第95話「創造神アリアついにタダシ王国に降臨す」

 壮麗な創造神アリアの大神殿の周りには、十万人近い数の民衆がひしめいていた。

 創造神アリアを神降ろしする大祭があると聞いて、タダシ王国の全土から集まってきた民に加えて、アンブロサム魔王国やフロントライン公国からも多くの観光客がやってきている。


 ついに、国を上げての壮大な祭りが行われようとしている。

 神殿の建っている小高い丘から辺りを眺めて、この歴史的光景に聖姫アナスタシアはため息を吐いた。


「地平線の彼方まで人がひしめいている。創造神アリア様の降臨ともなれば無理はありませんが、これほど多くの人々が集まる祭りは、聖王国にもありませんね」


 相争っていた魔王国と公国の民衆が一緒になって祭りを楽しんでいる。

 こんな光景は、聖王国のみならずこの大陸のどこにもない。


 儀式を前に、聖姫アナスタシアは極度に緊張している自分を自覚していた。

 神降ろしと言ってもそれは遠い昔の伝説上の話で、本当に自分にそのようなことができるのか半信半疑だ。


 しかし、神降ろしの祭りと聞いて集まってきた民はみんなそれを信じているようだ。

 その信仰の力こそが、これまでの神降ろしの噂が真実である証拠のように感じられた。


 そこに、タダシがやってくる。


「アナスタシアさん。そろそろ始めようか」

「はい」


 聖姫アナスタシアは、神殿の奥にあるアヴェスター十二神の神像が並んでいるところまでやってくる。

 そこにはすでにイセリナを始めとしたタダシの妻たちが、それぞれ自分の産んだ子供を腕に抱き、神々に寿ことほぎを受けるために並んでいる。


 海エルフの元女王イセリナが抱いている銀髪の男の子がリョウで、最初に生まれたタダシの長男である。

 順当にいけば、タダシ王国はこのリョウが継ぐことになる。


 料理人のマールの抱いている、穏やかで優しそうな女の子がミライ。

 この子は二人目で長女ということになる。長男のリョウと長女のミライで、合わせて良い未来が来るようにという願いを込めてそう名付けられている。


 公国の勇者マチルダの抱いている金髪に青い瞳の男の子がセージ。

 マチルダが妻になったのがみんなより遅かったので、最近産まれたばかりの末子であるが、この子には公国の未来がかかっている。


 獣人の勇者エリンの抱いている男の子は、母親譲りの燃えるような赤髪で、芯が強そうに黒い瞳をしている。

 エリンの子だから、名前はこれしかないだろうとユウキと名付けられた。


 商人賢者のシンクーが抱いている子は、猫妖精ケットシーの血が強いのか、特徴的な猫耳と尻尾を持ち青髪青目でそのまんまシンクーそっくりの男の子だ。

 さすがは賢者の子だけあって賢そうな顔立ちをしている。聡明であるようにとケントと名付けられている。


 大工チームのリーダー、獣人のシップの抱いているのは男の子で、どこか泰然としている。

 タダシはこの子は大物になるんじゃないかと密かに思っている。偉大な職人になるようにとの願いをこめてタクミと名付けた。


 ガラス職人の海エルフ、アーシャの抱いている女の子は、黒髪で黒色の瞳を好奇心に輝かせている。

 キラキラ光る物が大好きで、アーシャが手慰みに加工してた翡翠のアクセサリーを掴んで手放さなかったためにヒスイと名付けられた。万事控えめな母親に似ず、やんちゃな子になるかもしれない。


