第137話「神々の再編」
北の帝国は規模こそ違うが、例えるなら江戸時代の幕藩体制に似ている。
冷遇していた地方の諸藩が次々に独立して、首都である江戸だけが取り残されたような状態になったのだ。
これでは、民の生活が成り立つわけがない。
そこで、産業を失った北の帝国を支えるために、タダシ達は早速技術支援することにした。
軍事国家であった帝国本国に残ったのは、武具や軍艦の製造に使う鉄鋼業だけだった。
そのため、西にある鉄や石炭の資源地帯から、帝都ヴェルダンの鉄工場へと資源を運ぶ鉄道を通すこととしたのだ。
鉄は国家なりだ。
タダシ王国でも鉄の需要は高いので、生産力を高めればいい貿易相手となってくれる。
突如として通った鉄道に、敗戦に落胆していた帝都の民衆は大喜びしてタダシ王の支持率はうなぎのぼりであった。
属領の独立や体制の急激な変化に民衆が付いてこられないのではないかとも思ったのだが、そのような心配はいらなかったようだ。
もともと帝国の統治が自国民にすらかなり厳しかったこともある。
重い戦費の負担から開放された民衆からは、このまま帝国もタダシ王国に編入されたほうがいいのではないかという意見が出る始末だ。
「まさか、自国よりも帝国の開発を優先してくださるとは」
帝国側の代表であるヤマモト提督は、感激しきりだった。
言葉は時に嘘を付くが、行いは決して嘘をつかない。
敗戦でどうなるかと心配していたのに、勝者は自分達を救うことを優先してくれたのだ。
帝国軍も帝国の民も皆等しく、タダシのもたらす恩恵に感謝して信用を深めていた。
「この鉄道は、初代皇帝が準備していたものだ。まずは、帝国のために使うのがいいと思ってね」
タダシとしては、もともと蒸気機関を利用した戦艦は帝国にもあったし、むしろなんで鉄道を作っていなかったのか不思議なくらいなのだ。
そこは、初代皇帝が巧妙に禁令を設けて、民間での科学の進歩を抑制していたらしい。
生産効率さえ上がれば、属領を失っても帝国はとりあえず自立できる。
次々に独立した帝国の属領でも、タダシ王国からの食糧支援が入ってきて、農奴の解放が行われた。
前の戦争やそれまでの恨みつらみで報復戦争が起きる危険もあったが、その辺りの外交はタダシの知恵袋である商人賢者のシンクーが食糧支援を見返りにして上手く抑えてくれた。
タダシのもたらす食糧がなければ、みんな食っていけないのだから。
それで、なんとか言うことを聞かせている形である。
ヤマモト提督は、タダシの手を強く握って頭を下げる。
「かたじけない。本当になんと恩を返せばよいか……」
「いやいや、俺達にも損がない話だ。こんなに良質な鉄は、帝国でしか作れないものだし、聞いた話では超弩級戦艦ヤマトに使われている不滅鉄も作れるんだろう?」
「初代皇帝が作った生産設備が残ってますので、少しずつですが現代でも作ることはできます」
「それはすごい。ぜひ分けてほしいんだが」
不滅鉄のような新素材は、ドワーフ達が喉から手が出るほど欲しがっているものだ。
「そのことなのですが、私どもはこの不滅鉄の工場もタダシ陛下に献上しようと思っているのです」
「え、いやそこまでは貰いすぎではないかな」
初期型鉄道を通したのだって、オベロン達ドワーフの技術者だが、ノウハウはしっかりといただいている。
いずれ、タダシ王国にもこれより立派な鉄道を走らせるつもりなのだ。
これは商人賢者シンクーが筋立てた、きちんとした商取引でもある。
食糧や生活物資の支援の代わりに、いただいた帝国軍の軍船に乗せて鉄道の材料となる鉄や燃料の石炭をたんまり積んで帰国するつもりではある。
人の良いタダシは、帝国から過剰に奪うつもりなどなかった。
しかし、ヤマモト提督は真面目な顔で言う。
「それだけではなく、超弩級戦艦ヤマトを始めとした帝国軍の全てをタダシ陛下に差し上げようと思うのです」
