第四章「聖王国との決戦」

第103話「聖王国の襲撃を受け」

 暗殺者の襲撃を受けたタダシ王国の王城は、大変な騒ぎとなっていた。


「タダシ陛下、申し訳ありません。私がいながらこの失態!」


 聖姫アナスタシアの護衛であるオーガ地竜騎兵団長グリゴリが、頭を下げる。


「そんなことよりグリゴリ、お前は怪我はなかったのか!」

「この程度、かすり傷です」


 肩を抱いて傷を気遣ってくれるタダシの優しさに、グリゴリはグッと来て感涙にむせびながらさらに頭を下げる。


「怪我をした者の治療が優先だ。それが終わり次第、新たな襲撃がないか引き続き警戒を頼む」

「ハッ!」


 王城の警備体制の見直しは考えなければならないだろうが、まずは目の前の事態に対処しなくてはならない。

 タダシは、まずワゴンに突き刺さっていた暗黒騎士グレイブの剣を引き抜く。


 すると、グレイブの爆炎剣フレイムソードの力を止めていたタダシの神技が切れたのか、まるで薪の残り火のように再び剣がメラメラと燃え始めた。

 タダシ自身、わかっていてやったわけではない。


 しかし、グレイブの企みを止めてこうなったということは、この中には可燃物があるということなのか。

 吸血鬼の女官達にも手伝ってもらって、ワゴンのベールを剥ぐ。


「これは、肥料の袋でしょうか?」

「いや……」


 あまりに怪しすぎる。

 ただの肥料なわけがない。


 一塊拾い上げて嗅いでみると、土っぽさに油の匂いが混じっている。

 タダシは、それを窓から勢いをつけて空中へと投げた。


 続いて、燃えているグレイブの剣を投げて突き刺す。


 ドンッ!


 中空で爆炎剣フレイムソードが発動して、肥料爆弾へと起爆した。

 大きな爆発音と共に、中空で剣が粉々に弾け飛ぶ。


 かなりの距離があるのに、ビリビリとした爆音が耳をつんざく。


「タダシ様、あれは!」

「これはおそらく肥料爆弾だ。一塊で、この威力とは……」


「す、すぐに退避しませんと!」

「いや、安定性が高いから火を近づけなければ爆発はしないと思うよ」


 爆発する剣を使ったということは、起爆させるのに爆発が必要だということなのだろう。

 その代わり、火薬よりももっと爆発力が高い。


 大きなワゴンにたっぷりの肥料爆弾を見て背筋が凍る。

 これほどの量が、一気に爆発していればおそらく王城ごと吹き飛んでしまっただろう。


 獣人の勇者エリンもやってきて、タダシに頭を下げる。


「逃しちゃった、ごめん。目の前で消えたのは、転移ワープの魔法を使ったみたいだね」


 族長ルナを殺すこともできたが、エリンは情報を得るために生かして捕らえようとしたのだ。

 それがあだとなって逃してしまった。


 ルナ以外の月狼族は、決死だったために全員死亡しているので、間違った判断とも言えない。

 いやそれよりと、タダシは叫ぶ。


転移ワープの魔法なんてあるのか!」


 それができたら、もう何でもありじゃないかとタダシは驚く。

 魔術に詳しい侍従長のフジカが、説明する。


「空間転移は複雑な術式が必要ですので、おそらくタダシ陛下が想像されているようなどこでも飛べるようなものではなく、あらかじめ決められた座標に移動するだけの術です」

「いきなり敵が転移ワープで飛び込んできて、攻撃されるってことはないのか?」


「魔法陣も作らずに空間転移などしては死んでしまいます。術式の設定には多くの魔術師か、賢者レベルの術士が時間をかけておこなわなくてはならないかなり稀有な魔法です。使う時間と魔力量が割りに合わないので、あまり使われません」

「ふうむ」


 まあホイホイ転移できるなら、それで暗殺してきてるものな。

 それだけの高度な魔術が使える組織となると、犯人が絞られて来る。


 大陸中央部の動乱で、タダシ王国の戦力が割れている隙に聖王国が襲いかかってくる可能性は、商人賢者のシンクーは想定していた。

 だから、王城が手薄になってもいいように吸血鬼の女官達もいつでも銃を使えるように訓練して準備していたのだ。


 しかし、わからないのがなぜ聖姫アナスタシアの命を狙ったのかということだ。

 むしろ聖姫アナスタシアが手元にいるから、大規模な攻撃は難しいとすら考えていたのに……。


「……タダシ様、申し訳ありません。なぜ、ルナ達があんなことをしたのか、私にも皆目見当がつかず」


 真っ青な顔をした聖姫アナスタシアは、大変なショックを受けているようだ。

 自分が呼び寄せた月狼族がタダシを襲ったことに、責任を感じてもいるのだろう。


 下手をすれば、聖姫アナスタシアが暗殺者を招き入れたと疑われてもおかしくないところだ。

 だからタダシは、塞ぎ込んでいる聖姫アナスタシアの手を取って慰めるように言う。


「最初に命を狙われたのはアナスタシア様ですから、貴方を怪しいと思う人はいません。月狼族が襲ってきたことに、何か心当たりはありませんか?」

「いえ、私はルナ達に恨まれるようなことはなにも……」


 もちろんそうだろう。

 話を聞けば、聖姫アナスタシアは月狼族を助けようとしていたのだ。


 恩に着られることはあっても、恨まれるようなことは何もしていない。

 タダシは「ふーむ」と考え込んでしまう。


「本当に、なんとお詫びを申し上げてよいか。何でこんな事になったのか、私には、う、うう……なんでルナが私を……」


 聖姫アナスタシアは、肩を震わせてタダシの腕にすがって泣き出してしまっている。


「つまり、これは聖王国の『暗部』の刺客が聖姫アナスタシア様とタダシ陛下のお命を狙って……」


 この場に参謀役のシンクーが居ない以上、何か自分が献策をしなくてはと侍従長のフジカが口を開いたその時。

 吸血鬼の女官が、「フジカ様!」と、慌てて走り込んできて耳打ちする。


 あまりの驚愕にフジカは、紅の瞳を見開く。


「どうした」

「タダシ陛下。先の筆頭魔人将、魔臣ド・ロアが参っているそうです。いかがいたしましょう!」


「なんだって!」


 聖王国の刺客が襲ってきた次は、暗黒の魔王ヴィランに仕えていた筆頭魔人将が訪ねてくるとは、タダシ達は慌ただしさに目が回りそうであった。

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