第162話「海竜海賊団の壊滅」

 大陸の最も西に位置する離れ島、ハーヴ島。

 またの名を、死船島と呼ばれる地図に載っていない島である。


 クラーケンと呼ばれる巨大なイカのような化け物の住処になっており、島に近づく漁船はみんな粉々に砕かれてしまう。

 だから、屈強な魔族の漁師ですら恐れて近づかない島であった。


 奥魔界と同じく、魔界の中でも屈指の危険スポットの一つである。

 そんな場所を、根城にしているのがアダル魔王国、アージ魔王国、二カ国の海を股にかけて荒らしている海竜海賊団である。


「タダシ王国の変な船が、まっすぐこちらに向かっているだと?」


 部下の報告を聞いて眉をひそめるのは、海竜王を名乗る海賊団の長ガーベルトだ。

 青く輝く鱗を持つ海竜王。


 その本体は巨大な海竜であるが、強大な力を持つ竜族である彼は人化した姿をしている。

 海を統べる彼は、強い魔族の例にもれず、魔王の子孫である。


 大陸の側がタダシ王国の支配下に入って服属せよとの勧めがあっても、海竜族を始めとする海の魔族は服属していなかった。

 人間に服属するなどプライドが許さなかったし、そもそもが魔族は独立心が強い。


 陸は陸、海は海という考えがあったのだ。

 魔界の海を統べる海竜王ガーベルトが従える魔族は、強大なる力を持つ海竜族を始めとして水虎すいこ族、河童族、水妖すいよう族など、海洋系魔族の集団であった。


「巨大な平たい船らしいが、たった一隻らしいですぜ」

「海竜王様! こっちはクラーケンが五匹に、海竜船が二百船だ。囲んでやっちまいましょう!」


 タダシ王の実力を知らない愚かな海の魔族達は、無茶な事を言っている。

 その意見に、すぐうなずくほど海竜王ガーベルトは愚かではなかった。


「海竜王ガーベルト様、タダシ王国の船がこの島に向かっているということは、この島の位置がバレている可能性もございます」


 一方で、思慮深く慎重な意見を言うのは、白髪となった体毛に長い白髭を持った魔族水虎すいこ族の長老リバイである。

 すでに引退しているもののベテランの船乗りであり、数少ない内政もできる長老として副王格としての発言権を持っていた。


「ふむ、ではリバイ老は、どうすれば良いと考える」

「この死海島には、守るべき女子供がたくさんおります。まずは、島から戦えぬ民を逃がすことを第一とするべきかと」


「ふん。リバイ老は、この海竜王ガーベルトが海の戦で敗れるというのか」


 臆病にも思える長老リバイの言葉に、「そうだ、そうだ!」と、若い海賊達から盛大な罵声が飛ぶ。

 長老リバイは、大きな杖で地面をたたき、よろめこうとする足を踏みしめて弁明する。


「そうは言っておりません! ですが、万一ということもございます。子どもたちは、我らが未来。未来を守ることこそが我らの責務と心得ます!」

「リバイ老。たかが敵の船は一隻、そこまで心配することはあるまい」


「しかし……」

「攻撃こそが、最高の防御という。全軍をもって、必ずや討ち滅ぼして見せよう。それでよいな」


 海竜王ガーベルトにそう凄まれると、長老リバイは苦しい顔で従うしかなかった。


「ハハッ……」


 実を言えば、この島のクラーケンすら従える強大な海竜王ガーベルトであっても、負けるかもしれない可能性を考えている。

 しかし、長老リバイの言葉に従えば、島からの脱出に船を割かねばならなくなる。


 それは、困るのだ。

 船は全て攻撃に使いたかった。


 海竜王ガーベルトは、大陸の情報もしっかりと把握していて、タダシが神を封じるほどの高い力量を持つと知っている。

 しかし、タダシや超弩級戦艦ヤマトなどの強敵さえ相手にしなければ、海の上でなら勝てるとも考えていた。


 いや、最悪勝てなくても良い。

 相手がこちらより弱ければ襲い、強いと判断したら全力で逃げる。


 それが、聡明な海竜王ガーベルトが思い抱いていた戦略であった。

 そのために、使い捨てにできる戦力は多いほうが良い。


 守るべき女子供だと?

