第10話「異世界の住人に遭遇する」
浜でタダシが魚介パーティーを繰り広げていると、ジャブジャブと水を飲んでいる音が聞こえる。
「くぅん」
「え?」
クルルが新しい海老をくれと頭を擦り付けている。
じゃあ、水を飲んでるのはと思って見下ろすと。
クルル用のボウルに頭を突っ込んで、ジャブジャブ水を飲んでるクルルじゃない赤毛の何かがいる。
「うわ!」
「水っ! 水がもうない!」
髪の毛はなんか犬っぽい毛むくじゃらで耳まで生えてるのに、身体の方は赤い水着を来た小柄な少女だったのでびっくりする。
よくよく見ると、やはり犬ではなく人間の少女である。
年の頃は、せいぜい十五歳といったところだろうか。
お尻に申し訳程度に可愛らしい尻尾が生えてるから、異世界ファンタジーによくいるという獣人というやつか?
いやでも、異世界ファンタジーに水着っておかしくない?
「ええっと? 君、誰だよ」
「くぅんくぅん! お水ぅ! お水ぅ!」
初めて見た異世界の住人だ。
妙なことばかり気になるが、そもそもどこから来た。
しかし、獣人の少女は喉の乾きが切実のようなので、そっちのほうが先決か。
とりあえずボウルに水を汲んで飲ませた。
あげてから気がついたけど、それ犬用の器なんだけどいいのかな。
「くぅん! くぅん! ご主人様そっちの食べ物も、早く! 早く!」
「いいけど、クルルの真似やめてくれないかな」
なんか娘と言ってもおかしくないほど若い子にご主人様なんて言われると、妙な気分になる。
クルルも鳴き声を真似されて妙な顔してるぞ。
獣人の子は飼い犬の真似をすれば、餌をもらえると思っているらしい。
しょうがないのでタダシが海老を少し冷まして、獣人の子にあげようと思った時、沖に泊まっている船から声が上がった。
「そこの人間! エリンから離れなさい!」
気がつくと数十人の水着の女の子に囲まれていた。
どうやらあの船から次々に降りてきたようだが、食事に夢中で気が付かなかった。
先頭で叫んでいるのは、銀髪の長い髪をした耳の長い女性だ。
年の頃はエリンと呼ばれる少女よりも年長で、十六か十七歳くらいか。
耳が長いのは、ファンタジーによくいるエルフという種族だろうなと予想はつく。
美しくスラリとした身体。
船から上がる時に濡れたのか、肩まで伸びた銀髪から水が滴っている。
水弾きの良さそうな白い肌は、潮風や陽の光を物ともせず艷やかで、おおよそ人間離れしている。
ただそれにしても肌が白すぎるというか、表情にかなりの疲れの色が見える。
頬がやつれていて、みんな一様に
まるで女神のような美貌なのだが、すでに本物の女神を見ているタダシはそれほど驚きもしない。
ただ、着ているのがビキニなのはすごく気になる。
なんで異世界ファンタジーで、エルフが青いビキニなんだよ。
おかげでふくよかな胸の膨らみが露わとなっており、タダシは眼のやり場に困る。
うーむ、困るのはこの状況もか。
本来なら第一村人発見とでも言いたいところだが、そんな
なぜか知らないが、タダシは敵視されてしまっているようだ。
あ、これあれか。
高慢な種族であるエルフは、人間を
ファンタジー世界のお約束なのかもしれないが、人種差別は嫌だなあ。
タダシはいざとなれば加護があるので、この人数に囲まれてもわりと余裕である。
しかし、エルフといえば森に住んでるイメージなんだけど。
海からエルフが現れるのはちょっと不思議だ。
「離れろと言われても、自分から近づいたわけじゃないんだけど」
このエリンって呼ばれていた獣人の少女が、勝手にタダシの魚介パーティーに飛び込んできたのだ。
「もぐもぐ……イセリナ。この人はいい人だよ」
思わず手を離してポロッと落とした海老を、エリンと呼ばれた赤毛の獣人の女の子はナイスキャッチしてバクバクっと食べてしまう。
「ご主人様、もっと食べていいよね」
「そりゃいいけど。そのご主人様っていうの止めてくれないかな」
なんかそのせいで余計、女の子たちの目つきがキツくなってるように見えるんだが。
