第96話「アリアの大祭」

 この世界を創りたもうた始まりの女神アリアは、万感をこめて言う。


「大野タダシ……」

「はい!」


そとより来た暗黒神ヤルダバオトの侵攻よりこの世界をよくぞ守ってくれました。この世界を創りし女神として、心より感謝します。ありがとう」

「いえ、そんな」


 タダシは、別に世界を救おうとしたわけではなく行きがかり上のことだった。


「謙遜することはありません。農業の神クロノスも、よくぞこの地にタダシを導いてくれました」

「いえ、ワシはなにも……」


 タダシをこの地に降ろしたのは農業の神クロノス様であったが、まさか世界を救うなどという意図があったわけではないので、こちらも謙遜する。

 二人して恥ずかしそうに頭をかくタダシとクロノスの姿を見て、創造神アリアはクスリと笑うと自分をこの地に呼出した聖姫アナスタシアに向き直る。


「我が代行者、聖姫アナスタシア」

「はい!」


「これより、この地の地下にいる暗黒神ヤルダバオトの封印に入ります。貴女にも手伝ってもらいますよ」

「はい! 喜んで!」


 創造神アリアの呼びかけで、七人の神々が神殿の中央の広間に集結する。

 そこでなぜか創造神アリア様と相談していた癒やしの女神エリシア様に、イセリナも呼ばれる。


「え、私ですか?」


 訝しがるイセリナに、癒やしの女神エリシア様は優しく言う。


「聖姫アナスタシアは聖女とは言え、まだ聖王より地位を継いでもおらず神の代行者としての力が足りません」

「でも、エリシア様、この身に何ができましょう?」


 まさか、イセリナが聖姫アナスタシアと顔が瓜二つだから聖女の補助ができるというわけでもないだろう。

 驚くイセリナに、癒やしの女神エリシア様は微笑んで言う。


「貴女もたしか神具を持っていたでしょう」

「あっ、もしかして王家に伝わる古王エヴァリスの王冠のことでしょうか」


 詳しい来歴はすでに失われているが、神話の時代の遺物である。

 あれならば、神具と呼ばれてもおかしくないものだ。


 それを使ってタダシは、辺獄の王として戴冠したのだが、その後イセリナの手に戻されて大事に保管されていた。

 イセリナは、小さな木箱から宝石に彩られた樹木の王冠を取り出す。


 癒やしの女神エリシアは頷く。


「それです。それを身に着けてアナスタシアと共に、私達の輪の中に入りなさい」


 イセリナは、言われるがままに古王エヴァリスの王冠をかぶって神々の輪の中に入る。

 それは神秘的な光景だった。


 聖姫アナスタシア、古王エヴァリスの末なる枝葉、イセリナ。

 手をつないだ瓜二つの二人のどちらともなく、「ああ……」と、感嘆の声がこだまする。


 七人の神々から流れ出した神力が、聖姫アナスタシアの身につけている『封魔のペンダント』とイセリナの身につけている『古王エヴァリスの王冠』へと注がれていく。

 大神殿を囲んでいる群衆からも、感嘆の声が上がっていた。


「おい! あれを見ろ!」

「綺麗……」


 天上から降りるまばゆい銀色の光が、神殿をきらめく銀色に輝かせて、やがて地上にもいっぱいに広がっていく。

 その光の柱は、隣国のフロントライン公国やアンブロサム魔王国からも見えたという。


 銀色の光に包まれた人々が感じたのは、温かい愛であった。

 誰からともなく、女神アリアを賛美する声を上げ、涙を流しながら祈りを捧げた。


 種族も違う十万を超える群衆の心は一つになり、やがて広がった光はまた大神殿へと戻っていく。


「封印の儀式は、無事終わりました」


 創造神アリアの声に、みんなホッと胸をなでおろす。

 それにしても凄い儀式だった。


 見ているタダシたちですら、声もなかったのだ。

 地上における神の代行者を務めた聖姫アナスタシアと、イセリナはもう恍惚としている。


「よし、じゃあ神様たちに料理をお持ちしよう」


 最初に我に返ったタダシの言葉で、神殿にも料理が運ばれてくる。

 見ていればだいたいわかることだが、無事に儀式が終わったと神殿の外にも伝えられて、大きなお祭り騒ぎが始まった。


 その活況の中で、創造神アリアはタダシたちを呼び止める。


「大野タダシ。ちょっとよろしいですか」

「はい。なんでしょう」


「貴方達だけには言っておかねばならないことですが、私の封印でもなお暗黒神ヤルダバオトを滅することはできません」

「そうなんですか」


 恐ろしい敵だとは思っていたが、それほどまでに暗黒神ヤルダバオトは強いのだろうか。


「私達神が、別の次元の存在だという話はもう聞きましたよね。地中へと逃れた暗黒神ヤルダバオトは、地上の人々の暗い心を力として神力を増してきました」

「暗い心?」


「光が射せばそこには影も生まれるもの。憤怒ふんぬ悲嘆ひたんねたみ、そねみ、虚栄、傲慢ごうまん。誰の心にもある闇の部分です」

「それは、手強いですね」


 この世界に来てからは明るく生きているタダシの心にすら、そんな暗い思いがないとは言えない。

 それらを糧とするのが暗黒神ヤルダバオトならば、根絶するのはほぼ不可能だ。


「かつてのアヴェスター世界は、争いに満ち、人々が飢えに苦しみ、一方で虚飾に満ちた繁栄がありました。しかし、今は変わりつつある。それはタダシ、貴方の力です」

「俺ですか?」


「ええ、タダシのこれまで成してきた行いが、飢える民を救い、世界を変えようとしている」

「俺は、そこまで大それたことはできてるとは思いません。仲間のおかげですよ」


 タダシにできるのは畑を耕すくらいなものだ。

 もしも世界が変わったとするなら、タダシの周りに集まってきた人々の力だろう。


「もちろん、ここに集いし人々の温かい思いも大きな力です。暗黒神ヤルダバオトは、焦っているのですよ」

「焦っている、ですか?」


「天上から下界を見ていてわかりました。タダシの灯した小さな光が、たくさんの人の心に光を灯して大陸をも飲み込もうとするほど大きな光となっています。暗黒神もきっと地の底から見て焦っていることでしょう」