 服従の姿勢をとる長老リバイを見下ろしながら、水虎すいこ族は甘いなと、内心であざ笑う。


 海竜王ガーベルトからすれば、女子供などにさほど価値はない。

 便利に使えたが、所詮は気の弱った老人か。


(老いたなリバイ老。強い者こそが、生き延びる価値がある。それこそが、魔族の鉄則ではないか)


 海竜王ガーベルトは、心の底で長老リバイをもはや用済みと切り捨てていた。

 長老リバイは、経験豊富で内政に役に立っていたが、海竜王ガーベルトの戦略をまったく理解できない。


 海竜王ガーベルトは、会議の場の端っこで目立たぬようにたたずんでいた黒ローブに白い無貌むぼうの仮面を付けた男に声をかける。


「軍師殿。この前話していただいた、この島の防衛の準備はできておるか」

「はい、用意は万全でございます」


 うやうやしく頭を下げる軍師を見て、海竜王ガーベルトは相好を崩す。

 この反神の軍師を名乗るシェイドという男こそ、タダシを敵に回しても戦えるとガーベルトが確信した理由であった。


「聞いたか、リバイ老。この島には、いざという時の防衛施設もちゃんと用意されているのだ。後のことは、お前に任せる」

「ハハッ、ありがたきこと……」


 リバイ老は、突然現れた反神の軍師を名乗るシェイドという男を怪しげに眺める。

 貴重な金属や武器などをいずこかより調達してくれた恩人ではあるが、このような場所でも仮面を付けている得体のしれない男を信用できない。


 そのリバイ老の心配は、図らずしも当たっている。

 海竜王ガーベルトの言う防衛施設とは、この島を道連れにタダシを爆発させようとする罠であった。


「まことに、ありがたきことよな。軍師殿に感謝せねば」


 海竜王ガーベルトは、足手まといになる本拠地のハーヴ島をすでに切り捨てている。

 用意周到な海竜王ガーベルトはすでに、補給施設を整えた他の無人島を確保しているので、もうこの島はいらないのだ。


 これまで生き残って、小国の戦力に匹敵するほどの大海賊団を築き上げた実力は伊達ではない。

 どんな手を使ってでもタダシを倒す。


 その暁には、自分をこの大陸の支配する大魔王にしてくれるというのだ。

 もはや、島一つなどに拘泥こうでいしているときではない。


「では、全軍出撃だ!」


 意気揚々と出撃を宣言する海竜王ガーベルトに、単純な性格の海の魔族達は大いに沸く。

 しかし、その一方で海竜王ガーベルトは、有力な族長など使えそうな部下だけは自分の母船に集めて、いざとなれば引くと伝えておく。


 海竜王の乗る巨大な装甲艦ガーベルトを中心に、中型小型の海賊の海竜船が意気揚々とハーヴ島の港を出港していった。


     ※※※


 一方、タダシ王国海軍の巨大な航空空母シナノは、ゆっくりと航行していた。

 全長二百六十メートルにも及ぶ巨大な船である。


 ドワーフの名工オベロンが作った新型魔導球をエンジンとして六基搭載しているものの、この巨体ではせいぜい十八ノットが限界なのだが。

 今回の作戦では、その速度で十分であった。


「提督、遠方より敵艦隊見ゆとの報告です。後方に大型船一隻。その前方に単横陣で中型、小型船が二百隻。距離およそ十二カイリ」


 部下の報告に、艦橋ブリッジより望遠鏡で見ていたヤマモト提督もうなずく。


「ああ、こちらからも目視できる。単横陣から包囲するつもりか、敵さんは、芸が無いな」


 ヤマモト提督の言葉に、参謀として付いている猫耳賢者シンクーが言う。


「海賊だから、複雑な陣形を組むほどの統制が取れてないニャー」


 その言葉に、納得だとヤマモト提督はうなずく。


「作戦通りだ。対艦戦闘用意!」


 ヤマモト提督の命令を、航空甲板に伝えるために部下が復唱する。


「対艦戦闘用意!」


 空母全体に、緊張が走る。


「ヤマモト提督。おそらく、そろそろニャー」


 その言葉に、ヤマモト提督はうなずいて叫ぶ。


