第二章「魔界動乱」
第141話「新たなる神?」
タダシ王国の王都のほど近くに、青々とした美しい桑畑が広がる。
心穏やかとなる美しい光景であった。
帝国海軍の下士官が、
「王様! うちの田舎では、絹を作ってくれる蚕は、おかいこ様といって大事に大事に育てるのですよ」
なんと、大野タダシを運んできてくれた帝国海軍の中に桑畑農家出身の者がいて、タダシ王国の民に
「なるほど、おかいこ様か。こんなありがたい虫はいないものな」
ざるの上で、桑の葉をムシャムシャと食べている蚕はとても可愛らしい。
「絹が取れなければ、うちの村は生きていけませんからね」
そんな大事な製法を、タダシ王国の民に惜しげもなく教えてくれるのもありがたい。
それも彼らが、タダシを信用してくれているからだ。
その信頼に応えられるようにならなければならないなと思う。
ヤマモト提督達はいつまで滞在するつもりなのだろうと思っていたのだが、どうやらタダシが頼んでもいないのに帝国の進んでいる文物についてそれとなく教えてくれるようなのだ。
そのおかげで、こうして順調に絹の生産も開始できた。
各地より避難してきた貧しい民の集まりであるタダシ王国に比べれば、帝国はかなりの文明国なのでとてもいい影響となってくれている。
「本当に、ありがたいことだな……」
恩を返すという言葉通り、いやそれ以上の働きを持って彼らはタダシ王国のために熱心に動いてくれている。
それに軍人だった者が、今では
このまま、穏やかに世界が平和になってくれれば……。
そうタダシは祈っていたのだが、城に戻るとまたもや慌ただしい騒ぎが巻き起こっていた。
「一体どうした?」
タダシが尋ねると、吸血鬼の女官を代表して侍従長のフジカが応える。
「タダシ様。レナ姫、いえレナ魔王陛下がいらっしゃいました。魔界の中央部のアージ魔王国から、多数の兵がアンブロサム魔王国になだれ込んだとのこと!」
「なんだと!」
どうやら、そう簡単に平和は訪れないようである。
※※※
火急の事態に、さっそく王城に主だった者が集まって会議が開かれた。
「それで、敵軍はどうなった。たしかアンブロサム魔王国の国境線は、オーガ地竜騎兵団に守らせていたのだよな」
魔界の中央部にある旧アージ魔王国は、支配者であった腐敗の魔王サムディーが消えて新しい魔王が乱立。
四分五裂の状態で争っているという話だった。
魔界には大きくわけて二十四種族を治める魔王がおり、細かく分けて千を超える種族が住んでいる。
力の強い三大魔王が三つの国に分けて魔界を治めていたのはついこの間までのことで、今はそのどれもが消えてしまっている。
こうなれば、魔王候補など雨後の竹の子のごとく生えてくる。
また一つの国にまとまるわけもない。
タダシとしても、属国とした帝国や聖王国の安定に精一杯で、魔界まで面倒見きれないというのが実情だった。
それが突如としてアージ魔王国を統一した魔王が出てきて、タダシ王国の属国であるアンブロサム魔王国まで攻め込んできたというのだ。
驚愕というほかはない。
タダシ王国から派兵されて国境線を守っていた、オーガ騎兵団長のグリゴリは、大柄の身体を丸くするようにして深く頭を垂れる。
「敵軍のほぼ全部は、身体を包帯で巻いた物言わぬミイラ兵でありました。国境から、白いミイラ兵がまさに雪崩のごとく攻め込んできて、こちらはその数になすすべもなく……不覚でありました!」
「いや、グリゴリを責めているわけじゃない。しかし、ミイラってそんなに強いのか?」
ホラーで出てくるミイラ男を想像するタダシ。
おそらく、その想像は間違ってはない。
話を聞くに、ミイラ兵というのは召喚された意思のない土塊ゴーレムのような存在で、何か特殊な攻撃を仕掛けてくるわけでもなく大した敵とはとても思えない。
