第三章「王国の危機」

第36話「タダシ王国の存在が発覚する」

 フロントライン公国軍総帥マチルダは、執務室に幕僚を集めて、ドン! と机を叩いた。


「我が国の生命線である大鉱山が稼働停止だと! どういうことなんだ!」


 周りの貴族たち、特に鉱山大臣ベアニスの顔が青くなっている。

 広い額の汗を必死に拭きながら、ベアニスは説明する。


「鉱山を稼働させる労働者たちが、次々と消えてしまいまして」

「だからどうしてそうなったかと言っている。当面は在庫で賄うにしても新しい武器の供給がなければ、公国軍はいずれ破綻するではないか!」


 そこにバタンと扉が開いて、美味しいキノコの匂いが漂ってきた。


「なんだオージンか、のんびりキノコなんか焼いてる場合か! 美味そうだな!」

「美味そうではなく、美味いんですよ。ぜひ一つ食べてみてください」


 老賢者オージンが持ってきた七輪しちりんの上で焼かれているいかにも美味そうなハタケシメジを、パクリと一口でいくマチルダ。


「もぐもぐ、んぐっ。なんだこのキノコは、口の中でサクッとほぐれて美味いにも程がある。しかし、今は炉端焼きなんかやってる場合ではない!」

「今回の事態に関係があるから持ってきたんですよ。このキノコは、カンバル諸島で納められた食糧のなかに混じっていたものです」


「カンバル諸島ではこんな美味いキノコが育つのか」

「いえ、カンバル諸島にこのようなキノコは生えません。また、育たないはずの椎の実なども多数納められていました」


「話が見えん。どういうことだ。これと大鉱山が稼働停止したのと何の関係がある」

「だから対策を講じようと何度も上申したはずですが、マチルダ閣下が放置したせいでついにカンバル諸島には誰もいなくなってしまいました」


「島はただの奇襲作戦の経由地なのだから、どうなろうと問題はないだろうと言ったはずだ」

「大鉱山からドワーフなどの労働者が消えてしまったのも同じ原因です。つまり、豊富に食糧を分け与えてくれる国に民が流れていったということですよ」


「豊富な食糧だと、そんな夢のような土地があるわけないだろう!」


 この辺りにも比較的豊かな穀倉地帯は存在するが、魔王国と公国のどちらかに所属している。

 誰にも顧みられない廃地ならともかく、豊富に食糧がある土地など存在するわけがない。


「これまでなかったというべきでしょうか。調査した結果、辺獄に新しい王国ができたとの報告があったのです」

「辺獄? あの神に見捨てられた土地か。地獄のような場所だと聞いているが」


「そこが生産王なる人物によって開墾され、実り豊かな王国に変わったという噂が流れております。消えていった民は、我が国を捨ててそこへ亡命したのです」

「愚かな流言だ。辺獄に行くなど自殺行為だぞ」


「私はそうは思いませんね。先程マチルダ閣下も口にされたはずです」

「この美味いキノコのことか」


 そう言いながらもぐもぐと全部食べてしまうマチルダ。

 周りの貴族たちが、自分も食べたかったなと恨めしそうな顔をしている。


「そうです。言葉だけではなく現物がそこにあるとき、それを否定なさる方が愚かというもの」

「耳が痛いな。大事な魔王国への反攻作戦を前にして、このような事態が起きるとは、誰か対処する方策はないか!」


 閣僚の貴族たちは、みんな押し黙っている。

 そこに、部屋の外から声があがった。


「団長さんよぉ。俺が行ってそんな国ぶっ潰してきてやってもいいぜ」


 くすんだ金髪の髪の、鋭い目つきをした狂犬のような男が入り込んできた。


「なんだ、卿か……」


 マチルダは嫌な顔をする。

 そんな顔をされても動じずに、肩に禍々しい漆黒の魔剣を構えてチンピラのようなニヤニヤ笑いを浮かべている。


 柄が悪いにも程があるが、グラハムは天星騎士団の副団長で下級貴族でもある。

 魔剣のグラハム。またの名を虐殺騎士グラハム。


 英雄の加護☆☆☆☆フォースターであり、マチルダを除けば最強の騎士である。

 高い地位をまごうことなき実力で手に入れた男だ。


 だが、グラハムが勇者と呼ばれないわけは、そのやり口があまりに残忍だからだ。

 虐殺騎士グラハムといえば魔族でも震え上がるほど。


「グラハムを送るなどとんでもない!」

「なんだよ爺さん。団長は忙しいからよぉ、俺がちっといって片付けてこようってだけの話じゃねえか」


「では、卿に頼もうか」

「とんでもない! マチルダ様、こやつがカンバル諸島の戦いで何をやったかを思い出してください」


 もともと、力を見せつけて降伏させるための戦いだったのを、グラハムの百人隊は勝手に襲撃して村一つ焼き滅ぼしたのだ。

 どれほど強い男だろうと、命令違反は咎められてしかるべきなのだ。


 下手をすれば、オージンの考えていた外交交渉はめちゃくちゃになるところだった。


「しかし、私は作戦の準備に忙しい。グラハムの隊が行ってくれるというのならば、好都合ではないか」

「へへ、団長は話が早くていいぜ。必ずやご期待に答えてみせます。あと軍船を十隻ほどお借りできますかな」


「好きにせよ」

「マチルダ様! では、私も外交官として一緒に同行させてください。相手の国の情報がわからないのにいきなり攻撃を仕掛けるなど言語道断です!」


「オージン。そなたは、魔王軍との戦いの準備があろう」

「しかし、グラハム隊に勝手を許せば、作らなくてもいい敵をつくることになりかねない」


 そう叫ぶオージンの肩をぐわっと抱き寄せて、馴れ馴れしく抱いてくるグラハム。


「固えこと言うなよ爺さんよ」

「さわるな下郎め! 私の目の黒いうちは、お前の好きにはさせんぞ虐殺騎士グラハム!」


「心配すんなって、俺もバカじゃねえよ。俺を高く買ってくれるマチルダ団長の顔を潰したりはしねえ」

「どうだかな!」


「やるべきことはわかってる。俺が出るのは強行偵察も兼ねてのことだ。ですよね団長? ちゃんと辺獄の情報を収集してくる、そのための天星騎士団だ」


 わざとらしいニヤニヤ笑いを止めて、真顔でオージンの懸念に反論するグラハム。


「オージン。私がグラハム隊に任せると決めたのだ」

「閣下、しかし……」


「グラハム卿、辺獄にできた王国とやらの正体を必ずや見定めてこい。場合によっては戦闘行動も許す」

「さすが団長だ、話がわかるぜ」


「閣下!」

「オージンの心配もわかるが、部下に機会を与えてやらんとな。今回は私を失望させるなよグラハム卿」


「それはもちろん。このグラハム、必ずやご期待に答えてみせます」


 久しぶりの戦闘の予感に喜びを抑えきれない魔剣のグラハムは、わざとらしくバカ丁寧に騎士の敬礼をしてみせるのだった。

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