第57話「前線視察」
タダシは、さらに緊急生産した食糧とエリクサーをたっぷりと持ってフロントライン公国の前線の城まで来ていた。
先に公国入りして支援物資の送り出しを指揮していた商人賢者のシンクーは、魔牛が牽引する車両から降りてきたタダシを出迎える。
「タダシ陛下までご足労願って申し訳ないニャー」
「いや、シンクーに任せっきりですまなかった。魔王軍と正面から相対する公国軍の状況も、直接見ておきたかったところだし、これもいい機会だろう」
前線にも立派な基地があるんだなと、タダシは城を見上げる。
儀礼的に美しい城というよりは、しっかりとした石造りの実用的で堅牢な要塞である。
「タダシ陛下、よくぞいらっしゃいました」
現在、公王の代理を務めるオージンがタダシを出迎えた。
「オージンさんも、元気そうで何よりです」
車両から降りたタダシは、敬礼する公国の騎士が居並ぶ前でオージンと固く握手する。
「こちらは」
オージンの隣で縮こまっているドレスの女性を見て、タダシは少し驚く。
もしかとは思うが……。
「マチルダ王女です。どうしてもタダシ陛下に謝罪して、お礼を述べたいというので連れてまいりました」
「ああ、あの時の姫様ですか」
武装して猛々しく聖剣を振りかざして襲いかかってきた姿しか見てないので、王女としては粗末とも言えるドレスを身に着けて縮こまっているマチルダが同一人物とは思えなかった。
そのマチルダが突然、タダシの前で膝をついた。
「あの時は、申し訳ございません!」
「いやマチルダ姫様、土下座は止めてくださいよ!」
この世界の王族というものがどういうものかはタダシにはわからないが、仮にも王族が部下の前で頭を下げるべきではないだろう。
それも、内々ならともかくこんな城の前で土下座されては困る。
仮にも公国の代表が他国の代表の前に頭に土をつけては、部下にまで恥をかかせることになる。
「これぐらいしか、謝罪する方法が思い浮かばなくて!」
「お互いに過去のことは水に流しましょう。謝罪は受けます。許しますから、ともかく立ってください」
「は、はい……」
やれやれ、あの時の姫様と同一人物とは思えない。
少しやつれたようにも見える。
最後に見た時はショックでぶっ壊れたようになっていたが、一体何があったというのだろう。
あまりの変わりように驚いて、タダシはオージンにこっそりと尋ねる。
「オージンさん。この姫様はどうしちゃったんですか」
「先程も申したように、お許しをいただくために来たのですよ。タダシ陛下は許すとおっしゃって下さった、こんなにめでたいことはありません」
「そうなんですか」
大人しくなったのはいいが、どっちにしろやることが極端な人だなあと思う。
「あ、あとタダシ陛下! 私の父上を助けていただきありがとうございました!」
両手で手を握られて、そんなことを言われてタダシがキョトンとしていると、オージンがフロントライン公国に送ったエリクサーで病の床に伏していた公王が回復したのだと教えてくれる。
「なるほど、エリクサーは重い病気にも効くんですね。エリクサーは今も増産しているところですから、公王陛下だけでなく公国の民の怪我や病気も治るようになるといいですね」
今は兵士に回すのが先決で、民にまでは届いてないだろう。
こうして味方となったのだから公国の民も健康になってくれれば良いと願うタダシだ。
マチルダは感激した面持ちでタダシの手を取る。
「我が国の民にまで気をかけていただいて、本当にありがとうございます」
「いえいえ、友好国となってくださったのだから当然のことですよ」
「本当にあの時の私は愚かなことをしました。多大な援助をいただいて、何も報いる物がないのが心苦しく……」
「いや、こうして共に魔王軍と戦っているんですから十分に報いていただいています。オージンさんは、こちらの意向を最大限尊重してくださってますから、おっと!」
マチルダの金髪から、ぴょこんとイナゴが飛び出したのをキャッチする。
「あ、申し訳ありません。近頃、畑仕事ばかりしていたもので」
「ほお、畑仕事を。なるほど、この世界にもイナゴがいたんですね。懐かしいものを見せてもらいました」
農業をしていたと聞いて、タダシはマチルダに親近感を感じる。
「お恥ずかしながらここより北のアルドの民は、こんな害虫まで取り集めて煮たり焼いたりして食べているのです」
「
「は? タダシ様もイナゴを食べるのですか」
「ええ食べたことありますよ。美味しいですよね」
田舎暮らしが憧れだったタダシは、同僚に物好きだなと言われながらよく通販で取り寄せて食べたものだ。
「イナゴが美味しい?」
「佃煮にはしないんですか?」
イナゴを食べるようなのに、どうも話が噛み合わない。
「いや、煮たり焼いたりするだけで土みたいな苦い味がするものですが」
「え、苦い? 糞出しとかちゃんとやってます?」
「わかりません。不勉強で申し訳ありません。調理までよく見ていなかったもので」
お嬢様育ちのマチルダの感覚だと、どうしてもイナゴはおぞましい食べ物にしか見えなかったのだ。
納豆にはなんとか順応したマチルダも、イナゴだけは我慢して嫌々食べていた。
「何もしてないんじゃマズいかもなあ。補給物資として、醤油や砂糖も持ってきたので佃煮を作ってみましょうか。きっと美味しく食べられますよ」
「イナゴが美味しくなる方法があるんですか、ぜひ教えて下さい!」