叩き潰せば元の
「なんと説明したものか、とにかく数が圧倒的に多いのです。こちらの兵が一人に対して、向こうは百の数で当たってきます」
「そうか、一人に対して土塊ゴーレムが百体か」
ラッシュアワーのように一気に百人が押し寄せたら、たとえ最弱の敵といっても物量で押し切られてしまうかもしれない。
「しかも、相手はこちらの武器と相性が悪すぎました」
オーガ騎兵団長には、鉄砲隊や大砲を載せた魔牛の戦車部隊もつけてある。
それはこの世界において圧倒的な戦力であり、本来であればどんな敵にも撃ち負けるわけがなかった。
しかし、土塊ゴーレムのような存在のミイラ兵には意思がない。
銃で撃たれても平気だし、大砲の衝撃で吹き飛ばされても、ものともせずに物量で押し切ってくる。
「それで、その敵はどうなったのだ」
レナ姫達まで逃げてきたということは、相当やられたのだろうとタダシは深刻な顔になる。
どこまでの被害がでたのか……。
「いえ、敵を撃退して国境線まで押し返すことには成功しました」
「え、どうしてそうなった?」
話を聞くだけで恐ろしい敵なのに、どうしてそうなったのか不思議であった。
「戦況を見かねたのか、竜公グレイド閣下と小竜侯デシベル閣下が率いるドラゴン部隊がやってきて、ミイラ共を竜のブレスで焼き払ってくれたのです」
「そうか、グレイド達が動いてくれたか」
よく地図を見れば、魔界中央部はグレイド達の住むドラゴン平原のすぐ近くである。
気まぐれなことも多い竜族だが、ここぞという時は力強い味方となる。
幸運に助けられたこともあるが、タダシは大事がなくてよかったとまずは胸をなでおろす。
魔王レナは言う。
「タダシ様、これは敵より送られてきた書状です」
「なるほど、俺に相手からの書状を見せに来てくれたのだな。うーむ、これは……」
それは、パピルスという草の繊維で出来た変わった巻物で作られていた。
持って回った言い方の、くどくどとした書状にタダシが読みあぐねているとレナが説明してくれる。
「差出人は、フネフィルという魔王です。偉大なる
「ふむ、その魔王が先の大戦で亡くなった腐敗の魔王サムディーにかわり、アージ魔王国を統一した魔王というわけか」
レナは、怒りに声を震わせて続ける。
「魔王フネフィルは、魔界を統一するためにアンブロサム魔王国にも従うようにとの要求を出してきています。ミイラ兵は無限にいるから、いくらでも攻められるのだと脅してきています! もちろん、そんな話は受け入れられません! そうでしょうタダシ様!」
感情が抑えきれず、抱きついてきたレナを抱きとめて、タダシはしっかりと言う。
「もちろんだとも、そんな話は受けられない」
アンブロサム魔王国に住むレナ達は、もうタダシの家族なのだ。
見知らぬ魔王に、レナ達を任せるわけにはいかない。
魔王フネフィルの要求は更に続く。
「タダシ王国に対しては、フネフィルこそが魔界を統一する魔王だと認めること。そして、追放された腐敗の神ゲデに替わって魔王フネフィルが信仰する異界より来たりし冥神アヌビスを、新たなアヴェスター十二神に加えよと要求しています」
「新しい神だって……それはもしや、暗黒神ヤルダバオトのような神なのか!?」
敵の背後に、かつての暗黒神ヤルダバオトのような謎の冥神の存在がいる。
本当だとすれば、大変なことになる。
暗黒神ヤルダバオトの事件のあとに、まだこんな火種が残っていたとは。
こういう時、頼りになるのは知恵者である商人賢者シンクーだ。
大陸一の商人賢者であるシンクーなら、見知らぬ神のこともなにか知っているのではないか。
しかし、シンクーはみんなの視線を受けて叫んだ。
