第94話「壮麗なる大神殿」

 聖姫アナスタシアがタダシ王国の視察を終えて王城に戻ると、また驚いてひっくり返ってしまった。


「な、なんでぇぇぇ!」


 前に王城に来てから、まだ十日も経っていない。

 それなのに、魔族の神ディアベル様の神殿の隣にそれよりも更に立派な白亜の大神殿が出来上がっていた。


「なにか、不都合でもありましたか。立派な創造神アリアの神殿だと思うんだけど」


 そもそも創造神アリアの神殿を作れと言ったのは聖姫アナスタシアなのにと、タダシたちは困惑する。


「神殿ができるのが早すぎます!」

「ああ、それは俺も思った」


「ですよねぇ!」


 初めてタダシが同調してくれたので、襟元に掴みかかる勢いで飛びついていく聖姫アナスタシア。


「シップ、どうしてこんなに早くできたんだ。建造はともかく、材料を魔王国から運ぶだけでも船便で一ヶ月はかかると思うんだが」


 施工を担当したタダシの妻でもある建設チームのリーダー。

 獣人のシップが、ニヤニヤと笑っている。


「それがねぇ、材料はすぐ届いたんだ」

「どういうことだ?」


「イセリナ様が、今度こそ謁見の間の内装だけでも大理石張りにするって言い張って注文してたのさ。それがちょうど今頃届いたんで、使えるなって」

「ああ、魔族の神ディアベル様の神殿を建てた時と一緒のパターンか」


 イセリナも懲りないなと、タダシは笑っている。

 そう言われても、聖姫アナスタシアはキョトンとしている。


 タダシの最初の妻カンバル諸島の元女王イセリナは、なぜか王城に大理石を使うことに凄くこだわっているのだ。

 王の城は壮麗で美しくあらねばと、なんだかそういう美学があるらしい。


 石造りの王城に大理石は合わないってみんなが言ってるのに、まだ諦めていなかったようだ。

 恥ずかしそうに他の妻の後ろに隠れているイセリナは、顔を真っ赤にして言う。


「タダシ様のために、立派な謁見の間を造りたかったんです!」

「いや責めてないからね。むしろ、イセリナのおかげで助かったよ。神殿造成は早いほうがいいから、謁見の間の内装については、まあその後日相談するとして……」


「もう言わないでください」


 イセリナは恥ずかしそうに、引っ込んでしまった。

 聖姫アナスタシアが不思議そうに聞く。


「先程の方は?」

「俺の最初の妻イセリナです」


「あの……」

「言わんとすることはわかりますよ。本当にアナスタシアさんに瓜二つですよね。イセリナ、いい機会だから挨拶したらどうかな」


 タダシに言われて、イセリナはかしこまって挨拶する。


「聖姫アナスタシア様、お初にお目にかかります。タダシ様の妻イセリナ・アリアドネと申します」

「イセリナ様……」


 聖姫アナスタシアが当惑するのも無理はない。

 人間とエルフという種族の違いがあるにもかかわらず、まるで双子の姉妹のようによく似ている。


「イセリナは、海エルフの族長でカンバル諸島の元女王なんだ」


 タダシは、妻に序列を設けているつもりはないが、みんなの取りまとめ役で島の女王であったイセリナは、最初の妻という言い方で正妻として扱っている。

 女王と言われて、イセリナは肩をすくめる。


「女王というのは昔の話です。エルフ氏族の古王エヴァリスの枝葉として、当時はイセリナ・エル・エヴァリスと名乗っておりましたが、今はタダシ様に王位を禅譲ぜんじょうしております」


 聖姫アナスタシアは、ぼんやりとした顔でイセリナを見つめていた。

 周りも驚くほど似ているのだから、本人からしたら驚いて当然だろう。


「し、失礼しました。あまりのことに見とれてしまって、聖王国のアナスタシア・アヴェスターです」

「どうぞお見知りおきください」


「イセリナ様は、エルフ氏族の古王エヴァリスの枝葉とおっしゃいましたが、古のエルフの王族は我が聖王家とも関係があったと言われております。もしかしすると、イセリナ様とは血の繋がりがあるのかもしれませんね」


