第134話「大陸の覇者」

 暗黒神ヤルダバオトの復活と世界の危機。

 そして、それを見事に解決した救世主、大野タダシの活躍。


 大陸のどこからでも遠望できるほどの天の彼方まで伸びた超巨大な世界樹ユグドラシル

 世界を一変させるその神話的な光景を目の当たりにして、すべての人々があっけにとられたことにより、大陸中で巻き起こった世界大戦はひとまず終結した。


 世界大戦を終わらせたタダシ達は、投降した帝国軍の艦隊を引き連れてすぐさま北の帝国の首都ヴェルダンにやってきた。

 今の大陸になさねばならないことはたくさんあるが、まず帝国との戦を終わらせること。


 そして、いまだ危険な人工遺物アーティファクトを溜め込んでいるかもしれない帝国の宝物庫をチェックして封印することも目的だった。

 宝物庫のチェックと封印を終えて、帝国の城を接収したタダシはそこにようやく腰を落ち着ける。


 聖女王アナスタシアが尋ねる。


「タダシ様の言う、みんなに見せたいものというのはなんなのですか」

「まあ、それは夜になったら見られるよ。せっかくだから、ここで時間まで休ませてもらおう」


 慌ただしく帝都まで来たタダシ達が腰を落ち着かせたのは、なんと和室である。

 大きな畳の間に、高級そうな黒檀こくたんの机。


 ふすまを開けると見える日本風の庭園には、なんとカッポンと風情のある音の鳴る、竹で作ったししおどしまでが設置されている。

 帝城自体は石造りの西洋風建築でありながら、土台の石垣は日本の城のそれによく似ている。


 この和洋折衷わようせっちゅうぶりは、日本の皇居を思わせる不思議な空間だ。

 もしかしたら、昔はここに江戸城のような日本風の城が建っていたのかもしれない。


 そんなことを考えていたら、みんなが浴衣姿で現れた。

 和室には、浴衣や着物などの和装がたくさん用意されていた。


 珍しい着物に早速着てみようと、みんな喜んで着替えをしたのだ。

 花柄の綺麗な浴衣で現れたアナスタシアが、男らしい紺色の浴衣を着たタダシを見て言う。


「タダシ様。その浴衣という衣装、よく似合ってますね」

「アナスタシア達もよく似合ってるよ」


 イセリナも、やってきてタダシの周りをくるくると回り始める。


「ゆったりしていい着物ですね」


 そう言って、タダシの前でポーズを取っている。

 褒めてほしいのだ。


「あ、うん。イセリナもその青い浴衣がよく似合ってるから、落ち着きなさい」


 イセリナは聖女王アナスタシアよりかなり胸が大きいので、薄い浴衣でウロウロされるとなんだかソワソワするのだ。

 いい加減、海エルフの水着姿には慣れたのだが、浴衣でこられるとこれはまたインパクトがすごい。


 結婚して子供まで作っているのに、いまだにそんなことにドキドキしてしまうタダシである。

 ごまかすように、コホンと咳き込んでからタダシは言う。


「実はこの和服は、俺の故郷の服なんだよ」

「だから、着方をわかってらっしゃったんですね」


 イセリナの言葉に、タダシはうなずく。

 五百年前いた初代皇帝は、やはり日本から来た転生者だったのだなとタダシは確信する。


「さあ、みなさん。お茶にしましょう」


 そう言って割烹着姿のマールが持ってきたのは、ナッツがたっぷりと入った濃厚なチョコレートケーキだった。

 エルフの着物姿も面白いが、獣人の割烹着姿もなかなか楽しい。


 マールの持ってきたお菓子に、女性陣はみんな舌鼓を打つ。


「まあ、これ美味しいですわ」

「タダシ様。帝国には、チョコレートやナッツがあるんですね」


 チョコレートの製法や、それを使った様々なお菓子。

 これらも、初代皇帝が作った技術を引き継いできたものだそうだ。


 軍事力に優れて世界を力で支配した北の帝国ではあったが、この国が強大となった理由はそれだけではないということだ。

 マールがことんと机においてくれたお茶をすすって、タダシは目を見開いて驚く。


「これは、ほうじ茶か?」


 懐かしい味だ。

 ぐいっと飲み干してしまったタダシがおかわりを欲しがっているのを察して、マールが急須でお茶を入れてくれる。


「どうぞ」


 ドポドポと注がれるほうじ茶。

 なんとも言えぬ、良い香りがする。


「あー、美味い」


 ほろ苦い味だ。

 故郷を思い出させる優しい味に、タダシは心から癒やされた気がした。


「タダシ様。ぜひお菓子も食べてください」

「ああ、もちろんいただくよ」


「このチョコレートを使ったケーキはブラウニーと言うそうです。台所をお借りして、帝国の料理人の方に教えてもらいながら初めて作ってみたのですが、美味しくできてますか」

