第四章「辺獄の王」
第75話「新生魔王軍の再侵攻」
フロントライン公国では前線の城がざわめきに揺れていた。
何事かと城の入口まで出てきたところで、金剛の騎士オルドスは凍りついたように固まってしまう。
「オ、オルドス様……」
城の入口を守る兵士が声をかけるが、オルドスは押し黙る。
誰が見ても、新生魔王軍の襲来だった。
……敵襲なのだが、兵士たちはざわめいて配置につこうとしない。
金剛の騎士オルドスですら、呆けたように見上げるだけだ。
地平線に見えるのは雲霞のごとく押し寄せる新生魔王軍。
おそらく優に十万は超えているだろう。
総力戦があることは想定の範囲内。
こちらの城を瞬く間に飲み込まんばかりの大軍勢など、最初から覚悟していた。
「しかし、まさか……」
……敵の先鋒が伝説の巨人とは!
オルドスたちの目前に見えるのは、体長十数メートルのギガントサイクロプス!
一つ目の巨人であるサイクロプスの最上位種族が、ズシンッズシンッと大地を揺らし近づいてくる。
ありえぬ大きさ!
もちろん金剛の騎士オルドスも、その姿を見るのは初めてだ。
太古の昔、竜神や神獣フェンリルとともに暴れまわった伝説の最強種族の一角ギガントサイクロプス。
山のような巨人を見上げれば、誰しもが一目で足がすくむ。
ギガントサイクロプスから見れば、人間など地を這う虫けらにすぎない。
歴戦の兵士や騎士たちがその巨体に恐れおののいても、決して恥ではない。
むしろあれを見て
しかも、その伝説の巨人が三体もいる! あんな化け物どうすればいいのだ!
あの巨体にかかれば、堅固な城とて積木のように崩されるだろう。
どうする、攻城兵器を使って対処できるか?
考え込んだオルドスの元に、慌てふためいて公王ゼスターの乗る車椅子を押してきたオージンがやってくる。
公王ゼスターが叫ぶ。
「オルドス! 何をしておるか! 撤退しかあるまい!」
その
金剛の騎士オルドスともあろうものが、戦場で我を忘れるとは!
オルドスは、「うぉおおお!」と叫びながら公王ゼスターを車椅子ごと担ぎ上げて部下に命令する。
「全軍撤退だ! 先の作戦通りに、嘆きの川に沿って辺獄方面に撤退! 出来る限りの敵を引きつけるぞ!」
将軍であるオルドスの指示で、公国の最終防衛ラインだった城は打ち捨てられ全軍は撤退を開始する。
「うぁああああ!」
あまりのことに、公国軍兵士は泣き叫びながら逃げた。
城から落ち延びる自分達の背後では、これまで心の支えとしてきた城壁が一つ目巨人によって踏み潰され、象徴たる城がパンチ一発でゴゴゴゴッと音を立てて崩れ去った。
あまりに無残! あの巨人とはあまりにも力の差がありすぎる。
人の力とは、営みとは、これほどに脆いものか。
人が築き上げた城壁より遥かに高き巨人を前にしては、堅固な城と言えどもひとたまりもなかったのだ。
馬車に乗り込んだ公王ゼスターが命じる。
「オルドス。敵にわかりやすいように、この馬車に公王の旗を高らかに掲げよ!」
「しかし、それでは陛下の位置が敵に知れ申す!」
魔王軍とて、公王の旗を知る者はいよう。
金糸で彩られた綺羅びやかな公王旗は公王の参陣を示すものであり、退却中にそのような旗を掲げれば敵に狙われることになる。
「だから良いのだ。ワシさえ倒せば終わりと思い、魔王軍はこちらに殺到しよう。もし魔王軍がこちらに来ず、公国の首都へとなだれ込めば我が民が犠牲となる。それだけは避けるのだ」
もしや陛下は、民を救うために犠牲となろうというのか!