 これも何かの運命なのか。

 種族の違いがあるにもかかわらず瓜二つの二人は、まるで鏡合わせのようにお互い見つめ合っている。


「さて、せっかくだから今から大神殿を見に行かないか」


 タダシがそう提案して、みんなで大神殿に上がって祈りを捧げることにした。

 壮麗なる大神殿は聖王国のものをもかくやと思わせる出来栄えだった。


 聖姫アナスタシアは、聖王国の創造神アリアを祀る大神殿を参考にしたのだろうかと思うと、タダシが言う。


「ああ、これは見事だ。神殿の中も天上で見たまんまだね」

「え、タダシ陛下は、天上の神々の神殿を見たことがあるのですか」


「アリア様に最初にこの世界に呼ばれた時に。この話をすると、みんなあんまり信じてはくれないのだけど」


 タダシは転生者であることを隠してはいない。


「いえ、信じます。そもそもこんなに早く神殿を造ることが奇跡ですから」


 どんな大国でも、一年はかかるだろう。

 それをまたたく間にやってしまうとは、一体どんな魔法を使ったのだろうと目を疑う。


 いや、魔法ではないのだ。

 タダシ王国の民に、それを可能にするだけの国力があるのだ。


「それでその時天上で見た神殿を説明して、建てる時の参考にしてもらったんだけど、さすがはシップだ。見たまんまだ」


 大神殿を作るというビッグプロジェクトを完遂した獣人のシップは、誇らしげに瞳を輝かせる。


「いや、タダシ様が考えたブロックごとに班を分けて、一番早く出来たやつに褒美をやるって手法が良かったのさ。みんなそれでやる気になってくれて、こんなに早くできた。ほんとにいい方法を思いつくもんだ」

「俺の世界には普通にある方法だからね」


 その普通のことをやるのが難しいのだが、みんなのやる気を引き出せたのは施工を監督したシップたちが優秀だったからだろう。

 タダシが天上で見た創造神アリアの神殿には、香り高い花が咲き誇っていた。


 最後の仕上げをしようと、タダシはくわを振るって神殿の周りを百合の花の園へと変える。


「なんと美しい。これが天上の神々の住まう園なのですね」


 美しい大理石の神殿の周りを、様々な色の百合の花が彩る。

 そこはまさに、天上の楽園であった。


「さてと、アナスタシアさんに一つお願いがあるんだけど」

「はい、何なりと」


「この大神殿を使って、この辺獄へんごくの地に始まりの女神アリア様を呼び出して欲しいんだ」

「なんですって! 私にはそのような力はありません」


「いや、聖姫であるアナスタシアさんにしかできないことなんだよ」


 タダシは、手短にこれまでの話をする。

 この世界は今、創造神アリアに取って代わろうとする暗黒神ヤルダバオトの脅威にさらされていること。


 この辺獄の地中に潜んでいる暗黒神ヤルダバオトは、とりあえず神々とタダシの浄化によって抑え込んだが、完全な抑え込みには創造神アリア様による封印が必要になるということ。


「そのようなことになっていたとは……。それが本当ならば、魔族や人族の違いで争っている場合ではないですね」

「それもあって、俺達は和平を急いだんだよ」

 

「暗黒神ヤルダバオトという名は初耳ですが、創造神に従わなかった悪しき神の話は言い伝えで知っています。タダシ様によって辺獄が浄化されたという話を聞いた時に、それも確認しておくべきでしたね」


 聖姫アナスタシアにとっても痛恨の極みだ。

 タダシの神技に圧倒されるばかりで、聖姫としての務めを十分に果たしてなかったと反省する。


 これは、すぐにも聖王国に知らせなければならない重要事項である。


「説明が後回しになって申し訳なかった。どうせだったら、神殿を建ててしまってから説明した方が良いと思ってね」

「いえ、こちらもいきなり言われても信じられなかったでしょうから。しかし、まだ聖王位も継いでいない私に創造神アリア様を降ろすことができるでしょうか」


「知恵の女神ミヤ様によると、神様は生きている次元が違うから直接地上に関与できないそうなんだ。でも、地上に力を行使する代行者がいれば話は別だ。聖王の血筋のアナスタシアさんを通してなら、創造神アリア様も地上でその力を発揮できる」


 タダシもただの転生者ではなく神降ろしができる神の代行者なのだが、他ならぬ創造神アリア様を降ろしてその力のすべてを行使するとなれば聖姫アナスタシアの協力が必要になる。

 万全を期すのであれば現役の聖王の方が良いのかも知れないが、その後継者がここに来てくれただけでも幸運というものだろう。


「実は、私は他ならぬ創造神アリア様のお告げでここに来たのです」

「そうか、アリア様のお導きだったか。それならなおさらのこと。アナスタシアさんに神降ろしの祭りをお願いしたい」


「わかりました。私に務まるかどうかわかりませんが、やってみます」

「よーし。そうと決まれば準備だな」


 タダシがそう言うと、さあ祭りの準備だとみんな色めき立ち始めた。


「あの準備って何をなさるのですか」

「えっ、お祭りの準備なんだから決まってるでしょう。神様たちにお供えするごちそうをつくるんだよ」


「ごちそうですか?」


 厳かな聖王国の宗教儀式とはまるで違う。

 聖姫アナスタシアは、大量の料理を並べて巨大なフルーツケーキまで作ってお供えするタダシ王国のにぎやかな儀式に仰天することになるのであった。

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