第105話「超弩級戦艦ムサシ」

 大宰相リシューの腹心、グハン枢機卿は超弩級戦艦ムサシの艦橋ブリッジで高笑いを上げていた。


「アハハハッ、今のを見たかグレイブ! この超弩級砲の威力を! まさに神の雷ではないか!」


 タダシ王国のシンクーの港を攻めようとする聖王国の艦隊は、北の帝国に二隻しかない超弩級戦艦の一隻、ムサシを旗艦として貸与してもらっていた。

 向かう最中、超弩級砲の威力を確かめようと目の前の小島に砲撃を仕掛けたのだ。


 結果は凄まじいものであった。

 まばゆい閃光とともに放たれた青白いビームは、小島を一瞬にして消滅させた。


「そりゃまあ凄いですがね」


 暗黒騎士グレイブはといえば、他国の戦艦の威力で喜んでいる上司を冷めた目で見ている。


「なんだグレイブ、渋い顔をして」

「これじゃあ、俺の活躍場所がねえなと思っただけでね」


 グハン枢機卿は、戦艦を動かしている帝国軍人に提督などと呼ばれて喜んでいるが、暗黒騎士グレイブには居心地が悪くて仕方がない。

 超弩級戦艦の一隻を貸してくれるといえば気前がいいようにも聞こえるが、前線に出て戦うのは聖王国の艦隊ばかりだ。


「フフッ、心配するな。このままシンクーの港に総攻撃を仕掛け、嘆きの川をさかのぼって首都へと一気になだれ込む手はずよ」

「さようですか」


「大宰相リシュー様は、我ら『暗部』に栄誉ある先鋒を任せてくださったのだ。貴様らも陸戦での活躍を期待しておるぞ」

「そりゃありがたいことですなあ」


 帝国にもリシューにも、良いように使い潰されるの間違いじゃないかと暗黒騎士グレイブは思う。

 だがまあ、いい気分になっている上司に水を差すこともあるまい。


 このバカデカい戦艦に興奮する男のロマンはわからなくもないし、それに加えて多くは帆船ではあるが聖王国中からかき集めた三百隻近い大艦隊だ。

 日陰者の上司が、世紀の大作戦の指揮を任されたとあっては、興奮するのも無理はあるまい。


「しかし、嫌な予感がする……」


 それは暗殺者としての勘なのだろうか。暗黒騎士グレイブが目を凝らすと、タダシ王国のある辺獄へんごくの方角の空に、黒い雲のようなものが浮かんでいるのが見えた。

 すぐに、艦橋ブリッジの上の見張り台まで上がって行って、目のいい監視員にあれは何だと尋ねる。


「あ、あれはドラゴンだー! ドラゴンにワイバーンもいるぞ!」


 空を覆わんばかりのドラゴン軍団の襲来に、艦橋ブリッジは、大騒ぎとなった。

 提督などとおだてられて調子に乗っていたグハン枢機卿だが、軍人としてはズブの素人だ。


「だ、大丈夫なのかキール艦長!」


 こういう時は、プロの帝国軍人に頼らないといけないのが情けない。

 生粋の帝国軍人であるキール・ゲーリック艦長は自信ありげに言う。


「ご安心ください。この超弩級戦艦ムサシの装甲は、不滅鉄という特殊な魔法金属で作られております。ドラゴンのブレスですら燃えません」


 ドラゴンに勝てないようでは、魔王国とは戦えない。

 当然、交戦経験もある。五百年の長きに渡って海に君臨し続けた超弩級戦艦ムサシの装甲は、錆びることもなければドラゴンの炎のブレスですら燃やせない。


「そ、そうか頼もしいな」

「少し数が多いですが、なあに超弩級戦艦ムサシは無敵です。なにせ、こちらから一方的に攻撃できるのですから。超弩級砲発射用意せよ!」


 艦長の合図で、超弩級砲がシュンシュンシュンシュンと音を立てて青白い光を収束させ。


「発射準備完了!」

「よーし、敵ドラゴン群に向けて超弩級砲、発射!」


 ドシュウウズゴゴゴゴゴゴオオオオオン!


