第142話「生産王タダシ、魔界に向かう」

 考えてみれば、アンブロサム魔王国もどうにか救ってやりたいと思っていたから。

 この機会に、タダシが直接出向くのはよかったかもしれない。


 タダシ王国からアンブロサム魔王国に入り、豊かな穀倉地帯を抜けてアージ魔王国の国境線に近づいて行くと、だんだんと貧しい荒野となり人口はまばらとなっていく。

 そのような場所に従来の軍隊のように村々を略奪するのではなく、逆に大量の食糧を配って歩くタダシの軍はどこでも好意を持って迎えられた。


 配るのは食糧だけではない。

 木材が不足しているとみれば木を、布不足と見れば綿花を生やすタダシの存在は、困り抜いていた貧しい村人にとってまさに降って湧いた僥倖ぎょうこうだった。


「ほお、こんなところにも面白い形の石像があるね」


 タダシは、さっきから気になっていたいたのだ。

 道行く街道沿いに、ときおり古ぼけた石像が建っているのを見かける。


 タダシ達が立ち寄ったのは人口数百ほどのアシリカという名の魚人族の村である。

 その村の古老が、進み出て答える。


「生産王陛下に恐れながら、お答えいたします。これは道祖神どうそじんと呼ばれる神像ですじゃ」

「え、道祖神ってあの道祖神なのか?」


「はい、石の勇者様が道行く旅人を守るためにまつった神像だそうですじゃ」

「そうか、俺の故郷にも古い街道には同じものがあったよ」


 古老いわく、太古の昔、石の勇者と呼ばれて尊敬されていたまるで仙人のような人物が大陸中の街道を整備して、この道祖神を立てていったそうだ。

 いつの頃からあるのかわからない道祖神は、今も街道の道標みちしるべとして重宝されている。


 この世界には、タダシの他にも多数の異世界人がやってきている。

 道祖神のような旅人を守る神様の信仰はどこにでもあるから、これが日本の道祖神とは限らないけど。


 不思議な縁を感じたタダシは、道祖神を綺麗に磨いて手を合わせる。

 このように、アヴェスター十二神以外の見知らぬ神々が、この世界にたくさんいるのかもしれない。


「これから相対する冥神アヌビスという相手側の神が、悪い存在ではないといいんだけど……」


 アヌビス神様は、エジプト神話などでは死後の安寧を司るむしろ良い存在であったように記憶している。

 しかし、神の世界のことを人である自分が考えても仕方がないかもしれない。


 神は神、人は人だ。

 神の意志などは人にはうかがいい知れぬことだし、そっちは神様達に任せよう。


 タダシはあくまで人として、目の前のことに対処していかねばならない……。

 そんなことを考えながら、マジックバッグからよく冷えたフルーツ牛乳を取り出してゴキュゴキュと飲む。


 そんなタダシを、村の魚人族の小さい女の子が物欲しげに見つめている。


「これが欲しいのかい?」


 この世界は魔族といっても雑食性で、同じようなものを平気で食べる。

 甘いフルーツ牛乳だから子供が飲んでも平気だろう。


 女の子がこくんとうなずくので、タダシは女の子の分だけではなく村人全員の分を出して配ってやる。

 さっそく飛びついて美味しいと飲む女の子。


「ありがとうございます!」


 女の子の母親らしき女性が、タダシに頭を下げた。

 いくら施しをしているとはいえ魔族の村人は、簡単には見知らぬ人間の王であるタダシに馴染んではくれない。


 しかも、馬ではなく魔獣フェンリルのクルルに騎乗して移動しているタダシは、魔族でなくとも恐ろしく見えることだろう。

 女の子がきっかけになって、村人と仲良くなれてよかったとタダシが思っていると、ガシャンと牛乳瓶が割れる音がする。


「うわーん!」


 牛乳瓶が濡れていて手が滑ったのだろう。

 女の子が飲みかけのフルーツ牛乳の瓶を落としてしまった。


「ああ、泣かないで。ほら、いくらでもあるし新しいのをあげるから」


 タダシがそうやって子供をあやしているうちに、お付きの女官達がさっさと割れたガラスを片付けてくれる。

 一方、女の子の母親は真っ青な顔で震えていた。


「こんな高価なガラスを割ってしまうなんて、どう弁償したらいいか……」

「高価?」


 タダシ達が砂浜で作っているガラスが高価というのが、一瞬理解できなかった。

 母親が子供を叱りつけて、また泣き出してしまう。


 村の古老もでてきてタダシの前にひれ伏し、「これは村の責任だから、村で必ず弁償しますじゃ!」と叫ぶ。

 とんでもない騒ぎになってしまった。


「いや、ちょっと待ってください! 弁償なんていりませんよ! ガラスなんていくらでも作れるから大丈夫だよ」


 泣く子供をよしよしとなだめてから、タダシは説明する。


「しかし、生産王様……。こんな綺麗な物を作れるなどと、とんでもないことですじゃ」


