第165話
驚いた。
本当に、驚いた。
紅帝竜キトラは、普段から人化していてまったく人間と変わらない。
本来なら生えているはずのドラゴンの角を、なぜか
しかも、角のかわりのはずの兎耳を寝るときは外しているので、さらにわけがわからない。
あと、今日もなぜかチャイナっぽいバニーガール際どい衣装なのだが、その格好に何の意味があるかもわからない(おそらく、単なる趣味で意味はない)。
まあともかくそんなキトラとタダシは、結婚して、夫婦の営みをして、懐妊に至ったわけである。
そんで、普通にお腹も大きくなったから、子供も普通に生まれるんだろうなと思うのは当然だった。
しかし……。
「タダシ、生まれたぞ!」
そう言って、キトラが持ってきたのはカラフルな文様のついた大きな卵であった。
しかも、キトラの身体より遥かに巨大な、三メートルはあろうかという卵を……。
「ドラゴンって、卵生なのか……」
そうぽかんと口を開けて言うタダシに、キトラは言う。
「何を言っているのだ。子供が卵で生まれてくるのは当たり前ではないか」
お前らの当たり前が、人間にはわからないんだよ!
普通にお腹が大きくなってたのは、一体なんだったんだ。
この大きさの卵が、このお腹のどこにはいってたんだ。
まあ、それは本来の身体がドラゴンだからと納得したとしてもだ。
ある程度、お腹の中で大きくしてから卵として生むのだろうか。
ドラゴンの常識がよくわからない!
そう言いたいタダシではあるが、竜種の常識がめちゃくちゃなのはわかっているので、「そうか」とうなずくにとどめた。
「もうすぐ産まれてくるぞ。ほら、卵の殻を内側から破ろうとしている」
「ええ、ちょっと待って。もう産まれるのか!」
タダシは、参ったなとタオルで額の汗を拭う。
内心で、いつになく動揺しているなと自分でも思う。
ここは、城の居間である。
何の予兆もなかったから何の準備もしていない。
しかも、人間とドラゴンのハーフってどういう子が産まれてくるのだろう。
この巨大な卵から、一体どんな姿で……。
いや、もちろん竜種と交わったのだから、どんな子でも愛する覚悟はしていた。
しかし、それはそれとして、いきなり巨大なドラゴンが出てきて我が子だとこられて少しも動揺しないでいられるだろうか。
そんなタダシの心を知ってか知らずか、キトラはキラキラと紅い瞳を輝かせて言う。
「私達の子の誕生なのだ。やはり夫婦で見守ってやるべきだろう?」
そう無邪気に言うキトラを見て、タダシは肩の力が抜けてフッと笑った。
「そうだな。もうすぐ産まれるのか、楽しみだな」
竜族のむちゃくちゃさ加減に、一生付き合う覚悟をして結婚したのだ。
いきなり卵から巨大な竜が出てきたとしても、驚かないぞ。
タダシがそう思った瞬間、ピキッと巨大な卵にひび割れが走った。
「うわっ!」
いきなりポンと、大きな卵の上の部分が天井まで弾け飛んだ。
タダシは、ゴクリとつばを呑む。
一体、どんな子供が出てくるのだろうか。
大きな卵の中を覗き込む、タダシとキトラ。
卵の中心にいたのは、キトラによく似た紅い髪と赤い瞳のほとんど人間に見える赤ん坊であった。
よかっためっちゃかわいい。
いきなり産まれてすぐ足腰が座っていて普通に立っているというのは、まあ竜の子なので許容範囲であろう。
ふわりとした紅い髪がすでに生え揃っていて、頭に小さい角が二本生えている。
とても愛らしい女の子の赤ん坊だ。
その赤子は、トコトコとタダシとキトラの前まで歩いてくると、可愛らしい紅い瞳を丸くしてから大きく口を開くと、大声で言い放った。
「
ドーン! としたこっちが風圧で吹き飛ばされそうな叫びである。
鳴き声の癖が強い!
