフッ、フハハハハハハッ!」

「リシュー! 貴様ぁああ、仲間に何をした!」


 可笑しくてたまらないといった様子の大宰相リシューは、ルナの叫びに答えず首から下げている禍々しい黒褐色のペンダントを光らせると、最後の生き残りである月狼族のテッポに近づいていく。


「やめ、やめてくれええ!」


 テッポの命乞いなど、冷酷な大宰相リシューにはそよ風ほどにも感じない。


「族長ルナよ! お前たちに飲ませた、あの丸薬の作り方を見せてやろう!」


 そう言うと、大宰相リシューは禍々しいペンダントを掲げて、暗黒神ヤルダバオトを讃える禍々しき呪言を唱える。


「うぎゃああああああ!」


 縛られたままのテッポは激痛に絶叫しながら、のたうち回り苦しむ。

 ルナの目の前で、見る見るうちに身体の四肢がねじ曲がって変形していき、ボキボキッと嫌な音を立てながら全身の骨、関節が砕かれていく。


 こうしてペンダントに吸い取られたテッポの生気は、見覚えのある黒い丸薬となって、大宰相リシューの手のひらに載る。


「ほれ、できた。月狼族の絶望の味は、なかなかに甘露よ」


 一瞬の出来事だった。

 あまりの光景に呆然としていたルナに丸薬を見せつけるようにして、大宰相リシューはテッポの命を飲み込んでしまう。


 暗黒神ヤルダバオトの加護を与える丸薬は……。

 あの時ルナ達が飲まされたのは、仲間の命そのものだったのだ。


「おげぇええええ」


 あまりの苦しさに、ルナはその場で吐いてしまった。

 吐いても吐いても、飲み込んでしまった仲間の命はもう戻ってこない。


 聖姫アナスタシアが追っていた、難民キャンプで難民達が忽然こつぜんと消えるという不可解な事件の真相がこれだったのだ。

 聖都の外郭に作られた秘密の刑場で、月狼族たちはこうして暗黒神ヤルダバオトの生贄に捧げられていた。


 このような施設がこの街には数多くあり、月狼族だけではなく全ての難民はこうして死んでいったのだ。

 胃の中の物を全部吐いてしまって、涙を流しながらルナは言う。


「なぜだリシュー。約束したではないか。お前のために働けば、仲間の命は助けると……」

「約束通りだ。私はお前に、新しき世に月影族を『栄達』させてやると言ったではないか。月狼族は素晴らしいな、こうして最後まで私の力となってくれるのだから」


「私は……こんなことのために……うあああああああ!」


 獣人の誇りを捨て、恩人であった聖姫アナスタシアを裏切ってまで、仲間を救おうとした結末がこれか。

 ルナの瞳は黒く濁り、魂の絶叫を上げる。


「フハハハハ、いいぞ! いいぞ! その憎しみ! その怒り! その絶望! そうだ、これが欲しかったのだ!」


 それこそが最後のピース。

 族長ルナの絶望こそが、暗黒神ヤルダバオトへの最後にして最高の生贄となる。


「リシュー! 貴様は、貴様だけは!」


 怒りに任せ掴みかかろうとしてきたルナは、大宰相リシューの護衛によって取り押さえられる。

 右腕を斬り落とされて満身創痍では、いかにルナが暴れようともどうにもならない。


「ルナよ、これを見ろ」


 掲げられる禍々しきペンダントを見た瞬間、ルナは絶叫する。


「うあああああああ! 身体が焼ける! 苦しい! 痛い!」

「どうだルナよ、これがお前の仲間がずっと感じていた苦しみだ!」


「あ、悪魔め……」

「フハハハハ! それはお前よ! お前こそが新しき世を創る悪魔となるのだ!」


 ルナの身体は、そのまま禍々しいペンダントへと呑み込まれてしまった。

 そのまま静かに大宰相リシューは、ペンダントを天にかざすと月狼族の死体も全て黒い瘴気となって吸い込まれていく。


 その恐ろしい光景に、辺りを静寂が包み誰も声を発さない。

 大宰相リシューの目は血走り、黒き影をまとうその姿は一際大きな物になったように見えた。


「さて、暗黒騎士グレイブよ……」

「ハハッ!」


 この男は悪魔だ。逃げなければ殺される。

 そう思うのに『暗部』最強の暗殺者、暗黒騎士グレイブともあろうものが、威圧されて身動き一つ取れない。


「お前も、暗黒神ヤルダバオトの力となるか?」

「お、お許しください」


「クックックッ、冗談だ。お前ごときの魂では、この『封魔のペンダント』の漆黒の輝きが濁るだけだからな」


 大宰相リシューは、傍らにいた側近であるグハン枢機卿に目配せする。

 グハンは主に恭しくお辞儀をしてから、暗黒騎士グレイブに冷酷に告げる。


「グレイブよ。お前は、治療を済ませて私とともに出陣せよ」

「出陣! もしやタダシ王国と一戦交えるのですか!」


「ああ、今は猫の手も借りたいところだ。お前は我が『暗部』の精鋭だ。期待している」


 どうやら、まだ雪辱を果たす機会があるらしい。

 国王タダシめ今度こそ殺ってやるぞと、どこまでも諦めの悪い暗黒騎士グレイブは野獣の如き形相で残った片目を光らせるのだった。

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