「冥神アヌビスなんて知らないニャ! うちにだって、わからないことはあるニャぞ! 魔界でも名前が知れ渡ってない異界の神様なんぞ知らんニャー!」
シンクーですら全くわからない神の加護を受けた魔王フネフィル。
その脅威は、凄まじい数のミイラ兵を送り込んできた事によって明らかだ。
みんなが深刻な空気で沈黙するなか、タダシがふいに思い出したと言う。
「いや、待てよ……アヌビスか! その名前は聞いたことがある。俺の元いた世界の古代エジプトで信仰されていた神様の名前だ。たしか、ミイラ作りの神様だったから、無限に出てくるミイラ兵という話とも
「さすがタダシ様! 自分の世界のこととはいえ、古代の神を知っているとは博識ですね!」
「いや、俺もそれだけしか知らないから」
まさか、子供の名前をつけるのに過去の記憶を必死に呼び覚ましていたのが役に立つとは思わなかった。
ゲームとか漫画の知識でも、出典はちゃんとした神話だったりする。
そうバカにしたものでもないのだ。
このアヴェスター世界には、他所の世界で信仰されなくなった古い神々が流れてきている。
例えば、タダシが大変お世話になっている農業の神クロノス様も、古代ギリシャの神様である。
そうか、やはり神のことは……。
「タダシ様。神のことは神に聞くしかありませんね」
タダシの思惑を読み取ったように、サキュバスシスターバンクシアが優しく頷いて言う。
「そのとおりだバンクシア。さっそくクロノス様にお尋ねしてみよう。おお、いいところにお菓子を持ってきてくれたね」
ちょうど休憩のお茶にしようと、料理長のマールがさつまいもを使った蒸しパンを皿に載せて運んできたところだった。
ちなみに、さつまいも蒸しパンも帝国から作り方を教わったものだったりする。
「え、なんです?」
「まあまあいいから、このパンを一つもらうね」
タダシは早速、会議室のすぐ隣にある小さい祭壇に、さつまいも蒸しパンをお供えする。
すると、蒸しパンと同じくらいの小さな銀色の光が差し込んで、そこに農業の神クロノス様が現れた。
「タダシ、どうしたんじゃ。今日はやけにささやかな供物じゃの?」
キョロキョロと見回す神様。
いつもは盛大な祭りなのに、今日は蒸しパン一つとは肩透かしである。
「クロノス様、今日は緊急のお尋ねがありましてお呼びしました……」
最初はのんきな顔をしていたクロノス様だが、新しい神が発見されたという話を聞くと真剣な顔つきになる。
「始まりの女神アリア様がわしらアヴェスター十二神を呼び出した時、世界は滅びかけて混乱しておった。暗黒神ヤルダバオトのように、この世界に迷い込んでアヴェスター十二神に選ばれず民とともに潜んでいた神がいてもおかしくはない」
「それで、どうしたものでしょう」
魔王フネフィルから一方的に攻撃を受けたので、どうしても悪い神というふうに感じてしまう。
しかし、タダシはそういう決めつけはしたくないと思っている。
もしかしたら、相手が悪くない神様であったなら協調できる
「うむ、神のことは神に任せよじゃな。冥神アヌビスの方は、わしらで調査しよう。呼びかけてみれば、応えるかもしれん」
「よろしくおねがいします」
農業の神クロノス様は、しっかりとさつまいも蒸しパンをムシャムシャとたいらげると、天上へと戻っていった。
「さてと、神のことは神にまかせることにする。俺達は、魔王フネフィルにどう対処すべきだが……」
タダシの言葉に、ヤマモト提督が叫ぶ。
「タダシ陛下、ぜひとも海軍をお使いください! 我らの艦隊がここにいたのはまさに
「ヤマモト提督……」
なぜか、タダシ王国にずっと居残っていたヤマモト提督達帝国軍の幕僚は、徹底抗戦を主張する。
