第143話「斧の魔将クロコディアス死す」

 アージ魔王国と、アンブロサム魔王国の国境付近。

 小さな川のほとりにあるゲンブという名の古い砦までやってきた。


 石垣が玄武岩で出来てるから、ゲンブ砦と呼ばれているそうである。

 そのゲンブ砦に入ったところで見張り台から、大量のミイラ兵が進軍してくるという報告があったので、タダシ達はここに陣を張って迎え撃つ体制を整える。


「タダシ陛下、敵はものすごい数ニャー。十万くらいいるんじゃないかニャー」


 砦のてっぺんから双眼鏡で敵の軍を一望して、軽く敵の数を目算する軍師役の商人賢者シンクー。


「そうだね。これはすごい。まるで映画の決戦シーンみたいだ」


 どこまでもどこまでも、整然と行進するミイラ兵団の陣形が続く。


「映画ってなんニャ? うーむ、それはともかく雑魚のミイラ兵とはいえこれだけの数が揃えばこんな小さな砦ひとたまりもない」


 なんて思ってるんだろうニャーと、戦争の興奮に青い猫耳をピクピクさせてシンクーは笑う。

 シンクーが直接目にしたミイラ兵は、意外にも小器用に道具を使える様子だ。


 拾っただけの木切れを棍棒として構えているだけのものもいれば、粗末ながらも手作りの長槍や小弓などを構えている者もいる。

 道具が使えるというだけで、雑兵としての役割は十分。


 その数は戦では当然、驚異となる。

 ゴーレムの類であるミイラ兵は行軍の疲れも知らないし、無限に攻め続けることができる。


 敵は、せいぜいこちらの最強戦力をドラゴン軍団程度だと考えているので、自分達は圧倒的有利だと思っていることだろう。

 この数を一瞬で倒せる決戦兵器が、タダシ王国軍にあることを知らないのだから当然だ。


「本当に戦になるのは避けられないのか。なんとか、交渉できないものだろうか」


 タダシの意思で、敵に交渉の意思を伝えると。

 怒涛のごとく十万の軍勢がゲンブ砦を包囲したあとで、意気揚々と禍々しい角笛をプープーをかき鳴らして威嚇しながら、ワニ顔の魔族の軍勢が砦に入ってきた。


「新生アージ魔王国先鋒軍、斧の魔将クロコディアスだ!」


 そんなデカい声で叫ばなくても、ワニ顔の軍団は一目で誰が大将かはわかる。

 ワニ顔の戦士どもを引き連れた魔将クロコディアスは、オーガのようなデカい体躯をしており、その身体にもまして巨大な魔斧をかついでいる。


 そのまえに、こちらも鍬をかついだタダシが現れて言う。


「俺が、代表のタダシだ。これまでのことは水に流す。アージ魔王国の独立も認める。どうか交渉のテーブルについてくれ」

「なんだと! 貴様がタダシだと? 豆粒のように小さい貴様が、あの暗黒神ヤルダバオトを倒したというタダシだというのか?」


「そうだ。俺がタダシだ」

「アハハハッ、噂というのは恐ろしい。こんな小さい人間の男が、神を倒したなどと冗談も休み休み言えと言うものだ」


 タダシの素朴な容姿に拍子抜けした斧の魔将クロコディアスは、噂は嘘だと判断したようだ。


「それは、俺だけの力ではない。仲間の力と神々の加護があったからだ」

「ふん、強いのはお前の周りの戦士達か。どいつもこいつも、大したことはなさそうだ。最強の魔族である俺様に勝てるわけもない。そうでなくとも、すでにお前らは完全に我が軍に包囲されているのだ。踏み潰す手間が省けるので、降伏なら早くするがいい」


 あくまでも、降伏しか認めないという斧の魔将クロコディアス。

 タダシは、不安そうに見ているアンブロサム魔王国の魔王レナちゃんに小さく頷いてから言う。


「降伏は、できない。あくまで交渉を望む」

「くだらん意地を張るな。魔王レナはこちらに引き渡してもらうが、お前の連れている女は醜女しこめばかりで俺様の趣味にあわん。捕らえて奴隷にする価値もない」


 挑発のつもりか、無茶苦茶な侮辱をしてくる斧の魔将クロコディアス。

 居並ぶ美姫揃いのタダシの妻を醜女扱いとは、よっぽど特殊な趣味をしているらしい。


「アンブロサム魔王国は、俺の保護下にある。もちろん、レナちゃんも一緒だ。それを渡せというなら、容赦はしないぞ」

「アハハハッ、面白い! そうこなくては! では、一騎打ちで勝負を付けるか」


 短気らしい斧の魔将クロコディアスは、さっさと勝負を付けようとこのゲンブ砦に乗り込んで来ただけらしい。


「一騎打ちに勝ったら、軍を引いてくれるのか?」

「ああ、俺に勝てたらなんだって約束してやろう。これを見ろ!」


 突然、両腕の加護の星を見せつける。

 タダシがハテナという顔つきになるが、構わず斧の魔将クロコディアスは吠える。


「見るがいい! 俺様は、魔族神の加護☆☆☆☆フォースターに加えて、冥神の加護☆☆☆☆☆ファイブスターを持っている! それもそのはず、俺様もまた魔王二十四種族の一つ、アージクロコダイルマン族の長なのだ!」


