第163話「新たな闇の蠢動」
――海が燃えていた。
「なんだ、これは……」
敵の巨大な船から、ドラゴンとワイバーンが大量に飛びたったとの報告が届いた時、慎重な海竜王ガーベルトは、これは勝てないと判断した。
そして、密かに母船のみ撤退させようと進路を変えた。
勝てないまでも、数多くいる海賊の船が犠牲となり、自分たちだけは逃げおおせる。
その用意周到な計画が、全て覆った。
敵のドラゴン達は、母船の上空にのみ集合して、何かを一斉に
石か何かだと思ったそれは、船に降り注ぐなり大爆発した。
海竜王ガーベルトを除いた船員全ては、船ごと吹き飛ばされてしまった。
「なんだこれはぁあああああああ!」
後に残るのは、木片に変わった船の残骸に一人残された海竜王ガーベルトのみ。
バカげている!
もはや、戦略も戦術もへったくれもない。
強さのみを追い求めるのは、海竜族も同じである。
しかし、海竜王ガーベルトは、戦略を理解した知恵ある竜王であると驕っていたのだ。
だから力ある者に対しても、知恵で渡り合えると信じていた。
それをこれ程完膚なきまでに破壊されて、あとに残ったのは竜としての本能。
この身が張り裂けんばかりの憤怒であった。
怒り狂った海竜王ガーベルトは、人化を解いて一匹の巨大な海竜となると、一筋の青い光となって飛び、ドラゴン部隊へと襲いかかる。
しかし――
パキュン!
何かが、海竜王ガーベルトの青い翼を撃ち抜いた。
「ぐぁあああああ!」
パキュン! パキュン!
それは、銀色に輝く弾丸。
次々に、身体を撃ち抜かれてのたうち回り、そして最後の銃弾が海竜王ガーベルトの眉間を撃ち抜いた。
「ぐげっ」
タダシに直接一矢報いることすらできず、海竜王ガーベルトは息絶えた。
その巨大な身体は、再び海へと落ちて沈んでいった。
母船の破壊、海竜王ガーベルトの死を目前とした海賊達は震え上がった。
奇しくも、敵の戦意を挫く最高のデモンストレーションとなったのだ。
こうして海竜海賊団は、空母シナノの呼びかけに応えて相次いで降伏したのだった。
※※※
海竜王ガーベルトの身体を撃ち抜いた、銀色の弾丸は銃ではなかった。
「これ、鉄砲っていうんだろ。人間は、面白いものを作るよな」
そう無邪気に不滅鉄の弾丸を指先でパキュンパキュン弾いて遊んでいるのは、紅帝竜キトラだ。
爆撃にも耐えきった海竜王ガーベルトは、キトラの遊びによって撃ち落とされてしまったのだ。
「鉄砲って、そういうふうに使うものじゃないぞ……」
「もうやだー。王様、早く来てこの人止めて!」
想像を絶する強さを見せる紅帝竜キトラの相手をさせられるグレイドとデシベルは、二人して悲鳴を上げる。
二人からすれば、海竜王ガーベルトなどより、紅帝竜キトラのほうがずっと怖い。
降伏した海賊の案内によって、ハーヴ島へとたどり着いた空母シナノ。
海賊達は、変わり果てた島の姿に叫び声をあげる。
「なんだありゃ!」
「この世の終わりか」
秘密の港以外には禍々しき断崖絶壁があり、敵を寄せ付けなかったハーヴ島の周りをぐるりと世界樹の巨大な枝が取り巻いている。
タダシが、島の周りに世界樹の枝を伸ばして取り囲むことで、ハーヴ島を主導する長老リバイに降伏を迫ったのだ。
タダシが世界樹の枝の先端に立って、島の周りをぐるりとふた巻きした頃。
腰を抜かしていた長老リバイは、慌てて杖で身を起こすと走っていった。
そうして、タダシの前に頭を下げる。
「まいりました! 我が名はリバイ! この島の守護を任されている者! ここに伏して、降伏を申し出ます!」
大陸の覇者たるタダシ王に従わず、海賊行為を働いていた島だ。
自分の首一つで島の者は許してくれと申し出る長老リバイを、タダシは「命を粗末にするな」と許す。
いつものように、全ては丸く収まる。
そう思った、その時だった。
ゴゴゴゴゴッ……。
島を揺るがすほどの大きな音が響く。
「リバイとやら、これは?」
「わかりません。最近島に来た、軍師を名乗る怪しい男が作った防衛施設があると聞いておりますが……」
タダシに向かって、何か大きな弾がいくつも高速で飛んでくる。
それを、世界樹の枝が弾き飛ばそうとするが、バシュッ! という大きな異音とともに枝が大きく消滅した。
消滅したのは枝だけでなく空気もらしく、そこらじゅうで激しい風が巻きおこる。
続いて、バシュ! バシュ! と、そこら中に異音が起こって地面が大きくえぐれる。
「これは一体……爆発!?」
タダシの直感は、それよりも危険だと感じていた。
ただの爆発とは違う異様さと、得体のしれなさがある。
「うわぁああ!」
爆縮によってえぐれた地面によって地響きが起こる。
耐えきれずに、リバイ老はその場に崩れ落ちた。
すでに、島では同じような現象が起こっていて、地中に空いた穴で崩れた建物まである!
このままでは、島に住む一般市民に犠牲が及ぶ。
いつになくマジな顔になった、タダシは島中に神経を張り巡らせると叫んだ!
「世界樹、頼む!」
島中に仕掛けられた『なにか』に向かって、世界樹の枝は伸びてそれを巻き取って爆縮して被害を防ぐ。
島の地中にも世界樹の根は伸びて、次々に爆縮していった。
そんなことを無数に繰り返して、ようやく島を揺るがしていた轟音は止まった。
「一体、何だったんだ……」
タダシに逆らうように海竜王ガーベルトをそそのかした謎の軍師。
そして、そいつが使ったという、まるであらゆるものを飲み込む小さなブラックホールのようなもの。
ともかく、島にタダシが来たのは正解だったという他ない。
何にせよ、味方まで巻き添えにするような卑劣なやり方は許しておけない。
得体のしれぬ闇の
※※※
軍師を名乗る黒ローブを身に着けた男シェイドは、島の建物の影からそっと様子を窺って、作戦が失敗したのを見て取ると無貌の仮面の下で苦々しい顔をする。
「ふん、タダシと相まみえることなく一蹴されるとは、海竜王とやらはまったく使えぬな」
魔王の子孫といっても、その程度のものかと悪態付く。
まあ、それもよし。
どうせ今回は、相手の力を測るための雑な作戦だった。
任務は十分に達成できたと思うべきだ。
「とはいえ、この数の反物質爆弾でも足りんか。大野タダシの力は、やはり恐ろしいものだ」
しかし、光が強ければ強いほど、闇もまた濃くなるもの。
次は見ておれよと音もなく笑いながら、シェイドは薄闇の中にかき消えるのだった。
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