金剛の騎士オルドスは、公王ゼクターの目を見て数秒迷うも……力強く頷く。
「皆の者! 公王陛下のご命令通り、馬車に公王旗を掲げよ!」
公王ゼスターの年老いた瞳には、それでも力がこもっていた。
命を捨てるつもりはないと見た。
オルドスら
「苦労をかけてすまぬ、オルドス」
「何をおっしゃいますか。ゼスター陛下は、我々公国騎士が必ずやお守り申し上げる!」
オルドスの力強い言葉に、公王ゼスターは満足気に頷いて言った。
「辺獄へ逃げ切りさえすれば我々の勝ちだ。タダシ王の策ならば、この魔王軍の猛攻とてなんとかなろうぞ」
こうして、絶望的な撤退戦が始まった。
※※※
敵を引きつけながら撤退するという難しい戦い。
公国から辺獄へと流れ込む嘆きの川は、水量が極端に減っており底が見えるほどになっていた。
その底をまっすぐに公国軍は逃げ続ける。
船を使えば簡単に逃げられたのだが、川の水が枯れていては馬の脚を頼りに逃げるしかない。
しかし、こちらを追ってくる新生魔王軍はあまりに大軍である。
大軍であるが故に、公国軍よりは早くは動けないだろうと甘く見ていた。
しかし、それは誤算だった。
「ええい! しつこい犬どもめ!」
金剛の騎士オルドスが、魔鋼鉄の剣を振るって犬の頭を斬り飛ばす。
「ぐぎゃぁ!」
三つの頭を持つ地獄の黒犬ケルベロスの群れが、公王の馬車を狙って執拗に迫ってきていた。
馬車を守る騎士たちは、全力で馬を走らせているがそれでも迫りくる敵に苦戦している。
最初は、意識して注意深く敵軍を引きつけていた。
だが、数百匹を超えるケルベロスの群れに群がられてからは、もう公王の馬車を守るのにただただ必死だった。
ただでさえ、馬で撤退しながらの戦いは難しいものだ。
その上、執拗に迫ってくるケルベロスは頭を三つ潰さないと死なない。
騎士が槍や剣を振るい、頭を一つ潰しても残り二つの頭に噛みつかれて落馬する騎士が続出した。
そうして、公王の馬車を守る護衛は少しずつ数を減らしていた。
金剛の騎士オルドスが、声を枯らして剣を振るい倒しても倒しても、ケルベロスの群れは湧いてくる。
「はぁ、はぁ、まだ来るか犬畜生ども!」
「ガルルルッ!」
猛り狂うケルベロスをもう数十匹屠っただろうか。
激戦を戦い抜くオルドスも、すでに満身創痍。
振り回していた魔鋼鉄の槍を失い、予備に数本持っていた魔鋼鉄の剣も最後の一本を残すのみとなった。
どうする。
後少しでタダシの待っている辺獄の王城なのに、このままでは公王陛下を守りきれない。
オルドスが、そう思った時だった。
脇に居た公国騎士が、空を剣で指して叫ぶ。
「オルドス様! 空からドッ、ドッ、ドッ!」
「なんだぁ!」
オルドスは空を仰いで、思わず唖然とした。
ドラゴンだと!
ケルベロスとの戦いにかまけているうちに、空を黒く覆っていたのは巨大なドラゴンとワイバーンの群れだったからだ。
こちらもドラゴンが百匹、ワイバーンに至っては千匹もいる!
「くっ! 何たる不覚!」
もはやこれまでか。
しかし、驚くことにドラゴンたちは瞬く間にケルベロスの群れに喰らいついて潰していく。
「同士討ち、ですか?」
「いや違うぞ! あのドラゴンは味方だ!」
ドラゴン軍団の指揮官らしい、竜人の少年少女が白地に赤い丸が描かれた旗を振ってこちらにくる。
日の丸の旗。
他に使っている人もいないと聞いたので、タダシはわかりやすく日の丸をタダシ王国の旗としていた。
「ハハハッ! ワイバーンに、ドラゴンが味方ですか!」
公国騎士が愉快そうに笑う。
伝説の巨人に城を潰されたが、こちらには伝説のドラゴンが味方にいる。
「タダシ陛下は魔族を仲間にするとは聞いていたが、これほど心強い味方はない」
金剛の騎士オルドスも、愉快そうに笑って、ズボンの元気そうな少年(に見える竜人の少女)
「あんたが、公王か」
グレイドは、ぶっきらぼうに言う。
「いや、私は公王をお守りする将軍、金剛の騎士オルドスと申す。公王陛下は、その馬車に乗っておられる」
「そっか」
そっけなく言うグレイドでは説明になってない。
一緒に居たスカートの可愛らしい少女(に見える竜人の少年)
「タダシ陛下よりご伝言です! もうすぐ作戦決行なので、公国軍は今すぐあそこの高台に逃げてください。後続の敵は、僕達で蹴散らしますから!」
蹴散らしますというか、もうケルベロスは一匹残らず片付けられている。
それどころか、ケルベロスの後ろから追いかけてきた獅子の首とヤギの胴体を持つ化け物、キマイラたちの群れも蹴散らされている。
さすがは最強のドラゴンとワイバーンの一軍だ。
しかも、竜族の軍団は飛べるから、
「どうやら助太刀はいらぬようだな。では、我々は作戦通り逃げさせてもらう!」
「はい!」
元気な竜人たちに殿を任せると、金剛の騎士オルドス率いる公国軍は慌てて嘆きの川のルートからそれ、そのまま公王の馬車をみんなで押し上げて高台へと登った。
その公国軍を追いかけるようにして背後から、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッと恐ろしい音を立てて激流が迫っていた。
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