第35話「国防会議」

 北にはオベロンたちのドワーフの鉱山村ができ、それに食糧を供給する人間の村ができ、南にはカンバル諸島からの移住者が増え続けて人口はついに一万人を突破した。

 ケットシーのシンクーたちは、川向こうに好条件の湾を見つけて国際貿易港を作る準備を始めている。


 そして各所の開拓地の中央となる川沿いに、拠点となる砦を築くこととなった。

 今はタダシの住む屋敷と小さな砦があるだけだが、いずれタダシ王国の中心となる王城とするため急ピッチに工事が進んでいる。


 その王城予定地の砦で、各地の代表者たちが集まり今後の会議を開いていた。

 会議の席では、早速タダシが育てたコーヒーが振る舞われて湯気を立てている。


「今後の交易の予定ですがニャ。宝石と食糧は輸出に出してもいいですニャが、魔鋼鉄に関しては外に出すのを禁じるべきですニャン」


 シンクーにそう言われて、美味しそうにコーヒーを飲んでいたタダシが尋ねる。


「魔鋼鉄もいい売り物になりそうなんだけど、それはどうしてだい?」

「もちろん、今後の公国との戦争に備えてだニャン。魔鋼鉄の武器は我が国の最高のアドバンテージになるニャ」


 それに、イセリナが口を挟む。


「戦争ですか?」

「相手の民をこれだけ流入させたら事実上の宣戦布告ニャ。だから、いずれそうなるニャ」


「でも、私達島のエルフと獣人は、怪しまれないためにきちんと税を治めてから島を後にしてます。また、辺獄は猛毒の川が流れる危険地帯だという風評があるため、公国は気が付かないと思うのですが」


 そう言うイセリナに、シンクーはチッチッチと指を横に振るう。


「イセリナさんは考えが甘すぎるニャ。カンバル諸島から完全に住人がいなくなった上に、今も北方からガンガン公国民が流出してるニャ。これで気が付かなきゃ公国首脳部は本物のバカニャ」


 さすがに、そろそろ偵察くらいは来るだろうと言うことだった。


「いきなり全軍で攻めてくる可能性はないかな」


 タダシがそう言うと、シンクーは腕組みして考え込んでしまった。


「うーん、公国軍にも知恵者はいるからニャ、そこまでバカではないと思うんニャけど……」

「可能性はあるなら備えはいるだろう。できれば、国同士の話し合いで解決できるといいんだけどね」


「いろんな可能性を考慮して、とりあえずこちらも偵察を密にして、あらかじめ迎え撃つ作戦を立てておきますニャ」

「助かるよ。軍事とか、俺はよくわからないから」


 シンクーは、あんまり大きくはない胸を肉球でポンと叩いた。


「作戦は、このシンクーに任せるニャ。我ら猫耳商会は、神に愛されし偉大なる王タダシ陛下に全財産ベットしたニャ。フロントラインみたいな貧乏公国に負けてたまるかニャ」


 黙って聞いていたドワーフのオベロンも言う。


「公国軍がタダシ王国にちょっかいを出してくるなら、ワシらも王様のために全力で戦おう。武器の準備は任せてくれ」


 慌てて、イセリナも言う。


「わ、私達、海エルフと島獣人も全力で戦いますよ。この前のようにはいきません」

「イセリナも助かる」


「はい! 私は戦闘の方はからっきしですが、エリクサーを全力で大増産しておきます。怪我人がでてもへっちゃらですよ」

「なるほど。では俺もさらにエリシア草の増産に励もう」


 張り切っているイセリナに、シンクーが言う。


「イセリナさん。最初に襲われるとしたら、海に近いエルフの漁村ニャ」

「えっ、私達の村ですか!?」


 びっくりするイセリナの横で、苦そうな顔をしてコーヒーに砂糖をスプーンで溶けきれないほどに入れて飲んでいた獣人の勇者エリンが言う。


「大丈夫だよイセリナ。そのために、勇者のボクがいる」

「勇者のエリンさんは、英雄の加護☆☆☆☆フォースターでしたかニャ。頼もしい限りですニャ」


 そのシンクーの口調は、ちょっと皮肉めいている。

 暗に自分は、エリンよりも賢い知恵の神の加護☆☆☆☆☆ファイブスターを与えられた商人賢者だぞと言っているようにも聞こえる。


「ボクにも作戦があるから、ケットシーの助けはいらない」

「ほほう。そんないい作戦があるなら、ぜひうちにも聞かせて欲しいですニャア」


 向かい合って座る二人の間に火花が散っている。

 犬と猫、同じような獣人同士で逆に仲が良くないのだろうか。


「公国軍が来るなら、ボクにだって晴らしたい遺恨いこんはある」

「それは構いませんが、全体の作戦は陛下よりうちに任せていただいたんですニャぞ」


 そう言えばタダシの目から見るとシンクーとエリンは、ちょっとキャラがかぶっている様にも見える。

 ケットシーの側から言わせると、自分たちは猫妖精でむしろエルフやドワーフに近い種族なので、人族に近い犬獣人と一緒にしてくれるなという感じらしい。


 若干険悪な空気の二人がタダシの方を見てくるので、仕方なく割って入る。


「まあまあ、二人とも頼もしいじゃないか。どちらの活躍も期待しているよ」

「ご主人様がそう言うなら、ボクは頑張るよ」


 シンクーが最後にまとめる。


「おっほん。公国軍は魔王軍に匹敵するだけの兵力を有していますニャ。その兵力は、総数で二万とも三万とも言われておりますニャ」

「単純計算で、うちの国の全住民の二倍から三倍の兵力を持ってるってことか」


「魔王国とも戦争している状態で、公国がその全てをこちらに展開することは物理的に不可能なはずですニャが、先程のタダシ陛下の言葉で目が覚めましたニャ。万が一にも、敵が想像を絶する脳筋おバカな可能性も考えておくべきニャ」

「人間というのは、時に非合理的になる生き物でもあるからな」


「ご賢察ニャ。もし公国軍が全力でくれば厳しい戦いになることは確かですニャ。だから最後はタダシ陛下のお力にかかっていると、うちは思ってるですニャ」

「俺の力?」


「はい、タダシ陛下の力は神々を地上に降臨させ、この辺獄全てを浄化するほどだと聞いてますニャ」

「自分にその全てが使いこなせているとも思えないし、戦いに使えるような力なのかはわからないけどね」


「タダシ陛下。どうぞお心を広くお持ちくださいニャ。土地を富ませるその力は、きっと強力な武器にもなるはずですニャ」

「そうか。よく考えてみるよ」


 人を傷つける戦いは気乗りしないが、みんなを守るためならば全力を尽くす。

 タダシはもう、民を守る国王なのだから。

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