「俺は自衛戦力は残すと約束したはずだが……」
「もちろん、祖国の自衛はさせていただきます。しかし、名目上だけでも我々軍人は全てタダシ陛下の軍にお加えいただきたいと思うのです」
前々から決めていたことらしく、ヤマモト提督を始めとした帝国軍の重鎮達はタダシの前にひざまずく。
「理由を聞こうか」
「いまだ強大な戦力を有する帝国軍がこのままであれば、次世代では再び帝国とタダシ王国が戦争になることもあるかもしれない。その疑念を払拭させる方法を熟慮した結果です」
「それが、俺の傘下に入るということか」
「帝国の民も、タダシ陛下の温情に感じ入っております。転生者であられるタダシ陛下は、帝国の皇帝家と故郷を同じくする遠縁の血筋だという噂も流れておりますので、帝国軍が従う正統性もございましょう」
もしかしなくても、その噂を流したのはヤマモト提督なのだろう。
本気だとわかったタダシは、大きくため息を付いて言う。
「わかった。帝国軍も俺の傘下として認めよう」
こうして、タダシは最強の海軍を支配下に収めることとなった。
認められて、ヤマモト提督もホッとしている様子だった。
「これより我々帝国軍は、陛下の剣となって戦いましょう」
「俺としては、過剰な戦力はもう必要ない平和な世界を作りたいと思ってるんだけどね」
「そうでありますか。しかし、我々は戦うことしか知らぬ無骨な軍人ですので……」
「それもおいおい考えていくことにしよう。今日は神々に祈りを捧げる祭りだから、共に楽しもうじゃないか」
「はい!」
タダシは、ひざまずいているヤマモト提督の肩を叩いて、連れ立って神殿や宮殿が立ち並んでいる帝都の中央広場へとやってきた。
建物は全て西洋風で、ところどころに夜店が軒を連ねているのだが、お祭りの明かりだけは
これが、帝国の伝統的なお祭りスタイルだそうだ。
「ああこれは、ビアホールか」
なんだかこれはこれで、懐かしくなってしまうタダシである。
ちなみに、帝国は初代皇帝が作ったピザやパスタなどの異世界の料理の他に、もともと野趣溢れる豪快な料理を得意としており、お祭りにはソーセージにビールは欠かせないものとなっている。
例の
帝都にあったそれらの四つの神殿は、それぞれ始まりの女神アリア様、農業の神クロノス様、鍛冶の神バルカン様、英雄の英雄の神ヘルケバリツ様の神殿に改装された。
その作業を、帝国にいる聖職者達とタダシ王国を代表してサキュバスシスターのバンクシアがやっていたのだ。
政治の世界もそうだが、宗教界も大混乱であり、これから先もいろいろと大変そうだ。
「タダシ様、まずは一杯!」
白い軍服の海軍士官達が座るテーブルに案内されて、渡されたのはビール……ではなく。
「なんだ、これ?」
「水まんじゅうです」
氷が入った器に入れられた白いそれは、なんと葛粉とあずきを使ったまんじゅうであった。
まんじゅうか、これはこれでタダシには懐かしい味なのだが……。
「ささ、どうぞたっぷりとお召し上がりください」
「うわ、めちゃくちゃ砂糖入れるんだね」
まんじゅうの器に、どさどさっと砂糖を入れてくるヤマモト提督。
甘すぎじゃないかと思うのだが、考えてみれば器に盛られた氷も砂糖も、この国では高級品である。
甘ければ甘いほどいいという価値観になるのもわからなくもない。
「砂糖は入れれば入れるほど美味いのですよ。これが、陸に上がった時の我らのごちそうでしてなあ。ささ、どうぞお召し上がりください」
そう言うヤマモト提督は、自分の器にもどかどか砂糖を山盛りにしている。
この国の海軍士官達はみんなそうとうな甘党らしい。
「じゃあ、いただきます」
うん。
意外にも、水まんじゅうは美味かった。
まんじゅう自体は、塩あずきでしょっぱい味だったのだ。
