第138話「帰国の途」

 超弩級戦艦ヤマトの艦橋ブリッジから臨む景色は最高だった。

 太陽に照らされてキラキラと光る大海原を、巨大な戦艦は滑るように走っていく。


 超弩級戦艦ヤマトを先頭に、モクモクと煙を上げる輸送船が続く。

 その姿は力強く優雅である。


 まるで滑るように流れる景色を眺めて、タダシは感嘆のため息を付いた。


「海は、男のロマンだよなあ」


 過剰な武力はいらないというタダシの命令で、超弩級戦艦ヤマトからはすでに拡散超弩級砲などの過剰な武装は取り外されており、防衛上最低限の砲台しか積んでいない。

 その代わり、船倉から広い甲板に至るまで貨物置き場が設けられており、それぞれ千トンを超える量の鉄、石炭、不滅鉄などの物資がぎっしりと詰まれている。


 それらは、タダシ王国の多大な援助の代わりに帝国からプレゼントされたお土産である。

 超弩級戦艦ヤマトは、世界一高価な輸送船として改装されたのだった。


 艦橋ブリッジでくつろいだ様子でタダシにコーヒーを持ってきて勧めながら、帝国艦隊を統括するヤマモト提督は言う。


「ヤマトの居心地はいかがですか」

「居住性も素晴らしい船だね。乗せてもらって、感激しているよ」


 士官室のベッドは柔らかいし、食事もしっかりしたフルコースが出てくる。

 食事中に軍楽隊が演奏してくれるのは、サービスが良すぎてびっくりした。


 超弩級戦艦ヤマトの出港の時もそうだったが、軍楽隊が帝国国歌を演奏しながら帝国旗を掲げて見送ってくれる演出は見事だった。

 シンクーが帝国軍のこういうシステムをタダシ王国にも取り入れようと提案してくれたので、学べるところは学ぶつもりである。


 超弩級戦艦ヤマトは船内の設備も素晴らしいもので、冷暖房が完備しており大きな食堂から購買室、ビリヤードが楽しめるちょっとした娯楽スペースまであるのには驚いた。


「もうこのヤマトはタダシ陛下の船です。それに、こうして無事に補修が完了したのもタダシ陛下のおかげでありますので」

「それでもだ。やはり、このような大きな船を操る技能は俺達にはないからね」


「で、ありますか。改修できたヤマトが、早速タダシ陛下のお役に立てて幸いでありました」


 先の戦いで座礁し、傷ついてもなお航行可能だった超弩級戦艦ヤマトであるが、やはり船体の至るところにガタが来ていた。

 本国での補修工事を許されなければ、こうも優雅に大海原を航行することはできていない。


 その上で船体の改修がこんなに早く済んだのは、タダシが連れてきたオベロン達ドワーフの技術者達の協力も大きかった。

 そう思って、タダシは思い出したように尋ねる。


「ところでヤマモト提督。オベロン達はどこにいった?」


 こんなに順調な航海だと、すぐにタダシ王国に到着してしまいそうなので、技術者の長であるオベロンと今後のことを相談しておきたかったのだ。


「おそらく主機しゅきの方におられると思いますよ。機関長の話では、ずっと動力炉を睨みつけてここ数日微動だにしておりません」


 主機とは、戦艦の動力源だ。

 ドワーフの名工であるオベロンは、なんとロストテクノロジーである超巨大魔導珠を自分達で再現しようという試みを続けている。


 現代人であるタダシが調べても、なんであんな風に動くのかまったくわからないファンタジーのシロモノを再現しようという技術者の飽くなき探究心には頭が下がる。


「そうか、壊さなきゃいいんだけどね」

「まさかオベロン殿でも、動いてる戦艦の動力源を分解したりはしませんでしょう」


「いや、わからんぞ。オベロンならやりかねない」

「ハハハッ、技術者というのは我々軍人と同じく欲深いものですからな」


 分解というのはさすがに冗談だ。

 下手に分解したら、壊れてしまいそうだし。


 そもそも、爆発しても傷一つつかなかった魔導珠は分解することすら難しいのではないだろうか。

 巨大トラクターを作る時にタダシも魔導珠の現物を見たが、青白い光を放つ宝石にしか見えなかった。


 夢を追うのもいいが、とりあえず現実的な技術の導入の話をせねばならない。

 湯気の立つコーヒーを美味しそうに飲み干すと、タダシはヤマモト提督とともに艦橋ブリッジから降りて、甲板へと降り立つ。


 甲板に出ると、磯の香りが鼻をつく。

 艦橋ブリッジからの眺めもいいが、外の空気も悪くないものだ。


「あー、なんか感動するなあ」

「感動でありますか?」


「ああ、自分がヤマトの甲板に立ってるんだと思うとね」