「とても美味しいよマール」


 このブラウニーは、初代皇帝が特に愛した菓子であるという。

 疲れた時には、甘い物がちょうどいい。


 ここまで揃ってるなら、茶菓子も日本の物があればいいのに和菓子ではないのは、初代皇帝の好みだったのか。

 土地で育つ作物の関係もあったのだろうが、食事の和洋折衷ぶりにらしさが出てるなあと思う。


 しばらくそうやってくつろぎながら、日が沈むのを眺めていると……。

 外から、シュルルルルルルルッ……パーン! と派手な音がなった。


「お、始まったか」

「タダシ様、敵襲ですか!」


 慌ててやってくるノエラ達親衛隊に、タダシはまあまあ落ち着いてと手で抑える。

 外ではパンパンと激しい音とともに、色とりどりの大きな花火が打ち上がっている。


「みんな、窓の外を見てみなよ」

「まあこれは、なんとも……」


 聖姫アナスタシアは声を失う。


「タダシ様、綺麗ですね!」


 イセリナがそう言うのにうなずいて、タダシは説明する。


「あれは打ち上げ花火といって、火薬を使った物だ。これも、俺の故郷ではよく打ち上げられていたものだ」


 正確には、火薬に色を付けるための金属を混合した物となる。

 その間にも、シュルルルルルルルッ……パンパンパン! と派手に音を立てて色鮮やかな花火が空に打ち上がる。


「これは、祝砲みたいなものかニャー?」


 こちらも可愛らしいピンク色の着物姿の商人賢者のシンクーがそう言うのにタダシは付け加える。


「その理解で正しい。付け加えるなら、俺の故郷では、お祝いというよりは夏のお祭りの時にみんなで風情を楽しむものかな」


 五百年前の打ち上げ花火が湿気ずに保管されていたのは、まさに人工遺物アーティファクトと言ったところか。

 今この花火を打ち上げているオベロン達、ドワーフの技術者が新しい技術だと躍起になって調べているので、そのうちに自分達でも花火を作って楽しめるようになるだろう。


 花火の他にも、帝国が自らの技術的優位を永遠のものとするために封印していた宝物庫には、平和利用できそうなアイテムもたくさん隠されていた。

 例えば、今は戦艦にしか利用されていない蒸気機関を民間の鉄道などに利用すべく、初代皇帝が研究した痕跡も残っていた。


 研究すれば、鉄道だって作れそうだ。

 皇帝フリードリヒ達は武器にしか興味がなかったようだが、タダシはむしろ平和利用できそうな技術こそありがたく使わせてもらうことにした。


「タダシ様。この美しい花火は、この度の戦争で亡くなった者達への鎮魂ちんこんにもなりましょう」


 帝都に立ち並ぶ神殿を調べて戻ってきたサキュバスシスターのバンクシアが、聖職者らしいことを言う。

 そうだなあと、タダシは思う。


 この度の世界最終戦争ラグナロクで天空の神々の構成も変わった。

 帝都の神殿も、それに合わせて整備し直さなければならず、本当にやることは山積み。


 考えていると、ほんとにタダシには色々とやらなきゃならないことはある。

 ゆっくり休んでいる場合などではないのではないか。


 そう思って、妻達と打ち上がる色鮮やかな花火を見上げながらタダシはつぶやく。


「これから生まれる子供達のために平和な時代を作ることができたら、今回の戦争の犠牲も無駄ではなかったと言えるだろうか」


 一方で危険な超兵器も作り出し、またこの花火のような美しいものや美味しいお茶やお菓子も作っていた五百年前の初代皇帝。

 様々な側面を持つ彼は、結局のところ技術の進歩を危険な物と感じて、わざと規制を強めて技術を停滞させるような政策を帝国の諸国に遵守させて今に至ったらしい。


 それが、この世界の貧しさの原因の一つだった。