「総員、衝撃に備え!」


 また、「衝撃に備え!」との復唱。

 そして、程なくして、ギギギギッと引きつるような嫌な音がして、船が急停止した。


「海中からのクラーケンの攻撃ニャ。まさに、予想通りニャね」


 敵の攻撃は、魔臣ド・ロアの事前情報があったため、猫耳賢者シンクーにより完全に予想されている。

 敵は統制を欠いた海賊であるため、複雑な行動はできない。


 そのため、まず五匹のクラーケンをつかってこちらの足を止め、二百隻の戦闘鑑によって包囲攻撃を仕掛けてくるだろうということ。

 敵は海賊であるため、できれば空母を奪いたいがためにそうするのだ。


「ドラゴン部隊、出撃! 目標敵大型船!」


 ヤマモト提督の命令が、部下の復唱で航空甲板へと伝わり、空母から爆弾を抱えたドラゴンとワイバーンの部隊が飛び立っていった。

 なるべく犠牲を少なくするため、あえて空母シナノを囮として敵を引き付けて、敵の大型母船だけを落として勝敗を決するという作戦。


「しかし、あれがクラーケンですか。正直、いい気分はしませんね」


 船体に、巨大なイカの足が巻き付いているのが見える。

 新造空母の船体は、超弩級戦艦ヤマトと同じく不滅鉄が使われているので、クラーケンに締め上げられてもそうそう壊れるものではない。


 それがわかっていても、ヒヤヒヤものだ。


「じゃあ、ちょっくら行ってきて、あの邪魔な足だけでも退治してくるかニャー」


 ここで待っていても暇なので、シンクーは魔法で甲板を締め上げようとしてくるクラーケンの足を焼いてくるという。


「大丈夫だと思いますが、護衛兵を連れて行ってください」

「ふふ、美味しいイカ焼きを楽しみにしてるニャー」


 ゆうゆうと甲板に降りていくシンクーを見送って、あのデカいイカの足が本当に食えるのかと疑問に思うヤマモト提督であった。


     ※※※


 一方、敵艦隊の上空まで飛んでいったドラゴン部隊の指揮官。

 竜公ドラゴン・ロードグレイドと、小竜侯ワイバーン・ロードデシベルの二人は悪態ついていた。


「なんで、あんたまで付いてくるんだ」


 そう言うグレイドに、紅帝竜キトラは笑っていう。


「そう邪険にするな、同じ竜族じゃないか」


 敵の魔族は船からせっせと空飛ぶドラゴンに向かって魔力で強化された矢を撃ってくるが、上空を飛ぶドラゴンやワイバーンには全然届かない。

 上から爆弾で落とすだけで終わる簡単な仕事なのに……。


 戦闘とわかったとたん、絶対に連れて行けと騒ぐ紅帝竜キトラの扱いに困ったタダシは、グレイドとデシベルに丸投げしたのだ。


「王様も、酷なことを言うよね」


 そう、デシベルはぼやく。

 紅帝竜キトラは、タダシの子を妊娠しているので、いわば身重である。


 だから、いざとなったら守ってやってくれとタダシに言われたのだが。

 いくらドラゴン貴族でも、帝竜とは象と蟻ほどの力の差があるのだ。


 守るどころか、キトラが本気で戦闘をやりだしたらその戦闘に巻き込まれて酷い目に合いかねない。


「デシベル! もうさっさと爆弾なげて終わらせよう」

「うん、あの逃げようとしているでっかい船を落とせばいいだけだから、みんなよろしく!」


 デシベルたちの指示で、ドラゴンとワイバーンの精鋭は、海竜船と呼ばれる敵の大型船めがけて爆弾を叩きつける。

 味方を見捨てて、一隻だけで慌てて急反転して逃げようとしているが、上空を飛ぶドラゴン部隊から逃げられるわけもない。


 ちゅどーん! ちゅどん! ちゅどん! ちゅどーん!


 敵の母船めがけて放たれた数百発の爆弾は、見事に着弾。

 爆発音を響かせて、大きな火柱を上げる。


 もはや、大爆発に巻き込まれた敵は全滅したであろうと思われたのだが――。

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