「このヤマトは、初代皇帝の世界にあった船だと聞いております。やはり、タダシ陛下も故郷が懐かしいですか?」


「いやいや、時代が違うよ!」


 甲板を二人であるきながら、タダシは自分が生まれた時には、もう戦艦なんてものは日本から影も形もなかったという話をする。

 戦後、平和国家となった日本の成り立ちを興味深げに聞いて、ヤマモト提督は言う。


「私達も工業化して、その貿易立国というものを目指すべきなのでしょうね。そのためには、もっと商船をたくさん作らなくては……」


 帝国は、多くの属領を失って本国だけの小さな存在となった。

 しかし、幸いなことに鉄と石炭の資源は豊富であり高い鉄鋼業や造船技術がある。


 ヤマモト提督は、すぐにそれを元にして工業化を目指す構想を考える。


「将来的には、手強い商売相手になるかもしれないな」

「できれば、私の孫の代までタダシ陛下の国とは友好的でありたいものです」


「それはもちろんだ。商売でも、技術でも、平和的に切磋琢磨して豊かな国を作り上げていきたい」

「我々は、親戚のようなもの……ですからね」


 タダシが前に言った言葉を、ヤマモト提督は真似している。

 敗戦のどん底にあって一度は死を考えた時、勝者であるタダシにそう言ってもらえたことがヤマモト提督には泣くほど嬉しかったのだ。


 二人が未来について語り合っていると、貴重な不滅鉄を積み上げている甲板のあたりで探していたオベロンに出会う。


「おー、オベロン。そんなところにいたのか」

「おお、王様。これを見てくれ」


「見てくれって、これは不滅鉄だよな」


 積み上げられた不滅鉄は、まるでいぶし銀のような艶のない灰色である。

 ある種のファンタジー的な合金であって、これは現代日本にもない貴重な素材である。


 ちなみに、ヤマトの船体にも不滅鉄が使われているため、甲板も同じ艶のない灰色をしている。


「王様、新しい素材を前にして、生産王の血がたぎってこんか?」

「そう言われたら、まあこれを使って何が作れるかとか、いろいろ考えてしまうよなあ」


 タダシ王国にはさらに硬い魔鋼鉄があるので、不滅鉄は劣った素材……というわけでもないのだ。

 今でも加工のし易い鉄や銅を輸入しているくらいで、不滅鉄は不滅鉄で大いに使いみちがある。


 詳しく調べたオベロンが言うには、不滅鉄には魔鋼鉄と比べても性質で勝る部分があるらしい。


「このでっかい戦艦が五百年も保ったのじゃろ。不滅鉄は、朽ちることがないのは本当じゃ。つまり、これで作ったものはワシらが死んだ後にも残るということじゃ」

「そう言われたら、なんかこの無骨な鉄の塊にも、ロマンがあるように見えてくるなあ」


「王様! ワシは作るぞ! このヤマトなんぞよりも、もっともっとすごいものを! 後世に名工オベロンありというものを作らんと、死んでも死にきれんわ!」


 オベロンのこの勢いなら、きっと、更に凄いものを作るに違いない。

 もしかしたら超巨大魔導珠の秘密を解き明かして、再現してしまうかもしれない。


 タダシだって、生産王と呼ばれるくらいだ。

 せっかく平和な世になったのだから、オベロンとともに後世に残るものをたくさん創り出すのも楽しそうだと思う。


「よおし、やるかオベロン!」

「やらいでかじゃ! ガハハハッ!」


 熱意というものは伝染する。

 タダシ達の勢いにつられたように、ヤマモト提督も加わって言い始めた。


「私も大いにやります! 小さくなった帝国ですが、これより海に活路を見出します。たくさん商船を作って、数多の国と貿易して国を富ませます!」

「おおー、ヤマモト提督もやるか」


「はい! やりますとも!」


 男達は、無骨な不滅鉄の塊を前に、大いに意気上がる。


「タダシ様、ここにいらしたんですか。料理とお酒を持ってきましたよ」


 そこに気を利かせたマール達が酒と料理を持ってきたので、オベロンは大喜びだ。


「おお、さすが王様の奥方様は気が利く。ちょうど帝国の酒を、味わいたかったところじゃ!」

「ハハッ、オベロンは酒を味わいたくない時はないだろ」


「そりゃ違いないわい」

「では、まずはタダシ陛下に一献!」


 酒瓶とコップを受け取ったヤマモト提督が、タダシとオベロンに御酌して回る。

 こうして、無骨な灰色の不滅鉄と無限に広がる大海原を眺めながらの楽しい酒盛りが始まるのであった。

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