でも、なんとなく最強の竜の子っぽい第一声で納得はしてしまう。
「キトラ、竜の子って産まれた時からしゃべるのか?」
しかも、こんな大きな声で。
そう驚いているタダシに、キトラは言う。
「何を当たり前のことを言っているのだ。周りに舐められないように、産声はデカくて当然であろう」
何だそのヤンキーみたいな理屈は。
こっちは竜の当たり前がわからないってことをいい加減わかってほしい。
なんとも言えない顔をしているタダシの顔を見上げて、さらに竜の赤子は言う。
「トト様?」
「ああ、そうだ。俺が君の父親だ」
タダシがそう答えると、満足気にコクンとうなずいて竜の女の子は言う。
「トト様。早速ではあるが、我が名を付けるがよい。できれば強そうなやつ」
えっ、名前って俺が付けるものなのかと、タダシはキトラの顔を見る。
「父親がその場にいる際は、父親が名を付けるものだ」
そうなのか。
父親がいる場合ということは、父親がいない場合もあるのかな。
竜の常識がよくわからないが、子供の名前ならタダシはちゃんと考えておいた。
「タサラというのは、どうかな」
女の子なら、タサラ。
男の子なら、タトラにしようと思っていたのだ。
名前を聞くと、竜の女の子は「我はタサラか、気に入った!」と笑顔でうなずく。
お気に召したようで何よりだ。
うーん、まさに紅帝竜の子。
まだ赤ん坊なのに、威風堂々としたたずまいだな。
よく見ると、背中に小さい竜の翼があるのが見える。
「竜の翼があるな」
翼の色は赤い。
おそらく、竜になるとレッドドラゴンになるんだろうな。
「タサラは、赤子だからまだ人化が不完全なのだ」
しかし、生まれついてこんなに人化ができているのは、相当強い子供だとキトラは嬉しそうに言う。
竜の常識はよくわからないが、人間に姿が近づくほど強くなったりするのだろうか。
もしそうだとすると、ドラゴンと人間のハーフは最強になるってことか?
タダシがそんな事を考えていると。
タサラは、大きく手を広げて、母親のキトラに向かっていう。
「カカ様、腹が減った」
そう聞くとキトラは、ぺろんと胸を出すのでタダシはびっくりする。
「なんだキトラ」
「子に乳をやるのだ、当たり前だろう」
そうか、それはまあ当たり前か。
キトラは、タサラを抱きかかえると母乳を飲ませている。
うーん、ドラゴンは卵で産んで、母乳で育てるのか。
その当たり前すら、タダシにはよくわからないのだが、こっちが慣れるしかないなと苦笑する。
そして、竜の赤子に必要かどうかもわからないが、産湯とベビー服を持ってくるように頼みに行くのであった。
※※※
「うーん。やはり、大味だよなあ」
タダシは、王城の食堂でイカ焼きを食べていた。
この間取ってきたクラーケンが大量すぎて、料理を工夫して消費しているのだがまだ残っているのだ。
もっと良い料理法はないかと考えてると――。
ドーン! と、激しい音とともに目の前の壁が崩れ落ちる。
「トト様!」
「扉を使え、タサラ!」
またキトラの子タサラが、城の壁を破壊した。
壊れた壁の穴から、紅帝竜キトラも出てくる。
「タサラは小さいから扉もよくわからないし、まだ力加減が上手くないのだ」
「そう言われたら、しょうがないが……」
めちゃめちゃ元気で動ける赤ん坊であるタサラは、タダシにぴょんと飛んで抱きついてくる。
「トト様、それ美味しそうだから欲しい」
「少しなら食べても大丈夫か」
残っていたイカ焼きにパクリと食らいつく竜の赤子タサラ。
小さいタサラがコロコロと城を駆け回る姿は、親の贔屓目でみると愛らしく嬉しいものだ。
ただ、タダシの身体は丈夫だからいいが……。
この勢いで暴れられると周りの人にとっては危ないし、そうでなくとも王城がボロボロになりそうだ。
それをもう少しなんとかならんかと、紅帝竜キトラに言って見るのだが……。
「やはり、私達は奥魔界に帰ったほうがいいのだろうか」
紅帝竜キトラは、いつになくしょんぼりした口調で言う。
そう言われると、タダシは弱い。
「トト様……」
話をわかっているのかいないのか、母親のキトラがしょんぼりすると、タサラもしょんぼりとする。
せっかく懐いてくれたタサラと別れるのも寂しい。
なんとか、そうしなくて済む方法を必死に考えると、一つのアイデアが浮かんだ。
「よし! タサラが暴れても平気なくらい、大きくて丈夫な建物を作るか」
タダシがそう言うと、紅帝竜キトラは喜んで言う。
