第106話「シンクー沖海戦」
シンクーの港には、急造とはいえ幾重にも防衛陣地が張り巡らされて、一万の軍勢と二百門の魔鋼鉄砲が待ち構えている。
旗艦を失った聖王国の三百隻の艦隊は、そのまま作戦通りシンクー湾へと向かい上陸作戦を仕掛けて、陸上からの砲撃を浴びせられていた。
「撃て! 撃て! 一兵たりとも上陸させるな!」
砲兵隊を指揮するオベロン達ドワーフの叫びとともに、ドカン! ドカン! と激しい衝撃音が大地を震わせる。
砲撃の光が瞬くたびに、接近してくる聖王国の帆船を次々に沈没していった。
なにせ大砲の飛距離が違う。船からの砲撃と陸からの砲撃では、命中精度も違う。
聖王国の艦隊だけであれば、このままほとんど被害もなく勝てるはずだ。
聖王国の艦隊だけならばだ……。
「ドラゴン軍団が全弾撃ち尽くしても、まだ沈まないのか」
タダシ王国の大将である大野タダシは、せっせと犬かきならぬフェンリルかきして泳ぐクルルにまたがって、爆発炎上しながらもいまだに沈没しない超弩級戦艦ムサシを見ていた。
ドラゴンが百匹に、ワイバーンが千匹。
これらの航空戦力に爆弾をもたせて、タダシは爆撃機として使った。
自慢の超弩級砲は大破し、甲板も
さすがは、帝国の繁栄の礎を築き、五百年の長きに渡って不滅不敗の伝説を持つ船だった。
現状、タダシ王国は上陸しようとする聖王国の艦隊に対して圧勝している。
しかし、第二陣として聖王国を倍する帝国艦隊が迫っている。
帝国艦隊は数もだが、聖王国よりも高性能な大砲を多数積んでいる質の高い艦隊だ。
ドラゴン軍団が爆弾を使い果たしたために、もう一隻の超弩級戦艦に対処することはできない。
このままでは、シンクーの港は蹂躙されてしまうだろう。
それを避ける方法はただ一つだ。
帝国の力の象徴である超弩級戦艦ムサシを、ここで確実に撃沈させてタダシ王国の力を帝国に見せつけて撤退を促すしかない。
炎上する戦艦ムサシの甲板からは、兵士が次々に救命ボートに乗って逃げ出そうとしているのが見える。
あれだけのデカい戦艦が沈めば、おそらく彼らの多くは波に巻き込まれて死ぬことだろう。
それに、おそらくあれは日本からの転生者が作った船だ。
あの船に賭けた思いはタダシにもわかる。見ていて痛ましいし、このまま沈めるのは忍びない気持ちもある。
それでも……。
タダシに覚悟を促すように、クルルが大きく吠える。
「くるるる!」
「クルル。そうだよな、ここでこの船を沈めなきゃ俺達がやったことが無駄になる」
より多くの犠牲を避けるために、ここで超弩級戦艦ムサシは沈めなきゃならない。
爆発炎上する超弩級戦艦ムサシに向かって、クルルはバシャバシャと水面をかき分けて泳ぎ始める。
「くるるるるるるるるる!」
「クルル! あの巨大な煙突のてっぺんまで頼むよ! あとで美味しい物をたらふく食べさせてやるからな」
クルルとタダシは炎上して地獄と化している超弩級戦艦ムサシの甲板に上がる。
海水でビショビショになっているクルルは、焼け付く甲板の上をタッタッタッタッと疾走する。
そして、こんな状況でもモクモクと煙を上げ続ける、高さ二百五十メートルの巨大な煙突を垂直に駆け上がって行き、そのままぴょんと高くジャンプした。
タダシは、持っていたマジックバッグを逆さまにして、中に詰まっていた大量の爆弾を煙突の中に叩き落とす。
「あれ、デカすぎて詰まってるのか。よーし!」
最後の巨大なワゴンが引っかかって出ないので、強引に引っ張り出して煙突の中に投げ落とす。
暗黒騎士グレイブが、タダシを暗殺しようと王城に運び込んだいつぞやの肥料爆弾だった。
「聖王国! もらった爆弾を返すぞ!」
煙突の下、超弩級戦艦ムサシの心臓部とも言うべき魔導炉で起きた猛烈な爆発は、傷ついた船体にとって致命傷であった。
真っ赤な爆発に続いて、魔導炉の暴走により青白い輝きが巨大な煙突から船の下部構造までもを一瞬にして貫く。
「うぁああああああああ!」
その場にいる人間の全てが叫んでいた。
超弩級戦艦ムサシの全長二百六十メートルにも及ぶ長大な船体が真っ二つに折れた。
青白い光を背景に、タダシを乗せたクルルは、天翔ける大鳥のようにゆっくりと飛翔する。
遠方に見える帝国艦隊が急速回頭して、沖合から慌てふためいて後退していくのが見えた。
「俺達の勝ちだ!」
幾重にも重なる兵士達の絶叫の中で、タダシも手を挙げて叫んだ。
陸からはそれに呼応するように、「うぉおおおおおお!」というタダシ王国の兵士達の雄叫びが響き渡った。
後にシンクー沖海戦と呼ばれる戦いは、こうしてタダシ王国の勝利で終わったのだった。
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