 青白い閃光が巨大砲門から発射され、そのビームはドラゴン群を貫いた。

 バンバン! と空に激しい爆発が起こる。


「やったな艦長!」


 手を叩いて喜ぶグハン枢機卿だが、キール艦長は厳しい眉を寄せて言う。


「ドラゴンが散開しているだと、これでは撃ち落としが難しい。とにかく主砲を撃ち続けろ!」


 力が強い代わりに単純な動きしかできないはずのドラゴン軍団が、砲撃を警戒して空で散開するところなど見たこともない。

 接敵まで後何発撃てるだろうか。


 まるで超弩級砲対策は万全と言わんばかりのその動きに、不穏なものを感じるキール艦長。


「安心したまえ艦長、そのために聖王国の精鋭が乗っているのだ」


 タダシ王国が銃を使っているとの情報があったので、グハン達『暗部』も銃士隊を二千人も乗り込ませている。

 旧式のラッパ銃であり精度は悪いが、そのあたりは数で勝負だ。


「それは、頼もしいですな」

「甲板で弾幕を張れば、近づいてきたドラゴンも撃ち崩せよう! 暗黒騎士グレイブよ、直ちに甲板にて聖王国の銃士隊を展開させよ」


 見張り台から艦橋ブリッジに降りてきた暗黒騎士グレイブは、「はいはい」と応えて居住区の部下に指令を伝えに行く。


「グレイブ隊長。出撃ですか?」

「ああ。グハンの旦那からの命令だ。空から襲ってくるドラゴンどもを撃ち落せとさ」


 さすがは『暗部』の精鋭達。ドラゴン相手でも恐れず、むしろ腕がなると一斉に甲板に出ていって次々に発砲する。


「バカ、そんな距離から撃っても当たらねえだろ。少しは考えて撃て!」

「すいません! でもあいつらぜんぜん降りてきませんぜ」


 銃の使い方がまったくなっていないのだ。

 急ごしらえの銃士隊では使い物にならんかと、暗黒騎士グレイブはため息をつく。


「ああもういい、めんどくせえ。弾はたくさん用意してあるんだ。とにかく、撃ちまくってドラゴンを船に近づけなきゃいい!」


 何だこの悪寒は、何かがおかしい……。

 暗黒騎士グレイブは、自分でもラッパ銃を放ちながらさっと横目で救命ボートがあるのを確認する。


「隊長、あいつら妙ですぜ。なにか凄い高いところから降りてこねえし……何だあの黒いの?」


 傍らの銃士が、間抜けな声を上げた瞬間。

 甲板で次々に大爆発が起こった。


「うわああああああ!」


 爆発に飲み込まれた銃士達が火だるまになっている。

 盛んに閃光を放っていた超弩級砲も、大爆発を起こして吹き飛んだ。


「な、なんだ! そうかあいつら、空から爆弾を落としてやがるのか! おいもうこの場はいい、救命ボートで脱出するぞ!」

「えっ、隊長何を……」


 咄嗟の判断だった。

 この戦艦は千人程度の従来の乗組員に加えて、二千人の聖王国銃士隊が乗船してるのだ。


 船が沈めば、救命ボートの数が足りるわけがない。


「いいからさっさとボートを引っ張り出せ、逃げ遅れたやつは死ぬぞ!」


 地獄と化した甲板で、暗黒騎士グレイブが叫んだその頃。

 グハン枢機卿がいる艦橋ブリッジも大混乱に陥っていた。


「信じられません。艦長、前方の甲板と一緒に超弩級砲が、大破しました」

「報告せよ。一体、何が起こった!」


「爆弾です。装甲を破壊できるほどの威力の爆弾をドラゴンどもが落としています」

「モンスターが、爆弾を使うだと!」


 キール艦長は唖然としている。

 グハン枢機卿は、キール艦長の襟首を掴んで言う。


「どうするのだ艦長! 超弩級戦艦は無敵じゃなかったのか!」

「ええい、うるさい! 今あんたにかまってる暇はない、超弩級砲はもう一門ある。急速回頭して今一度攻撃を!」


 操舵士は、必死で回頭しながらも叫ぶ。


「キール艦長、申し訳ありません。間に合わないみたいです。前方をご覧ください! ああ、帝国海軍に栄光あれ!」


 急降下してきた竜公ドラゴン・ロード グレイドと、小竜侯ワイバーン・ロード デシベル二人が、巨大な爆弾を抱えて艦橋ブリッジに向かって突っ込んでくるのが見えた。


「何たる失態だ! おい艦長、これは貴官の責任だぞ! なんとかしろ!」

「あんたそれどころじゃないだろ! クソッ、なんでこんなことに! 我が艦は帝国最強の超弩級戦艦ムサシなんだぞぉおおおお!」


 責任を押し付け合いもみ合いになったグハン枢機卿と、キール艦長は仲良く爆発炎上する艦橋ブリッジと運命をともにするのだった。

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