 加護の星を九つ持っているというクロコディアスの自慢に、しらけた空気が流れる。

 タダシの軍は、すでに十個の星を持っている者もいる。


 手袋で隠れているが、タダシの星の数をみたらクロコディアスは気絶していたかもしれない。

 ほんとに、今更何を言っているのだという感じだ。


「タダシ様! ここは私に任せていただきたい」


 聖剣天星剣シューティングスターを携えて、公国の姫マチルダが進み出た。

 もともとマチルダは好戦派ということもあるが……。


 さっき、クロコディアスが醜女と言ったときに、おなじ戦士である対抗心からかマチルダの顔を見て言ったように聞こえたからだ。


「え、マチルダがやるのか?」


 そこに、ポンと後ろからシンクーがタダシの肩を叩いた。


「タダシ陛下、ここはマチルダさんに任せましょうニャー」

「そうか」


 クロコディアスごときにマチルダが敗れるはずもないので、タダシは任せることにした。


「助かるシンクー殿。私達を侮辱した罪、こいつに償わせてやる」


 マチルダの言葉に、シンクーもやってしまえと親指で喉を掻っ切る仕草をする。


「いっそのこと全員でかかってきても構わんぞ」


 どこまでも油断しているクロコディアスは、魔斧を構えたままでふんぞり返ってマチルダ達を見下ろしている。

 マチルダは、そんな態度の相手に静かに怒りを燃やして言う。


「もう、始めていいのか?」

「どこからでも、かかってくるがいい。お前みたいな醜女はいらんから、一撃の元に斬り飛ばしてくれるわぁあああ!」


 斧の魔将クロコディアスは、唸り声を上げて巨大な魔斧クラッグ・クラッシャーを振り上げた。

 隙だらけに見えるが、そうではない。


 鋼鉄よりも硬い鱗の身体に覆われたクロコディアスの巨体そのものが、鉄壁の防御であり敵を押し潰す武器である。

 ズシンと足を踏み込んだだけで、砦の石畳の床が砕けて大地が大きく震えた。


 その一撃に巻き込まれれば、どのような物ですら砕け散る。

 まさに斧の魔将クロコディアスが、クラッグ・クラッシャーそのものなのだ!


 激しい轟音とともに砂煙があがり、巨大な魔斧クラッグ・クラッシャーが振り下ろされた瞬間。


「あ……?」


 一瞬、何が起こったか、クロコディアスにはわからなかった。

 敵の女騎士がどのような動きをしようが、いつものように圧倒的パワーで関係なく圧殺することができたはず。


 それなのに、魔斧を振り下ろした先に敵はいない……。


「が、ごふっ……」


 逃げられたかと振り向こうとしたクロコディアスは、衝撃に息をつまらせた。

 ぐるりと回転するその視界に、自らの太い脚が見えた。


 クロコディアスは、自らの首が真っ二つに斬り落とされたことに、ここでようやく気がついた。

 バカなっ! と言おうとしたが、もはやその口からはどす黒い血の塊しかでてこず、またたく間に絶命した。


 チンッと静かに天星剣シューティングスターを鞘に収めると、マチルダは言う。


「さあ、大将は倒したぞ。お前らはどうする?」


 一瞬で斧の魔将クロコディアスが倒されたことに激怒したワニ顔の魔族達は、敵討ちだと怒り狂ってマチルダに次々と襲いかかってきた。


「予想はしていたが、愚かな者どもめ……」


 マチルダは、襲いかかってくるワニ顔の魔族達を全て、一撃のもとに倒していく。

 そうして、あらかたクロコディアスの部下達も倒された頃。


 砦の外では、ドドドドッと凄まじい地響きが鳴り響いていた。

 どこからか、ミイラ兵達にも攻撃の司令が発せられたのだろう。


 ゲンブ砦を囲むようにしていた十万のミイラ兵達が、一斉にゲンブ砦を押しつぶそうを迫ってくる。


「タダシ様! 今回は、どうか私に全て任せてください」


 マチルダがそういうのを、タダシはどうしようか迷う。


「うーん」


 そんなタダシに、シンクーは言う。


「情報戦は敵を知り、敵に知らせずが大事ニャ。初戦はマチルダさんに任せて、まだタダシ陛下の実力を隠しておく方がいいニャ」


 あと、せっかく来てくれた公国軍にも少しは活躍の場所がないとメンツが立たないと言うので、タダシも納得した。


「そういうものか。わかったマチルダ、ここは頼めるか」

「はい! 一瞬にして片付けてみせましょう!」


 そう言うとマチルダは喜び勇んで砦のてっぺんへと駆け上がり、天星剣シューティングスターを天に構えて叫ぶ。


「天駆ける星よ。我に仇なす敵を薙ぎ払え! 薙・天星の剣デシメーション・シューティングスター!」


 すでに、天星剣シューティングスターの神聖力を完璧に使いこなしているマチルダには、どのような攻撃も自由自在だった。

 ミイラ兵の頭上だけをめがけて、ぐるっと薙ぎ払うように召喚される流星群!


 隕石の衝突とその衝撃により、次から次へとミイラ兵の軍団が崩れ落ちていく。

 常人ならば絶対に逃げ出す悲惨な状況でも突撃をしかけるミイラ兵であったが、だからこそ哀れ。


 凄まじい勢いで降り注ぐ流れ星を前にしては、十万のミイラ兵ですらなすすべもなく潰されていく。

 近くの川の形が変わるほどの大量破壊のあと、押しつぶされたミイラ兵は全て崩れて、元の土塊へと姿を変えてしまうのだった。

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