第58話「王の器」

 騎士オルドスとタダシは、城の中庭でお互いに練習用の剣を持って対峙する。


「タダシ王は、本当に神力は使わないおつもりか」

「親善試合だからね」


 オルドスは、神妙な表情で頷く。


「なるほど、ではこちらも聖鎧金剛ダイヤモンドの力は使いますまい。一人の騎士として、タダシ王の胸を借りましょう」


 オルドスが、身につけていた輝く鎧を外す。

 聖鎧と名前が付いているところを見ると、やはり何か特別な装備だったのだろう。


「こちらこそ、胸を借りるつもりで試合させてもらうよ」

「武人として望むところ。では、いくぞ!」


 金剛の騎士オルドスは、己の気持ちをぶつけるがごとく遠慮なく打ち込んでくる。

 さすが本職の騎士、タダシのように小さい頃チャンバラごっこした程度の実力では受けるのに精一杯だ。


「ぐっ、いきなりか!」

「タダシ王、なぜ反撃しない!」


 ドガガッ! と衝撃音が響く。

 足を踏ん張って吹き飛ばされないようにするのに必死だった。


「いや、反撃する暇がないんだ!」


 凄まじい気迫で放たれる斬撃に、タダシは防戦一方となる。

 少しでも気を抜けば、身体ごと弾き飛ばされる。


「それでも、手加減はせんぞ! というか拙者はそういう器用なことができん!」


 オルドスは、容赦なく打ち込んでくる。

 真上からの斬り払い!


 見た目通りずっと重く、鋭い剣だった。

 激しい火花が目の前で散り、なんとか止める。受けられたのが奇跡に思える。


「さすがは、金剛の騎士だ」

「タダシ王。我が剛剣をよく受けた。だがまだまだ行くぞ、これが公国を守ってきた騎士の力と知れ!」


 英雄の☆の数であれば、オルドスが二つも上なのだ。

 本来ならば即座に決着が付いているところだ。


 そこは、オルドスの使う素朴な剣技、金剛流が攻撃の読みやすい素直な流派であることで辛うじて受けられていた。

 戦争を経験して、タダシも剣士として目が鍛えられたということなのだろう。


 受けられさえすれば、タダシには農業の神クロノス様より与えられた完全な肉体がある。

 公国でも金剛の騎士と讃えられるオルドスの重い斬撃を、足を地に沈めながらも全て受け止めてみせる。


「グッ! これは厳しいな!」

「これでも受けるとは、ならば全力で行かせてもらう 金剛疾駆ダイヤモンド・ラッシュ!」


 ダンダンダンダン!

 その大きな体躯たいくの力を乗せたオルドスの重たい剣が、無数の連なりとなって襲いかかってきた。


「うぁああ!」


 ザンッ!


