第74話「十個目の加護」
ミヤが、タダシの額に口づけするとタダシの手に十個目の☆が刻まれる。
「これは……」
加護を与えられると同時に、タダシの視界がクリアになる。
まるで、これまでの世界と同じものに見えない。
「タダシの額に付けたのは、神の見えざる眼や。これでお前は、人に見えない力の流れすら見えるようになる。暗黒神ヤルダバオトの代行者ヴィランを倒す時に、きっと役に立つはずや」
「ありがとうございます」
「ええかタダシ。これでお前もウチの信者や。どんな危機にあっても決して思考を止めるんやないぞ。知恵さえあれば、たとえ自分よりも強い敵でも打ち破れる!」
「はい!」
「どうや。クロノスの爺さん。ウチはケチやないやろ。これまでタダシに加護を与えんかったのも、別に出し惜しみやないで」
そう胸を張るミヤ様に、クロノス様が言う。
「フン、出し惜しみじゃないんなら、なんで最初からタダシに加護を与えんかったんじゃ」
ハァと、ため息を吐くミヤ。
「爺さんはホントのんきでええの。タダシは、普通の転生者やないんやぞ」
「普通の転生者じゃない? どういうことじゃ」
「よー考えてみい。普通の転生は、赤ん坊からスタートになるやろ。これまでずっとそうやったやんか、なんでタダシだけ元の肉体を保ってるんや」
「そりゃ、辺獄から始めるんならそうせんと困るから蘇らせたんじゃろ」
「これだから爺さんは……。タダシの元の世界の肉体はすでに消滅しとる。だったら、単純に蘇生させたってわけでもないやろ」
「どういうことじゃ?」
「タダシの肉体は、始まりの女神アリア様が魂の形に合わせて新しく創造したんや」
「なんと、タダシは神に創造されし者じゃったのか!」
ミヤがかつて語ったように、神は生きている次元が違うため直接地上に関与できない。
そのため、神が地上に力を行使する代行者として地上の人間を創造することがある。
それらが聖者や魔女など神の声を聞き、信者に加護を与える媒介ともなる特別な血筋となる。
そう考えると、タダシは転生者の魂と神に創造されし肉体の両方をあわせ持つこれまでにありえない存在となる。
「しかも、爺さんはタダシを若返らせてしまったやろ」
「ああ、農業をやるなら若くて強靭な肉体の方がええかと思って、気軽にちょちょとやってしまったが……」
「神々が寄ってたかって加護を与えた上に、始まりの女神アリア様がその魂に合わせて肉体を新しく創造し、その上で別の神がさらに強くあれと願って再構成してしまったんやぞ!」
「うーん。考えてみると、ちょっとやりすぎじゃったかもしれんのお」
「今更アホか! ウチは正直、今でもタダシが恐ろしいんや。なんでタダシが呼んだら、ウチらが下界に降臨できとるのかもよくわからんのやぞ!」
「そう言われればそうじゃのう」
「タダシの存在は、ウチら神ですらどうなるかわからん完全なバランスブレイカーになってしまっとるんや」
「それじゃなんでミヤは、タダシに加護に加えて神の眼まで与えたんじゃ?」
そんなに危険視しているなら、しなければいいではないかとクロノス様は言う。
それには直接答えず、ミヤはタダシの眼を見て言う。
「ウチばっかケチやと思われても癪に障るからタダシたちに説明しておくけど、たとえば魔族の神ディアベルが、与えた☆は裏切った魔族にもそのままになっとるやろ」
「はい、そのとおりですね」
「そして、逆も言える。こっち側に寝返った魔族かて、暗黒神ヤルダバオトの与えた★は消えてないやろ」
「一度与えた力は、神ですら取り消せないと?」
「まー基本的にはそういうことや。だから、タダシにウチが加護を与えるのを渋ったのも、そういうことやから堪忍したってや」
人の心は、神にすらどう動くかわからないということだろうか。
タダシが与えられた力を悪いことに使う可能性だってあるわけだ。
そして、神はそうなっても一度与えた力を取り消せない。
憂慮するのは当然と言えた。