俺に女の子を飼う趣味はないよ。
タダシにあらぬ疑いをかけたエリンは、海老やアワビを素手で取ってパクパク食べている。
手が熱くないのかな。
「ダメですよエリン! その男は人間です。人間がいい人なわけないでしょう。その食べ物には毒が入ってるかも!」
それには、タダシが抗議する。
「いや、この海老はそこで採れたものだし、自分たちも食べてるものに毒なんか入れるわけないんだが。ご挨拶だな……」
このエリンという獣人の女の子はともかく、どうも囲んでいる水着の女の子たちから敵意を感じる。
タダシとしては、人間だという理由で言われもなく嫌われているのは釈然としない。
みんな驚くほど美形の耳の長いエルフや、エリンと同じようなカラフルな髪色の犬型獣人たちだ。
タダシを警戒しながら、イセリナと呼ばれている代表者らしき銀髪のエルフは尋ねる。
「では聞きます。この辺りでは見慣れない人ですが、あなたはフロントライン公国人ですか?」
「えっ、何ライン?」
タダシの反応から違うようだと察して、イセリナは質問を変える。
「それでは、ここはどこかわかりますか?」
「えっとそうだな。神様が言うには、この辺りは
タダシの言葉に、水着のエルフと獣人の女の子たちがざわめきはじめた。
「ほ、本当なのですか? 辺獄の海域は、漆黒の猛毒で汚染されて近づけないはずなんですが」
考え込むイセリナは、「辺獄まで漂流してしまったのかしら。しかし……」とつぶやいている。
「ああ、それなら俺が浄化したから」
その言葉にイセリナは顔をあげて、懐疑の表情を浮かべる。
「辺獄を浄化ですって? ありえないことを言いますね。やっぱり怪しい人です」
ありえないと言われても、実際そうなのだからと肩をすくめるしかない。
「イセリナたちも食べ物をもらいなよ。この人、美味しい水も持ってるよ」
「エリン。のんきなことを言うんじゃありません!」
それは、タダシもそう思う。
勝手にタダシの魚介パーティーに潜り込んで、我が物顔に飲み食いしてるエリンはのんきすぎる。
別にそこで採った物を焼いただけだし、いいと言えばいいんだが、無防備すぎないか。
むしろ警戒している他の子たちのほうが、まともと言える。
「なんで、もう船には水も食べ物もないじゃん。媚びでもして、この人にもらわなきゃみんな死んじゃうよ!」
「それは……」
言いよどんで、イセリナはじっとタダシの方を見てくる。
「水と食べ物くらい、あげてもいいけど。全部そこらで拾ったものだから」
「……やはり人間は信じられません。だいたい、その魔獣はなんですか。何を企んでいるんです?」
「ええ、魔獣ってクルルのことを言ってるのか?」
「くぅん?」
俺と同時に、可愛らしくクルルも鳴く。
おお、よーしよし。
こんなに真っ白くてもふもふで可愛いのに、魔獣とか失礼しちゃうよな。
「くぅんじゃないですよ。その獰猛そうな牙、竜の鱗をも切り裂きそうな爪。明らかに魔獣フェンリルじゃないですか!」
「お前、魔獣だったの?」
俺に身体を擦り寄せてくるクルルはバタバタと尻尾を振って、可愛らしく小首をかしげる。
「きゅい?」
「違うって、ただの犬だよ」
こんなつぶらで可愛い瞳をした犬が魔獣なわけがない。
「違いませんよ! 少なくとも犬じゃねえ! フェンリルも犬の振りをやめろ!」
そう言われてみてみると、大型犬にしてもでっかくなってきたし爪とか牙とかちょっと迫力があるというか。
「もしかしたら、クルルは狼なのかもしれないな」
「くぅん」
そうかも知れないとクルルは頷く。
「違いますよ! 狼がこんなにでかいわけないでしょ! 誰がどう見ても伝説の魔獣フェンリルですよ! ゲホゲホッ……」
「イセリナ様!」
「お気を確かに!」
ここまで漂流してきたのでも、疲労困憊だったのだ。
そこに血管がブチ切れるほどツッコミした結果、イセリナは倒れてしまった。
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