 農業チームのリーダー、海エルフのベリーが抱いているのは無邪気で元気そうな女の子。

 元気に育って欲しいという願いでミズホと名付けられた。ミズホは、元気に立ち上がる稲穂であり、タダシの故郷の日本の美称である。


 裁縫チームのリーダー、海エルフのローラの抱いている子は、オリベと名付けられている。

 ローラ譲りの金髪に黒い目。気品のある男の子で、どこか泣き方も上品な感じがする。オリベは、織物を司る古代の役職からそう名付けた。


 タダシ王国の将軍となった海エルフのリサの抱いている艷やかな黒髪でくりくりっとした黒目の男の子は、リツと名付けられている。

 リツは実直という意味もあるし、健やかであれという願いもある。端正な顔立ちのリサの血筋か、かなりのイケメンで何となく将来女泣かせになりそうな雰囲気がある。


 タダシの最初の十人の妻に、十人の子供。

 こうしてみると、壮観である。


 その後ろにはまだ多数の妻が控えており、その妻たちもいずれ子を産むのではないかと思うと、自分の家族はどこまで増えていくのかとタダシは感嘆たる気持ちになる。

 そんなことをタダシが考えていると、神像に光が降りてきて農業の神クロノス様がひょこりと顔を出した。


「ああ、クロノス様いらっしゃいませ」

「タダシ久しぶりじゃな」


「えっ……」


 何の前触れもなく神様がいきなり出てきて、聖姫アナスタシアは絶句している。

 聖王国では、奉納の儀式があってその次に祝詞のりとがあり、その上で神様に声をかけられることがあるという段取りがあるのだ。


 きっと厳かな儀式があって、その後に神様がお出ましになるのだろうと思っていた。

 その段取りを無視して、いきなり神降ろしが起こったので聖姫アナスタシアは硬直するしかない。


 しかし、さらに聖姫アナスタシアを驚愕させる事態が起こる。


「クロノスは何をあんなに慌てとるんじゃ。急がんでも捧げ物の酒は逃げぬというのに」

「あら、芳しい百合の香りがしますね」


 鍛冶の神バルカン様、癒やしの神エリシア様。


「ここに降りてくるのも久しぶりやな」

「このような神殿まで作って、また城が立派になったようだな」


 知恵の女神ミヤ様、英雄の神ヘルケバリツ様。

 タダシと親しい神々が、何の前触れもなく次々と神像の前に現れる。


「ガルルル」

「ふん、何を言うかオード。我が信者たちの様子を見に来ただけだぞ……」


 魔物の神オード様。魔族の神ディアベル様まできて、血の気が引いた聖姫アナスタシアは顔面蒼白となり失神しそうになった。

 アヴェスター十二神の、まさに半数がこの大神殿に集結している。


「おお、これがタダシの子か。めんこいの。よし、さっそく加護を授けてやろう」


 農業神クロノスは、たまたま近くにいたマールの子ミライを抱き上げて、農業神の加護☆☆☆☆☆ファイブスターを与える。


「あー! クロノスの爺さん何をやっとるんや!」

「加護を与えただけじゃが、なにか(キリッ)」


 農業神クロノスは、決め顔でそう言った。


「なにが(キリッ)や! 決め顔で言ったら許されると思うなや! みだりに高位の加護を与えるなと何度言ったらわかるんや!」

「なんじゃ、相変わらずミヤはケチじゃの。ほんの☆五つだけじゃろ」


「五つは人間に与える最高の数やろ。爺さんは感覚麻痺しとるんちゃうか!」

「ワシまた何かやっちゃいましたか?」


 まるで無自覚に力を振り回す賢者のような口ぶりで、ニンマリと笑う農業の神クロノス様。


「ウチの信者の真似するなや! 調子に乗るのもたいがいにせえ! おい、待て! 何しとるんや! ぎゃー!」


 調子に乗った農業の神クロノス様は、続いてベリーの子ミズホに農業神の加護☆☆☆☆☆ファイブスターを与える。

 知恵の女神ミヤ様に止められる前にやることをやってしまおうという腹だ。


 あとから来た鍛冶の神バルカン様が爆笑する。


「ハハハハッ、クロノスはまた派手にやりおったな」

「笑い事ちゃうぞ。バルカン!」


「まあミヤも考えよ。加護の☆を十個も持つタダシなのだ。その子なのだから、☆を五つくらいならば地上の秩序は崩れまい」

「しかしやなあ……」


