第164話「海竜海賊団の服属」

 謎の爆縮によって、無惨にも穴だらけになったハーヴ島。

 住んでいた建物も、ほとんどが倒壊してしまった。


 島の住民は、得体のしれぬ軍師にそそのかされた海竜王ガーベルトが、自分たちを島もろとも亡き者にしようとしていたと知って絶望した。

 海賊といっても、ほとんどはそれでしか食べていく術のない貧しき民なのだ。


 タダシは、そんな島の住民達をすべて救助して言う。


「もはやこの島にはいられないだろう。希望する者は、避難民として俺が全て面倒を見る!」


 そして、戦うことしかしらぬ海の魔族達に、タダシ王国の海軍に入らないかと勧誘する。

 タダシは、逆らった者たちにも、仕事を与え、家族の安全を保証する。


「タダシ王の海軍に入ります」

「事ここにいたっては、いたしかたなし! 強き者に従うのが魔族の常だ!」


 力で圧倒された上に、このような優しく情けをかけられてはハーヴ島の海賊達も逆らう気もなくなり、タダシに服属して海軍へと入る道を選ぶのだった。


     ※※※


 ハーヴ島からの避難民でいっぱいになっている空母シナノの甲板では、イカ焼きの香ばしい匂いが漂っている。

 まずは飯だと、故郷を失った人たちにクラーケンの肉を使って、バーベキューパーティーをやっているのだ。


 最初はどうなるのかと不安がっていた避難民も、食事を振る舞われてようやく落ち着いて手ずからイカ焼きを振る舞うタダシに、お礼を言い始めた。

 未開地だった辺獄へんごくはだだっ広くて、多数の魔族の避難民が作った街がある。


 彼らも同じように安住の土地を与えられることとなるだろう。

 それを見ながら、自身もイカ焼きを頬張るこの船の艦長、ヤマモト提督は小さくぼやく。


「なんというか、微妙ですね……」


 そんなヤマモト提督を見かけて、タダシは声をかける。


「俺は十分美味いと思うんだが、ちょっと大味だったか?」


 タレはなるべく工夫してみたんだけどなあと言うタダシに、クラーケンのイカ焼きの味ではなくとヤマモト提督は苦笑して言う。


「なんというか、新しいいくさの形になかなかついていけない自分がおりまして……」


 ヤマモト提督の隣で、同じくイカ焼きを食べていた長老リバイも言う。


「どうやらあなたも色々と、現状に適応するのにご苦労なされているようですな」

「ハハハッ、考えると食が進みませんでして……」


 さっきまで敵だった相手に同情されて、苦笑するしかない。

 最近では引退して内政官をやっているリバイ老も、もともとは経験豊かな船乗りであった。


 そのせいか、ヤマモト提督と話が合ってむしろリバイ老に相談に乗ってもらっている始末だ。

 タダシは、そんなヤマモト提督を勇気づけるように言う。


「提督、空母シナノには助けられた!」

「陛下にそう言っていただけると、本当にありがたく存じますが……」


 敵のクラーケンの攻撃に、ドラゴン達の爆撃に、タダシの世界樹による島の制圧。

 もはや、ヤマモト提督たち旧帝国海軍が得意としてきた海の戦も、様変わりしてしまったと嘆息するしかない。


 これからの海軍はどうあるべきなのか、考えると胃が痛くなってくる。


「それに、ヤマモト提督にはハーブ島の海賊達を海軍として再教育する仕事も頼みたい」


 そう聞いてヤマモト提督は景気をつけるように、むしゃむしゃとイカ焼きを食べてしまうと軍服の襟を正して言う。


「承知いたしました。海軍の仕事は派手な戦闘だけではありません。海の平和を守り、治安を維持していくために兵員の増加はありがたいことです」


 タダシ王国の傘下に入った時から、魔族との共存は覚悟していたことだ。

 むしろ、西の海は魔界なので魔族による海軍があったほうが、治安維持のためには好都合である。


 その海上保安計画を立てて実施していくのも、これからは大事な仕事となる。


「頼もしい言葉だ。提督には、今後とも期待している」

「ハッ! 我々も、新しい時代の海軍のあり方を考えて、今後も鋭意努力に努めます」


 今回、島を爆発した謎の軍師を探したが、すでに逃げ去ってしまったらしく捕縛することができなかった。

 いまだこの大陸に得たいのしれぬ未知の敵がいるなら、新型空母シナノもまた活躍する時が来るに違いないとタダシは言う。


 どこからくるかわからぬ敵を警戒するなら、戦力は質もさることながら数を揃えることも重要だ。

 ヤマモト提督は、できれば次の戦闘では囮役ではなくもう少し派手な活躍をしたいものですがとぼやきながら、指をさして言う。


「陛下。あちらは、放っておいてよろしいのですか」


 タダシは、指さした方向を見て、血相を変えて走っていく。


「ああ、キトラ! 食べ過ぎはよくないよ!」


 もはや、食べ過ぎというレベルではない。

 キトラは、巨大なクラーケンの足を、丸々一本ゴボゴボと飲み込もうとしているのだ。


 こんなの調理させられる方も大変なのだが、キトラがどうしてもというので自分より強い相手に逆らえないグレイドとデシベルが巨大なクラーケンの足の左右で持ち上げて、猫耳賢者シンクーがしかたなく炎の魔法で焼いたのだ。

 タダシが止める間もなく、紅帝竜キトラは、その巨大な足をゴキュンと飲み込んでしまう。


「ふー、食いでがあった」


 妊娠でちょっと膨れていたキトラのお腹が、二倍くらいの大きさになっている。


「キトラ、いくらなんでもお腹の赤ちゃんに触らないか」

「お前と私の子だぞ、この程度大丈夫だ」


 紅帝竜キトラが、ぽんぽんと大きくなったお腹を叩く。

 すると、一体どうなっているのか。


 急速にクラーケンの足を消化しているらしく、お腹の大きさはみるみる元に戻っていく。

 竜族の身体の不思議については、タダシはもうツッコむのを止めているので、こういうものだと思うしかない。


「それより。ほら、もう一本焼くのだぞ」


 キトラに睨まれて、下働きに使われているグレイドとデシベルは悲鳴を上げる。


「俺たちは、これでも魔界貴族なんだぞ。なんでこんなことしなきゃならないんだ!」

「王様助けて!」


 しょうがないなあと、タダシは自分で焼いているイカ焼きを持ってキトラに与える。


「ほら、ちゃんとタレをつけた方が美味しいよ」


 不味くて食べられないほどではないが、巨大なぶんだけクラーケンの足はぼんやりとした味をしている。

 それを、なるべく美味しいイカ焼きに近づけるように、醤油や砂糖やみりんを使って工夫したタレを使って焼いているのだ。


「おお、たしかにこちらのほうが美味い! タダシは料理の天才だな」

「タレを付けたほうが断然美味しくなるんだから、普通の大きさのイカ焼きを食べようよ」


 タダシの誘導に気を良くした紅帝竜キトラは、笑顔で山盛りのイカ焼きを次々消化していく。

 ようやく開放されたと、グレイドとデシベルの二人はホッと胸をなでおろしている。


 何はともあれ、こうして海竜海賊団はタダシ王国に服属して、新たに魔界の海を守る海軍として活躍することになるのだった。

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