 ガラスが作れないと言われてしまうと、タダシはむくむくと生産王の血が騒ぎ出す。


「なんだったら、ここで作ってあげてもいいですよ。ここの土地なら材料もたくさんありそうだ」


 一見すると荒涼とした土地だが、魚人族が漁をする小さな川には砂も堆積している。

 ガラスを作るために混ぜる、珪石や石灰なども容易に手に入りそうな良い土地ではないか。


 砂に不純物が混ざっているかもしれないが、それはそれでできるガラスの色合いが変わって面白いかもしれない。


「ガラスって、本当に作れるものなんですか?」


 キョトンとする母親に、タダシが笑いかけると「今すぐここで作ってみましょう」と、さっそく種をき始めた。

 この場所で足りないのは燃料なので、まずは森を作ろうというのだ。


 タダシの意思を悟った奥方の一人、エルフのガラス職人のアーシャがやってきて言う。


「タダシ様、さっそくガラス炉を組み立てて行きますね」

「おお、ありがとう!」


 他の者達も、慌てて砂を集めてきたりとガラス作りの手伝いを始める。

 帝国軍の協力もあってタダシ達の技術レベルもだいぶ上がってきている。


 本来なら不純物を取り除いて透明なガラスを作ろうと思えばできなくもないが、それよりもこの土地独特のガラスができた方が面白いだろうとタダシは思う。


「まずはガラス玉を作ってみるか」


 砂に混じっている不純物のせいだろうか、溶かして丸めてみると赤や青の綺麗なガラス玉ができた。


「これ、もらっていいの!」

「もちろんだよ。これは、君がきっかけで作ったんだからね」


 水で冷やしたガラス玉を小さな手のひら乗せてあげる。

 ひんやりとする綺麗なガラス玉を持って、大はしゃぎする魚人族の女の子。


「よーし、ここの砂でも良いガラスができることはわかった。次は器を作れるように吹きガラス用のパイプを作っておくか」


 結局、ガラス作りだけではなく道具を作るために鍛冶も始めることとなる。

 こうしてタダシは、久々に物作りをたっぷりと堪能するのだった。


 その後、タダシ達にガラス作りを習った魚人族のアシリカ村はガラス工芸の村として栄えることになる。

 アンブロサム魔王国の土地で、生産王タダシの新しい伝説がまた一つ生まれるのだった。


     ※※※


 アージ魔王国の中央部にある広大なワース砂漠。

 そこに、赤い花崗岩かこうがんで彩られた巨大なピラミッドが建築されていた。


 新生アージ魔王国を建国した新たなる魔王フネフィルが、冥神アヌビスをまつるために作った神殿であり、同時に大本営ともなっていた。

 この地で冥神アヌビスの奇跡を起こした魔王フネフィルは、神の如き存在とされ普段は白いすだれの内側にいて姿を見せない。


 その前で、四人の魔将が軍議を開いていた。

 総軍団長にして、大宰相を務める剣の魔将ナブリオ。


 近衛軍団長を務める槍の魔将ブラッド・マン。

 遊撃軍団長を務める、弓の魔将アリモリ。


 先鋒軍団長を務める、斧の魔将クロコディアス。


 皆がそれぞれ支配する魔族の軍団を率いており、魔王の血筋を引く者達。

 これら四人の魔将は、いち早く魔王フネフィルの神力が最強であることに気がついて自ら恭順したという形になっている。


 旧アージ魔王国において、魔王フネフィルに逆らったいくつかの魔族は、追討されて散り散りになっている。

 それを思えば、彼ら四魔将は賢く立ち回れたと言えるだろう。


 この中でも、最強はアージデビルと呼ばれる魔人の長である剣の魔将ナブリオである。

 本当のことを言えば剣の魔将ナブリオこそが、魔王フネフィルよりも何倍もの強さと賢さを兼ね備えた最有力の次期魔王候補であった。


 しかし、魔王フネフィルの持つ無限にミイラ兵を出す能力の恐ろしさに気がついて、真っ先に恭順したのが彼であった。

 他の魔将は、ただナブリオに乗せられて集まったに過ぎない。


 むしろ魔将ナブリオが真っ先に恭順したからこそ、この新生アージ魔王国は成立したといえる。

 そうであるから、実質この国を治めているのは大宰相を務めるナブリオとも言えた。


 他の魔将があーだこーだと言い合っていても、アージ魔王国の魔族には珍しい優れた戦略家であるナブリオは静かに作戦図を眺めている。


「ナブリオ聞いているのか! 相手は、あの暗黒神ヤルダバオトをも倒したという生産王タダシだぞ!」


 そう言うのは、やや慎重な弓の魔将アリモリだ。

 アリモリは、アージスカルアーチャーと呼ばれる骸骨男のアンデッドだ。


「ほう、アリモリともあろうものが敵に臆したか。もっとも年長者であるお主が、あまりに情けないではないか」


 それに、槍の魔将ブラッド・マンがからかうように言う。

