第三章「世界の命運は」
第124話「開拓を進める」
ズババババババッ!
タダシが魔鋼鉄の鍬を振るうと、凄まじい勢いで土が耕された。
破壊された農地の復興は、またたく間になされたのである。
今日も一汗かいて鍬を下ろしたタダシのところに、タオルを持ってやってくる聖姫アナスタシア。
いや、今は聖王の位をついで、聖女王アナスタシアと呼ぶべきか。
「ふう、ありがとう」
「あっ……」
タオルを受け渡される時に、たおやかな聖女王アナスタシアの手にタダシの手が触れた。
聖女王アナスタシアは、恥ずかしそうに手を擦って頬を赤らめて俯いてしまう。
すでに結婚してるわけで、当然二人は夫婦としてのやることは済ましている。
聖女王アナスタシアの初々しい反応は、だからこその新婚らしさとも言える。
タダシは、汗を拭きながら恥ずかし
「開拓は、ここで終わりで良かったかな?」
「は、はい。破壊された農場の修復は、ここで終わりです。お疲れさまでした」
人口が付近から流入して人手はどんどん増えているし、建築資材は無限にある。
農地だけではなく爆撃で無残に焼かれた街も、急速に復興が進みつつある。
「そうか。本当は、俺もここに残ってまったりと街づくりを続けたいところだが、戦争が始まってはそうも言ってられないね」
農業都市ハーモニアは、聖姫アナスタシアと一緒に作ったまるで子供のような都市だから、タダシに強い思い入れがあった。
本来であればもっと作物も多種類を揃えて、もっと街の区画もしっかり整備して娯楽施設なども欲しい。
さらに余裕があれば、みんなの労をねぎらうためにもタダシ王国の王城にあるような立派な大浴場を作ってみたかった。
あとは、更に奥地のグランドキャニオンのようなアラフ渓谷の絶景を生かした観光地化計画なんかも面白いかもしれない。
しかし、帝国の侵攻がそれを許さない。
皇太子ゲオルグが倒された意趣返しなのか、それとも最初からその予定だったのか。
あの事件の後、帝国軍が怒涛の勢いで聖王国へと攻め込んできたのだ。
タダシ自身は、こうして破壊された農業都市ハーモニアの農地を直して後方支援に徹している。
この街からの無限の食糧支援があれば、聖王国軍は決して負けない。
農地の開拓のついでに、皇太子ゲオルグが使った原子爆弾の残骸や気化爆弾の残りなども回収した。
これらは、この世界において特別な超兵器だ。
タダシ達がそれらを逆利用して、戦争を有利に進めることもできなくもない。
だが、環境を汚す上に後に重大な禍根を残しそうな超兵器をタダシはどうしても使う気になれなかった。
そこで、再利用されないように封印しておくことにした。
その点では、現代知識を使ってこれらの超兵器を作ってしまったことに後悔して封印していたらしい、帝国の初代皇帝とタダシも同意見である。
まだしも環境に悪影響を残さないあの超弩級戦艦ヤマトのビーム砲の方が好感が持てる。
地球と同じ様な悲劇を、この世界で起こしてはならない。
この美しい世界の環境を汚してはいけないのだ。
そんなことを考えるタダシの元に、ツノトカゲ族の族長が率いる
「タダシ様、ワシらの軍もついに北の戦地に応援にいきますツノ。一同、陛下に整列して敬礼ツノ!」
タダシは、皆に挨拶して申し訳無さそうに言う。
「本来なら関係ない戦いなのに、みんなにも助けてもらってすまない」
「何を言いますかドク! アイツラは、生産王様と我らが作った街を焼いた悪い敵ドク! 倒すドク!」
黒々とした肌が特徴の戦闘的なドクトカゲ族が、自慢気に自分の銃を構えて言った。
タダシ王国から指導教官を招いているおかげもあるが、この短い期間に銃や大砲の使い方を習得した彼らはかなり優秀だ。
「そうでなくても、タダシ様の御為ならいくらでも働きますモロ。これも御恩返しモロ」
牛のような二本ツノのモロトカゲ族もそう声を合わせる。
「みんなありがとう。決して無理をせず、要塞や
あんなことを平気でやる敵に、負けるわけには行かない。
いつになく熱を帯びるタダシの強い思いは、
そうでなくとも各地の戦場は、あくまでこちらの戦力を割くための陽動だろうから進行を喰い止めるだけでいいはずだ。
タダシは、敵である帝国軍ですら傷ついて欲しくないと思っている。
帝国の属領では無理やり従わされている将兵もいるという。
そのために、帝国の領地にいる民や将兵に向かって皇帝フリードリヒと暗黒神ヤルダバオトが創造神アリア様を滅ぼそうとしているとの事実を喧伝して、こちらに亡命してくれるように呼びかけているのだ。
それにこれは、神々による
この戦争の決着は、おそらく暗黒神ヤルダバオトの身体を封じているというタダシ王国の本拠地、
「いい機会だから、聖王国軍のやつらにも我らの強さを見せつけてやろうツノ!」
そう銃を振り上げて意気込むツノトカゲ族の族長の言葉に、皆は「おおー!」と声を合わせた。
志願した彼らが、活躍してくれるのはありがたい。
真っ先に攻められたのは、聖王国の北部にあるダカラン大司祭の領地だ。
そこでは今、保守派のマズロー騎士団長率いる神聖騎士団が帝国軍の侵攻を必死に喰い止めている。
そこに
古いやり方に固執して、魔族や獣人の処遇に文句のあった彼らも、祖国である聖王国を裏切るつもりはないのだ。
青い顔をして救援を求めているダカラン大司祭を助けてやれば、わかりあえるきっかけとなるかもしれない。
「俺もここに残って、帝国軍との戦いの
いまだに迷っているタダシを励ますように、聖女王アナスタシアは背伸びしてタダシに口づけしてみせた。
「タダシ様。どうかここは、私達におまかせください。聖王国は私の治める国です。タダシ様は、タダシ様だけができることを」
決意を持った聖女王アナスタシアの言葉に、タダシは頷く。
「そうか、ではここは頼むアナスタシア」
「はい! 貴方の妻である私を信じてください!」
タダシには、各地の戦線を支えるために農地を作るという大事な仕事が待っている。
そこにフェンリルのクルルに乗って、シンクーが現れた。
「タダシ陛下。名残惜しそうだけど、そろそろいいかニャ。他の戦地でも、タダシ陛下の到着を今か今かと待っているはずニャ」
「ああ、行こうか」
タダシもフェンリルへと飛び乗る。
そんなタダシに、聖女王アナスタシアは叫ぶ。
「タダシ様! 聖王国はタダシ様のおかげで救われました。私も、タダシ様が危機の折には必ずや助けに参ります!」
タダシ達を乗せたクルルは、くるるるるーと鳴きながら凄まじいスピードで駆けて、あっという間に渓谷の向こうへと消えていく。
最後の声は、タダシに届いただろうか。
そんなことを思いながら聖王女アナスタシアは、タダシが汗を拭いたタオルを大事そうにギュッと胸に抱いて、自らも一国の主として戦地に向かう覚悟を固めるのだった。
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