 だから、タダシを追い落とそうと刺客を送り込んできたのだという。


「なるほど、人の心の光こそが暗黒神に対抗する力なのですね」


 創造神アリア様は、頷く。


「暗黒神は、放っておいてもいずれ自分の手に世界は転がり込んでくると高をくくっていたようですが、タダシが絶望的な状況を一変させてくれました。ここには、タダシの他にも王がいますね」


 儀式に参列していたアンブロサム魔王国を治める魔王レナと、フロントライン公国を治める公王ゼスターが頭を下げる。


「はい!」

「ここにおります……」


 二人ばかりでなく、タダシやいずれ聖王国を継ぐ聖姫アナスタシアもいずれは王となる定めだ。

 居並ぶ王たちをみると、創造神アリア様は笑顔で言った。


「これからも暗黒神ヤルダバオトの妨害はありましょうが、タダシと共に人々が明るく生きられる争いのない世界を作っていってください。それが世界を救う力ともなるでしょう」


 創造神アリア様の言葉に、王たちはみんな心を新たにして頷きあった。

 とてもいいお話なのだが、急にぐーとお腹の音がなった。


「え、アリア様……」

「すみません。あまりに良い匂いがしたものですから」


 創造神アリア様に恥をかかせてはいけない。

 タダシは大きな声で言う。


「そうですね。ご飯にしましょう! ご飯に!」


 創造神アリア様には、特別に良い料理を出そうと思って他の神々より捧げるのが遅れてしまった。

 農業の神クロノス様や、鍛冶の神バルカン様は、すでに酒のさかなを箸で突きながら一杯やっている。


「タダシ、まずはそこのお肉が食べたいなと思うのですが」

「今すぐお持ちします!」


 さすが創造神アリア様はお目が高い。

 魔牛のヒレ肉。


 その中でも最上級の希少部位シャトーブリアンを用意している。

 タダシも食べたことはあるが、蕩けるような美味さである。


 地球の神様でも捧げものは肉を好まれるという伝説があったが、創造神アリア様もその部類だったようだ。


「美味しい」


 分厚いシャトーブリアンのステーキをぺろりと一瞬で平らげてしまった。


「マール! 早くおかわりを!」


 良い肉だからレアで十分なくらいだ。

 創造神アリア様は、おかわりのステーキもぺろりと平らげてしまった。


 その細い身体にどうやって入っていくのかわからないくらいだ。

 もちろんお酒も特別な物を用意している。


「アリア様、このステーキにはこちらのヴィンテージワインが合いますので」


 タダシ王国でも赤ワインは造り始めているが、やはりヴィンテージワインの充実では聖王国に負ける。

 初代の聖王アシス一世が愛してやまなかったと伝わる、アシスの畑アシス・シオンで出来た超特級酒『王者のワイン』の六十年物である。


 自国の赤ワインが始まりの女神に捧げられるのを見て、聖姫アナスタシアがようやくホッと胸をなでおろしたりしているが、そんな美味しそうな能書きのあるヴィンテージワインを飲み干すと、創造神アリアは泣きそうな顔で「くぅぅぅぅ」と唸って指で額を押さえて目を瞑る。


「ど、どうされましたアリア様。ワインになにか問題でも」

「美味しい……とても美味しいのですよ。そう思ったら、どうして私は、これまでこの祭りに呼ばれなかったのかなあと……」


「あ! すみませんアリア様! アリア様をないがしろにしてたわけではなく、創造神たるアリア様を迎える準備がこれまでできなかったのでして」

「ええ、もちろん、私もわかってますよ。なんで他の神々は気軽にこれてたのに、私にお呼ばれがなかったのかなあなんて、もちろん私は創造神ですから全然ひがんだりしてないですから!」


 これは、まずい! 確実にひがんでいる!

 このままでは神罰必死なので、なんとかアリア様のご機嫌を取らねばとタダシは必死になる。


「マール、あのケーキのてっぺんのやつ持ってきて! このケーキの砂糖菓子は、アリア様がモデルなんですよ!」


 今日は結婚式はないけど、毎回好評なのでお祭りの時にはウエディングケーキを作っている。

 メロンがたっぷりはいったフルーツケーキのてっぺんには、マールが砂糖菓子で作ったアリア様の神像が飾られてる。


「この砂糖菓子を私が食べたら、共食いになりませんか?」

「あっ」


「アハハッ、冗談ですよ。タダシや、皆のご厚意をありがたくいただきましょう」


 そう言うと、意外におちゃめなアリア様はフォークで突き刺して、砂糖菓子とメロンの入ったフルーツケーキを美味しそうに食べるのだった。

 創造神アリア様を始めとした、七人の神々がこの地に降り立ったこの大祭は、三日三晩続き。


 タダシ王国の新たなる伝説となるのだった。

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