そこに大量に砂糖をまぶしたところで、ちょうどいい甘しょっぱさになっている。
冷たい水によってふやけたまんじゅうの、ふんわりとした柔らかい食感も悪くない。
「いかがですか」
「なるほど、これは美味いね」
タダシが帝国の味を褒めると、海軍士官達が笑顔になってドッと沸く。
「お口に合いましたか! これも初代皇帝が愛した故郷の味だそうです。タダシ陛下は、同じ土地から来られたのですから当然ですね。アハハハッ!」
タダシと帝国の皇帝家との繋がりを見いだせたのが嬉しかったのか、ヤマモト提督達海軍士官は、みんな喜んで水まんじゅうをかっこみはじめた。
そこに帝都にいる神官を連れて、サキュバスシスターバンクシアがやってくる。
「タダシ様。神々を降ろす準備、全て整っております」
「そうか。お供えする料理の方も、マール達ががんばってくれたんだね」
改装された始まりの女神アリア様の大神殿の前に立つのは、巨大なチョコレートケーキである。
結婚式でなくても、タダシ王国がやる祭りはデカいケーキがないと始まらない。
その他、神々へのお供えと言えばお神酒ということで帝国自慢の生薬やフルーツを使ったリキュールや、それを使ったカクテルなどの凝ったお酒。
そして、帝国風の豪快な料理が所狭しと並べられている。
「皆の者、とくとご覧あれ! いまこそタダシ様が、神降ろしの儀を行います!」
なんかサキュバスシスターのバンクシアがめっちゃ雰囲気を高めてくる。
そんなに大したもんじゃないんだけどなと、タダシは笑いながら神殿の前まで行って祈りを捧げる。
すると、天上から白銀の光が降り注ぎ、始まりの女神アリア様を始めとした十人の神々が次々に神殿から現れる。
その神々しき姿に、帝都の神官達も唖然であった。
「……あっ、アリア様が降臨された!」
「なんということだ、アヴェスターの神々が次々と!」
最初は呆然としていた神官達は、いきなりバタバタと
神様が降りてきたくらいで、みんなオーバーすぎだろとタダシは苦笑するしかない。
「タダシ陛下は、本当に神々を降ろすことができたのか! こ、これは……帝国が勝てぬはずだ」
「提督しっかりなさってください! 早く祈らねば!」
「あ、ああ……」
ヤマモト提督ら海軍士官も、よろめきながらも次々に
一方、神々達は、気さくにタダシに声をかける。
まず絡んだのは、知恵の女神ミヤ様だった。
「タダシ。クロノスの爺さんの神殿があって、ウチの神殿がないのはどういうこっちゃ!」
「ああ、すみません。建造が間に合わなかったんですよ。いずれこの帝都にも、お三方に立派な神殿も作って揃えますので許してください」
タダシを攻める知恵の女神ミヤ様に、農業の神クロノス様が血相を変えて詰め寄る。
「これ、ミヤよ。タダシが困っておるではないか!」
「今回の戦いでは、ウチがタダシに与えた『神の見えざる目』の活躍もあったやろ、勝利に貢献した神への配慮っちゅうもんがあるやろ!」
「それなら、やはり勲功はワシの方が上じゃろ」
「爺さんは、タダシのおかげで神力が上がって調子乗っとるんちゃうか!」
知恵の女神ミヤ様と、農業の神クロノス様は、毎度のごとく、あーだこーだと賑やかに言い合っている。
タダシも、これは放って置いていいのだとだんだんわかってきた。
酒はまだかと、鍛冶の神バルカン様が目で言っているので、さっそく神々の上座に案内する。
「さあ神様方、まずはこの地の名物料理とお酒をお楽しみください」
「ほう、カクテルとは面白い趣向じゃな」
神々に先に食べていただかないと、下々の者が祭りを楽しめないのだ。
その辺りにも気を使って、タダシは神々を祭りの席に座らせる。
「バルカン様、帝国の料理は、パスタとかピザもあって、酒を飲みながら食べるのも面白いですよ」
「ふうむ、あのけしからんヴォーダンのやつめは、帝国に集まる美味い供物を一人で独占しておったからの!」
