第104話「魔臣ド・ロアは借りを返す」

 魔臣ド・ロアは、かつての敵。

 いや、現在もアンブロサム魔王国に従わぬ独立勢力を取りまとめ魔人族を率いている首領である。


 襲撃を受けたばかりの王城で会うわけにもいかず、ド・ロアが滞在しているという王城の城下町の宿屋で会見することとなった。

 さすがは、大領であったかつてのヴィラン公爵の重臣であり今や魔人族の首領だ。


 タダシは数多くの家臣を引き連れてやってきているのに、たった一人で深沈厚重しんちんこうじゅうとして座っている。


「……城のほうが慌ただしいようだが、もしや聖王国の襲撃があったのか」


 魔臣ド・ロアの言葉に、タダシの家臣達がざわめく。


「知っていたのか?」

「そこまでは聞いていないが、おおよそ予想はつく。聖王国の大宰相リシューに、直々にタダシ王国を共に攻めようと誘われたのだからな」


 魔臣ド・ロアの言葉に、さらにざわめきは大きくなった。

 動揺した様子で聖姫アナスタシアが叫ぶ。


「リシューが魔人と手を組もうと言ったのですか、ありえません!」


 さすがに、その態度は他国の使節としてやってきたド・ロアに失礼でもある。

 タダシがたしなめようとするのを、魔臣ド・ロアは手で遮って楽しそうに言う。


「ほう、なぜありえぬと言われるか聖王国の姫よ」

「リシューは、魔族を憎んでおります。魔族と手を組もうなどと言うはずがありません!」


「では、これを見られてもそう言われるか?」


 魔臣ド・ロアが机の上に並べたのは、輝かんばかりの聖王国の秘宝の数々。


「こ、これは……」

「関係を改善するのに贈り物をするのは当然であろう。これを外に持ち出せるのは、大宰相リシューをおいて他にいるかね?」


「これは確かに、聖王国の宝です」


 聖王国に借りを作りたくないと、魔臣ド・ロアは聖姫アナスタシアに宝を返す。

 信じていたルナ達に裏切られたのに引き続いて、大宰相リシューまでもが信じられない企みをしていた。


 聖姫アナスタシアは、悲しそうに押しやられた宝を見て俯いている。


「では、話を続けさせてもらう。大宰相リシューの話は簡単だ。私達がアンブロサム魔国を攻めて注意を引きつける、その間に聖王国と北の帝国の連合艦隊がタダシ王国の港湾都市シンクーを襲い挟み撃ちにしようとする計略だ」


 北の帝国の艦隊まで来るのかと、ざわめきはどよめきに変わった。

 魔臣ド・ロアはそれに頓着せず、大陸中央部の自由都市同盟での騒ぎも、公国軍を引きつけるための大宰相リシューの策であると語る。


 ここまで、全ては大宰相リシューの計略通りに行っているということになる。

 それを聞いて考え込んでいたタダシは、重い口を開く。


「……魔臣ド・ロア。どうしてそれを俺達に教えてくれるんだ」


 魔臣ド・ロアもまた、重々しく言う。


「自らの国を裏切った大宰相リシューの言葉など信用できないからだ。そのような者に唆されて動いたところで、その末路は決まっている」

「なるほど」


 自由都市同盟のド・ブロイ市長や、月狼族のルナ。

 大宰相リシューに唆されて動いた人間の末路はみんな悲惨だった。


「それに、タダシ王にはまだ借りがあったからな」

「こちらに、情報を渡すことで返してくれるということか。ありがとう助かるよ」


 タダシがかけた情けは、こういう形で返ってきたのだ。


「ふん、礼はいらぬ。私はあくまでタダシ王には従わんからな。ただ、恥知らずの大宰相リシューの方がもっと気に入らないというだけだ」


 魔臣ド・ロアは、いまだに亡き主に従う忠義の士である。

 彼には彼の道理があり、それに従って動いているというだけのこと。


 ただ、魔臣ド・ロアがアンブロサム魔王国の外に反対勢力を集めてくれているために、女王レナの施政は上手く行っている側面もある。

 そういう意味でも、恩義は返してくれているのだろう。


 タダシの傍らにいた、侍従長フジカがつぶやく。


「しかし、聖王国はともかく北の帝国の艦隊が攻めてくるとなると、話は厄介ですね」

「みんな驚いていたようだが、帝国の艦隊というのはそんなに強いのか?」


 そこに、商人賢者シンクーや、ドワーフのオベロン達がドタドタと駆け込んでくる。


「タダシ陛下は無事ニャー?」

「ああ、シンクー、それにオベロンも来てくれたのか」


「王城が危ないと予想していたからなるべく早く戻るようにしたんニャけど、ともかく無事でよかったニャ。しかし、これはまた珍しいお客さんが来てるようニャー」


 タダシは、慌ただしくやってきたシンクー達にも魔臣ド・ロアの話を説明する。


「ななな、なんニャー! 北の帝国の艦隊って超弩級戦艦ヤマトも来るのかニャー!」


 魔臣ド・ロアが「超弩級戦艦ムサシも来る」と付け加えると、シンクーがふぎゃーと飛び上がった。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。話が追いつかないんだが」


 戦艦ヤマトって、あの戦艦ヤマトか?