 ブラッド・マンは、アージバンパイアと呼ばれる吸血鬼である。


「バカを言うでない! そうではなく、戦に勝つためには作戦が必要だと言っているだけじゃ」


 ろくに作戦など立てたこともないくせに、弓の魔将アリモリは骨だけの顎をガチャガチャと鳴らしながら知ったような口をきく。

 槍の魔将ブラッド・マンも、斧の魔将クロコディアスも、アリモリは臆病なだけと知っているので老いぼれた骨頭が何を言うかとあざ笑っている。


 ただ、作戦があるなら聞きたいとは思っているので、みんな会議の取りまとめ役である剣の魔将ナブリオの言葉を待った。

 地図を眺めていたナブリオは静かに言う。


「心配するなアリモリ。戦は、個の力では決まらん」

「どういうことじゃ?」


 剣の魔将ナブリオは、他の二人にも言い聞かせるように言う。


「生産王タダシの本当の恐ろしさは、無限に食糧を作り出すことだ。いや、食糧だけではないな、あらゆる戦略物資を無限に創り出すことができる」


 先走って、斧の魔将クロコディアスが言う。


「アハハハ! 食糧を作れるだけとか、その程度おそるるに足らずだな!」

「……」


 他の二人は押し黙る。

 無限に食糧を作り出せる能力、歴戦の勇将であるブラッド・マンや慎重な将であるアリモリには、それがいかに恐ろしいことか想像できたからだ。


 しかし、剣の魔将ナブリオはおだてるように言う。


「クロコディアスの言う通りだ。生産王タダシの神力は油断ならぬが、我らが魔王フネフィルの無限のミイラ兵がある!」


 今も魔王フネフィルの祈りによって、ワース砂漠の赤茶けた砂からミイラ兵が次々と生み出されて白いすだれから次々と出ているところだ。

 ミイラ兵は、ただのゴーレムであり単純な命令に従うだけの存在だが、飲まず食わずで戦わせることが可能である。


 いかに生産王タダシの無限の兵站へいたんに支えられた軍勢といっても、無限に戦い続けられるミイラ兵には勝てない。

 戦いが長引けば長引くだけ、新生アージ魔王国の有利となる。


 大陸最強を誇る帝国艦隊が生産王タダシの味方をしているという情報も協力者から入っていたが、老獪ろうかいな剣の魔将ナブリオは、その対策もちゃんとできている。

 簡単なことで、海岸線の街は全て捨てることにしたのだ。


 そうして、内陸まで敵軍をおびき寄せてたっぷりと疲弊させてから、圧倒的数のミイラ兵の波状攻撃で滅殺する。

 この作戦を名付けるなら、そう包囲滅殺陣。


 単純明快にしてわかりやすく効果的な作戦であった。

 敵に超弩級戦艦があろうが、ドラゴンがいようが関係ない。


 圧倒的な数の前には、最強なる個といえども無力と剣の魔将ナブリオは考えている。

 調子に乗った斧の魔将クロコディアスが、ドンと胸を叩いて言う。


「我に十万の兵を与えよ! タダシだかカカシだか知らんが、このクロコディアスが打ち砕いてみせようぞ!」


 剣の魔将ナブリオが言う。


「よくぞ言った! クロコディアス達先鋒軍に十万のミイラ兵を与えよう」

「おお、話がわかるなナブリオ! 皆のものも、俺様の力をみているがいい!」


 ガハハハと笑いながら、巨大な魔斧を背中に担いで斧の魔将クロコディアスが出撃する。

 それを、槍の魔将ブラッド・マンと弓の魔将アリモリは、顔を見合わせて含み笑いをもらした。


 弓の魔将アリモリは言う。


「ククク……クロコディアス達、先鋒軍団は捨て石と言ったところかのう」


 新生アージ魔王国は、お互いにこの間まで争っていた魔族達の寄せ集めである。

 同じ魔王に仕える将といえど、仲間意識など皆無なのだ。


 それに対して、剣の魔将ナブリオは冷ややかな顔で答える。


「捨て石とは人聞きが悪い。戦力を整えるために時間もいるし、敵の力の程度を知るにはちょうどいい試金石ではないか」


 槍の魔将ブラッド・マンが、「試金石とは……物は言いようだ」とつぶやくと、三人は邪悪な笑みを浮かべる。

 弓の魔将アリモリは得意げに言う。


「向こうから来てくれるなら好都合というものじゃ。ククク……生産王タダシといえど、我らの軍略の前にはおそるるに足らずよ」


 我らのかと……剣の魔将ナブリオは、つぶやく。

 作戦を考えているのは常にナブリオで、他の魔将はそれに乗っかっているに過ぎないのに何を思い上がっているのやら。


 所詮、新生アージ魔王国は寄せ集めの軍団だ。

 敵を潰すとともに、自分達の身内以外の味方もなるべく使い潰したほうが、戦後に得られる利益が最大化できるというもの。


 剣の魔将ナブリオは、そこまで先を考えてバカが多いほうが扱いやすいと静かに微笑むのだった。

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