「俺は、与えられた力を正しいことに使いたいと思います」
何が正しいのかわかっているのかと言われると自信はないが、それでも祖先にそう願われてタダシと名付けられてここまで生きてきた。
自分が正しいなんて思い上がりはしないが、それでも曲がったことだけはしてないつもりだ。
その生き方は、この世界に来ても変わらない。
タダシの眼を見つめて、ミヤ様はふっと笑う。
「これからもそう願いたいわ。ここまできたら、ウチもタダシを信じるしかない。暗黒神ヤルダバオトの代行者ヴィランが世界を征したら、ウチらの存在すら危うくなるんやからな」
「それすらも考えて、アリア様はタダシに力を与えたのかもしれんの」
暗黒神ヤルダバオトなどの脅威に立ち向かい、今も天界でアヴェスター世界の秩序をギリギリのところで支えている創造神アリアは、それすら考えてタダシを転生させたのではないかとクロノス様は言う。
「ウチもそう思うから力を与えたんや。タダシを呼び出したのはアリア様やからな」
「やはりタダシこそ世界を救う救世主じゃったのか。カッカッカ、最初からワシの言ったとおりじゃったぞ!」
自分の人を見る眼は正しかったと勝ち誇るクロノス様に、ミヤ様は盛大に溜息を吐いた。
「はぁ、もう爺さんはええわ。ディアベル! ヘルケバリツ!」
いきなり呼びつけられて、魔族の神と英雄の神の二人は「なんだ?」と眉を顰める。
「ウチはお前らみたいに、敵対しとった魔王と勇者が最終回で協力して魔王剣と聖剣を振るえば友情パワーでなんとかなるみたいな単純なおつむはしとらん!」
脳筋みたいな言い方をされて二人は怒る。
「いや、魔王剣の使い手、魔王レナと聖剣の使い手、勇者マチルダが協力すれば勝てるだろう」
「そうだ。合計すれば十個の加護だ。暗黒神ヤルダバオトがヴィランに与えた加護の数にも勝ってる! 我らが創りし聖剣の力を甘く見るなよ!」
「そんなの暗黒神ヤルダバオトだって、最初から計算に入れとるやろ」
クロノス様が尋ねる。
「じゃあ、ミヤはどうなると思っとるんじゃ」
「ウチにもそんなことはわからん。けどなんか、あいつらも企みがあってこの戦を起こしたに違いない。悪い予感がする」
「なんじゃ、ミヤにもわかっとらんのじゃないか」
「だからこそ、念には念を入れて出来る限りの手を尽くしておくんや。タダシ!」
ミヤは、タダシの肩に手を置く。
「二段構えの作戦や。ここまで言っておいてなんやけどウチら神にできるのはここまでや。後はタダシに託すで!」
タダシは、それに力強く応える。
「ミヤ様は、そこも考えられて、このよく見える眼と知恵の加護を与えてくださったんですよね。お言葉、肝に銘じておきます」
そう言われて、ミヤ様はニヤッと笑う。
「そのとおりや。よくわかっとるやないか、それでこそウチの信者や!」
クロノス様がぶすっとする。
「おい、ミヤ。タダシは、ワシの信者じゃぞ!」
「みんなの信者やろ。こうなったら一蓮托生や。タダシ、今日は酒はないのか?」
神々を呼び出すのだから、もちろん酒と料理も用意してある。
「えっと、そちらに……」
……とタダシが振り向いた先で、すでに鍛冶の神バルカン様が酒樽に取り付いて、飲み始めている。
「プハーッ、良き酒じゃ。先にいただいておるぞ」
呼ばれてもないのに降臨しているので、これにはミヤ様も笑ってしまう。
「まあ、ええわ。ここまで来たら、ウチも腹をくくった。みんなでその酒、全部飲み干そうやないか」
知恵の神ミヤの音頭で、神々は大きな器に清酒を注いで一斉にグッと乾杯する。
「タダシ、今日は戦勝の前祝いじゃ。皆にも酒と料理を振る舞ってやらんか」
「はい、ただいま!」
簒奪者ヴィランが率いる新生魔王軍の脅威は目の前に迫っているものの、今日ばかりは酒と料理が振る舞われてみんな朝まで賑やかに過ごすのだった。
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