それに、呼応するのが同じく武断派である公国軍の立場を代表するマチルダだ。
「タダシ様! 銃の効かぬ相手であれば、一騎当千の天星騎士団の出番です。帝国海軍が海から、我ら騎士が陸から挟み撃ちにして、一気にアージ魔王国を屈服させましょう!」
軍人である二人は、やけに意気投合してしまいタッグを組んで徹底抗戦しようと叫ぶ。
やれやれ、どうしたものかとタダシが迷っていると。
それに異を唱えたのは、平和主義の海エルフの元女王イセリナであった。
「タダシ様は、敵が攻めてきても平和的に事を収めてきました。敵の力もわからない状況ですから、みだりに戦うことは危険です。今回も、よく調べた上で話し合いによって出来る限り穏便に解決すべきだと考えます」
「そうだね。こうして書状も送ってきているのだ。交渉の余地がある相手だとは信じたい」
タダシも、基本的にはイセリナと同じ意見だ。
平和であってくれれば、それが一番だと思う。
当事者である魔王レナは、判断を迷ってタダシに困った視線を送ってきている。
帝国軍と公国軍を代表する二人は、すぐにも兵を出すと乗り気で意見を口にしている。
それぞれ違う立場で戦って屈服させるべきと、交渉すべきという意見に別れた。
みんなの意見を聞いて、タダシの知恵袋である商人賢者のシンクーが話をまとめる。
「タダシ陛下。新しいアージ魔王国の魔王とやらは、タダシ王国の力を舐めているようニャ」
「シンクー、それはどういう意味かな」
「外交交渉するにも、こちらの力を見せつけることは必要ということニャ」
それならばと、ヤマモト提督が勢い込んで言う。
「タダシ陛下! 拡散超弩級砲は、いつでも超弩級戦艦ヤマトに再搭載して使えるようにしてあります! あれをぶっ放せば、敵はまたたく間に降伏するでしょう」
ヤマモト提督にも、軍人としての意地があった。
今は武装解除されて超巨大な輸送艦になってしまっているとはいえ、先の大戦で全く活躍できなかった拡散超弩級砲をいつか役立てたいという願いがあったのだ。
「いや、待てヤマモト提督。それはやりすぎだから」
そんなものをぶっ放して、甚大な被害がでたらいくら攻めてきた相手とはいえ可哀想だ。
タダシの願いは、たとえ争いが避けられないとしても最小の犠牲となることである。
「いえ、我が艦隊が陛下の剣となったことを示すためにも、どうか戦わせてください!」
意気込んでいるヤマモト提督に、公国の姫騎士マチルダが天星剣の柄を叩いて言う。
「ふふ、タダシ様の剣の座は渡さんがな」
そんな二人に、シンクーが大声で言う。
「ふたりとも、少し頭を冷やすニャ! アージ魔王国を屈服させるまではいいにしても、占領政策はめっちゃめんどいニャ! 誰が軍の補給をやると思ってるニャー!」
いざ戦争となって、仮に戦に勝てたとしてもその後のことがあるのだ。
タダシは民に優しいがゆえに、深入りすると大変なことになる。
ただでさえあんな大戦争を繰り広げて、属国も大量に増えてその後始末で大変な手間となっているのだ。
いくらタダシの生み出す無限の物資があるとはいえ、輸送だのなんだのを考えるととても労働力が追いつかない。
「わかったシンクー。みんなの気持ちもわかった。とりあえず、俺が動いてみることにするよ」
子供も生まれたのでしばらくは王城でのんびり農業でもして暮らしたいと思っていたのだが、タダシが出るのはだからこそなのだ。
あの大戦を生き延びた人々に、これ以上の犠牲を与えてはならない。
自分の子供達に、平和で豊かな時代を創りたい。
だからこそ、タダシは全力を持って事にあたることとしたのだった。
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