「それなら、修行場も一緒に作ってくれ!」
「修行場?」
「ああ、最近身体がなまってきたからな、思いっきり訓練できる場所がほしい!」
そう言って、腕をブンブンと振るう。
キトラたちに全力で暴れられたら、王城などひとたまりもないだろう。
「お前たち帝竜が暴れても大丈夫な、修行場と住居か……うわ! どっから出た!?」
タダシは、自分の故郷のことを思い出して考えていると。
そこに、いつの間にか神帝竜シュウドウと金帝竜エンタムが現れたのでビックリする。
「ん、私達はキトラの出産祝いに来たのだが……」
「どっからって、そこの扉からだぜ」
白髪の老道士風のシュウドウは、手に紅いバラの花束を持っている。
エンタムは、真っ赤な果物を持っていた。
なんだ、普通に出産祝いにやってきただけか。
いつも非常識なのに、こうも真っ当なことをされるとそれはそれで困惑する。
「エンタム、その果物は、奥魔界の果物なのか?」
「ああ、これは上物のドラゴンフルーツだぜ。配下の古竜が育てていて、献上してくれるんだ」
ドラゴンが、南国に生えてるドラゴンフルーツを育てているのか。
何の洒落かと言いたくなるが、たしかに言われてみればドラゴンフルーツである。
あまり日本でも馴染みがないトゲトゲしい果物だが、タダシは焼肉屋で一度だけ食べたことがある。
エンタムが言うには、ドラゴンはみんなドラゴンフルーツが大好きなので、わざわざ栽培しているそうだ。
「これ美味しそう」
そう言うと、タサラがいきなりそのまま刺々しい果実に齧りつくのでビックリする。
「赤ん坊がそのまま食べて、大丈夫なのか」
おいおい、これはいくらなんでもまずいんじゃないか。
そう心配するタダシをよそに、タサラはそのまま皮ごとむしゃむしゃと食べてしまう。
「美味しい」
その小さな口で、一体どうやって飲み込んでいるものか。
エンタムいわく、上物のドラゴンフルーツだから赤ん坊が皮ごと食べても大丈夫ということだった。
漆喰の壁を簡単に破壊するほどやたら丈夫な身体なので、おそらく胃腸も丈夫ではあるのだろう。
「まあ、ドラゴンは独特な文化だからな……」
一緒にいるタダシも、理解を諦めつつあるところだ。
そんなタダシ達の様子を微笑みながら見ていた神帝竜シュウドウは、花瓶にバラをいけながら言う。
「ところで、この国に新しい修行場を作るという話を聞いたのだが、そう聞けば我らとて協力したいところだな」
世界に武を広めるのは、自分たちの使命だと神帝竜シュウドウは言う。
空を飛べるドラゴンたちに手伝ってもらえればありがたいので、タダシは思いついたアイデアを口にする。
「俺の故郷に、日本武道館という建物があったんだ」
巨大なドラゴンが暴れ回っても平気なほどの大きさの修行場。
故郷にあったものより、さらに大きなサイズのものを作らねばならない。
武道館は、ライブ会場にもなっていたというタダシの話を聞いて、そいつはいいとエンタムも乗り気になっている。
幸いなことにタダシ王国の国土は広いので、場所は十分に確保できるだろう。
問題は、ドラゴンの身体が当たっても壊れないほどの大きくて硬い素材が存在するかということだ。
「それならば、心配いらないだろう」
「そんな都合のいい素材ってあるか?」
神帝竜シュウドウが窓を指さして言う。
「あれを少し伐らせてもらえば、建物の材料にちょうどいいのではないか」
ああ、なるほど。
シュウドウの指さした先には、タダシのお膝元に生えてるせいかあまりに巨大に育ちすぎた世界樹があった。
「日陰になる土地が大きすぎて困ると、みんな言ってたもんなあ」
王都の周辺は、近頃住居が立ちすぎてそういう問題も出てきた。
そろそろ、大規模な
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3月15日。
つまり明日、生産革命コミック3巻が発売となります!
コミックの続く限り、生産革命のWEB版もこうして発売時期に合わせて更新は続けていきます。
(皆様の応援のおかげでコミックは好調のようでして、それなら書籍の続きも出せたらなあと願っております。こちらもコミックが続けばもしかしたら……!)
ともかくも、皆様の応援が頼りです。
是非ともよろしくお願いします!
明日も更新します。
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