そんな方法があれば、アルドの民は救われる。
マチルダは熱心に聞き入るし、タダシも料理の話は好きなのですっかり話し込んでしまった。
ちょっと話が脱線しすぎたような気もするが、話が弾んでいいムードになってきた。
タダシは、ここで本題を切り出そうとする。
「そうだ。せっかくですから、ぜひマチルダさんに紹介したい方がいるのですが」
魔牛車には、レナ姫も待たせている。
いきなり公国の姫であるマチルダが来て驚いたが、友好的な魔族もいるのだと公国首脳部に示すまたとない機会だ。
滑り出しは順調で、友好ムードはうまくいきそうだったのだが……。
「タダシ王に物申す!」
突然、護衛騎士の列から大柄の騎士がドスドスと前に出てきた。
身につけている輝く鎧は立派なのだが、モジャモジャの顎髭で護衛騎士というよりまるで野武士といった風情である。
「この人は?」
オージンが説明する前に、本人が名乗りを上げた。
「拙者、天星騎士団団長代行を務め、公国軍の前線指揮官でもある金剛の騎士オルドスと申す! タダシ王に物申したい!」
一際でかい声で、凄まじい迫力である。
負けじとオージンが一喝する。
「控えよオルドス! 他国の王の御前で失礼ではないか!」
「いや、オージン殿。せめて一言、言わせてくだされ!」
オージンと一緒に、マチルダも飛び出していって「控えろオルドス!」と取り押さえにかかっている。
タダシはそれを止めて尋ねる。
「オルドスさんと言ったな。俺に物申したいことがあるなら聞こう」
物申す! というのが面白くてタダシはちょっと笑う。
なんか時代劇っぽい口調が移ってしまいそうだ。
「では、遠慮なく物申す! タダシ王は友好と言われるが、我が国の貴族や騎士はタダシ王国に民を奪われて困っている! ドワーフたち鍛冶師もいなくなり、大鉱山も稼働を停止して補給もままならぬ状況だ!」
それに、マチルダが激高して言う!
「オルドス! 貴様、私に恥をかかすつもりか! 民が流れて行っているのは、我々の統治の仕方がダメだったからだ。貴族や騎士が困っているだと、よく言えたものだな! 貧しい民がどれほど苦しんでいるか、私はその惨状をつぶさに見てきたのだぞ!」
それに、タダシは待ったをかける。
「マチルダさん。先にオルドスさんの言い分を聞きましょう」
「ハーハー! 民の窮状を知らぬ者の言うことなど聞く価値はありません!」
息を荒げて怒っているマチルダも極端すぎる。
タダシはそちらもなだめて、とりあえずオルドスの言い分を聞く。
「軍に補給していただけたのはありがたい! だが、それで誇りある公国軍が大人しく飼いならされると思ったら大間違いだ。友好などと口にはするが、タダシ王の目的は国の乗っ取りではないのか!」
「オルドス! 言うに事欠いて貴様ぁああ!」
今にも抜剣しそうなマチルダを抑えるのに、オージンとタダシが必死になる。
しかし、そのマチルダの剣幕を浴びてもオルドスは一歩も引かない。
「姫様も姫様だ。公王の嫡子であり、仮にも団長であった誉れある貴女が他国の王に這いつくばって、公国騎士の誇りはどうなる!」
「そこまで言うかオルドス! 覚悟は出来てるのだろうな。我が剣はまた鈍ってはおらんぞ!」
ドレス姿でも、聖剣はマチルダの手にある。
いかに金剛の騎士オルドスといえど、マチルダには敵わない。
「斬り捨てたいのならば、斬り捨てられよ。これまで公国の独立を保つために魔王軍と必死に戦って来たのは我々だ! 誇りより命を大事にするような者は、我が騎士団には一人もいない!」
こちらも涙ながらの訴え。お互いが意固地になってしまっていて、どうしようもない。
タダシは、まずマチルダを止める。
「マチルダさんも、抑えてください。俺が話すと言いましたよ」
「……はい。失礼しました」
タダシは言う。
「オルドスさん。俺に公国を乗っ取るようなつもりはない。公国の騎士団とも協力して事に当たりたいからこそ、こうして補給物資をかき集めて持ってきた。それで納得できないのか」
「拙者は騎士だ。まどろっこしい言い合いは好かん。剣で決着をつけよう」
このつっけんどんな態度に、タダシと一緒に付いてきた獣人の勇者エリンがついに怒った。
「いい度胸じゃないか! ボクがコテンパンにしてやるよ!」
「待てエリン」
「だって、挑発してきたのは向こうじゃないか!」
金剛の騎士の二つ名を持ち、天星騎士団の団長代行を務めるだけあって、オルドスも英雄神の加護
それでも、
団長代行を務めるオルドスの不満は、オルドスだけのものではない。
すでに無益な争いも終わってお互いに友好を確かめ合う場で、過去の因縁をぶつけ合っては話がまとまらない。
「ここは、俺がオルドスさんの相手をしよう」
「タダシ王自らか、望むところ!」
「ただこれは、親善のための稽古だ。練習用の剣で、お互い同じ条件で勝負しよう」
「なんと、あの魔鋼鉄の武器は使わなくていいのか?」
これには、オルドスが驚いた。
オルドスも、聖剣の力を持つマチルダをタダシが神力で抑えたのは見ている。
しかし、ただの騎士としての決闘となればまた話は別だろう。
エリンも小声で、「大丈夫なの?」と尋ねるほどだ。
「大丈夫だ。俺に考えがある」
タダシたちは城の広場まで行って、お互いに練習用の刃を潰した鉄剣を手に取ると、みんなが見守る中で親善試合が始まった。
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