 それには、意外なことになだめる鍛冶の神バルカン様に、英雄の神ヘルケバリツ様も賛同した。


「ミヤ。☆五つまでなら良いだろう」

「ヘルケバリツまでそんなこと言うんか!」


「タダシの血族でなくとも、他ならぬ我が信者の勇者の子らだぞ。私も加護を授けてやろうと思っていた」


 そう言われると、知恵の女神ミヤ様も自分の信者である商人賢者シンクーの子にだけは、知恵の神の加護☆☆☆☆☆《ファイブスター》を与えようとしていたのだ。

 他も許さないというわけにはいかない。


「うーん、しゃーなしやな。勇者の子は、母親も☆五つやからそこまではええやろ。でもみんな上限は☆五つまでやからな!」


 英雄の神ヘルケバリツ様は、獣人の勇者エリンの子ユウキと、公国の勇者マチルダの子セージと、ついでとばかりにタダシ王国の将軍となったリサの子リツに英雄神の加護☆☆☆☆☆ファイブスターを授ける。

 癒やしの女神エリシア様はイセリナの子リョウに加護☆☆☆☆☆ファイブスターを授ける。

 鍛冶の神バルカン様は、ホイホイホイっとシップの子タクミ、アーシャの子ヒスイ、ローラの子オリベにそれぞれ鍛冶の神の加護☆☆☆☆☆ファイブスターを授ける。


「上限五つやって言ったやん。全員上限まで与えるってどういうことやねん……」


 しかし、そう言う知恵の女神ミヤ様もシンクーの子ケントに知恵の神の加護☆☆☆☆☆《ファイブスター》を与えてしまったので文句が言えない。

 結局蓋を開けてみれば、タダシの子供たちは全員が☆五つとなったのだった。


 魔族の神ディアベル様は「我の信者の子はまだいないのか、つまらぬ……」と少し寂しそうにつぶやき、魔族であるサキュバスシスターバンクシアたちを呼び寄せた。


「ディアベル様、私たちになにか御用ですか」

「うむ、フジカ・イシュカ。バンクシア・エリキフォリア。両名はすでにタダシの子を身ごもっている。無事に産まれたら加護を授けるから我の神殿に来るように」


「ほ、本当ですか!」

「光栄なことでございます! これぞディアベル様のお導きですね!」


 フジカたちがタダシの子を身ごもっている。

 そう聞いて、他の吸血鬼の女官たちも魔族の神ディアベル様に詰め寄る。


「ディアベル様、私達はまだなんですか!」

「お前らはまだだ。励むように」


「えー残念!」

「ディアベル様に言われたんだから、もっと励まなきゃ……」


 赤子に加護が与えられる横で魔族の神ディアベル様による受胎告知が行われていた。

 みんなワイワイキャーキャーと、たいそうにぎやかなものだ。


 もともと加護というものを与えない魔物の神オード様は、大きなあくびをしている。

 一部始終を目撃した聖姫アナスタシアは、加護を授けるのが終わってタダシたちが神々と歓談していても、まだ硬直している。


 それを見かねたタダシが、聖姫アナスタシアに声をかける。


「アナスタシアさん。そろそろ始まりの女神アリア様を呼ぼうかと思うんだけど」

「タダシ様。こ、これは……」


 農業の神クロノス様が笑って言う。


「アリア様も、たいそうここに来たがっておったからのう。神の代行者が来てくれてよかったわい」


 恐れ多いのか、クロノス様に直接尋ねられない聖姫アナスタシアに代わって、タダシが尋ねる。


「クロノス様、アリア様はどう呼べばいいんでしょうか」

「特に決まったやり方はないのう。いつも通りに祈れば良いじゃろう。地上の者には見えんじゃろうが、この神殿には道がすでに天上へとつながっておる。呼べば来るはずじゃ」


「アナスタシアさん。お願いできるかな」

「やってみます……天にまします地上を創りし偉大なる御方、始まりの女神アリア様。どうか愚かなる私どもに、救いと光をお与えください」


 聖姫アナスタシアが、厳かに祈りを捧げると、天からまばゆいばかりの銀色の光が降り注ぐ。

 その光の中より、母性と慈愛に満ちた海のように深い瞳を持つ女神。


 銀色の長い髪をなびかせた、この上なく美しい始まりの女神アリア様がついにその姿を現した。

 その神々しき姿に、タダシたちのみならずアヴェスターの神々ですら静かに跪いた。

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