 オルドスが渾身の力で剣を振り上げ、振り下ろしたところで、激しい火花とともついにタダシの手から剣が弾け飛ぶ。

 勢いよく振り切ったオルドスの鉄剣も、見事に折れ曲がっていた。


 お互いの折れ曲がった剣が、どれほど強い打ち合いがあったかと示す。


「ハァハァ……これは、拙者の勝ちか」

「ああ、いい試合だった。さすがはこれまで公国を守ってきた金剛の騎士だ、やはり剣では敵わなかったようだ」


 騎士団の団長代行であるオルドスが勝利し、タダシがその力を認めたことで周りで見ていた騎士たちが喜んで「うぉおおお!」と叫んだ。

 片膝を突いてしゃがみ込むタダシの手を取って、立ち上がらせながらオルドスは尋ねる。


「しかし、なぜだ王よ。なぜ、マチルダ団長を打ち破ったあの神力を使わなかった。そうすれば、拙者など簡単に打ち破れただろうに」


 確かに魔鋼鉄のくわを使い、神力を振るっていればタダシが勝てたかも知れない。


「俺は戦士として戦うと言ったからな。俺は見ての通り農家だ。英雄神の加護も持っているが、☆一つ。戦闘では、オルドスたち公国の騎士には敵わない」

「……タダシ王」


 言いたいことを言い、全力で剣を打ち続けたオルドスの顔はスッキリしたものになっていた。


「生産王などと呼ばれているが、農家の俺の仕事は畑を耕すこと。だから食糧とエリクサーを持ってきたんだ」

「拙者たちにも、働き場所をくれるということか……」


「見てのとおりだ。オルドスたち公国の騎士は強い。そして、新しくできた人族の滅亡を望む魔王国は俺たち共通の敵だろう」

「しかり!」


「俺たちも戦う。だが、まだできたばかりのうちの国だけでは立ち向かえない。だから、助けを求めてここにきた」

「あいわかった! 改めて、タダシ王に物申す!」


「聞こう」

「さようならば、公国の騎士である我らはその恩義に報い、騎士の誇りにかけてタダシ王をお助けしよう! 皆の者もそれで良いな!」


 騎士団長代行オルドスの言葉に、周りで見ていた騎士たちも「応!」と声を上げた。


「ありがとう。期待している」


 二人はガッチリと握手する。

 仲間のところに戻ってくると、商人賢者のシンクーが微笑みながら言う。


「見事な人心掌握術。さすがタダシ陛下ニャ。これで公国の騎士の不満も収まり、こちらの都合よく前線で働いてくれるニャ」

「いや、そんな大したことじゃないよ」


 人心掌握術なんて立派なものじゃない。

 社畜だった頃、散々クレーム処理をやらされたのでその経験が生きただけだ。


 クレームを入れてくる人は問題を解決したいのではなく、ただ自分の気持ちをぶつけたいだけのことが多い。

 相手の話を正面から聞いて、気持ちを受け止めてあげれば自然と収まることを知っているから、ここでも同じことをしただけだ。


 オルドスは、ずっと自分たちの誇りが傷つけられたという話をしていた。

 それはそうだろう。力を誇りとしていた公国の騎士が、ずっと負けっぱなしだったのだから。


 戦争の時であれば相手を負かす必要もあったが、今は共に戦ってもらうために相手の顔を立てるべき時だ。


「タダシ陛下こそ王の器ニャ。エリンなんかに任せてたら、天星騎士団のメンツを潰して面倒なことになってたニャ」

「なんだよシンクーは! 人を脳筋みたいに!」


 またケンカが始まりそうなので、慌てて仲裁する。


「いやいや、シンクーはそうは言ってないだろ。ただ、どうしてもエリンたち島獣人は公国の騎士に恨みがあるだろうから。感情をぶつけあっても問題は解決しない」

「それはそうだね……」


 こう言うと利用するようで悪いのだが、公国軍に頑張ってもらわないと強大になった魔王国と正面からぶつかることになる。

 相手の力もわからない現状では、魔族との戦いに長い歴史を持ち依然として大きな勢力を有する公国軍の協力はどうしても必要だった。


 公王の代理であるオージンとはあらかじめ相談して、当面はタダシ王国が兵站などの後方支援を行い、公国軍がさらなる軍備の増強をして増大する新生魔王軍に立ち向かうという手はずになっている。

 そのオージンとともに、感激の面持ちでマチルダ姫様がやってきた。


「タダシ陛下! お心遣い痛み入ります!」

「いえいえ、俺も公国騎士の士気の高さに感服しました」


「神力を使えば、オルドスなど簡単にぶっ飛ばしてやれたものを……きっと勝ち負けにこだわる未熟な頃の私なら、そうしていました」

「ハハッ、親善試合に神力はないでしょう。冗談ですよね?」


 いきなり聖剣振りかざして攻め込んできた姫騎士なら本気でやりかねないと思うが、さすがに他国の王族にそうは言えない。


「しかし、タダシ陛下はそうはなさらなかった。それどころか、オルドスの剣を全て受け止めて励ましすらしてやった。本当に感激しました。これこそが王の有り様だと」

「褒めていただいて、ありがとうございます」


 キラキラと輝く碧い瞳が、なんかこうグイグイ来て怖い。


「褒めるだなんて、私が万言を尽くしてもタダシ陛下の偉大さを評価することなどできません」

「いやいや、オルドスさんもそうですが、マチルダさんも聖剣を使う剣士ではありませんか。やはり戦いには英雄神の加護こそが重要。マチルダさんの活躍も期待してますよ」


「ああ、私ごときをそのように言ってくだされるとは……」

「マチルダさん?」


 タダシの手を両の手でがっしりと握りしめて、決意を込めて言う。


「やはり、公国を任せられる男はタダシ陛下しかいません」

「はぁ?」


「どうか私と結婚して、公国の次期国王となっていただけませんか!」


 うぉおおい!

 せっかく話が丸く収まったと思ったのに、この姫様いきなり何を言いだした!

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