 それをなんとかしようと思ったタダシは食料生産を増強するとともに、新しい技術を進歩させようとしている。


 新しい技術は人々の生活を豊かにするし、悪くすれば戦争の道具にもなるだろう。

 しかし、戦争を続ければ、やがてまた世界は滅びの運命を迎える。


 暗黒神ヤルダバオト復活の一件で、それが世界に示されたのだ。

 その歴史を知って、それでもなお滅びを招く戦争を引き起こすほど、人は愚かではないとタダシは信じる。


 そう信じて、最後まで勝ち抜いた大陸の覇者として自らが新しい時代を作っていかなければならない。

 未来を作るタダシの責任は重い。


「タダシ様……」


 イセリナが、タダシに抱きついてくる。


「どうした」

「だって、なんだか寂しそうな顔をなさっていたから」


 寂しそう。

 イセリナには、そう見えたのかとタダシは思う。


「ありがとう。俺としたことが、がらにもなく少し難しいことを考えすぎていたかもしれない」


 イセリナが、タダシの右手をギュッと握った。

 人の温かさに触れていると、とても心が落ち着く。タダシの方もイセリナを強く抱き寄せた。


「タダシ様、あの」

「あ、すまん。強く抱きすぎたか?」


「いえ、その」


 そう言って、イセリナは目をつぶって唇をツンと上げてみせる。

 それでキスを求めているのだと、ようやく気がつく。


「ああそうか。まったく俺ってやつは、なかなか成長しないな」


 花火に浴衣に夏祭り、そして銀髪で青い瞳の美しい恋人か。

 前世ではこんなシチュエーション考えられなかったよなと思いながら、タダシは優しくイセリナに口づけする。


 それを見た聖女王アナスタシアが、あらと声を上げて、イセリナと同じようにすり寄ってきてタダシの左手を握って言う。


「タダシ様には、私達がいますから安心なさってください」

「ありがとう。アナスタシアの言うとおりだ」


 一人で難しく考えるより、みんなに頼ればそれでいい。

 タダシはみんなのことを思っている、みんなもタダシのことを思ってくれている。


 それだけで、きっと未来はより良くなっていくに違いない。

 聖女王アナスタシアにも、タダシは優しくキスをした。


 それを見て、こちらもいつのまにか色っぽい紫色の浴衣姿になっていたサキュバスシスターのバンクシアは言う。


「まあ、タダシ様。そんなことをされていては、皆にしなければ収まりがつきませんよ」

「そうなるよなあ……」


 割烹着姿のマールが、早速畳に布団を敷き始めているので笑ってしまう。

 これまた、みんなにキスしてるうちに、なし崩し的に夜の生産王が始まっちゃうやつか。

 

 やれやれと思いながら、それでもこれこそが今の自分らしいじゃないかとタダシは思う。

 孤高の王など、自分には似合わない。


 シュルルルルルルルッ……パンパンパン!  ドォーン! ドォーン!


 いくら花火がたくさんあったからって、オベロン達は少しはしゃぎすぎじゃないかなとタダシが思うほど。

 天空を彩る色鮮やかな花火は、いつ終わるともなく打ち上がり続けた。


 おそらく、この花火を帝都の民衆も見ているのか、次第にワーワーと歓声も上がりだした。

 戦争が終わって突如始まった花火大会は、帝都に住まう民に新しい時代が来たことを示す、これ以上ない華やかなイベントともなったのだった。


 タダシは懐かしい花火の音色を遠くに聞きながら、美しい妻達に抱かれて安心して布団で眠り込んでしまう。

 夢に見たのは、やがて訪れるアヴェスター世界の豊かで平和に満ちた未来だった。

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