ワシが食べ尽くしてやるわいと、景気よく食べ始める鍛冶の神バルカン様。
それを見て、他の神々も供物の料理がなくなっては大変とみんなして食べ始めた。
慌てなくても料理はたくさんあるのだが、これでみんな宴に入れる。
まあ下々の者はともかく、神殿の神官達は始めて間近に見る神々の姿に食事も喉を通らなかったのだが、それはさておき。
祭りも盛り上がってきたところで、料理を一通り味わって満足した始まりの女神アリア様は口元を布巾で拭いてから言う。
「タダシに、ちょっと話しておかねばならぬことがあります」
「なんでしょうか」
「この世界より追放となった、歓喜の神ディオニュソス、腐敗の神ゲデ、そしてこの国が崇めていた闘争の神ヴォーダンのことです」
「それは、ぜひお聞かせください」
もともと、帝国や魔界にはそれらの神々の信者も多く、どうなったかは誰もが聞きたいことであろう。
タダシも知っておかねばならないことだ。
「反乱を起こして、最後まで改心しなかった三人は、暗黒神ヤルダバオトと同じく宇宙へと封じられました」
始まりの女神アリア様が創っているこの世界の天上から離れて、暗黒神ヤルダバオトが創った世界に移動したため、そのまま暗黒神ヤルダバオトが真空で凍りつくと同時にそこから囚われて出られなくなったということだった。
「それはまた、悲惨な最期ですね……」
自業自得とはいえ、未来永劫の時を生き続ける神々であるからこそ、残酷な末路であるなと思ってしまう。
いまごろ三人で敗北の原因を言い争ってでもいるだろうか。
「まあそこまで心配するほど悲惨でもありませんよ。我ら神と人間の時間の感覚は違いますから」
始まりの女神アリア様は、時間の感覚はその生物の生きた年月によって変化するという話を説明してくれる。
例えるなら、永劫の時を生きる神々にとっては一万年くらいなど人間の一年程度のものらしい。
タダシには、ちんぷんかんぷんなのだが……。
「えっと、それならば、そこまで辛い罰ではないということでしょうか」
「タダシは優しい子ですね。自分達に敵対して世界を滅ぼそうとした神々の末路まで心配してあげるのですから」
「いえ、ただ、その神々を信じていた信者達もいますので、あまり残酷な神話にならなければいいなと……」
そう言うタダシを見て、始まりの女神アリア様は微笑んで言う。
「このアヴェスター世界の神々は十二神でないと安定しません。ですから、いずれ異世界からまた新たな三人の神と異世界の民を呼び寄せることとなるでしょう」
「はい」
「暗黒神ヤルダバオトがいなくなったことで、世界はより善き方向に進むとは思います。しかし、まだ不安定であることも確か。タダシにもこれからも迷惑をかけると思いますが、よろしくおねがいしますね」
「はい! 俺にできることであればなんなりと!」
始まりの女神アリア様は、笑顔で頷く。
「あと最後に一つ……」
真面目な顔で始まりの女神アリア様は言う。
「なんでしょうか」
「……こういった酒宴には、今後も私を忘れずに呼ぶようにしなさいね」
そう言われてキョトンとするタダシだが、すぐに冗談だと気がついて笑う。
「はい、ちゃんと祭りの時はアリア様を真っ先に呼ぶようにします」
「わかればよろしい」
始まりの女神アリア様はそう言って笑ってうなずき、タダシが請け負ってくれるならばこの世界の未来に心配はないとつぶやいて、再び酒宴に加わって他の神々と一緒に存分にお酒や料理を味わい尽くす。
しばらくして、景気づけにオベロン達ドワーフが打ち上げたのか、またドーン!と、大きな花火が打ち上がった。
こうして、ようやく訪れた平和を噛みしめるように、楽しい宴の夜は更けていくのであった。
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