 タダシが尋ねると、魔臣ド・ロアが絵図面を広げて説明してくれる。


「タダシ王は確か異世界の転生者だったな。北の帝国の初代皇帝が建造した二隻の超弩級戦艦は、異世界にあった伝説の戦艦を元にしていると伝えられている。五百年以上前からある人工遺物アーティファクトだ」


 そう説明されて、絵図面を見てみるのだがなんだかタダシの知ってる戦艦ヤマトとはちょっと違う。

 いや、これちょっとじゃないぞ。かなり違う。


「大きさは概ね合ってるっぽいが、なんか俺が知ってる戦艦ヤマトとは似ても似つかないんだが」


 全長は二百五十メートルほどで、主砲らしきものが前と後ろに一つずつ付いている。

 巨大な戦艦という意味ではそれっぽくあるんだが、なんだか出来の悪いプラモデルみたいだ。


「戦艦ヤマトの超弩級砲は、超高威力の超巨大大砲ニャー。見える範囲のすべてを射程とするその一撃は神のいかずちとも呼ばれ、大きな街を外壁ごと吹き飛ばす程ニャー!」

「なんだその頭の悪い設定は!」


 タダシは思わず叫んでしまった。

 超弩級って、船の大きさじゃなくて大砲の名前だったのかよ。ここでの超弩級ってもしかして、設置型の弓ののことか?


 聞けば、失われた魔導技術でできている超魔導砲だという。

 異世界のチート魔法で造られたロストテクノロジーという説明には、タダシも悪い冗談だなと苦笑するしかない。


「タダシ陛下、冗談じゃないニャ。一方的に海からの攻撃で街を焼き尽くされる恐ろしさは、やられるほうからしたら笑えないニャ。超弩級戦艦は、帝国の権力の象徴ニャー」


 超弩級戦艦が出てくるたびに、対抗手段のない魔王国の側は負けまくっているらしい。

 そのため、海戦においては帝国は負けなしということだった。


 ドワーフの名工オベロンも、渋い顔をしている。


「シンクーの言うとおりじゃ。王様、これは笑い事じゃないぞ。普通の戦艦ならともかく、ワシらの自慢の魔鋼鉄砲も超弩級砲だけには敵わん」


 飛距離でも威力でも、超弩級戦艦は圧倒的に勝っているということだった。


「しかし、笑うなと言われても、うーん。この中央にあるデカい煙突はなんなんだ?」


 本来なら艦橋がある真ん中に、超巨大な煙突が設置されてモクモクと煙を吐いている。


「それは石炭の煙を吐く煙突じゃな」

「石炭! この巨大な鉄の船が石炭で動いてるのか?」


 超弩級戦艦って動力源は重油だったっけ。

 少なくとも、石炭のエネルギーで動ける大きさではない。


 タダシが詳しく聞いてみると、呆れた。

 なんと、石炭を燃やした熱エネルギーを超巨大魔導珠という物体が、超魔導エネルギーに変換して船も大砲も動いているというのだ。


「超巨大魔導珠や、超魔導エネルギーってなんなんだ?」


 この世界随一の知恵者であるシンクーも、技術者であるオベロンも「わからない」と首を左右に振る。


「ファンタジー世界はこれだからなあ」


 異世界で再現不可能だった技術を魔法で補っているパターンだろう。

 熱エネルギーをそのまんま動力に変換できるなら、超巨大な炉があればこの大きさの船を動かすことも可能なわけか。


 もうやることがハチャメチャで、凄いんだか凄くないんだかまったくわからない。


「なあこれ、対空砲はどこに付いてるんだ?」

「たいくうほう?」


 初めて聞く言葉だと、シンクーもオベロンもキョトンとしている。


「あ、俺もしかして、戦艦ヤマトの倒し方わかっちゃったかもしれない」


 タダシに、名案がひらめいた。

 ……というか、史実以上に史実まんまの弱点だなこれ。

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